六日目
朝から街全体がざわついている。なんなんだ、昨日の酒場といい、今日の街といい。俺は騒がしいのが好きじゃないんだ。勘弁してくれ。
酒場への道中、行き交う人々が口を揃えて「この世の終わり」を憂いている。なんだ、この世の終わりとは。街からゴロツキが一掃されでもしたのか。もしそうだとしたら俺は生きる目的を失う。それはマズい。本当にマズい。
不安に押し潰されそうになりながらも酒場の前でゴロツキを待つ。待っている間にこの世の終わりの原因が判明した。どうやら勇者パーティーが負けたらしい。魔王の手下にやられたそうだ。魔王には四天王と呼ばれる優秀な手下がいるとのこと。優秀な手下…もしかしてその魔王は俺もパシってくれたりするのか。俺のパシリ魂を更に燃やし尽くす感涙ものの要求でもくれるのか。もしそうなら魔王に会ってみるのも吝かではない。ただ、それは今のゴロツキのパシリにケリをつけてからにはなるが。
そんな俺のスケベ心を諌めるかのようにゴロツキが現れる。浮ついた心を正しながら俺も酒場に入っていく。一日の始まりだ。
酒場の中はいつもより酒臭い。酒を飲んでは管を巻いている輩がやたらと多い。俺はこういう連中のことが好きではない。これらは「俺の欲しいものはコレだ」とハッキリ言わない。己の欲する物も明確にせず、ただ不満を垂れ流しているだけ。それなら欲しいものを声に出せばいい。その声が俺にまで届けば俺がそれを用意してやる事もできるのだ。
「…」
ほら、コレだ。今日も俺に明確な要求をくれるこのゴロツキ。さあ、今日は何を求める。俺に何を要求する。俺のパシリ魂を満たしパシリ道を高みに至らせるそんな要求を……
なに、『魔王の討伐』だと?
なぜだ。何故今更そんなものを要求する。これまで一度もそんなつまらないものなど要求しなかったではないか。なぜだ。ゴロツキ、お前に何があったんだ。教えてくれ。
パシリに求めていけないものがある。まず第一は金だ。それは唯の集りに過ぎない。そんなものを求めた奴がいたら俺はそいつを蹴り倒して衛兵に突き出す。
そして第二が今このゴロツキが求めたものだ。それは明確すぎる要求。結果が既に確定しているものだ。
パシリとは己の裁量を使ってより高みを目指すもの。突き付けられた要求の真の意味に思考を巡らせ、期待以上に期待通りのものを用意する、それがパシリであり、それこそがパシリの真髄、俺の『真のパシリの矜持』だ。そしてこのゴロツキの要求はいつも俺の矜持を十二分に満たしてくれるものだった。
なのにだ。なぜた。なぜ、今更そんなつまらないものを求めるんだ。クソ、最悪だ。今日は最悪な一日だ。
俺は直ぐにその場を発つと魔王というやつの元へ急ぐ。こんなつまらない要求にはさっさとケリをつけて次の要求を待つしかない。魔王という奴の手下もいいかと思ったが、こんな気持ちで新たなパシリ者を求めることなど俺にはできない。くそ。
8分後、俺は魔王という奴の元に辿り着く。道中で何故か四人の変な格好をした奴らが襲って来たが俺に近づいた瞬間、燃えたり氷漬けになったり雷が落ちたり…後は忘れたが、四人ともすれ違いざまに倒れていった。つまらん要求な上に、四人も立て続けに通り魔に遭うとは今日はとことんツイてない。
そんな悲観に満ちた苦い顔の俺を見て目の前の魔王は嘲笑う。何が可笑しいんだ、笑うんじゃない。初対面だぞ。なんて失礼な奴だ。まあ、初対面で討伐しようとする俺も俺だが。いや、違う。こんなつまらん事を命じたゴロツキが悪い。
俺は腹立ち紛れに魔王の腹に拳を見舞う。だがコイツは倒れない。笑いは消えたが今度は口を開けたままポカンとしている。益々失礼な奴だ。俺はここ最近で何故か使えるようになった魔法で竜巻を起こし、その中に雷、炎、氷刃、金剛礫を投入して魔王にぶつけてやる。今度は目をひん剥いて驚いているようだが、それでもこの魔王は倒れない。
