第15話 カーラの紹介
ベルクトの放つ風の刃がカイの喉元に迫る。以前なら反応すらできなかったであろうその一撃を、カイは最小限の動きでいなし、懐から放った魔法の光で反撃を試みた。テッラローザでの修練とベルクトの的確な指導は、カイの魔法技術と『共鳴感知』を、もはや別次元のものへと昇華させていた。
しかし、新たな問題も浮上していた。
夕暮れ時、訓練を終えたカイは、テッラローザ郊外の古遺跡の石段に腰掛け、愛用している短剣を見つめていた。行商人時代から腰に下げてきた、いわば相棒だ。しかし、無数の戦闘でついた刃こぼれは隠しようもなく、今や「武器」と呼ぶのも憚られるほど頼りなかった。
彼は懐から、カーラから以前渡されたメモを取り出した。「武器が欲しいならレナータのところへ」――その簡潔な言葉が、今のカイにとっては一条の光のように思えた。
意を決したカイは、訓練の後片付けをしていたベルクトに声をかけた。
「ベルクト…俺、もっとマシな武器が欲しい。今のままじゃ、あんたに教わった魔法も、この『共鳴感知』も、本当の意味で活かせない気がするんだ」
自分の現状認識と欲求を、素直に伝える。それは、以前のカイには考えられない変化だった。
カイの言葉を受け、ベルクトは彼の腰の短剣へ視線を落とす。そして、静かに頷いた。
「確かに今の君の力は、その粗末な玩具では十全に発揮できまい。そのレナータという鍛冶師が、カーラの言う通り本物ならば、試してみる価値はあるだろう。テッラローザは職人の街だ。傑物の一人や二人、隠れていてもおかしくはない」
「新しい武器、プリルも見たいー!」
カイの肩の上で、プリルが無邪気に声を上げた。
夕焼けが西の空を茜色に染め、訓練場の古遺跡に長い影を落としていた。カイは、手の中の古い短剣を強く握りしめた。その冷たい感触とは裏腹に、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。新たな目標が、その鉄塊を握る手にぐっと力を込めた。
※※※※※※
空を分厚い雲が覆い、時折冷たい雨がぱらつく、冬の訪れを告げるような日だった。カイたちはレナータの工房を目指し、テッラローザの職人街へと足を踏み入れた。昼下がりの日差しは強いが、石畳の道は建物の影になって少し薄暗い。
鍛冶屋の槌音、木工屋の木を削る音、商人たちの威勢の良い掛け声。焼けた鉄と木材、なめし革の匂いが混じり合い、街全体が巨大な生命体のように力強く脈打っていた。
カイは少し気圧されながらも、カーラから教えられた情報を頼りに、目的の工房を探した。プリルはカイの肩の上で、珍しそうに周囲の工房の様子を見回している。
ようやく見つけたレナータの工房は、職人街の喧騒から少し離れた裏路地、目立たない場所にひっそりと佇んでいた。石造りの壁は古びて黒ずみ、扉にかかる古びた鉄の看板には、かすれた文字で「レナータ・ヴェルディ」と刻まれていた。
(ここか…カーラが言ってた鍛冶屋か。本当に腕がいいんだろうか…?なんだか、入りにくい雰囲気だな…)
カイは深呼吸を一つして、工房の重そうな石造りの扉を叩いた。コンコン、という乾いた音が、静かな路地に響いた。
カイが扉を叩いてから、しばしの沈黙があった。やがて、ギィ…という重い音と共に、扉がわずかに開いた。
隙間から現れたのは、一人の女性だった。銀灰色の長い髪を後ろで無造作に束ね、鍛冶仕事用の汚れた革のエプロンを身に着けている。長身で、鍛えられたしなやかな体つきは、一目で屈強な職人であることを物語っていた。しかし、それ以上にカイの目を引いたのは、その瞳だった。燃え盛る熾火のような、鮮烈な赤みを宿した瞳。その瞳は鋭く、闖入者であるカイたちを射抜くように見据えていた。
「…何かしら、お客さん? うちは今、立て込んでるんだけど」
ぶっきらぼうな、低い声だった。その声には明確な警戒心が滲んでいた。
カイは緊張しながらも、努めて礼儀正しく口を開いた。
「あの、すみません。武具の製作をお願いしたいのですが……カーラ・ロッシさんの紹介で……」
その瞬間だった。カイが「カーラ・ロッシ」の名前を口にした途端、女性――レナータ・ヴェルディの整った顔がみるみるうちに険しくなり、その熾火色の瞳に露骨な嫌悪と軽蔑の色が浮かんだ。尖った耳に揺れる、彼女の民族伝来であろう月の雫のような小さな銀の耳飾りが、怒りに呼応するかのように微かに震えた。
「……あの女の知り合い? なら話は早い。さっさと帰りなさい!」
レナータは吐き捨てるように言い放ち、カイたちの返事も聞かずに、ピシャリと音を立てて扉を閉めてしまった。
「え…? な、なんで…?」
閉ざされた扉を前に、カイは呆然と立ち尽くす。予期せぬ拒絶に、胸に灯ったばかりの期待は一瞬で砕け散った。
プリルはレナータの剣幕に驚き、「こわいお姉ちゃんだー!」とカイの肩にしがみついた。
重い扉の向こうからは、レナータが作業を再開したのか、微かに金属を打つ音が聞こえてくる。その音は、カイにとって、他人を拒絶するような冷たい響きに感じられた。
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