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封印島の七使徒 ―誰が偽りの勇者か―

 夜は深く、月は血のように赤かった。

 祭壇の前で倒れた聖女レティアの体は、夜風にさらされてもなお光を放っていた。

 まるで神の灯火が消えるのを拒むかのように。


「……本当に、死んでるのか?」

 アシュレイが跪き、指先で脈を確かめた。

 冷たい。温もりはもうない。

「印が消えた。神に還った証だ」


 誰も言葉を発せなかった。

 レティアの死が意味するのは、ただひとつ――

 勇者の中に、勇者殺しがいる。


「投票の必要は、なくなったわね」

 ミリアが震える声でつぶやく。

「これで“七人”は“六人”になった。儀式は……できる?」


「問題はそこじゃねえだろ」

 カインが壁にもたれ、薄く笑う。

「誰がやったか、だ。俺たち全員が容疑者だ」


 狩人のユノが顔を青くする。

「じゃ、じゃあ……僕たちの中に、本当に“偽者”が?」


「偽者、か。あるいは――神が最初から七人を選んだ理由が別にあるのかもな」

 アシュレイの言葉は重い鎧のように沈んだ。


「でも、見たでしょ?」

 ミリアが叫ぶ。

「レティアの印は消えたの! 神は彼女を見放した! それってつまり――偽者だったってことじゃない!」


「違う」

 低く響く声。僧侶リュカが首を振った。

「印が消えるのは“死”の印。誰が偽者でも、死ねば同じだ」


「じゃあ、どうすればいいのよ!」


 礼拝堂の壁がきしみ、風が火を揺らした。

 七つあった蝋燭のうち、一つが消えている。

 残る光は六つ――。


 カインが静かに言った。

「まるで神が遊んでるみたいだな。六人残して、誰が次に消えるか試してやがる」


「ふざけるな!」

 アシュレイが彼の胸ぐらを掴む。

「お前がやったのか、カイン!」


「……俺ならこんな下手な殺しはしない」

 黒衣の男の瞳は夜の底のように冷たかった。

「首を一突きだ。なのに心臓に“黒槍”だと? そんな技を使う奴は、この中で一人だけだ」


 沈黙が走る。

 皆の視線が、杖を握るミリアへと向いた。


「な、何よその目!」

「賢者の魔術は、貫通呪。黒炎を槍に変えるんだろ?」

「わ、私はやってない! 誓って!」


「誓いなんて、もう意味がない」

 アシュレイが呟いた。

「信じる理由が、どこにもない」


 そのとき、リュカが祭壇の前に膝をついた。

「静まれ。レティアの遺体をそのままにしておくのは神への冒涜だ」


 彼は懐から聖布を取り出し、彼女の体を包む。

 淡い光が広がり、遺体は砂のように崩れていった。

 残されたのは、金の指輪と、一枚の羊皮紙。


「これは……遺言?」

 ミリアが覗き込む。そこには震えるような筆跡で、こう記されていた。


“七つ目の光は偽物にあらず。

七は六を照らすための影。

汝ら、影を斬るなかれ。”


「……何の意味?」

「暗号だろ」

 カインが呟いた。

「影を斬るな。つまり、偽者を殺すな、ってことか?」


「そんな馬鹿な」

 アシュレイが拳を握る。

「偽者を野放しにしておけば、儀式が壊れる。世界が滅ぶんだぞ」


「それでも、“七”でなければ何かが欠ける。そういう意味かもしれない」

 リュカが紙を握りしめる。

「封印の儀は、“七つの光がひとつになるとき”と書にある。

 つまり最初から、七人必要だったのではないか?」


 誰も答えられなかった。

 答えを持つ者がいない。

 ただ、疑いだけが残る。


 *


 翌朝。

 礼拝堂の鐘が鳴ると同時に、ミリアの悲鳴が響いた。


「リュカが……いない!」


 ベッドには、血の跡ひとつ残っていない。

 ただ、枕元の壁に指で刻まれた文字。


“神を疑う者に、救いなし。”


「神を……疑う者……」

 アシュレイは唇を噛んだ。

「昨日、最後に神を疑ったのは――」


「カイン……あんたね!」

 ミリアが杖を突きつけた。

「昨日、神を嘲ったでしょ! それで罰を受けたのよ!」


「はは、冗談じゃねえ。

 俺が神を疑っても、消えるのは俺だろう? 消えたのはリュカだ」


 アシュレイが剣を構える。

「カイン、正直に言え。お前は何を知っている?」


「知りたいか?」

 黒衣の男の口元がわずかに歪む。

「――七番目の勇者は、最初から存在してねぇんだよ」


「どういうことだ!」

「召喚陣の記録を見た。召喚されたのは“六”。だが、島に降り立ったときには七人いた。

 つまり一人、“途中で増えた”。」


「じゃあ、誰が――」

「さあな。ただ言えるのは、

 七人目は神に呼ばれていない。」


 沈黙。

 ミリアの手が震え、杖が床を打つ。

「じゃあ……“七人目”が、魔王の眷属だということ?」


「かもな」


 その瞬間、外の海が鳴った。

 封印の塔から、黒い霧が噴き上がる。

 空が裂け、鳥が落ちる。


 カインが窓の外を見上げた。

「間に合わねえな。封印が、解ける」


「なぜだ!」

 アシュレイが叫ぶ。

「儀式までまだ二日あるのに!」


「……だから言ったろ」

 カインの視線は鋭かった。

「神は七を選んだ。

 でもそのうち一人は、“神の敵”だった。

 ――この中の誰かが、魔王そのものだ。」


 嵐が吹き荒れる。

 六人の間に、もはや信頼はなかった。

 目を合わせれば、疑いが芽吹く。

 沈黙すら、刃に変わる。


 遠く、塔の鐘が鳴った。

 第一の封印が、破壊された音だった。


次章予告:第三章「告発の夜」


“一人が嘘をついている”


ミリアが疑われ、密かに反撃を開始


塔へ向かう決死の探索で、もう一つの「印」が見つかる


そして明かされる、「七人目」は――誰かが“思い出してはいけない”存在

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