あの世の同期会
『あの世の同期会』
第一章「到着」
1
目が覚めると、見知らぬ場所にいた。
薄暗い蛍光灯に照らされた、どこか役所の待合室のような空間。古びたソファが並び、壁には「転生希望受付中」「現世モニター使用ルール」といった貼り紙が見える。自動販売機が隅に置かれているが、なぜか昭和の商品ばかりが並んでいるように見えた。俺は・・・田中昇、45歳。いや、45歳だった。そうだ、思い出した。
あの日、いつものように車で帰宅していた。娘の誕生日プレゼントを買って、少し急いでいた。カーブを曲がる時、一瞬、よそ見をした。気づいた時にはもう遅かった。ハンドルを切ったが、車はガードレールに激突して・・・
「田中昇様」
振り向くと、スーツ姿の中年男性が立っていた。手にはファイルを抱えている。どこか公務員のような雰囲気だ。
「私、魂の待機・調整センター職員の天野と申します」
魂の…何?
「ご説明いたします。あなたは2025年11月1日、交通事故によりお亡くなりになりました」
亡くなった。
その言葉が、妙にすんなりと心に入ってきた。そうか、俺は死んだのか。
「ここは、次の転生までの一時待機場所です。正式名称は『魂の待機・調整センター』ですが、皆さん『あの世』と呼んでいますね」
「あの世…」
俺は呟いた。まさか本当にあったのか。
「はい。こちらで数ヶ月から数年、次の人生の準備をしていただきます。詳細は後ほどご説明しますが、まずは『同期』の方々とお会いください」
「同期?」
「ええ。生前の年齢や死因に関係なく、同じ暦年内に亡くなった方々を『同期』と呼びます。あなたは2025年組xxx班ですね」
天野さんに案内され、俺は別の部屋へと向かった。
2
会議室のような部屋に入ると、すでに四人が座っていた。最初に目に入ったのは、上品な着物姿の老婦人だった。背筋がピンと伸びていて、どこか凛とした雰囲気がある。
「ようこそいらっしゃいました」老婦人が立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
「江戸川静と申します。85歳で…老衰でこちらに参りました。元は旅館の女将をしておりました」
その横には、長身の若い女性が座っている。派手なメイクとカジュアルな服装。どこかで見たことがあるような顔だが、思い出せない。
「はーい、白石美羽でーす。25歳。元アイドル。SNSで炎上して死にました!よろしく〜」
あまりに明るい自己紹介に、俺は言葉を失った。死因を、そんなにあっけらかんと言えるものなのか。静さんが少し眉をひそめる。
「白石さん、もう少し…上品に」
「え〜、静さん、堅いって〜。だってもう死んじゃったんだし、ここでくらい楽に行こうよ」
その隣には、高校生くらいの少女がいた。ショートカットで、どこか不安そうな表情をしている。
「山田リク、17歳です。交通事故で…」
交通事故。俺の心臓が・・・いや、もう心臓はないのか・・・大きく跳ねた。
「あ、俺も交通事故で」
リクと目が合う。彼女の目に、一瞬、何かが浮かんだような気がした。でも、すぐに視線を逸らした。
最後に、窓際に座っていた老人が口を開いた。
「坂田源五郎じゃ。98歳。老衰でな。まあ、十分生きたわい」
飄々とした口調。この人には、生への執着がまったく感じられない。
「田中昇です。45歳。交通事故で…」
俺は簡単に自己紹介をした。それ以上、何も言えなかった。
3
天野さんが冊子を配り始めた。
「こちらは『初めての死後ガイド』です。施設の案内や転生までの流れが書いてあります」
美羽が冊子をぱらぱらとめくる。「うわ、几帳面だね、天野さん」
「ええ。皆さんが少しでも安心できるようにと思いまして」
源五郎さんが冊子を手に取ろうとして、老眼なのか目を細めている。
「字が小さいのう…」
「あ、おじいちゃん、こうやって見るといいよ」リクが優しく源五郎さんに教えている。
天野さんが前に立った。
「それでは、簡単にご説明いたします。ここ『魂の待機・調整センター』では、次の転生までの準備期間を過ごしていただきます」
「転生って、生まれ変わりってこと?」リクが聞いた。
「その通りです。皆さんには、次の人生の時期、場所、性別、家族構成などについて希望を出していただきます。もちろん、すべてが叶うわけではありませんが、可能な限り考慮されます」
「マジで?じゃあ、次は超金持ちの家に生まれたいんだけど」美羽が言った。
「倍率が高いですね」天野さんが苦笑する。「それと、転生の際には記憶のほとんどを消去することになります」
「記憶を…消す?」俺は思わず声を上げた。
「はい。新しい人生を新鮮な気持ちで送るためです。ただし、稀に強い感情がデジャヴのような形で残ることもあります」
娘の顔が浮かんだ。あの笑顔を、忘れてしまうのか。
「施設内には、食堂、図書室、現世モニター室などがあります。現世モニターでは、現世の様子を見ることができます。ご家族の様子など・・・」
「見られるの?」リクが身を乗り出した。
「ええ。ただし予約制です。それと…」天野さんが少し表情を曇らせた。「見ることで辛くなる方もいらっしゃいます。ご覚悟の上でお使いください」
天野さんが優しく言った。
「大丈夫ですよ。皆さん、最初は戸惑います。でも、ここにいる『同期』の皆さんと一緒なら、きっと乗り越えられます」
美羽が立ち上がった。
「よし、じゃあとりあえず食堂行こうよ!お腹空いた!」
「白石さん、まだ説明が…」
「いいじゃん、天野さん。説明なんて後でも聞けるって。それより、みんなで仲良くなろうよ!」
源五郎さんがゆっくり立ち上がる。
「まあ、若い子の言うことも一理あるの。腹が減っては戦はできぬ、じゃ」
リクが小さく笑った。それを見て、俺も少しだけ気持ちが楽になった。
こうして、俺たち2025年組xxx班の「あの世の同期会」が始まった。
4
食堂は、どこか学校の給食室のような雰囲気だった。いくつかのテーブルが並び、カウンターには様々な料理が並んでいる。
「わあ、美味しそう!」リクが目を輝かせた。
「ここの料理は、皆さんの記憶にある『思い出の味』を再現しているんです」天野さんが説明する。「完璧ではありませんけれど」
俺は、なんとなく妻の作る肉じゃがに似た料理を取った。口に入れると、確かに似ている。でも、どこか違う。それがまた、切なかった。
「あ、これ!子供の頃に食べたプリン!」美羽が嬉しそうに叫ぶ。
「わしのは…うむ、母親の作った漬物に似ておる」源五郎さんが満足そうに頷いた。五人でテーブルを囲む。静さんがお茶を淹れてくれた。
「それにしても、私たち、全然違う人生を送ってきたのに、同じ年に死んだってだけで『同期』なのね」美羽が言った。
「不思議じゃのう。わしは98年の人生じゃった、この子は17年。80年以上も違うのに」源五郎さんがリクを見た。
「でも…」リクが静かに言った。「なんだか、悪くないかも。一人じゃないって、安心する」
