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第23話 星影と糸杉

 鍛冶アルティのバルドゥッチが工房を訪れてから、レナータはほとんど寝食を忘れ、昼夜を問わず鍛冶炉の前に立ち続けた。


 その顔には極度の疲労の色が滲んでいたが、瞳の奥には狂気にも似た集中の炎が燃え盛り、彼女の全身からは、まるで魂そのものを削り取って鉄に叩きつけているかのような、凄まじい気迫が立ち昇っていた。


 そして、約束のひと月が少し過ぎた日の午後。

 

 数日間、工房に完全に籠りきりだったレナータが、扉を開けて姿を現した。銀灰色の髪は汗で束になり、作業着は煤と鉄粉で汚れ、その顔は極限までの疲労で青白かった。しかし、その表情には、深い満足感と、全てを出し尽くした者だけが持つ静かな誇りが浮かんでいた。


「…カイ、入ってきて」


 その声は(かす)れていたが、確かな力を感じさせた。


 カイは、緊張した面持ちで、ベルクトとプリルと共に工房の中へと足を踏み入れた。工房の中央に置かれた巨大な作業台の上には、黒い布がかけられた何かが置かれている。レナータはゆっくりとそれに近づき、まるで神聖な儀式を執り行うかのように、厳かにその布を取り払った。


 現れたのは、一本の長剣と、腰に下げるのにちょうど良いサイズの短剣だった。


 長剣は、夜空の星々を溶かし込んで鍛え上げたかのような微細な紋様を持ちながら、立ち並ぶ墓石のように、静かで、冷たいほどの気品を放っている。短剣の黒檀のような柄には、あの「星詠みの涙」が埋め込まれ、周囲の光を吸い込むかのように、深く、神秘的な蒼い光を宿していた。


 目の前に置かれた2振りの剣。その圧倒的なまでの存在感にカイは声を失った。それは単なる武器ではない。稀代(きたい)の鍛冶師が魂を削って打ち上げた芸術品であった。


 レナータはまず、その短剣をカイの前に置いた。


「こっちは『星影オンブラ・アストラーレ』。見ての通り「星読みの涙」を使ってるわ。この石は律動の乱れ、つまり敵意や危機、相手の弱点――そういった本来見えない“影”を拾う。あんたの祝福とは相性がいいはずよ」


 次に、長剣を手に取る。その手つきは、どこか特別な、覚悟を決めたもののように見えた。


「……そして、こっちが『糸杉(チプレッソ・フネブレ)』」


 カイはその名を聞き、戸惑いを隠せずに尋ねた。


「糸杉…?それって、墓場に植える木じゃ……」


「ええ、そうよ。墓守の木ね。」


 レナータはカイの言葉を肯定し、その真っ直ぐな瞳でカイを見据えた。


「だけど、あの木は天に向かって、ただひたすらに真っ直ぐ伸びる。一切の迷いなく。今のあんたに必要なのは、その覚悟だと思ったの」


 彼女は一度言葉を切り、長剣の刀身に視線を落とした。


「最高の素材で、今の私の最高の仕事はしたわ。だけど、万能じゃない。糸杉の木は一度折れたら、二度と芽吹かない。それで終わり。……だからこそ、一振り一振りを無駄にしないで。この剣の命を、あんたがどう使い切るか、見せてもらうわ」


 そして、レナータはもう一度、カイの目を見た。その声には、不器用だが、確かな温もりが宿っていた。


  「わー!カイ、かっこいい!ピカピカだね!」


 プリルは、完成した武具に誰よりも早く興味を示し、カイが剣を受け取ると、歓声を上げてその周りを飛び跳ねた。その時、レナータが少し照れたように、しかしぶっきらぼうにプリルを呼び止めた。


「……そこのぷるぷる。あんたにも、まあ……これをあげる」


 そう言って彼女が懐から取り出したのは、小さな、星形を模した可愛らしいペンダントだった。それは、短剣の柄に使われた「星詠みの涙」の余った破片で作られたものらしく、プリルの小さな体にちょうど良い大きさで、短剣と同じ神秘的な蒼い光を宿していた。


 プリルは、自分にも贈り物があると知って、きょとんとしたように動きを止め、それから信じられないといった様子でレナータを見上げた。


「何の力もない、ただの石ころのかけらだけどね。捨てちゃうのは、なんだか忍びなくて」


 レナータは顔をそむけながら、ペンダントをプリルの前に差し出す。その耳の先が、わずかに赤らんでいるのをカイは見逃さなかった。


「…………!」


 プリルは声にならない歓声を上げると、その小さな体をレナータの胸に勢いよく飛び込ませ、ぎゅっと抱きついた。そして、これまで聞いたこともないような、心の底からの喜びと親愛に満ちた声で叫んだ。


「レナータお姉ちゃん、ありがとう!プリルの、宝物にするの!カイとお揃いなのー!」


「お、おい、お揃いじゃない!た、たまたま同じ石だっただけ!」


 慌ててプリルを引きはがそうとするレナータだったが、その手つきは驚くほど優しかった。プリルはレナータの腕の中で、受け取ったペンダントを自分の体の中に大事そうに取り込み、嬉しそうに体全体をキラキラと輝かせた。


 カイの胸に温かいものが込み上げてきた。このひと月の間、この工房の厳しい空気の中で、プリルの無邪気さは確かに救いになっていた。それを誰よりも感じていたのは、口では文句を言っている、この不器用で優しい鍛冶師だったのかもしれない。

たくさんの作品の中からお時間をいただき、ありがとうございます!


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