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五日目

 ゴロツキの後に続いて酒場に入るが、今日はいつになく酒場が騒がしい。


 店内を窺うと騒ぐ客の視線はどうも真ん中の席に集中しているようだ。ゴロツキはそれに見向きもせずいつもの隅の席に座る。それに呼応して俺も自分の立ち位置を探すが、今日は客の流れが掴みにくい。なんとか最低限の位置は確保するが、周りの騒がしさがゴロツキの声をかき消す可能性もある。一日の始まりがこんな事になるとは、とても遺憾だ。


 苛立つ心を抑え、ゴロツキの声を待っていると、背後から掛けられる声。俺はそれを聞き流してゴロツキに集中する。するとその声の主は俺の前に回り込んで来きた。


 おい、そこを退け。ゴロツキの声を聞き逃すだろ。


 憤りを込めて視線を逸らし無視を決め込む。いつゴロツキが俺を呼ぶのかわからない全くわからない。酒場の喧騒がゴロツキの雰囲気を俺に読ませないのだ。くそ、せめて視線だけでも確保したいが。


 俺のその願いをあざ笑うかのように、今度は仲間らしい奴らもぞろぞろと現れる。やたらゴツい体をした奴からひ弱そうな爺さんまで。なんだ、爺さん、今俺は忙しいんだ。


 爺さんはいかにもご老人といった達観した笑顔で静かに話してくる。まあ、その程度の声ならゴロツキの声を妨げることはないだろう。だが、お前、初めに俺とゴロツキの間に入ったお前だ。仰々しい剣を持った若者のお前だ。さっさとそこをどけ。俺とゴロツキの間に入るんじゃない。


 若者が不貞腐れながらも場所を移動する。よし、これでいい。で、なんだ爺さん。用があるならさっさと言え。今は一秒でも惜しいんだ。


 すると爺さんが懐から一本の瓶を取り出す。見覚えのある瓶だ。それは…『スムージー』。なぜ爺さんが持ってるんだ。ん? 勇者パーティー? 魔王討伐? だからなんだ。なに? スムージーが欲しいのか。手に入れたらすぐに出発する? それならもっと早く言ってくれ、何本欲しいんだ、7本しか持ってないが。人数分で5本? じゃあ5本渡すから、さっさと行ってくれ。


 スムージーを受け取った爺さんたちは酒のみ達の歓声を受けながら酒場を出て行った。後姿を視界の端に見ながらそう言えば代金のことは何も言ってこなかったという思いがふと頭を過ぎるがそのまま消えていった。



 普段の賑やかさに戻った酒場で俺は気を改めて自身の立ち位置を決める。これだな、この心に流れる安らかな気持ち。いい立ち位置だ。やっと俺の一日が始まる気がする。



「…」


 程なくかけられる「おい」の心地よい響き。俺は高鳴る心を静めながらゴロツキの横に進み出る。さあ、今日の所望はなんだ。



 …ほう、今日は『自然な甘い物』か。


 これはまた俺のパシリ心を擽る絶妙な要求。俺はニヤけた口元を隠すように顎に手をやり、酒場を後にする。ただの甘いものではなく『自然な』甘い物か。なるほどなるほど。



 酒場を出て走ること20分、国境を二つ越えた俺は今、海辺に立っている。酒場にいた元船乗りが話していた。この海の遥か先には甘い果物に満ちた島々があると。どれ程の距離なのかはわからない。しかし、そこにゴロツキの欲する物があるなら俺は行く。


 俺が海面に一歩踏み出すと、肩に乗っかる氷の小人が海面を凍らせる。海に浮かび上がる一本の氷道。俺はその輝く道を全力で走り出す。


 俺が海面を全力疾走していると、場所場所で天候が目まぐるしく変わった。嵐になると文字通り山のような巨大な波が俺を押しつぶそうと押し寄せる。しかし、白熱と化したトカゲが縦横無尽に這い回る俺の体は近づく海水を片っ端から瞬時に蒸気へと変えていく。巨大な山は俺を中心に左右に割れる。


 そしてその真ん中を尽き破る氷の道。俺はその上をひた走る。いくつか山を割り進むと突然首のペンダントが光り出す。いや、ペンダントだけではない。左手の指からも光が放たれている。見ると、それは指輪にはまった雫型の宝石からだった。そしてペンダントと指輪から光が天に上ると俺の頭上に巨大な岩塊が現れた。


 しかし次の瞬間に俺の視界は光によって奪われる。一瞬遅れて響く轟音、そして岩の砕け散る音。麻痺する己が手足。自分の状況がまるで分らない。なにがどうなっている?


 光は数秒かけて収まっていく。俺の視界が視力を取り戻すと、海面に何本もの雷が走る中、目の前には拳ほどの光の玉が揺らめいていた。


 なんだこれは。ん? もしやこれが船乗りたちが言っていた甘い果物なのか。


 俺は唯一動く口で小袋から伝説の包丁を取り出し、光の玉に突き刺す。刃は全く抵抗あく光を両断した。何かが笑う声が聞こえると、割れた玉はいくつもの豆粒に分かれ俺の体にまとわりつくようになった。どうやら果物ではなかったらしい。


 さっき迄の嵐が嘘のように思える晴れっぷりの中、手足に力を取り戻した俺が全力疾走すること70分、俺はとうとう目的の島に到着する。高低様々な木々に連なる色彩豊かな果物。俺は目に付くもの全てを小袋に詰め込む。かなり遠くまで来てしまった。とにかく時間がない。味見は帰りの道中だ。


 島からの帰りは30分だった。嵐に遭わなかったこともあったが、走っている間に俺の体に纏わりついている光の豆粒からやたらとはしゃいだ気配を感じていた。どうやらこの豆粒が仕事をしたらしい。トカゲと小人が豆粒を若干鬱陶しそうにしているのは嫉妬ってことか。まあ、いい。またこれでパシリ力は高みに登った訳だ。


 酒場に戻ると俺はゴロツキの前に取ってきた『自然で甘い』果物を並べていく。その一つ一つを何の考えもなしに口に放り込むゴロツキ。文句が出ないのは満足の印だ。今日は時間的にこれで終わりだろう。明日はどんな要求が来るのか。俺のパシリ道を深めてくれる、そんな要求であれば俺は嬉しい。


 豆粒に体中を這い回られながら、俺の一日は終わる。



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