その言葉に、皆が頷いた。
「そうですわね。どんな死に方をしても、ここでは皆いっしょ。大切なのは、これからどう生きるか…いえ、次の人生をどう選ぶか、ですわね」静さんが微笑んだ。
「静さん、なんか女将さんって感じだね」美羽が言った。
「ええ、旅館で長年の間、お客様をもてなしてきましたから。ここでも、皆さんのお世話ができて嬉しいです」
「頼りになるわい」源五郎さんが笑った。
俺は黙って皆を見ていた。交通事故、自分の運転ミスで死んだ。リクも交通事故。でも、彼女は…もしかしたら、被害者なのかもしれない。俺は、言えなかった。自分が加害者だということを。
「田中さん、大丈夫ですか?」静さんが心配そうに声をかけてきた。
「あ、はい。ちょっと、まだ実感が湧かなくて」
「そうですわよね。無理なさらず、ゆっくりと」
美羽が俺の肩を叩いた。
「昇さんって真面目そうだね。でも、ここではもっと楽にしていいんだよ。だってさ、もう死んじゃったんだし、怖いものなんてないじゃん」
彼女の言葉が、妙に心に響いた。そうか、もう死んでしまったのか。でも、娘は・・・妻は・・・
「明日、現世モニターの予約が取れますから」天野さんが優しく言った。「そこで、ご家族の様子を見ることができますよ」
俺は頷いた。見たい。でも、怖い。娘が泣いている姿を見るのが、怖い。リクが小さく呟いた。
「私も…親友、どうしてるかな」
「見ればいいじゃん。みんなで一緒に行こうよ、現世モニター室」美羽が明るく言った。
源五郎さんが頷く。「わしもひ孫たちの顔を見たいのう」
静さんが微笑んだ。
「では、明日、皆で行きましょう。一人より、皆で一緒の方がいいですわ」
俺たち五人は、そうして初日の夜を過ごした。不思議な空間で、不思議な仲間たちと。これが「あの世」なのか。そして、これから俺たちは、どんな時間を過ごすのだろうか。
第二章「それぞれの未練」
1
翌朝・・・いや、あの世に朝があるのかは分からないが・・・俺は食堂で静さんと会った。彼女は既にお茶を淹れていた。
「おはようございます、田中さん。よく眠れましたか?」
「ええ、まあ」
実際のところ、眠ったのかどうかもよく分からない。ただベッドに横になっていたら、時間が過ぎていた。
「お茶、いかがですか?」静さんが湯呑みを差し出してくれた。
「ありがとうございます。静さんは…もう慣れた感じですね」
「いえいえ。ただ、旅館で長年お客様をもてなしてきたものですから、つい体が動いてしまって」静さんが微笑んだ。
そこへ、調整員の天野さんが現れた。「おはようございます、皆さん」
美羽、リク、源五郎さんも食堂に集まってきた。
「今日は、現世モニター室をご案内します」
天野さんが五人を見回した。「ご家族や大切な方の様子を見ることができます。ただし…見ることで辛くなる方も多くいらっしゃいます。無理はなさらないでください」
「大丈夫です」静さんが落ち着いた声で言った。「見ないと、前に進めませんものね」
「その通りです。では、朝食の後、ご案内します」
2
現世モニター室は、小さな映画館のような作りだった。いくつかの個室ブースがあり、それぞれにモニターが設置されている。天野さんが説明した。
「こちらで、現世の特定の人物や場所にフォーカスできます。操作パネルに、見たい人のお名前やイメージを念じてください」
天野さんが実際に操作して見せてくれた。
「ただし、音声が拾えないこともありますし、見たいタイミングで見られるとは限りません。あくまで『覗き見』ですので」
「それと、一人10分までとさせていただいています。次回からは予約制ですので、こちらの端末でご予約ください」天野さんが壁の端末を示した。
「では、田中さんからどうぞ」
俺は個室に入った。モニターの前に座り、娘の名前を念じた。真帆。10歳。俺の宝物。モニターが光り、映像が浮かび上がった。リビングだ。俺の家のリビング。そこに、妻と娘がいた。妻は目を赤く腫らしている。娘は、ソファに座って、俺の写真を抱きしめていた。
「パパ…パパはどこ?」娘の声が、かすかに聞こえた。
「真帆…パパはね、遠いところに行っちゃったの」
「嫌だ!パパ、帰ってきて!」娘が泣き出した。
俺は、モニターに手を伸ばしかけた。でも、そこには何もない。ただの映像だ。
「真帆…ごめん」俺は呟いた。
「ごめんな…パパ、もう抱きしめてやれない」涙が溢れた。死んでも涙は出るのか。10分が、あっという間に過ぎた。俺は個室を出た。廊下で、天野さんが待っていた。
「お辛かったでしょう」
「はい…」
「これから徐々に慣れていきます。焦らず、ゆっくりと。また見たい時は、予約してください」天野さんの言葉に、少しだけ救われた。
3
次は、リクの番だった。しばらくして、リクが出てきた。目が赤い。
「親も親友も…すごく泣いてた」リクが震える声で言った。「私のせいで…みんな、すごく悲しんでる」
待合スペースにいた美羽が、リクの肩を抱いた。
「リクちゃんのせいじゃないわよ。事故なんて、誰のせいでもない」
「でも…」リクが俯いた。「それに、事故を起こした運転手の人も…すごく苦しそうだった。警察に連行されてて」
俺の心臓が跳ねた。運転手、リクは・・・
「あの人も…きっと辛いと思う。私を轢きたくて轢いたわけじゃないもん」
リクが呟いた。被害者だ。リクは、事故の被害者だったんだ。そして俺は、加害者だ。直接の関係はないが、俺もまた、誰かを傷つけたかもしれない。自分の運転ミスで。
「山田さん、優しい方ですね」天野さんが言った。
「優しいっていうか…もう、誰も恨んでないんです。だって、恨んだって何も変わらないし」その言葉に、美羽が静かに頷いた。
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美羽の番になった。彼女は、意外と長い時間、個室にいた。出てきた時、いつもの明るさはなかった。
「お母さん…泣いてた」美羽がぽつりと言った。「泣いてた。私のせいで」
「白石さん…」天野さんが心配そうに見た。
「でもさ、元事務所の人たちは『困ったことになった』って事務的に話してんの。笑えるよね」美羽が自嘲気味に笑った。
「それに、SNSではまだ炎上してて。『死んで当然』とか書かれててさ。まあ、もうどうでもいいけど」
「どうでもいいなんてことはありませんよ」静さんが、珍しく強い口調で言った。「あなたは、そんな言葉を受けるべき人じゃない」
「静さん…」美羽が、初めて弱い表情を見せた。「ありがと、静さん。でも、もう…いいんだ。ここには、そういう人たちいないから」美羽が、静さんの手を握った。
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静さんの番だった。彼女は落ち着いた様子で個室に入り、しばらくして出てきた。
「子供や孫たちが、旅館を立派に守ってくれていました」静さんが微笑んだ。「私の誕生日会の時に…皆に囲まれて。幸せな最期でした」