早く終わらせたい俺は仕方なく消耗品を使う事にする。俺はもう一度、さっきと同じ竜巻を起こし、今度はそれにもう一つ混ぜ込む。バシ…なんとかと言う巨大毒ヘビの猛毒だ。ヘビ沼で大量に浴びた時に、小袋を口を開けてそのまま頂いといた緑の液体だ。
俺の体を溶かしまくった猛毒を触れないように慎重に小袋から竜巻に流し込む。暫くして竜巻に巻き込まれた魔王から絶叫が聞こえる。そして、竜巻が収まるとそこには見たことのない異様な姿の獣が存在していた。
状況から察するに、どうやら毒を食らった魔王が変身したということのようだ。だが、その姿がよく理解できない。竜やら、獅子やら鳥やら蛇やらいろんな物が体から生えている。本当に訳がわからない。変身するなら目的を持って変身するべきだ。なりたいもの全てを入れ込めばいいというものではない。魔王というは少し勉強が足りてないようだ。
変な姿の魔王が俺を攻撃してくる。先の仕返しとばかりに緑の毒液を吹きかけてくる。俺は袋の中から『スムージー』を取り出すと一気に飲み干す。そして撒き散らされる毒液の中を魔王に向かってひた走る。獅子が腕の肉を引きちぎり、鳥が飛ばす鋭い羽が全身の皮膚を切り裂く。竜の口から噴き出す輝く炎が切り裂かれた肉を焼く。全ての攻撃を全身に受けながら俺の体は「デトックス」を続ける。そして絶えず再生を続けた俺は完全な肉体を持って魔王の前に到達する。
俺はモヤモヤする心を吹っ切る為に、全身全霊のパシリ魂を拳に練り込む。右の拳が白銀の光に包まれる。俺は全速で魔王の懐に飛び込むと勢いそのままに輝く拳で魔王の腹を突き上げる。白銀の光は魔王の胴体を突き破り、その先の山が丸く抉り取られる。つまらん魔王退治が終わった。
◇◇◇ Side 魔王 ◇◇◇
昨日は勇者どもを血祭りにあげてやった。我が直属の眷属、我が最強の剣であり最強の盾「魔王四天王」がいる限り、我が野望は止まることはない。
聞こえる、聞こえるぞ。憎き人類の嘆き。希望を失った愚かな弱き者共の失意が。なんという喜びか、なんという快感か。明日からは街を一つ一つ念入りに潰していってやろうぞ。
だが、四天王からの報告にあった、勇者パーティーの異常なまでの回復力。あれだけは引っかかる。もしそれが事実なら、それは人類にあるはずのない力だ。腕を切り落としたそばから再生し始め、数秒後には完全に元に戻っていたという。そのような回復力、まるで魔界と繋がる特殊高位魔族の力ではないか。万が一にもそれが事実であれば、四天王が「人類の力によって傷を負わない」体でなければ、じり貧の戦いとなっていたかもしれん。ふむ。これは調べておくべきか。
ん? なぜだ。四天王の一角、鋼鉄巨人の気配が消えた。なぜだ。四天王には人類の力で傷をつけることは100%不可能だ。それ以外にも奴には雷にも、冷気にも、完全耐性を持っている。ただ、炎属性だけは別だが。すべてに耐性を持たせることは不可能だ。それは世界の理。この世界にある存在する全てが犯すことのできない理…しかし鋼鉄巨人よ、一体どうしたというのだ。
んん? 今度は豪炎魔人の気配が消えたのか。なぜだ。豪炎魔人も人類の力は当然として雷、炎にも完全耐性をもっておる。そう、冷気以外は。有り得ん。鋼鉄巨人に続き豪炎魔人までも。どうしたと言うのだ。
んんん? まさか今度は極氷婦人か。なぜ、彼の者にには炎も冷気も完全耐性が。ただ雷だけは……ま、まさか。い、いや、有り得ん。あ奴らが人類の協力しているなどと。あ奴らは属性エネルギーの結晶体。己が力を越える者にしかその力を与えることはない。そして人類にとって純粋なエネルギー体であるあ奴らに力を示すということは海水をすべて蒸発させそれをすべて無に帰すようなものだ。絶対に不可能なのだ。有り得ん。有り得ん…
