第一章 六人のはずだった
――六人のはずだった。
だが、そこには七人いた。
海霧の中、古い石碑が立ち並ぶ“サルガドの島”。
世界の魔を封じる聖域。
その中央に、七つの光が降り注いだ。
「……召喚、成功です」
そう告げたのは、銀髪の少女――聖女レティア。
彼女の掌には“神託の印”が光っていた。
他の者たちも順に目を開ける。剣士、弓手、賢者、騎士、僧侶、狩人……そして黒衣の男。
全員の右手に、同じ印が輝いていた。
「ちょっと待って」
最初に声を上げたのは、栗髪の賢者ミリア。
「“神選の勇者”は、六人のはずよ。なのに、どうして――七人いるの?」
沈黙。
潮の音だけが、ざわ、と耳を打つ。
「数え間違いでは?」と、鎧の男アシュレイが笑いを含む。
だがその声は、どこか乾いていた。
「冗談を。神託の召喚陣は完璧でした。七人も転移したなんて、そんなはずが……」
聖女レティアが祈るように言う。
「もしかして、神の御心……追加の勇者が――」
「そんなわけあるかよ」
黒衣の男が嘲るように言い放った。
「“偽者”が混ざってるんだ。神を騙した誰かがな」
空気が凍りつく。
彼の名はカイン。元は裏社会で“影の刃”と呼ばれた暗殺者。
その言葉の鋭さが、沈黙を裂いた。
「証はあるの?」とミリアが言う。
「だって、みんな“印”を持っているわ」
カインは肩をすくめた。
「神の証だろうと、偽れるさ。神を信じるほど、俺は純粋じゃない」
その瞬間、聖女が一歩踏み出す。
「不敬です!」
「不敬でもいいさ。……どうせ、誰かは死ぬ」
潮風が、血の匂いを運んでくる。
まだ誰も死んでいないのに、なぜか“血”の幻臭がした。
七人は互いを見た。
名前すらまともに知らない。
それでも、心の奥で――誰もが確信していた。
この中に、敵がいる。
*
その夜、七人は廃墟となった礼拝堂に集まった。
古い祭壇の上には、封印石が輝いている。
この島の中心。魔王の心臓を封じる最後の砦だ。
「封印儀式は三日後」とレティア。
「儀式には“六人の聖印”が必要です。七人では成立しません」
「つまり、偽者を排除しなきゃいけないってことか」
アシュレイが短く言い切る。
「でも、どうやって?」とミリア。
「全員が本物の証を持ってるのに……」
そのとき、年少の狩人ユノがぽつりと呟いた。
「じゃあ……投票で決めればいいんじゃないですか?」
「は?」
「話し合って、一番“怪しい人”を排除するんです。
もし本当に偽者がいるなら、その人を――」
「処刑するの?」
ミリアの声が震えた。
「そんなこと、神が望むはず――」
「神が望まなくても、俺たちは生き残らなきゃいけない」
アシュレイの剣が、蝋燭の光を弾いた。
「この島は、外と遮断されてる。補給も通信もない。三日以内に終わらせなければ、全員死ぬ」
「……まるで、罰の島だな」
カインのつぶやきに、誰も返さなかった。
*
夜更け。
月が海を銀に染める頃、
ミリアはふと、祭壇裏に刻まれた古い碑文を見つけた。
――“神託は六にして七、七にして一。真なる者は最後に笑う。”
「……どういう意味?」
呟いた瞬間、背後で足音がした。
「賢者殿、何を見ている?」
アシュレイが立っていた。
「……碑文よ。気味が悪くて」
「夜は危険だ。離れろ」
そう言って近づいた彼の鎧の隙間から、光が漏れていた。
――聖印の光。
だが、通常の白銀ではなく、赤。
血のように、暗く脈打つ紅。
「それ……」
「言うな」
アシュレイの声は低く、鉄のように冷たい。
「俺の印は、少し特殊なんだ。誰にも話すな」
「でも、それは――」
刹那、扉の向こうで悲鳴が上がった。
駆け出す。
礼拝堂の外、倒れていたのは――聖女レティアだった。
胸には黒い槍が突き刺さっている。
血は流れない。ただ、光が漏れて消えていく。
彼女の右手の聖印が、霧のように散った。
「嘘……」
「死んでる……」
「誰がやった!?」
叫ぶアシュレイの声が夜を裂く。
カインは静かに笑った。
「一人、減ったな。六人になった」
「まさか……お前が!」
剣が抜かれ、炎が灯る。
だが、彼の視線はどこか遠くを見ていた。
「いいや。違う。
本当は――最初から六人しかいなかったのさ」
意味を理解する前に、風が吹き抜けた。
祭壇の上の封印石が、微かに震えていた。
まるで、誰かが笑っているかのように。