表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

第15話 伝説のはじまり

 城門で会ったベルーガによると、シムルグは一人、駆蛇(くじゃ)ノ原へと向かったようだった。


 リーザは駆ける足を一度も止めることなく、駆蛇(くじゃ)ノ原を目指す。すると、駆蛇(くじゃ)ノ原へ続く立派な門扉(もんぴ)の前に立つ、シムルグの後ろ姿を見つけた。

 シムルグが視界に入ったのと同時に、リーザは大きく叫んでいた。


「シムルグ!」


 シムルグはすぐに振り返ってくれる。それが嬉しくて、リーザは駆ける足をさらに速めるが、今にも転んでしまいそうな危なっかしい足取りになってしまう。


「おいおい……!」


 シムルグが思いがけずといったように危ういリーザへ手を伸ばそうとするが、はっと息を吞んでその手を引っ込めようとする。おそらく、己の冷気の毒を気にしているのだろう。シムルグの革手袋には、微かに霜がついていた。

 しかし、そのシムルグの手は駆け寄ってきたリーザの手によって捕まえられる。


「! ……(さわ)、るな」


 シムルグはやはり反射的に振り払おうとするが、リーザはその手を両手で包み込んで、また叫んだ──〝あの時〟の言葉の続きを。


「そうだったら、わたし──シムルグの、夏に成りたい!」


 シムルグは、赤い蛇の眼を大きく見開く。

 リーザは息を切らしながらも、シムルグの手を両手でぎゅっと強く握った。


「シムルグが、たったひとりで凍えて、震えて、寒さと寂しさに苦しみながら眠っちゃうのは、いやだ。どうしても、いやだと思ったんだ。シムルグには、ひとりで凍える思いも寂しい思いも、させたくない! 明日の朝ご飯はなんだろう、明日は晴れるかな、とか。そんな、ほっとする思いでいつも眠ってほしい! だからわたし、シムルグの夏に成りたいんだ」


 しばらくシムルグは、蛇の眼を大きく見開いたまま固まっていた。しかし、どこか観念したような、力の抜けた様子で大きく息を吐くと、空いている手でリーザの肩を軽く叩く。


「あー……わかった。よくわかったから、落ち着け。一気に喋り過ぎだ、お前。ちゃんと息しろ」

「は、あ、うん、ごめ……」

「ほら見ろ。深呼吸」


 リーザはシムルグに背を擦ってもらいながら、何とか乱れて苦しかった息を整える。ようやく落ち着いたリーザの様子にシムルグは、ほっと鼻から息を漏らすと、腰に片手を当ててリーザを見下ろした。


「お前、本当に()()鹿()だな。俺にはお前の言っていることが、理解しがたい」

「え!?」


 リーザにとっては一世一代の、大事な気持ちを伝えたつもりだったのだが。シムルグにはどうも伝わらなかったらしい。自分の拙すぎる北大陸語が原因かもしれない。

 そんなことを省みながら、リーザはがっくりと肩を落とす。シムルグは落ち込むリーザを見て、どこか居心地悪そうに髪を掻き乱すと、またリーザの肩を軽く叩いた。


「……俺のことなんざ考えなくていいんだよ、お前は。自分のことだけ考えて、生きろ。それが人間ってもんだ」

「でも……わたしは、シムルグのお嫁さんだから。シムルグのこと考えるし、考えたいよ」

「……」


 シムルグは薄く口を開いて何かを言いかけるが、すぐに噤んで鼻から長い息を漏らす。そして、蛇の眼を伏せてリーザからそっぽを向いてしまった。


「あー……もう、いい。お前の好きにしろ。気が済むまで、やりたいことをやればいい。……どうせ、短い生だからな。だが、俺の前でくだらねぇ死に方だけはするなよ? ただでさえ悪い寝覚めが、一層最悪になる。そうなった時、俺はお前を、一生許さない。一生、呪ってやる」

「! ……うん! ありがとう、シムルグ」


 ◇◇◇


 リーザは、花のように顔を綻ばせて笑った。シムルグはリーザの思ってもみなかった反応に、思いがけず唇を噛む。

 しかし、ふと、リーザは花のような笑い顔から打って変わって、どこか不安そうな顔でシムルグを下から覗き込んできた。


「わたし、すきに生きる。なので、その。これからも、シムルグのそばにいて……いいですか?」


 大馬鹿か、それとも大物か。

 やはり己の嫁となったこの娘は、どっちに転ぶかわからない。そんなことを思いながら、シムルグは小さく笑ってリーザに応えた。


「いいだろ、別に。それが、お前自身で決めた意思なんだったら」


 リーザは、また弾けるような笑みを浮かべて頷く。


 シムグルは思った。

 この嫁は、まるで向日葵のような人だと。 そして、時に雷雨の如き烈しさを垣間見せ。勢い盛る草花の匂いを乗せて、自由に(そら)を駆け巡る風のようなこの人は。


 常夏の魂を持つ、美しくも、恐ろしい人だと。


 ◇◇◇


 後の世では北大陸にて、とある歌が永く継承される。北大陸の誰もが知る、(いにしえ)の伝説の歌。


 北大陸の〝不変の冬〟の呪いを、一人の娘と一人の異形の王子が溶かす御伽噺。その歌の名を──「常夏姫と冬蛇の王」と云った。



──────────

※ここで一旦、第一章完結です。

好評をいただけましたら、また続きを書きたいと思っております。

ここまでこの物語を見届けてくださった皆様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