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第三章 告発の夜

 海は沈黙していた。

 波の音すら、耳に届かない。まるでこの島そのものが息を潜めているようだった。


 アシュレイは焚き火の前で目を閉じ、思考を整理していた。

 ――聖女レティアの死。

 ――僧侶リュカの失踪。

 ――封印塔から噴き上がる黒煙。

 そして、“七人目は神に呼ばれていない”というカインの言葉。


 考えるほどに、どれも破綻していた。

 神託は絶対であり、召喚術式は完璧であるはずだ。

 それでも、現実に「七人目」が存在する。

 この矛盾は、誰かの意図によって作られたものだ。


「何を考えてるの?」

 背後からミリアの声。

 焚き火の赤が彼女の頬を照らしている。

 普段の聡明な瞳に、今はかすかな恐怖が混じっていた。


「状況整理だ」

「整理できるほど単純なら、苦労しないわよ」

「いや、単純かもしれない」

 アシュレイは薪を見つめながら言った。

「この事件は、“誰が殺したか”より、“誰が本当の記憶を持っているか”が問題だ」


「記憶?」

「七人のうち、誰かの記憶が改ざんされている。

 そうでなければ、召喚陣の“六”と現実の“七”が一致しない」


 ミリアは目を細めた。

「つまり、偽者は他人を装ってるだけじゃなく、“誰かの記憶”そのものを上書きしてる?」


「その可能性が高い」

 アシュレイは彼女をまっすぐ見た。

「昨日、君はレティアの遺言を読んだ。“七は六を照らす影”。

 影を照らすということは、影が光源を隠しているということだ。

 つまり――偽者は、光を見せない役割を持っている」


「難しく言うのやめて」

「要するに、“偽者”が誰かを庇っているかもしれない、ということだ」


 ミリアの表情が固まる。

「庇う……? じゃあ、敵じゃなくて味方?」


「敵味方の区別が意味を持たないかもしれない」

 アシュレイは静かに立ち上がる。

「それを確かめるために、今夜“告発”を行う」


「告発?」


「全員を集めて、順に質問する。

 事実を語る者は矛盾がないはずだ。

 だが、記憶を上書きされた者は必ず“論理のほころび”を見せる」


「裁判みたいね」

「裁きじゃない。確認だ。真実に一番近い者を探す」


 *


 夜。

 礼拝堂の中央に、六人が集まった。

 残る勇者たちの顔には、疲労と疑念が滲んでいる。


 アシュレイが立ち上がり、剣を杖のように床に突いた。

「これより“告発の夜”を始める」


 火の粉が舞う。

 カインが肩をすくめた。

「物騒な名前だな。誰を吊るつもりだ?」


「誰も吊るさない。全員に質問するだけだ」


「質問?」

「簡単だ。“レティアが死ぬ前、最後に何を見たか”。

 それを一人ずつ答えてもらう」


 ミリアが息を呑んだ。

「それって……」


「彼女の死の直前にいた者を割り出す。

 もし誰かの証言が他と食い違えば、その時点で“虚偽”だ」


 順に、証言が始まる。


 狩人ユノは怯えた声で言った。

「僕は部屋で弓の手入れをしてた。悲鳴が聞こえて外に出たときには、もう……」


 ミリアが続ける。

「私は祭壇の裏で碑文を見てた。アシュレイが来て……それから悲鳴が」


 アシュレイは頷いた。

「確かに一緒にいた。彼女を殺す時間はなかった」


 カインは煙草を指先で転がしながら笑う。

「俺は外の見張りだ。誰が出入りしたか全部見てた」


「じゃあ、誰が礼拝堂に入った?」

「……誰も、入ってない」


 場が静まり返る。

 誰も入っていないのに、聖女は殺された。

 その事実が、ひとつの不可能を示していた。


「矛盾があるな」

 アシュレイは冷静に言った。

「礼拝堂の扉はひとつ。閉じたままだった。

 なのに中で殺人が起きている。つまり――」


「“中にいた誰か”が殺した」

 ミリアが呟いた。

 だが、彼女自身が中にいた。


 アシュレイは視線を向けた。

「ミリア。君は、俺が来る前に誰かを見たか?」


「……いいえ」

「本当に?」

「見てないわ。私は……」


 言葉が途切れた。

 彼女の瞳がわずかに揺れる。


「どうした」

「……今、思い出した。

 あの時、背後に“誰かの影”があったの」


「誰の?」

「わからない。でも、人の形じゃなかった。

 動いていたの。壁の上を這うように――」


 空気が凍る。

 カインが低く言った。

「それは、影そのものじゃねえか」


「つまり、“影を斬るな”って遺言は……」

「“影が犯人だ”って意味かもしれねぇな」


 アシュレイは深く息を吐いた。

「なるほど。なら、こう仮定できる。

 ――“七人目”は実体ではなく、影として存在している。

 誰かの記憶を借りて、姿をとっている」


 ミリアが震える声で問う。

「つまり、私たちの誰かが、もう一人の“影”を中に飼ってる?」


「ああ」

 アシュレイの声は静かだった。

「影は、宿主の記憶を喰いながら生きている。

 だから、誰が宿主かを突き止めれば、影を暴ける」


「……それを、どうやって見抜くの?」

「簡単だ」

 アシュレイは剣を引き抜き、床に突き立てた。

「影は記憶を模倣するが、“感情”までは完璧にコピーできない。

 だから――“感情の矛盾”を見つければいい」


 全員が息を呑む。

 カインの目が細まった。

「つまり、誰かが“悲しむふり”をしてるってわけだ」


 火がぱちりと弾けた。

 その音に重なるように、ユノの小さな声が響いた。


「……ぼく、ひとつだけ変だと思ってたんです」


「何が?」


「レティアさんが死んだとき……ミリアさん、泣いてなかった」


 視線が一斉に賢者へと向かう。

 ミリアは口を開こうとして、言葉を失った。

 彼女の頬には、涙の跡がひとつもない。


「違う……私は……」


「感情の矛盾、だな」

 カインの声が冷ややかに響く。

「泣けなかったのか? それとも、泣く感情が最初からなかったのか?」


 ミリアは震える唇を噛んだ。

「私は……人を殺してない。けど――」

 そこまで言いかけて、口を閉ざす。


「けど?」

 アシュレイが促す。


「……誰かを、覚えてないの」


 沈黙。

 全員の心臓が、同時に止まったような感覚。


「どういうことだ」

「私……この島に来てから、何かが抜け落ちてる。

 顔も、声も、思い出せない“誰か”がいる。

 でも、その人のことを、私は確かに――好きだった」


 その瞬間、火が強く燃え上がった。

 炎の中に、一瞬だけ“もう一人の顔”が浮かんだ。

 見覚えのある輪郭。

 だが、その名を思い出せる者は、誰もいなかった。


「……証明されたな」

 アシュレイが低く呟く。

「“七人目”は、記憶から消された存在。

 けれど、今も誰かの中に、影として生きている」


 その夜、誰も眠らなかった。

 翌朝、ミリアは姿を消した。


次章予告:第四章「影の宿主」


ミリアの残した魔術書に「記憶封印術」の痕跡


誰が宿主か? 誰が“記憶を失った本人”か?


そして、アシュレイがついに――“自分の記憶”に矛盾を見つける

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