7
大智視点
「大智!遊ぼう!」
食堂に一番に駆け込んできたのは小学二年生のハジメだった。
そろそろ昼休憩だと咲良と一緒に食事の配膳をしていた大智に抱きつく。
「わ、ハジメ、危ないよ。俺が食器持っていたらどうする気だったんだ?」
ちょうどテーブルに置いたタイミングだ。
「持ってないって知ってるから抱きついたんだよ」
当たり前でしょう?と自慢げにハジメは胸を張る。
「あ~、そう。先にご飯食べてからだな」
「食べ終わったら遊べる?」
二人のやり取りをニコニコ見ていた咲良が頷いた。
「ちゃんと人参食べたらね」
「え~!無理!」
「じゃあ無理だな」
ほら、手を洗って来いと大智はハジメの背中を押した。
「お腹空いた~」
「今日のご飯何?」
午前中の「検査」を終えた子供たちが次々と入ってくる。
一番大きな子で小学四年生、小さな子で幼稚園年長だと言ったか。
先ほどのハジメを含めて五人の子どもたちと結城が入ってきた。
ジロリと大智を見るとふっと息を漏らす。
「まだ、慣れねえ。咲良さんと配膳してるお前。所長が何やってんだ?って思う」
「確かに。裕一郎さんがやるわけないって思うのにね」
咲良もくすくす笑いながら結城の言葉に同意した。
「二人は人ごとですが、俺には地獄ですけど」
うんざりという表情をして大智は箸を並べながら答える。
手を洗いに行った子ども達が戻ってきて席に付き始めた。
「まーなー。思春期真っ盛りの少年が、一気にオジサンになればな」
「でも、義兄弟とはいえ、こんなに似るものかな」
「そこも研究の範囲ですよ。咲良さん」
そうだね、と咲良は頷いた。
「さ、僕たちもいただこうよ」
そうして、大人達も食卓につく。
大人達……大智の現在の見た目は、二人が話をしていたとおり宇佐見裕一郎そのものだった。
あの日。
大智は写真同好会のメンバーと別れて、ある場所を訪ねていた。
スマホにメモした場所は『EAリサーチセンター』とある。
自宅には合宿は三泊四日だと伝えている。
なので今日は帰らなくても心配はされない。
この場所に泊まるつもりはないが、遅くなる可能性もある。
帰宅で来れば自宅近所のネカフェに泊まればいいのだ。
ゆっくりと、このセンターの所長と話をしたかった。
訪問する連絡はしており、夕方以降の訪問でも問題ないと言われていたのだ。
このセンターの所長宇佐見裕一郎は大智の義理の兄だった。
大智の母は一度結婚し、一人息子を産んだあと、離婚し、現在の大智の父と結婚し、大智が生まれた。
その時の息子は離婚した元夫が引き取ったという。
母は学生結婚だったので、若い母が子を引き取るよりも元夫が引き取った方が母がやりなおせるだろうという配慮だったそうだ。
「どうかしらね」
大智が高校に入るタイミングで父と母そろって打ち明けられた時、母がそうぼそりと呟いたのだ。
「母さんのために、ってあの人は言ったけど。本当は人体実験にでも使いそうで怖かったのよね」
大学の三つ上の先輩。
理系の学部で就職先も異能を研究するような会社だったらしい。
実験、実験で自宅に帰宅する事も少なく、学校を休学し一人で子育てをする母が体調を崩し離婚となったという。
「研究、研究、実験、実験……実の息子が持つ異能がはっきりすれば絶対なんかの実験に使ったと思うの」
けれども心を病んでしまった母は息子を引き取らずに済むことにほっとしたという。
いつか自分がこの子を殺してしまうかもしれないという思いで毎日過ごしていたからだ。
「申し訳ないと思ったけれど、別にあの人が嫌いで別れるわけじゃないからまた一緒に暮らせると思ったのよね。でも、あの人はそんな気は無かったみたいで」
定期的に子どもの様子の連絡はあったが、それも段々減っていった。
いつの日か元夫が再婚したという噂を聞いて、母も「ああ、もう戻れないんだ」と悟ったらしい。
今の大智の父と知り合い、結婚してすぐに大智を生んだ。
「なので貴方には義兄がいるのよ。会ってみたいとか、ある?」
父と母が子のタイミングで話をしたのは高校入学時に戸籍謄本を学校に出す必要があり、いつ大智がそれを目にするか分からないと思ったからだった。
大智としてみれば両親の片方と血が繋がっていないと言うわけではないので、別にどうでもよかったが、歳の離れた兄がいるというのには多少は興味を引かれた。
母が連絡先を教えてもいいと言うので素直にきいておいた。
また義兄も大智の存在は知っていて何かあれば連絡をしてもらって構わないと言っているらしい。
その時はそうなんだと思って、話は終わった。
高校二年になり進学や就職を考えなければならなくなったときにふと義兄の存在を思い出した。
自分より大人だが、両親よりは自分に年が近い。
相談に乗って貰えないかと。
そうして合宿の帰りに訪ねる事を決めたのだった。
その旨メールで送れば快い返事が返ってきた。
義兄に会い、進路相談をするだけだったのに。
あの日起こった事故に巻き込まれ、大智は自宅に戻れなくなってしまった。