「良かったですね、江戸川さん」天野さんが頷いた。
「ええ。もう、未練はありません。次の人生のことだけ考えればいい」
静さんの強さに、俺は頭が下がった。
最後に、源五郎さんが個室に入った。彼はすぐに出てきた。
「ひ孫たちが元気そうでな。それで十分じゃ」源五郎さんが満足そうに頷いた。
「わしはもう98年も生きた。十分じゃ。次の人生が楽しみでならん」
「皆さん、よく頑張られました」天野さんが五人を見回した。
「これから、何度でもモニターは使えます。予約は各自でお願いします。それと、明日、転生希望申請書をお配りします。ゆっくり考えてくださいね」
6
五人は、食堂に戻った。しばらく、誰も何も言わなかった。それぞれが、自分の見たものを消化しようとしていた。静さんがカウンターに立ち、お茶を淹れ始めた。
「あ、静さん、私も手伝います」リクが立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ、お願いできますか?」
二人で五つの湯呑みにお茶を注いだ。
「静さん、旅館でずっとこういうことしてたんですか?」
「ええ。何十年も、お客様にお茶を出してきましたの。体が覚えていて」
「すごいなあ」リクが感心した様子で言った。「ねえ」
リクがテーブルに湯呑みを置きながら言った。
「私たち、どうしてここに集められたのかな。同じ年に死んだってだけで」
「さあの。でも、何か意味はあるんじゃろう」源五郎さんが言った。
「きっと、意味がありますわ」静さんが頷いた。「だって、こうして出会えた。それだけで、すごく価値があると思いませんか?」
美羽が笑った。「静さん、良いこと言うね。でも、そうかもね。一人だったら、きっともっと辛かった」
「そうだね」リクが微笑んだ。
俺も、頷いた。確かに、一人だったら耐えられなかったかもしれない。でも、ここには仲間がいる。同期、という不思議な絆で繋がった仲間が。
「じゃあさ」美羽が言った。「次の人生どうするか?みんなもう考えた?」
「わしは農家じゃな。また土をいじりたい」源五郎さんが即答した。
「私は…もう一度、人をもてなす仕事がしたいですわ。でも、次はもう少し短い人生でもいいかなと」
「短い?」リクが首を傾げた。
「ええ。85年も生きると、十分すぎるくらいですもの。次は70年くらいで、濃密に生きたいですわ」
「へえ、そういう考え方もあるんだ」美羽が感心した。「私は…地味な人生がいい。もう目立ちたくない。でも、音楽は続けたいな、リクちゃんは?」
「私は…アイドルになりたい!」リクが目を輝かせた。
「え、アイドル?私と同じ?」
「うん。美羽さんみたいに、歌で人を幸せにしたい」
美羽が複雑な表情をした。「リクちゃん…アイドルって、大変だよ、表向きは華やかな世界だけど実際は・・・」
「知ってる。でも、私、歌が好きだから」
「そっか」美羽が、少しだけ微笑んだ。「なら、応援する。私の分まで、輝いてね」
「うん!」
皆が、リクの前向きさに元気をもらった。そして、視線が俺に集まった。
「昇さんは?」美羽が聞いた。
「俺は…まだ決められない」俺は正直に言った。「次の人生、どう生きたらいいのか…分からない」
「焦らなくてもいいんじゃないかしら」静さんが言った。「ゆっくり考えましょう。私たちも一緒に考えますから」
その言葉に、俺は救われた。でも、心の奥には、まだ言えない秘密があった。
俺は、加害者だ。自分の運転ミスで、事故を起こした。もしかしたら、他の誰かを傷つけたかもしれない。そんな俺に、次の人生を選ぶ資格などあるのだろうか。リクが、俺を見つめていた。その瞳には、優しさがあった。でも、俺は目を逸らした。言えない。まだ、言えない。
7
その夜、俺は一人で屋上のような場所に出た。あの世にも、空があった。星が瞬いている。本物の星なのか、それとも作り物なのか。
「田中さん」振り返ると、天野さんが立っていた。
「あ、天野さん」
「一人で考え事ですか?」
「はい…家族のことを」天野さんが隣に立った。
「多くの方が、最初は家族への未練で苦しまれます。でも、徐々に受け入れていかれる。田中さんも、きっと大丈夫です」
「ありがとうございます」
「それと…何か抱えていらっしゃるようですが、無理に話さなくてもいいんですよ。ただ、いつか話したくなったら、私でも、同期の方々でも、聞きますから」天野さんは、そう言って去っていった。
俺は、また星を見上げた。娘は、今頃どうしているだろう。もう眠っただろうか。
それとも、まだ泣いているだろうか。ごめんな、真帆。パパは、もう帰れない。
でも、いつか・・・いつか、また会えるかもしれない。転生して、記憶を失って。
それでも、魂のどこかで繋がっていられるかもしれない。そう信じて、俺は次の人生を考えよう。そう思った。
第三章「告白と赦し」
1
あの世での生活が始まって、数日が経った。食堂で朝食を取り、図書館で前世の本を読んだり、時々現世モニターで家族の様子を見たり。不思議と退屈はしなかった。何より、同期の四人がいてくれた。
この日の朝、天野さんが五人を集めた。
「皆さん、そろそろ転生希望申請書を記入していただく時期です」天野さんが、書類を配った。
「こちらに、次の人生の時期、場所、性別、家族構成などをご記入ください。希望欄には、職業や環境についても書けます」
「これ、どう書けばいいんですか?」リクが聞いた。
「正直に、ご自身の希望を書いてください。全てが叶うわけではありませんが、可能な限り考慮されます。そして来週、面接がありますので、そこで詳しくお話ししていただきます」
「面接…緊張するなぁ」美羽が呟いた。
「大丈夫ですよ。皆さんの想いを、素直に伝えてください」天野さんは、そう言って部屋を出ていった。五人は、申請書を前に黙り込んだ。
「ねえ、みんなで一緒に考えない?」リクが提案した。
「そうですわね。一人で悩むより、みんなで話し合った方が良いかもしれません」静さんが頷いた。
「わしも賛成じゃ」源五郎さんが言った。
「じゃあ、食堂に集まろうよ」美羽が立ち上がった。
2
食堂のテーブルに五人が集まった。源五郎さんが申請書をじっと見つめている。
「わしは…また日本の農家がいいんじゃが、そう書けばいいのかのう?」
「いいと思いますよ」リクが言った。「源五郎さん、土いじりが好きなんですもんね」
「ああ。わしはずっと農業をしてきた。次もまた、同じことがしたい」
「素敵ですわね」静さんが微笑んだ。
美羽がペンを走らせている。
「私は…地味な一般人。でも音楽関係の環境。あと、SNSがない世界がいいな・・・」
「白石さん・・・」静さんが心配そうに見た。
「大丈夫、もう吹っ切れてるから。次は、誰の目も気にせず、自分のために歌いたいだけ」
リクが元気に言った。「私はアイドル!絶対アイドルになる!」
「倍率、高いと思うわよ」美羽が苦笑した。
「でも諦めない!」
