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第5話 冬蛇の目覚め

 東塔の堅牢な扉が開け放たれた。

 中には壁伝いに螺旋階段が上へ上へと続いているのが見える。そして、円柱型の塔の底──冷たい円状の石床の中心。そこに石像の如く坐したままの、〝たったひとりの彼〟が居た。


「……霜蟲(しもむし)?」


 リーザは一歩、東塔の中に踏み入ってそう小さく声を漏らす。彼は、大量の霜蟲(しもむし)に覆われており、その肌さえも見ることが出来ない状態であった。

 常人であれば既に死んでしまっている状態だが、彼からは確かに、凍えているような震える寝息を感じる。

 それを一瞬で見極めたリーザは、すぐに己の成すべきことを理解して、躊躇うことなく東塔の中へと完全に足を踏み入れた。


(霜で凍えたまま、たったひとりで眠ってる──夏を、呼ばなきゃ)


 彼から三歩ほど離れた位置に、抱えていた木円盤を置く。そしてその上に静かに乗って、カツン、と長靴の踵を鳴らした。


『おいで。〝夏色娘たち(サウラ・イニン)〟』


 金、白、翠、赤、碧。さまざまな色の火花がリーザの声を合図に、ぱっと木円盤から弾け飛ぶ。そのまま無数の火花はリーザを中心にぐるぐると回り、東塔内を余すことなく巡り始めた。


『巡れ、巡れ──星の子巡れ。影の子巡れ。霜の子巡れ。秋冬(しゅうとう)の女王と共に、大地の裏へと巡りたもう』


 リーザの歌声は、まるで子守唄のような心地好さだった。しかし、その歌声は段々と拍を細やかに刻んでゆき、高らかに、遠吠えのように激しく、美しくなる。

 同時に、東塔の石床のあちこちが轟音を立ててひび割れた。ひびの僅かな隙間からは、眩しいほどの──強かな、新芽の色が垣間見える。


『猛き王の雨、纏いし君。雨の白銀(しろがね)纏いし娘。大地に宴を、風に祭りを、草木に遍く雨を、(いざな)いたもう』


 カン、と。最後にリーザが強く木円盤を踵で打ち鳴らす。すると、辺りを巡っていた色とりどりの火花がパンと音を立てて石床に散りゆき。ひび割れた石床からは、無数の植物が激しく蠢き出てきて、熱を発しながら花を咲きほこらせた。


 リーザが巻き起こした、烈しすぎる生命の嵐と熱を受けて、〝彼〟に群がっていた霜蟲(しもむし)たちは一匹残らず外へと飛び去ってゆく。白霜も跡形もなく溶け去り、ようやく、〝彼〟の姿が露わになった。


「……今年は、ずいぶん早ぇな」


 声は、お腹の底にまで響き渡りそうな、男の低音だった。

 髪は、新雪の如き真白。精悍な彫の深い顔立ちに、戦士として長年鍛え上げたのであろう逞しい肉体は小枝のようなリーザの何倍もがっしりとしていて、大樹を連想させるほどに分厚く、大きい。

 何よりも驚いたのは、彼の肌であった。彼の筋肉質な真白の肌には、同色の煌めく鱗が頬の辺りから四肢にかけて綺麗に生えそろっている。そして、尾骶骨のあたりからは、大蛇の如き太く長い尾が伸びていた。

 綿のような白い睫毛が瞬き、彼はどこか眩しそうに細く目を開ける。


(ああ──このヒトは、王だ)


 彼、スメイア国が第一王子の目覚めた姿を前にしたリーザは、内心で思わずそう零した。 鮮血よりも赤い、蛇の眼をしたその王子はまさに〝冬蛇(ふゆへび)の王〟の名に相応しい──人ならざる者に最も近しく、何よりも美しい〝ヒト〟であった。

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