第18話 星詠みと夜明け
レナータは名残惜しそうに『星詠みの涙』をカイに再び手渡しながら言った。
「さて、カイっていったかしら。この『星詠みの涙』はね、ただ綺麗なだけのお飾りなんかじゃないのよ」
レナータは、まるで秘宝の伝説を語る吟遊詩人のように、熱っぽく説明を始めた。
「この『星詠みの涙』はね、ただ綺麗なだけじゃない。その名が示す通り、星のように未来を告げるのよ」
彼女は人差し指を立てる。
「持ち主の危機や、向けられた悪意に呼応して、氷のように冷たくなる。凶星が輝くみたいに、『警告』を発するの。……もっとも、その声を聞ける人間は滅多にいない。ほとんどの奴にとっては、ただの綺麗な石ころでしかないけどね」
その言葉にカイはこれまでの旅の記憶が蘇った。確かにカイが危機に陥る前、この宝石は不思議な冷気を放つ時があった。
そのことを話すと、「…へえ。まあ、そもそもこの石を見つけたのもあんただもんね。本当に面白い感覚を持ってるんだね」とレナータは、感嘆の声を漏らした。
その声色は、先程までの警戒心が嘘のように弾んでいた。純粋な驚きと、職人としての探究心をくすぐられたような喜びが滲んでいた。
「分かったわ」
レナータは、きっぱりと言い切った。その声には、迷いも躊躇もなかった。
「カーラの知り合いってのが、どうにもこうにも引っかかるけど……。でも、私が『星詠みの涙』を扱う機会なんて、次はいつになるか分からない。それもどこぞの貴族じゃなく、この石を使いこなせる奴の為に仕事が出来るなんて、二度とないかもしれない。この辺の凡百な鍛冶師の駄作に使われたら、きっと一生後悔するわ」
彼女はカイに向き直り、悪戯っぽく片目をつぶった。
「仕事、受けてあげる。あんたのために、この『星詠みの涙』を使った最高の武具を、私が作ってあげるわ!」
レナータの彼女の言葉には職人としての情熱とプライド、そして好奇心が詰まっていた。
まだ出会って間もないカイでさえ、レナータの実直な性格はひしひしと感じられた。
「レナータ…さん…!」
カイの声は、感謝と感動で震え、深々と頭を下げた。
「本当に…本当に、ありがとうございます…!どうか、よろしくお願いします!」
レナータは、そんなカイの姿をじっと見つめていたが、やがて少し照れたように視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「……かしこまったのは性に合わないの。レナータでいいわ。でも正直、これだけの仕事、あなたが満足に代金を払えるとは思えないけど……」
カイは慌てて革袋の中身をぶちまけると金貨8枚だけが入っていた。
数日前のベルクトの行動を思い出す。ベルクトが奇妙なガラクタに大量の金貨を何枚もつぎ込んでいなければ、もう少し懐に余裕があったはずだ。カイは今更ながら頭を抱えたくなった。思わずベルクトに視線を向けるが、わざとらしく目線を逸らした。
そんな様子をみてレナータは呆れたように笑った。
「ほとんど素材代ね。まあ、今回は特別よ。『星詠みの涙』に触れる機会をくれたんだし、それで手を打ってあげる」
彼女はカイが差し出した8枚のアウラ金貨を受け取ると、値踏みするように口の端を上げて笑った。
※※※※※※
職人としての興奮が少し落ち着くと、レナータは腕を組み、ふと現実的な問題に思い至ったような顔をした。
「さて制作には最低でもひと月はかかるわ。これほどの素材だもの、中途半端な仕事はできない。もしかしたら、それ以上かかるかもしれないけど、覚悟はいいわね?」
「ひと月…」
カイはレナータの言葉を反芻し、改めて制作期間の長さを認識した。同時に、宿代にも事欠く自分たちの現状を思い出し、顔が曇っていく。ベルクトの方をちらりと見るが、彼は相変わらず我関せずといった表情で工房の隅の書物を眺めている。プリルだけが、カイのそんな様子を心配そうに見上げていた。
レナータは、そんなカイたちの様子を見て、大きなため息を一つついた。
「…はぁ。あんたたち、まさかその間、そこらで野宿でもするつもりじゃないでしょうね? テッラローザの夜は、見た目よりずっと冷えるんだから。風邪でも引かれたら、こっちが迷惑だわ」
その言葉はぶっきらぼうだったが、カイたちを心配する気持ちが透けて見えた。
「それに、その…ぷるぷるしたのも一緒じゃ、何かと面倒だろうしねぇ」
レナータは少し呆れたように、しかしどこか優しげな眼差しでプリルを見た。プリルは「プリル、面倒じゃないもん!」と抗議するように体を揺らした。
「剣だけじゃなくて、あんたのその体格ならちゃんとした防具も必要になるでしょ? 採寸とか仮合わせとかで、何度も工房に呼び出すのも手間だし…ああもう、仕方ないなぁ!」
レナータはぶつぶつと独り言のように言いながらも、明らかにカイたちへの配慮を見せていた。そして、意を決したように言った。
「…この工房の裏に使ってない離れがあるの。埃まみれだけど、雨風はしのげるはずよ。制作期間中だけだからね!その代わり、家賃代わりに工房の掃除とか私の食事の準備くらいはしっかり手伝ってもらうんだから! それと、私の仕事の邪魔だけは絶対にしないでよね。分かった?」
それは、彼女なりの不器用な優しさの表れだった。口調は相変わらずぶっきらぼうだが、その言葉の端々には、カイたちを気遣う温情が滲み出ていた。
「え…本当ですか!?」
カイは、レナータからの思いがけない提案に、驚きで言葉を失いそうになった。
「ありがとうございます、レナータさん!もちろんです、掃除でも食事の準備でも、何でもやります!絶対に邪魔はしません!」
勢い込んで、カイは深々と頭を下げた。
レナータは照れくさそうに「だからレナータでいいって。それに敬語もいらないわ」と返した。
こうして、レナータの工房での奇妙な共同生活はにわかに始まった。工房の窓から差し込む西日が、彼らの新たな日常の始まりを、静かに照らし出していた。
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