その前向きさに、皆が笑った。
静さんが、丁寧に申請書に記入している。
「私は…もう一度、人をもてなす仕事を。旅館でも、ホテルでも、レストランでも」
「また同じ仕事ですか?」美羽が聞いた。
「ええ。でも、次はもう少し短い人生でいい、それより濃密なほうがいい」
「昇さん、決まった?」
俺は、白紙の申請書を見つめた。「まだ…どう書いたらいいのか」
「無理しなくていいですよ」静さんが優しく言った。「ゆっくり考えましょう」
でも、俺は分かっていた。次は、人を傷つけない人生を送りたい。でも、そんな資格が俺にあるのか。
「あ、そうだ!」リクが突然立ち上がった。「みんなで才能発表会しない?」
「才能発表会?」
「うん。前世で得意だったこととか、披露し合うの。楽しそうじゃん。気分転換にもなるし」
「いいわね」美羽が乗り気だ。
「わしは…何を披露すればいいんじゃ?」源五郎さんが困った顔をした。
「源五郎さん、農業の話とか?野菜の育て方とか、土についてとか」
「それは才能と言えるのかの?」
「立派な才能よ」美羽が言った。
「では、今夜やりましょうか」静さんが賛成した。
こうして、その夜、あの世初の「才能発表会」が開かれることになった。
3
夕食後、五人は小さなホールのような場所に集まった。天野さんにお願いして、場所を借りたのだ。
「では、若い順にいきましょうか」美羽が仕切った。「じゃあ、リクちゃんから」
リクが前に出た。マイクを持ち、目を閉じて歌い始める。透き通るような声が、ホールに響いた。誰もが息を呑んだ。17歳の少女の声とは思えない。まるで天使のようだった。歌い終わると、皆が拍手した。
「すごいわ、リクちゃん」美羽が目を輝かせた。「すごく才能あるよ。これなら、次の人生でも絶対歌った方がいい!」
「ありがとうございます!」リクが嬉しそうに頬を染めた。
次に、美羽が立った。
「じゃあ、プロの技、見せてあげる」
彼女が歌い始めると、先ほどのリクとはまた違う、圧倒的な歌唱力が会場を包んだ。技術、表現力、すべてが完璧だった。さすが元アイドルだ。だが、歌い終わった美羽の顔は、どこか寂しげだった。
「まあ、この歌のせいで炎上したんだけどね」
「そんなこと、ありませんわ」静さんが言った。「素晴らしい歌でしたわよ」
「ありがと、静さん」
次は俺の番だった。
「俺は…特に才能がなくて」
「何か、得意なことあったでしょ?」美羽が言った。
「いや、本当に何もなくて」俺は正直に言った。「歌も下手だし、楽器もできない。手先も器用じゃない」
「じゃあ、何か好きだったこととかは?」リクが聞いた。
「好きだったこと…」俺は少し考えた。「普通の日常が、好きでした」
「普通の日常?」
「ええ。朝、娘を起こして。一緒に朝ごはんを食べて。仕事に行って、帰ってきたら『おかえり』って言ってもらえて」俺は、ゆっくりと語った。「夕飯を家族で食べて。娘の宿題を見て。休日には公園に行って。そういう、何でもない日々が…一番幸せでした」
皆が、静かに聞いていた。
「才能なんてなくても、いいんです。特別なことができなくても、いい。ただ、大切な人と一緒にいられる。それだけで、十分だった。だから、次の人生でも…そういう普通の幸せを、大切にしたいんです」
しばらく、沈黙があった。そして、静さんが言った。
「素晴らしいですわ、田中さん、それこそが、一番大切な才能ですわ。幸せを感じる心」
「そうじゃの」源五郎が頷いた。「わしも、同じじゃ。土をいじって、作物を育てて、それを食べる。そういう当たり前のことが、一番の宝じゃった」
「私も」美羽が言った。「派手な人生より、普通の幸せが欲しかった」
「うん」リクが頷いた。「昇さんの話、すごく良かった。私も、次は普通の幸せを大切にする」
皆が拍手してくれた。俺は、少し照れくさかった。でも、嬉しかった。自分の想いが、伝わった気がした。
次は静さんの番だった。
彼女が立ち上がり、ゆっくりと日本舞踊を披露した。優雅な動き、一つ一つの所作が美しい。長い間、旅館の女将として生きてきた品格が、全身から溢れていた。
「さすが女将さんじゃな」源五郎さんが感心した。
「ありがとうございます。お客様の前で、時々披露していましたの」
最後に、源五郎さんが前に出た。
「わしは踊りも歌もできんでな。農業の話をさせてもらうわい」
源五郎さんは、土の耕し方、種の蒔き方、季節ごとの作物の育て方を語った。98年の人生で培った知識が、温かい口調で語られた。
「わしにとって、土をいじることが一番の幸せじゃった。次もまた、農家に生まれたらいいが・・・」
その言葉に、皆が拍手した。
「源五郎さん、かっこいい」リクが言った。「自分のやりたいことがはっきりしてて」
「わしは単純で平凡なだけじゃよ」源五郎さんが笑った。
平凡。そうだ、俺の人生は平凡だった。でも、それは悪いことではなかった。娘と妻がいて、毎日仕事をして。それだけで、幸せだった。なのに・・・一瞬の油断で全てを失ってしまった。
4
才能発表会が終わり、皆が部屋に戻った後、俺は、また屋上に出た。星を見ていると、足音が聞こえた。振り返ると、リクがいた。
「昇さん」
「リク…どうした?」
「昇さんって、何か隠してますよね」
その言葉に、俺は凍りついた。「どうして…」
「たまに、すごく辛そうな顔してる。私たち同期なのに、距離を感じる時がある」リクが、真っ直ぐ俺を見つめた。「話してくれませんか?」
俺は、しばらく黙っていた。でも、もう隠せない。
「俺は…」声が震えた。「俺は、自分の運転ミスで事故を起こして死んだんだ」
リクの表情が変わった。
「加害者なんだよ、俺は。リクは…事故の被害者だろう? リクが言ってた、事故を起こした運転手みたいに、俺も…誰かを傷つけたかもしれない」俺は、顔を覆った。「リクと一緒にいて、いつも思う。俺には、ここにいる資格なんてないんじゃないかって」
リクは、しばらく何も言わなかった。沈黙が、永遠のように感じられた。
「そっか…」リクが、静かに言った。「辛かったんですね、昇さん、話してくれてありがとう」
「え?」
「私を轢いた人も、きっと昇さんみたいに苦しんでる。ずっと考えてたんです。あの人、今どうしているかなって」リクが、俺の隣に座った。
「事故って、誰も望んでないですよね。昇さんだって、死にたくて事故ったわけじゃない。娘さんにだって会いたかったはずなのに」
「でも、俺は…」
「私、誰も恨んでいないです」リクが微笑んだ。「だって、恨んだって何も変わらない。それに…ここで昇さんに会えた。静さんにも、美羽さんにも、源五郎さんにも・・・」
「リク…」
「事故に遭ったから、ここに来れたんです。そう思うと、悪いことばかりじゃなかったのかなって」
その言葉に、俺の涙が溢れた。「ありがとう…」
「昇さん、もう自分を責めないでください。次の人生のこと、考えましょうよ」リクが、俺の手を握った。「約束してください。次の人生で、どこかで会ったら…覚えてなくても、仲良くしようって」
