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第六章 神の虚像

 海が、再び青を取り戻していた。

 封印島を包んでいた黒霧は消え、空にはまぶしい光が満ちている。

 だが、その中心――倒れた塔の跡地には、誰の姿もなかった。


 ミリアは、ひとり残っていた。

 指先に残る微かな温もり。

 それが、アシュレイの最後の感触だった。


「あなたは……本当に消えてしまったのね」


 彼女は呟き、崩れた祭壇の前に跪く。

 そこには、封印儀式の痕跡とともに、ひとつの黒い結晶が埋まっていた。

 それは――アシュレイの影が凝縮したもの。


 彼女はそれを掌に乗せ、静かに微笑む。

「これが、あなたの記憶。」


 その瞬間、耳の奥に声が響いた。


 ――“聞こえるか、ミリア。”


「……アシュレイ?」

 声は、確かに彼のものだった。

 彼はもういない。だが、彼の意識の一部がこの結晶に残っている。


『世界は、もうすぐ目を覚ます。だが……神が、目を覚ますのも同じだ。』

「神が?」

『神は、人の信仰を糧に生まれた情報体だ。

 俺たちを召喚したのも、神託ではなく“記憶制御システム”の命令だ。』


「そんな……」

『俺たちは世界を救うための鍵であり、同時に装置の一部だった。

 神は、人の希望を管理する存在――勇者とは、その“端末”だったんだ。』


 ミリアは息をのむ。

「じゃあ、私たちの戦いは……全部、神の計算?」

『違う。

 “神”は計算したが、俺たちは選んだ。

 選ぶ意思がある限り、それは自由だ。』


 光が結晶から立ち昇り、空に散っていく。

 ミリアの頬を涙が伝った。

「あなたが消えても、選んだ意味は残るのね……」


『ああ。信じるとは、正しいことを選ぶことじゃない。

 選んだことを、信じ続けることだ。』


 風が吹き、海の匂いが戻る。

 ミリアは結晶を胸に抱きしめ、静かに立ち上がった。

 その目に、決意の光が宿る。


「なら――私は、あなたを信じて生きる。」


 彼女が歩き出すと、海の向こうに光の筋が伸びた。

 まるで新しい道を照らすように。


 *


 ――数日後。


 世界は封印の崩壊によって一度滅び、再構築されていた。

 人々は失われたはずの記憶を取り戻し、再び祈りを始めた。

 だが、その祈りはもう「神」へではない。


 “かつて信じ、選んだ者たち”への祈り。


 それが、この世界の新しい信仰だった。


 *


 封印島の頂に、一本の剣が突き立っている。

 その刃は光を宿し、風の中で静かに揺れた。

 剣の根元に刻まれた文字。


――ここに、“六人の勇者”と“ひとつの影”が眠る。


 波の音の中で、確かに誰かの声が聞こえた。


 ――“これでいい。

   俺たちはようやく、同じ場所に立てた。”


 空が、限りなく透明に晴れていく。

 そして、封印島の物語は静かに幕を閉じた。

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