んんんん? そ、そんな。ほんとうにそんなことが起こりうると言うのか。最後の砦、最強の盾である腐食死人までも。彼の者には特に注力した。火も雷も冷気も完全耐性も持っている。いや、正確にはそれぞれに耐性を持つ3体が合わさっているのだ。どれか一体の細胞が1つでも残っていれば周囲の生けるもの全てからエネルギーを吸収し尽くし復活する。故に完全に消滅させることなど不可能。我にもできん。なぜなら彼の者にはその特性故に、火と雷と冷気、それら相反する三属性を1つにまとめあげたエネルギーで焼き切るしかないのだ。そして創世以来この世界にその三属性が混ざり合う現象はこれまで起きたことはない。有り得ないのだ。なのになぜ…
これは我自身で確かめる他はないようだ。
お、来たな。ん? なんだたった一人ではないか。どいうこと…ち、ちょっと待て。お前のその体に乗っかているそれらは…炎の精霊サラマンドル、氷の精霊コキュース、雷の精霊インダラー。そ、そんなことが起こりうるのか。お主、そのような純粋なエネルギー体を体にくっつけてなぜ平気でいられるのだ。なぜ肉体が消滅しない。そもそもこれまでどんな存在とも交わることのなかった三精霊がなぜ一人の人類と交わっておるのだ。しかもその楽し気な気配。い、いかん。なんだか笑えてきた。いやおかしくはない。楽しくもない。なんの感情もわいていない。ただ感情のない笑いだけが体を支配している。なんなんだ。ナンナ、ンダ、コ、レハ…はっは。はっはっは。うぁっはっはっは。
ぐはぁ。い、息ができない。急に腹に激痛が。なにが起こったのだ。い、息ができない。だれか、く、空気を…
ぐあああ、い、痛い。熱い。痛い。何だこの竜巻は冷たっ痛っ。眩しっ…熱っ痛っ冷たっ熱っ。ぐおおお、いつまで続くんだ。ああ、痺れる。ん? 痛くない。ぬおお、このまま痺れていたい。痺れさせてくれぇ……
ぐあああ、また来た、痛っ熱っ痺れ…来た~。痺れキター。痺れてしまえばこっちのもの… ん、なんだ、ぐほっぐほっ、喉が… 腹が焼ける。なんだこれは、ぬお、体が溶けているではないか。ま、まずい、このままでは体が消滅してしまう。くそ、まずいぞ非常にますいぞ… これは、これだけは使いたくなかったが。もうそんなことは言ってられん。いつか元の姿に戻れると信じて… キメラ化発動。
ぐあーっはっはっは。この全能感。素晴らしい。見た目を捨てて能力だけを追求したこのわたしに対抗できるものはもういない。これぞ我が求めてきた力だ! そら、人類、どんどん食らえ。お主が我に食らわせた炎に毒に他にもいろいろ食らっていけ。そらそらそら。溶けろ、ちぎれろ、なくなってしまえ。うわーはっはっは…… おい、ちょっと待て。なんだその回復力は。なんで体が若返っていく。なんでそんなすべすべなお肌になっているのだ。とっくに溶けてなくなっているはずであろうが。その回復力… まるで魔界の主ではないか。あんな化け物じみたやつと同等だと。あんな奴が二人もいてたまるか。
む、なんだその拳の凄まじい力は。これは… 神気?! なぜ、人類が神気を宿しているのだ。ぬぉ、お、お主の首のそのペンダント、そして指輪、リストバンド! な、なぜ古の神具がここに。とうの昔に朽ち果てたはずの神具が… まだ存在していたと言うのか。
お主は… お主はいったい何なのだ。お主は…
◇◇◇ ◇◇◇
俺は酒場に戻りゴロツキに魔王退治を報告する。ゴロツキはニヤリと口角を上げる。そして一言。
「酒」
俺は騒然とする街を酒を求めて疾走する。自然と口角が上がるのを感じながら。