「ああ…約束だ」
俺は、初めて心が軽くなった。赦された。この少女に、赦されたんだ。
5
同じ頃、別の場所では。美羽が、一人で現世モニター室にいた。母親の様子を見ていた。母親は、美羽の遺影の前で泣いていた。
「ごめんね…お母さん、気づいてあげられなくて」その声が、かすかに聞こえた。「もっと話を聞いてあげれば…」
美羽の目から、涙が溢れた。「お母さん…ごめん」
そこへ、静さんが入ってきた。「白石さん…お一人ですか?」
「静さん」美羽が、静さんを見た。「あのね、本当は私、怖かったんだよ。炎上も、誹謗中傷も、全部・・・」
「分かっていますわ」静さんが隣に座った。
「でも、弱音吐けなかった。アイドルだから、笑ってなきゃいけないって。事務所からもそう言われてて」美羽の声が震えた。「死んだ後の方が、楽に笑えるなんて…変だよね」
静さんが、美羽を抱きしめた。「変じゃありませんわ」
その温かさに、美羽は声を上げて泣いた。
「ここには、誰もあなたを責める人はいません。もう、誰にも気を遣わなくていいのよ」
「静さん…」美羽が、静さんの肩に顔を埋めた。「静さん、お母さんみたい」
「私たち、同期ですもの。仲間ですから」静さんが優しく美羽の背中をさすった。「いつでも話を聞きますからね」
美羽は、しばらく静さんの胸で泣き続けた。そして、ようやく顔を上げた時、少しだけ笑えた。「ありがとう、静さん。次は…本当に笑える人生にしたいな」
「なれますとも。きっと」静さんが、優しく微笑んだ。「白石さんには、その強さがありますから」
6
翌日、食堂で五人が集まった。何となく、皆の表情が明るくなっていた。
「何か、みんないい顔してるわね」美羽が言った。
「そうですわね」静さんが頷いた。「少しずつ、前を向けてきたのかもしれませんわ」
源五郎さんが笑った。「良いことじゃ。未練ばかり感じていても仕方ない。次の人生を楽しまないとの」
リクが、俺を見て微笑んだ。俺も、微笑み返した。ありがとう、リク。リクのおかげで、俺は前に進めそうだ。
そこへ、天野さんが現れた。
「皆さん、おはようございます。申請書の記入は進んでいますか?」
「はい!」リクが元気に答えた。「私、もう書きました!」
「素晴らしいですね。では、来週の月曜日に面接を設定します。一人ずつ、三十分ほどお時間をいただきます」
「緊張するなあ」美羽が呟いた。
「大丈夫ですよ。正直に、ご自身の想いを伝えてください。面接官の方々は、皆さんを責めたりしません」天野さんが優しく微笑んだ。
「面接までの間、ご自由にお過ごしください。図書館には前世の本だけでなく、次の人生について考えるための資料もあります」
天野さんが去った後、五人は顔を見合わせた。
「さて、どうしよう」美羽が言った。「あと数日、時間があるわけだし」
「わしは、もう一度現世を見ておきたいのう」源五郎さんが言った。
「私も」静さんが頷いた。「最後にもう一度、旅館の様子を見ておきたいですわ」
「じゃあ、私も親友の様子、見てこようかな」リクが言った。
美羽が俺を見た。「昇さんは?」
「俺も…娘を、もう一度」
「じゃあ、みんなでモニター室予約しようよ」
こうして、五人はそれぞれの大切な人を、最後にもう一度見ることにした。
7
数日が過ぎた。五人は、それぞれ現世を見て、涙を流し、でも少しずつ前を向いていった。俺も、娘の様子を何度か見た。娘は、まだ時々泣いていた。でも、学校には行き始めていた。友達と笑っている姿も見えた。妻も、少しずつ日常を取り戻しつつあった。それを見て、俺は安心した。大丈夫だ。二人とも、強く生きていける。俺がいなくても。そして、俺は申請書を書き上げた。次の人生の希望。それは・・・
「人を大切にできる環境。誰も傷つけない人生を送りたい」
シンプルだが、それが俺の本心だった。
月曜日の朝。
面接の日がやってきた。五人は、緊張した面持ちで待合室に集まった。
「緊張するね」リクが言った。
「大丈夫じゃ。正直に話せばいいんじゃよ」源五郎さんが言った。
「そうですわね。私たち、もう何も隠すことはありませんもの」静さんが微笑んだ。
美羽が深呼吸をした。「よし、頑張ろう」
天野さんが現れた。
「それでは、坂田さんからお願いします」
源五郎さんが立ち上がり、面接室へと向かった。残された四人は、静かに待った。三十分後、源五郎さんが戻ってきた。彼の顔は晴れやかだった。
「どうでした?」リクが聞いた。
「うむ。良い面接官じゃった。わしの話をちゃんと聞いてくれた」
「良かったですわね」
次に、静さんが呼ばれた。彼女も、落ち着いた様子で面接室へ入っていった。そして、リク、美羽と続いた。二人とも、戻ってきた時には笑顔だった。
最後に、俺の番が来た。
「田中さん、どうぞ」天野さんが面接室のドアを開けた。
俺は深呼吸をして中に入った。部屋には穏やかな顔をした初老の男性が座っていた。
「田中昇さんですね。どうぞ、お座りください」
俺は椅子に座った。
「私は転生審査官の山崎と申します。リラックスしてくださいね」山崎さんが優しく微笑んだ。
「申請書を拝見しました。『人を大切にできる環境。誰も傷つけない人生を送りたい』とありますね」
「はい」
「具体的に、どのような人生をイメージされていますか?」
俺は少し考えてから答えた。「前世では…自分の不注意で事故を起こして死にました。もしかしたら、他の誰かを傷つけたかもしれない」
山崎さんが頷いた。
「次は、そういう過ちを犯さない人生を送りたいんです。家族を、友人を、周りの人を大切にできる人間になりたい」
「素晴らしいお考えですね」山崎さんが申請書に何かを書き込んだ。
「田中さんの前世の反省が、よく表れています。では、具体的な希望は?場所や時代など」
「日本で、できれば平和な時代。性別は…男性でも女性でも構いません。ただ…」俺は、少し躊躇してから言った。「もし可能なら、あの世で出会った同期たちと、また会えたら嬉しいです」
「ああ、2025年組xxx班の皆さんですね」山崎さんが微笑んだ。「良い仲間に恵まれましたね」
「はい。彼らのおかげで、私は前を向くことができました」
「分かりました。では、これで面接は終了です。結果は数日以内にお知らせします」
「ありがとうございました」俺は深くお辞儀をして、面接室を出た。
待合室では、四人が待っていた。
「昇さん、どうだった?」リクが聞いた。
「うん。ちゃんと話せた」俺は微笑んだ。「みんなのおかげで」
美羽が笑った。「よし、じゃあ結果を待つだけだね」
「その間、何しようか」リクが言った。
「わしは、もう少し図書館で本を読みたいのう」源五郎さんが言った。
「私は…もう一度、日本舞踊の練習をしたいですわ」静さんが言った。
「じゃあ、私たち歌の練習しよう、リクちゃん」
「はい!」
こうして、五人は面接を終え、結果を待つ日々を過ごすことになった。でも、もう誰も不安そうではなかった。皆、前を向いていた。次の人生へと。
