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第0話 ほんの少し未来

 

挿絵(By みてみん)


 炎が、夜空を()らっていた。


 漆黒の翼が夜風を切り裂くたび、岩壁の街に新たな破壊が降り注いだ。家々は玩具のように砕け、オリーブの古木は根こそぎ()ぎ倒される。


 ワイン樽はその中身を大地に染み込ませながら、虚しく転がっていく。


 肺に流れ込む空気は、焦げ臭い煙と死の匂いで満たされていた。


 十六歳の少年カイは、崩れかけた石垣の陰で膝を震わせていた。革鎧の肩当てには三本の爪痕が深く刻まれ、そこから(にじ)む血が、月光にぬらりと光る。


 地を揺るがす咆哮が鼓膜を打った。それは音というより、世界そのものを軋ませる原初の叫び。内臓が共鳴するように震え、肌が粟立つ。


 硫黄と腐肉の臭いを纏った熱風が、少年の頬を撫でた。額を伝う汗は冷たく、それとは対照的に、握りしめた短剣の柄は掌の熱で湿っている。


 柄に埋め込まれた青い宝石が、微かな律動を彼の腕に伝えていた。


 立ち上がらなければならない。


 脚は鉛のように重く、心臓は肋骨を砕かんばかりに暴れている。それでも、カイは石垣から身を起こした。

 

 瓦礫(がれき)の向こうで、伝承の怪物がこちらを見据えている。その視線は、幾多の英雄を飲み込んできた絶望そのものだった。


 だが、カイの瞳にも光があった。恐怖に震えながらも、決して消えることのない意志の炎が燃えていた。


 脳裏をよぎるのは、不器用な優しさの記憶、しっとりとした肌の温もり、そして未来への微かな、しかし消えることのない憧憬(しょうけい)。死の恐怖が魂を鷲掴みにしようとも、内側から湧き上がる生の渇望が、それを焼き尽くさんばかりに燃え上がる。


 五感が極限まで研ぎ澄まされていく。周囲の喧騒、炎の()ぜる音、人々の断末魔――それら全てが遠のき、意識はただ一点へと集中していた。巨体から放たれる圧倒的な魔力、その生命エネルギーの奔流。その中に、ほんの一瞬、針の先ほどの微かな淀みが――


 遠くで鐘が鳴った。


 一つ、二つと重い音が夜気を震わせる。それは終焉を告げる音か、それとも新たな始まりを告げる音か。


 震える足を、一歩前に踏み出した。

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