第27話 噂話
酔いが回りきったレナータが、ふとカイの隣に立てかけてある新しい長剣に目をやり、満足げにその刀身を指さした。その瞳は、我が子の成長を誇る母親のように、誇りと愛情に満ちている。
「どうよ、カーラ。あんたにも見せてあげるわ。あたしの最高傑作よ」
彼女は、自慢の酒を自慢するように、カーラに向かって胸を張った。
「カイの祝福とこの剣さえあれば、そこらの魔物に遅れを取ることはないはず」
カイは、そのあまりにストレートな物言いに、照れくささと誇らしさでどうしていいか分からず、ただグラスの中のワインを見つめる。
カーラはそんな二人を微笑ましそうに眺め、意地悪するような声を出した。
「あらあら、楽しい仕事だったようで何よりだけど、明日から退屈になっちゃうんじゃないの?」
「うっ……。そうだ。アルティの連中に訳わからん武器の依頼をされたんだった。まったく、急ぎでそんなに武器を用意して、誰が何と戦うつもりなんだか」
レナータは吐き捨てるようにワインを呷った。するとカーラが思い出したように口を開いた。その自然な素振りは、まるで今思いついたかのようだったが、カイには計算されたタイミングのように感じられた。
「そういえば、最近、北の方の商人さんたちと会わなくなったと思わない?」
「ああ、確かに。ロッカのマルコ爺さんからも、ここ一月は音沙汰ないわね。いつもなら、新しい鉱石の話を持ってくる頃なのに」
レナータが思い出したように頷く。
「実は私も気になって、少し調べてみたのよ。北の関所の知り合いに聞いたら、面白いことを教えてくれたわ」
「面白いこと?」
プリルが興味深そうにカーラを見上げる。
「ここ数週間で、北から南へ向かう馬車の数が異常に多いんですって。しかも、荷物の量が尋常じゃない。まるで…」
カーラは一度言葉を切り、全員の注目を集めてから続けた。
「引っ越しでもするみたいに、財産を根こそぎ持ち出してるような感じらしいのよ」
それを聞いて、「戦でも始まるの?」とレナータが顔色を変える。しかしカーラは首を横に振った。
「戦なら、もっと別の動きがあるはずよ。それに、逃げてくるのは商人だけじゃない。貴族や地主まで、こぞって南へ移動してる」
「何から逃げてるんだ?」
カイが素朴な疑問を口にすると、カーラは意味ありげな笑みを浮かべる。
「そうねぇ、カリマーラ商会って知ってる?」
「ああ、あの強欲な。どんな危険な状況でも、利益になるなら飛び込んでいく連中ね」
「その通り。でも、そのカリマーラ商会が、先週、北への定期便を全て中止したのよ」
場の空気が少し変わる。ベルクトも興味深そうに身を乗り出した。
「ほう、それは確かに尋常ではないな」
「でしょう? あの守銭奴たちが、確実な利益を捨てるなんて」
カーラは指でテーブルを軽く叩きながら、核心に近づいていく。
「それで、私もさすがに気になって、もう少し深く調べてみたの。そうしたら…」
彼女は声を潜め、まるで秘密を打ち明けるように言った。
「北の村で、妙な噂が広がってるらしいのよ」
「妙な噂?」
「最初は家畜が消えたって話だったんですって。牛や羊が、夜の間に跡形もなく。村人たち『黒い影が空を覆った』『炎の雨が降った』って言うのよ。そして誰もが同じ名前を口にする」
レナータが、カーラの思わせぶりな態度に苛立ち、テーブルに手をついてぐいっと体を乗り出した。
「なによもう、もったいぶらないで言いなさい」
「ただの魔物なら、私もこんな言い方はしないわ。相手は――龍よ」
「龍」という言葉が口に出された瞬間、まるで気温が下がったかのような錯覚に囚われた。プリルは小さく身を震わせ、カーラの膝の上で丸くなる。
その時、それまで静かにグラスを傾けていたベルクトが、ふっと息を漏らし、静かに言葉を放った。
「龍か。人類にとって、最も恐るべき天敵だな」
その口調は、まるで学術的な講義をするかのように淡々としていた。
「200年以上生きる龍は成龍、それより幼い龍は幼龍と呼ばれる。有史以来、人類が成龍を倒したのは、たった二度きりだ」
「二度だけ?」
カイが驚きの声を上げる。
「ああ。しかもその二度とも、国家が総力を挙げ、数万の兵士と魔術師を投入した末の勝利だった。生還者は…ほんの一握りだったそうだ」
カーラが補足する。
「私の知る限り、最後に成龍が倒されたのは三百年前のことよ。エストラ王国が、国の存亡をかけて戦った『銀鱗戦役』。国民の三分の一が犠牲になったと言われているわ」
カイは自分の新しい剣が、急に頼りない木の枝のように感じられた。彼は、かろうじて声を絞り出す。
「なんでそんなに強いんだ……?魔法が効かないのか……?」
その問いにベルクトは、まるで待ち望んだ質問だとでもいうように、瞳を輝かせた。
「効かぬ、というより、届かぬのだ、カイ。龍は年を経るごとに、その『律動』……生命力とでも言うべきものが際限なく増大していく。成龍が放つ『律動』は、それ自体が巨大な嵐のようなものだ。我々が放つか細い魔法の律動など、その嵐に飲み込まれ、形を保つ前に霧散してしまう。まともに干渉するには、こちらも同等か、あるいはその嵐の“目”を的確に突くほどの、異質な律動をぶつけるしかない」
皆が恐怖に凍りつく中、ベルクトはお気に入りの玩具を自慢するような楽しげな口調だった。研究者としての、狂気に近い純粋な好奇心が垣間見える。
「でも成龍なんてものが、こんな人間の街の近くに現れるわけが……!前回が三百年前じゃ、誰も本物の成龍なんて知らないんだ。せいぜい生まれたばかりの若い龍でしょ」
レナータが震える声でそう言うと、ベルクトは自嘲するように、か細く笑った。
「そうだといいがな。しかし二百歳以下の幼龍といえど、人間とは猫とネズミほどの差がある。街の一つや二つ、簡単に滅ぼす存在だ。用心するに越したことはない」
プリルは恐怖で体を白く濁らせ、カーラの膝の上で体を小さく丸めながら、小さな声で呟いた。
「龍、こわい……ベルクト、どうするの?」
しかし、ベルクトは何も言わず、ただ杯に残ったワインを飲み干した。その瞳の奥に、恐怖ではなく、ある種の期待のような光が宿っていた。
外からはシトシトと雨音が聞こえはじめる。雨のせいか、あるいは夜が更けたのか、辺りは急に寒くなっていた。
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