第四章「最後の時間」
1
面接から三日後。俺たちは、いつものように食堂に集まっていた。朝食を取りながら、何気ない会話を交わす。もう、この光景が日常になっていた。
「結果、いつ来るんだろうね」リクが言った。
「天野さんは『数日以内』って言ってたから、そろそろじゃないかの」源五郎さんが答えた。
「ドキドキするわ」美羽がトーストをかじりながら言った。「でも、もう悔いはないわよね。やれることはやったし」
「そうですわね」静さんが紅茶を飲みながら頷いた。
その時、天野さんが食堂に入ってきた。手には、封筒を持っている。五人の視線が、一斉に天野さんに集まった。
「皆さん、おはようございます」天野さんが、少し改まった様子で言った。「転生審査の結果が出ました」
食堂に、緊張が走った。
「全員、希望通りです」天野さんが微笑んだ。
その瞬間、リクが「やった!」と叫んだ。「本当ですか!」
「はい。皆さんの希望は、可能な限り考慮されます。ただし…」天野さんが少し申し訳なさそうに言った。
「山田さんの『アイドル』希望は、やはり倍率が高く、『音楽関係の家庭』という形になりました」
「それでも十分です!」リクが目を輝かせた。「音楽ができれば、私は幸せです!」
「良かったですわね」静さんが微笑んだ。
天野さんが、一人ずつに封筒を渡した。
「こちらに、転生の詳細が書かれています。転生日は…最も早い方で来週、遅い方でも二週間後です」
「え、そんなに早いの?」美羽が驚いた。
「はい。皆さん、もう準備ができていると判断されました」
俺は、封筒を開けた。そこには、次の人生の概要が書かれていた。
「転生先:日本、20○○年、性別:男性、家族構成:両親と姉、環境:平和な時代、教育環境良好」
そして、最後に一文。
「特記事項:同期との再会の可能性を考慮」
俺の胸が熱くなった。また、会えるかもしれない。この仲間たちと。
2
その日の午後、五人は図書室に集まり、それぞれの転生日を確認し合った。
「わしが一番早いのう。来週の月曜日じゃ」源五郎さんが言った。
「え、もうすぐじゃないですか」リクが驚いた。
「ああ。でも、もう心の準備はできておる」源五郎さんが穏やかに微笑んだ。
「次は静さんか」美羽が言った。
「ええ。来週の金曜日です」
「その次が私とリクちゃんで同じ日。再来週の水曜日」
「一緒なんだ!嬉しい!」リクが手を叩いた。
「そして、最後が昇さん。再来週の金曜日」美羽が俺を見た。
「そっか…もうすぐ、バラバラになっちゃうんだね」リクが、少し寂しそうに言った。「でも、また会えるんでしょ?記憶はなくても」
「ああ」俺は頷いた。「俺の特記事項にも『同期との再会の可能性を考慮』って書いてあった」
「わしもじゃ」
「私もですわ」
「私も!」
「じゃあ、きっと会えるよね」リクが明るく言った。「頭で覚えてなくても、魂は覚えてるって天野さんが言ってたもん」
「ええ。必ず、また会えますわ」静さんが力強く頷いた。
「じゃあさ」美羽が提案した。「源五郎さんが旅立つ前に、最後にみんなで何かしない?」
「何をするんじゃ?」
「うーん…送別会?」
「いいわね!」リクが賛成した。「みんなで、源五郎さんの好きなことしよう」
「わしの好きなこと…」源五郎さんが考えた。「やはり、土をいじることじゃが、ここにはそれができる場所はないしのう・・・」
「あ、天野さんに聞いてみましょう」静さんが立ち上がった。「何か、できることがあるかもしれませんわ」
3
天野さんに相談すると、意外な答えが返ってきた。
「実は、屋上に小さな菜園スペースがあるんです」
「え、本当ですか?」
「はい。使う方が少ないので、あまり知られていませんが。源五郎さん、使ってみますか?」
「是非とも!」源五郎さんの目が輝いた。
五人は、天野さんに案内されて屋上へ上がった。そこには、小さいながらも土のスペースがあった。
「わあ…」
源五郎さんが、まるで子供のような表情で土に触れた。
「ここで、最後に何か育ててみたいのう」
「でも、源五郎さん、もう時間が…」リクが心配そうに言った。
「大丈夫じゃ。土をいじるだけでも、わしは幸せなんじゃよ」源五郎さんが、優しく土を撫でた。
その姿を見て、皆が微笑んだ。
「じゃあ、みんなで手伝おうよ」美羽が言った。「源五郎さんの最後の畑仕事、手伝わせて」
「おお、それは嬉しいのう」
こうして、五人は源五郎さんの指示のもと、土を耕し始めた。俺は、人生で初めてまともに土に触れた。不思議と心が落ち着いた。
「土というのはのう」源五郎さんが語り始めた。「命を育む場所なんじゃ。種を蒔けば、必ず芽が出る。水をやり、太陽を浴びせれば、必ず育つ」
「人生みたいですわね」静さんが言った。
「そうじゃな」源五郎さんが頷いた。「人生も同じじゃ。良い種を蒔き、大切に育てれば、必ず実を結ぶ」
「次の人生では、どんな種を蒔くんですか?」リクが聞いた。
「そうじゃのう…優しさの種を蒔きたいのう」源五郎さんが微笑んだ。「人に優しく、土に優しく。そういう人生を送りたい」
その言葉に、皆が頷いた。
4
源五郎さんの転生日が近づいた。前日の夜、五人は食堂に集まった。静さんが、特別に料理を作ってくれた。
「あの世の食材で作りましたけど、精一杯のおもてなしですわ」
テーブルには、和食の料理が並んでいた。
「すごい…」リクが感動した。
「静さん、いつの間に」
「昨日から準備していましたの。源五郎さんの好きそうなものを」
「ありがとう、静さん」源五郎さんが目を細めた。
五人で、ゆっくりと食事を取った。いつもより、会話が少なかった。でも、それぞれが言葉にできない想いを抱えていた。
「源五郎さん」リクが口を開いた。「私、源五郎さんに会えて良かった」
「わしもじゃよ、リクちゃん」
「最初は、98歳のおじいちゃんと何を話せばいいか分からなかったけど…でも、すごく優しくて、かっこよくて」リクの目に涙が浮かんだ。「次の人生でも、また会いたいです」
「ああ、必ず会おう」源五郎さんが頷いた。「わしは農家、リクちゃんは音楽の道。違う道を歩むじゃろうが、きっとどこかで交わる」
美羽が言った。「源五郎さん、私ね、最初は『なんで98歳のおじいちゃんと同期なの?』って思ったの。ごめんね」
「構わんよ」源五郎さんが笑った。
「でも、源五郎さんの話を聞いて、分かった。人生の大先輩って、こんなに素敵なんだって」美羽が涙を拭いた。「次も、幸せになってね」
「美羽ちゃんもじゃよ」
静さんが、静かに言った。「源五郎さん。同じ時代を生きた者として、お話しできて光栄でした」
「こちらこそじゃ、静さん。静さんは立派な女将さんじゃった」
「次も、また農業をやれたらいいですね」
「ああ。土と共に生きる。それがわしの幸せじゃ」
そして、俺の番が来た。
「源五郎さん…俺、最初は何も分からなくて、ただ混乱してました」俺は正直に言った。「でも、源五郎さんが『未練ばかり感じていても仕方ない』って言ってくれて。その言葉で、俺は前を向けた」
