第11話 共鳴感知
ベルクトに弟子入りを許されてから、カイの生活は一変した。
テッラローザ郊外の古い遺跡は、彼らの新たな修練場となった。崩れた石壁に蔦が絡まり、所々に野生の花が咲いている。昼間の日差しは強く乾燥しているが、遺跡の中はひんやりとして薄暗く、神聖な静寂が漂っていた。鳥のさえずりが断続的に響き、遠くの教会の鐘が、朝の始まりと一日の区切りを告げる。
カイの修練は過酷を極めた。ベルクトは、カイの「共鳴感知」の才能を最大限に引き出すため、一切の妥協を許さなかった。
「魔力の流れを読め!攻撃の予兆を感じろ!」
ベルクトの鋭い声が遺跡の広場に響き渡り、それと同時に、カイの目の前に燃え盛る火球が迫る。
カイは汗だくになりながら、それを必死に回避しようとする。しかし、現実は厳しい。
「くそっ、また焦げた…!」
服の袖が焼け焦げ、軽い火傷を負う。その度に、隅で見守っていたプリルが「カイー、大丈夫―?」と心配そうな声を上げる。カイは苦笑いを浮かべながらも、すぐに立ち上がり、再びベルクトと向き合った。
「何度言ったら分かる。目で見て避けようとするな」
ベルクトの声は冷たいが、常に論理的で的確だった。カイは言われた通り、意識を集中し、自身の「共鳴感知」を研ぎ澄ませていく。すると、徐々にではあるが、ベルクトが魔法を放つ瞬間の微細な魔力の揺らぎや、攻撃が飛んでくる軌道の「律動の予兆」のようなものが、ぼんやりとだが感じ取れるようになってきた。
(ベルクトの言う通りだ…意識を集中すれば…見える…!魔法の軌道が…!)
最初は漠然としか感じられなかった魔力の流れや、攻撃が放たれる瞬間の微細な「律動の予兆」が、訓練を重ねるうちに、より鮮明に、より具体的に感じ取れるようになってきた。
そしてある時、カイの中で何かが繋がった感覚があった。ベルクトが放つ火球の、その発射されるほんの僅かな瞬間に、火球を構成する「火の律動」が一点に収束し、爆発的なエネルギーへと転化する予兆――それを完璧に読み取ったのだ。カイは、火球が放たれるよりも早く回避動作を取り、魔法は彼のいた空間を虚しく通り過ぎた。
世界との一体感にも似た、強烈な高揚感がカイを包んだ。視界がクリアになり、周囲の風の流れ、木の葉の囁き、遠くの鳥の羽ばたきまでもが、まるで掌で感じるかのようにリアルに迫ってきた。
それからも鍛錬は続いた。カイは毎日泥のように眠り、悪夢にうなされた。だが、彼の感覚は日ごとに研ぎ澄まされていった。
火球は氷の矢に、氷の矢は不可視の風の刃に変わった。速度も軌道も複雑さを増していく。
しかし、カイは少しずつ「見える」ようになっていった。魔力が術者の手を離れ、世界の律動に干渉し、形を成し、殺意を持って飛来するまでの、一連の流れ全てが。彼の体は、思考よりも先に反応し、踊るように攻撃をいなしていく。
その動きはまだ荒削りで、体力の消耗も激しい。だが、それはもはや、かつての行商人の少年のそれとは明らかに異質だった。
※※※※※
ある日の午後、ベルクトは廃墟のがれきの中から手頃な大きさの石を拾い上げ、カイの前に置いた。
「全ての物質には、その構造を支える『律動の核』があり、同時に、最も力が集まらない『淀み』…つまり、構造的な弱点が存在する。それを見抜け」
カイは言われた通り、石に手をかざし、「共鳴感知」を集中させる。石の持つ、冷たく硬質な律動が、じわりと手のひらに伝わってくる。その律動の中心に、他よりも強く、明るく輝く一点が見えた。そして、その対極に、まるで光の届かない影のように、律動が淀んでいる箇所があった。
「…ここだ。この、くぼみの少し右側…」
カイがおずおずと指差した一点を、ベルクトは持っていた杖で、コツン、と軽く突いた。
パキン、と乾いた音を立てて、硬い石はいとも簡単に二つに割れた。断面は、カイが指し示した「淀み」を正確に通っている。
「なっ…!」
割れた石を交互に見て、息をのんだ。錆びた鉄塊でも、朽ちかけた木片でも、結果は同じだった。カイは自分の指先と、いとも簡単に割れた石を交互に見て、息をのんだ。信じられない、という驚きが、やがて抑えきれない笑みへと変わっていく。
一日の終わりには、カイは体力も魔力も尽き果て、地面に倒れ込むのが常だった。そんな時、決まってプリルが、彼の頬にそのぷるぷるとした体を押し付けてくる。
「カイ、おつかれさまなのー! “ひやひや”してあげる!」
そのひんやりとした感触と、無邪気な声に、カイはどれだけ救われたことか。魔法が上手く制御できた時には、カイの頭の上でぴょんぴょん跳ねて「すごーい!」と歓声を上げる。
ベルクトは、そんな二人をいつも少し離れた場所から、表情を変えずに眺めていた。だが、カイが新たな感覚を掴んだ瞬間、その瞳の奥に、ほんの微かな満足の色が浮かんでいた。