第15話 話せなくなった理由
15話です。
その日、法廷は静かすぎた。
ざわめきがない。
咳払いも、椅子の軋みもない。
誰も、口を開かない。
私は、その異常さに気づくのが遅れた。
⸻
被告は、老人だった。
腰が曲がり、
証言台まで歩くのに時間がかかる。
だが、誰も急かさない。
急かす理由がないからだ。
「罪状を読み上げる」
司祭が言う。
「不適切な助言。
身分を越えた指示。
秩序攪乱」
老人は、ゆっくりと首を振った。
「……覚えが、ありません」
それだけ言って、黙った。
「弁明はそれだけか」
判事が問う。
老人は、答えなかった。
私は、ようやく気づいた。
話せないのではない。
話さないのだ。
「確認します」
私は声を出した。
判事が、短く頷く。
私は老人を見る。
「あなたは、
以前は話していましたね」
老人は、少しだけ笑った。
「……はい」
「なぜ、今日は話さないのですか」
老人は、傍聴席を見た。
正確には――
傍聴席の“空気”を見た。
「……理由を言うと、
誰かが困る」
法廷が、静まる。
司祭が言う。
「それは、
配慮というものだ」
老人は、ゆっくり頷いた。
「そう、教わりました」
私は、息を吸った。
「誰に」
老人は、即答した。
「……この街に」
その答えは、
誰の胸にも刺さった。
「確認します」
私は、法廷全体に向けた。
「この老人は、
話せなくされたのではありません」
一拍。
「話すと、
誰かが困ると
学習してしまったのです」
司祭が、冷たく言う。
「それが、
成熟というものだ」
私は、首を振った。
「いいえ」
一拍。
「それは、
沈黙の教育です」
老人が、私を見た。
初めて、
はっきりと。
「……先生」
小さな声だった。
だが、
確かに、そう呼ばれた。
司祭が、即座に言う。
「その呼び方は、
不適切だ」
老人は、俯いた。
「……すみません」
私は、胸が冷えた。
謝る理由が、
どこにもない。
「判決を下す」
判事が言う。
「有罪」
理由は、述べられない。
「今後、
助言を禁ず」
老人は、頷いた。
当然のことのように。
連れて行かれる途中、
私の前で立ち止まり、
小さく言った。
「……分かってしまったんです」
「何を」
「話さない方が、
皆が楽だって」
私は、返す言葉を持たなかった。
⸻
法廷が空になる。
私は、傍聴席を見回した。
誰も、目を合わせない。
誰も、
何も言わない。
だが――
全員が、理解している。
「話すと、
ここに立つ」
それを。
私は、はっきりと思った。
これは、
裁判ではない。
学校だ。
沈黙を教える、
学校だ。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
この静けさは、
学習の成果だった。
誤字脱字はお許しください。