「そうか、それはよかった」
「ありがとうございました。源五郎さんも次の人生、幸せに」
「昇さんもじゃ。次は、誰も傷つけない人生を。あなたなら、できる」源五郎さんが、俺の肩を叩いた。
その夜は、遅くまで五人で語り合った。笑って、泣いて、思い出を語り合った。短い時間だったけれど、濃密な時間だった。
5
翌朝。源五郎さんの転生の時が来た。五人は、天野さんに案内されて「記憶の廃棄センター」へ向かった。白い壁の、静かな場所だった。
「ここで、記憶を廃棄します」天野さんが説明した。「坂田さん、準備はよろしいですか?」
「ああ」源五郎さんが頷いた。
彼は、一人ずつと握手をした。
「リクちゃん、元気でな」「源五郎さんも!」
「美羽ちゃん、次は自分らしく」「うん、ありがとう」
「静さん、お体に気をつけて」「源五郎さんこそ」
「昇さん、頑張れよ」「はい。源五郎さんも」
そして、源五郎さんは記憶の廃棄室へ入っていった。ドアが閉まる直前、彼が振り返った。
「みんな、良い仲間じゃった。次の人生でも、また会おう」
そう言って、微笑んだ。ドアが閉まった。
しばらくして、天野さんが言った。「転生が完了しました。坂田源五郎さんは、新しい命として生まれ変わります」
リクが泣いていた。美羽も、静さんも、目を赤くしていた。俺も、涙をこらえられなかった。さよなら、源五郎さん。いつかまた会おう。
6
それから数日、四人は源五郎さんのいない日常に少しずつ慣れていった。でも、屋上の菜園に行くと、彼のことを思い出した。そして、静さんの転生日が翌日に迫った。その夜、四人は静さんの部屋に集まった。静さんが、小さな包みを一人ずつに渡した。
「これ…何ですか?」リクが聞いた。
「メッセージカードですわ。私から、皆さんへ」
俺は包みを開けた。中には、和紙のような上品な紙に、筆ペンで丁寧に書かれたメッセージがあった。
「田中昇さんへ。あなたは優しい人です。自分を許してあげてください。次の人生では、その優しさで多くの人を幸せにしてください。またお会いしましょう。江戸川静」
俺の目から、涙が溢れた。「静さん…」
「皆さん、短い間でしたが、本当に楽しかったですわ」静さんが微笑んだ。「85年の人生で、こんなに自由に笑えたのは初めてかもしれません」
「え、静さん、我慢してたの?」美羽が驚いた。
「ええ。女将という立場で、常に気を張って。でも…ここでは、ただの私でいられました」静さんが、一人ずつを見た。
「山田さん。あなたの前向きさは素晴らしい。次の人生でも、その輝きを失わないで」
「はい!」リクが涙を拭いた。
「白石さん。あなたは強い。次は、誰の目も気にせず、自分のために生きて」
「ありがとう、静さん」美羽が静さんを抱きしめた。
「田中さん。あなたの誠実さは、必ず報われます。次の人生、幸せになってくださいね」
「静さん…ありがとうございました」俺は深くお辞儀をした。
「それと…」静さんが、もう一つ包みを取り出した。
「これは、次の2026年組の方々へ。『初めての死後ガイド』の改訂版ですわ」
「え?」
「次の2026年組の方々のために、私たちの経験を書き加えました。天野さんに渡してください、きっと役に立つはずです」
「静さんらしいわ」美羽が笑った。「世話焼きすぎる」
「これが私の性分ですから」静さんが微笑んだ。
その夜も、四人は遅くまで語り合った。
7
翌日。静さんの転生の時が来た。記憶の廃棄センターの前で、三人は静さんを見送った。
「皆様、本当にありがとうございました」静さんが、深々とお辞儀をした。「良い人生を!」
「静さんも!」リク、美羽、俺の三人が声を揃えた。
静さんは、最後にもう一度微笑んで、廃棄室へ入っていった。ドアが閉まった。また一人、仲間が旅立った。残されたのは、三人。
「寂しくなったね」リクが呟いた。
「でも、次は私たちの番だよ」美羽が言った。
「ああ」俺は頷いた。もうすぐだ。もうすぐ、俺たちも新しい人生へ旅立つ。
そして、いつか・・・きっとまた会えるはずだ。五人で。
第五章「新しい朝」(エピローグ)
1
静さんが旅立ってから数日。残された三人は、互いに支え合いながら、最後の時を過ごしていた。そして、美羽とリクの転生日前夜、俺たち三人は屋上に集まった。星空の下で、最後の時間を過ごすために。
「明日か…」美羽が空を見上げながら呟いた。「なんだか実感ないな」
「私も」リクが言った。「でも、楽しみでもある。次の人生、どんなだろう」
「リクちゃんは音楽の家庭なんでしょ?良かったじゃん」
「うん!絶対、たくさん歌う!」リクが笑った。「美羽さんは?地味な一般人になるの?」
「なれるといいんだけどね」美羽が苦笑した。「もう炎上はこりごり。次は静かに、自分のペースで生きたい」
「きっとできるよ」俺は言った。「美羽は強いから」
「昇さんにそう言われると、なんか照れるな」美羽が頬を染めた。
しばらく、三人は黙って星を見ていた。
「ねえ、昇さん」リクが口を開いた。「次の人生で会えるかな」
「どうだろうな、記憶は消えるらしいから、でもまたみんなに会いたいな」
リクが俺を見た。「きっと会えるよ。また、仲良くなれる」
「ああ」俺は頷いた。「必ず、また会おう」
「約束だよ」リクが、小指を差し出した。
美羽も、俺も、小指を絡めた。「約束」三人で、そう言った。
2
翌朝。美羽とリクの転生の時が来た。記憶の廃棄センターの前で、俺は二人を見送った。
「じゃあ、行くね」美羽が、俺を抱きしめた。「昇さん、ありがとう。次も、仲良くしようね」
「ああ」
次に、リクが俺の前に立った。「昇さん、また会おうね。絶対だよ」
「ああ、約束だ」俺は、涙をこらえて言った。
二人は、記憶の廃棄室へ入っていった。ドアが閉まる直前、二人が笑顔で手を振った。ドアが閉まった。俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
3
それから二日。俺は一人で、あの世での最後の時を過ごした。現世モニターで、最後に娘の顔を見た。娘は笑顔で遊んでいた。良かった。もう大丈夫だ。
「真帆、お母さん…幸せになってくれ」俺は、モニターに向かって呟いた。
そして、最後の夜。天野さんが部屋を訪ねてきた。
「田中さん、いよいよ明日ですね」
「はい」
「心の準備はできていますか?」
「はい…もう、心残りはありません」俺は微笑んだ。「ここで素晴らしい仲間に出会えました」
「良かったです」天野さんが頷いた。
「田中さんの次の人生、きっと素晴らしいものになりますよ」天野さんは、そう言って部屋を出ていった。
4
翌朝。俺の転生の時が来た。記憶の廃棄センターの前に、天野さんが立っていた。
「田中さん、よろしいですか?」
「はい」俺は深呼吸をした。「行ってきます」
「はい。良い人生を」天野さんが、深くお辞儀をした。
俺は、廃棄室に入った。白い部屋。中央に、椅子が一つ。俺は座った。目の前に光が現れた。その光の中に、走馬灯のように記憶が流れ始めた。娘の笑顔。妻の優しさ。事故の瞬間。そして・・・あの世での日々。源五郎さん、静さん、美羽、リク。
「ありがとう、みんな」俺は呟いた。「また、会おう」
光が、俺を包んだ。記憶が、少しずつ消えていく。でも、最後まで残ったのは、娘と妻と、そして四人の笑顔だった。また、会おう。そう思った瞬間、意識が途切れた。
5
**数年後。初夏の週末。**
地方の小さな温泉町に、古い旅館がある。「山吹屋」・・・代々続く老舗旅館だ。若女将の千尋が、玄関先で荷物を受け取っていた。
「大地さん、今週もありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」農家の大地が、野菜の入った箱を渡した。「今週は特に良い出来ですよ」
「楽しみですわ」千尋が箱を受け取り、中を確認する。「本当に立派な野菜ですね。お客様にもきっと喜ばれますよ」
「それは良かった」大地が笑った。
その時、駅からタクシーが到着した。音楽大学生の葵が、楽器ケースを抱えて降りてきた。
「今日演奏者としてお世話になります、葵です、よろしくお願いします」
「ああ、お待ちしておりました」千尋が玄関に出て、丁寧にお辞儀をした。「ようこそいらっしゃいました」
葵が旅館に入る。
大地は荷物を片付けながら、千尋に聞いた。「今日、何かあるんですか?」
「ええ、小さな音楽会が。地域活性化事業の一環で」
「へえ、良いですね」
「良かったら、大地さんも是非聴いていってくださいよ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんですよ。大地さんにはいつもお世話になっていますから」
「じゃあ、ちょっとだけお言葉に甘えようかな」大地が照れくさそうに笑った。
同じ頃、町のカフェ。店員の芽衣が、レジで客の対応をしていた。
「ありがとうございました」客が出ていく。
店長が奥から出てきた。「芽衣ちゃん、今日は早めに上がっていいよ、山吹屋さんで音楽会があるんだよね。早く行っておいで」
「ありがとうございます、楽しみにしていたんです」芽衣が微笑んだ。
午後。蓮はイベント会場の設営を手伝うアルバイトで山吹屋を訪れていた。
「そちらの椅子、こっちに並べてください」千尋が指示を出す。
「はい」蓮が椅子を運ぶ。
千尋の指示は的確で丁寧だ。とても働きやすかった。
「ありがたいです、蓮くんが来てくれて本当に助かります」千尋が微笑む。
「いえ、こちらこそ、音楽会楽しみですね」蓮が答えた。
「蓮くんもいっしょに聴いていってね」
千尋が言うと蓮は満面の笑みを浮かべた。
6
夕方。イベント会場の準備が整った。宿泊客に加え、地元の人たちもぽつぽつと集まり始める。蓮は設営を終え、裏方として残っていた。芽衣は客席の後ろに座った。大地も、隅の方に立っている。千尋は、忙しく立ち働いていた。
そして、葵がステージに立った。
「皆さん、こんにちは。今日はたくさんの方にお集まりいただき、本当にありがとうございます。私は小さい頃から人前で歌うのが大好きで、今日のイベントもとっても楽しみにしていました・・・・」
葵が楽器を構え、歌い始めた。透き通るような声が、会場を包んだ。蓮は、思わず手を止めた。この声、心に響く。芽衣も、じっと聴き入った。胸の奥が、温かくなった。大地も、静かに聴いていた。涙が出そうになった。千尋は、会場の隅で目を閉じて聴いていた。心地よい響きに自分が主催者であること忘れて聞き入った。葵の歌が終わった。大きな拍手。葵が、嬉しそうに頭を下げ、拍手に応えた。
7
演奏が終わり、片付けが始まった。蓮が椅子を運んでいると、葵が声をかけてきた。
「お疲れ様です。手伝ってくれてありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。とっても良い歌でした。聴かせていただいて感激です」
「ありがとうございます」葵が微笑んだ。
その時、大地が手伝いに加わった。
「俺も手伝います、今日はこんな場に立ち会えて凄くラッキーです」
三人で椅子を運ぶ。息が合う。言葉少なでも、スムーズに作業が進んだ。
そこへ、芽衣も寄ってきた。「私も手伝います、すごく素敵な演奏でした。私も小さな声で一緒に口ずさんでいました」
四人で作業をしていると、千尋がお茶を持ってきた。「皆さん、ありがとうございます。少し休憩してください」
五人は、縁側に座ってお茶を飲んだ。夕暮れの空がオレンジ色に染まっている。
「夕日が綺麗ですね」葵が呟いた。
「そうですね」蓮が頷いた。
しばらく、五人は黙って空を見ていた。沈黙が心地よかった。
「今日は、ありがとうございました」千尋が言った。「皆さんのおかげで、良いイベントになりました」
「こちらこそ、すごく楽しかったです。ここに呼んでいただいて光栄です」葵が微笑んだ。「これからもこういうイベント、やるんですか?」
「もちろん、これからも続けたいと思っていますよ」
「じゃあ、また是非声をかけてください」蓮が言った。「手伝いますよ」
「俺も」大地が頷いた。
「私も、また聴きに来ます。次はもしよかったら一緒に歌えたらいいなぁっ」芽衣が言った。
「えっ嬉しい、一緒に歌いましょ!」葵が応える。
千尋も嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます。では、みなさんの連絡先を交換させていただいてもよろしいですか?」
五人は連絡先を交換した。
「皆さん、また会いましょう」葵が言った。
「ええ、是非!」千尋が頷いた。
五人は、顔を見合わせて笑った。
8
数年後。
五人は、定期的に会うようになっていた。年に数回は山吹屋に集まる。
一緒に食事をし、他愛のない話をする。仕事のこと、趣味のこと、将来のこと。話題が尽きることはなかった。
ある日、五人は旅館の裏手にある畑を訪れた。大地が、野菜の育て方を教えてくれた。
「土ってのは、命を育む場所なんだ」大地が土を撫でながら言った。「大切に扱えば、必ず応えてくれる」
「音楽と似てるかも」葵が言った。「心を込めれば、ちゃんと届く」
「ああ、そうかもな」大地が微笑んだ。
千尋が、畑の野菜を見ている。「大地さんの野菜、本当に美味しいの。お客様にもすごく好評よ」
芽衣が、しゃがんで土に触れた。「何だか落ち着くね、土って」
「分かる」蓮が隣にしゃがんだ。「俺も好きだな、土いじり」
五人は、畑の前に並んで座った。夕暮れの空、オレンジ色の光が五人を照らす。しばらく、誰も何も言わなかった。でも、沈黙が心地よかった。
「ずっと友達でいようね」葵が言った。
「ああ」「うん」「もちろん」「当然よ」
五人が、笑顔で手を重ねた。温かい手。繋がった手。
太陽が、完全に沈んだ。空には、星が瞬き始めた。五人は、また空を見上げた。確かに、繋がっている。
―完―




