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四日目

 両肩に乗る燃える蜥蜴と白く光る氷の小人。


 首元にはゴツゴツしたペンダント。


 左手首には竜の意匠のリストバンドと青く光る雫型の指輪、


 そして腰に下げた小袋。


 これが今の俺の姿だ。


 何故か、ここ何日かで俺のパシリ力は大幅に増強された。今日もきっとよいパシリができるに違いない。


 俺はゴロツキの後に付き従い酒場に足を踏み入れる。パシリの俺の一日が始まる。



「…」


 おっと。


 今日は位置取りした直後に「おい」の一言。いつにない早い呼び出しが俺の浮ついた心に冷や水をぶっかける。


 そうだった、ここは戦場、いつ何が起こるかわからない。一時の油断もならないことを忘れていた。


 ゴロツキはいつも俺の姿勢を正してくれる。パシリとしてこれ程有難いことはない。


 しかし、こんな唐突に呼ぶとは緊急事案か? 


 過度の緊張を解すようにして息を吐く。そして音もなくゴロツキの横に場所を移す。さあ、今日の所望はなんだ。



 ……なに、『旨い肉』だと。そうか、今日は肉か。はっは。



 肉、しかも『旨い』という条件付きだ。これを所望するということは…ゴロツキ、どうやら心身ともに元気になったようだ。


 昨日の『焼き立てパン』が心を、『スムージー』が体を癒したのだろう。ただの肉ではなく『旨い肉』を所望する。これはゴロツキの心が未来に向いたからに違いない。心身ともに元気になった証拠だ。


 パシリ者が元気になる。これこそパシリ冥利に尽きるというものだ。


 自然と湧き上がる笑みを押し殺し、俺は自分の脳をフル回転させ酒場を出る。


 『旨い肉』の条件は二つ。まず肉の種類、そしてその調理法。それぞれを厳選し、今のゴロツキの好みにまで昇華させるという合せ技が必要になってくる。


 これはまさしく、俺がこれまで築き上げたパシリ道が試されていると言えるだろう。俺が自ら考え、肉の種類と調理法を決断するのだ。よし、やる事は明確。一秒でも早く動き出せ。


 7分後、俺は到着する。正式名「…何とかの絶地の何とかの池」。まあ、通称「ヘビ沼」だ。名前の通りヘビの魔物がわんさかいる場所だ。


 ヘビ肉はかなり旨いと聞くからな。今日ここで狙うは一番大きなヘビだ。


 どんな獲物も一番旨い部位はだいたい小さい。大きな猛牛でさえ一頭から取れる最高の肉は俺の拳よりも小さい。


 ってことは、そこそこ大きい獲物でなくては試作すらかなわなくなる。故に今回はできる限り巨大なヘビが望ましい。


 あと、できれば毒ヘビが有り難い。内臓に物凄い毒を持つ魚が途轍もなく旨いと酒場で聞いたことがある。


 もしそうなら毒持ちの代表格とも言えるヘビはその魚以上に旨いに違いない。巨大な毒ヘビ、いてるれると良いのだが…。


 俺は来る途中に殴り仕留めた馬鹿デカい猪を沼に放り込む。すると水飛沫と一緒に水面にいたヘビがまとめて飛び散る。かなりのインパクトだ。どうだ、いるか?


 数秒後、沼の表面が盛り上がったかと思うと、見上げるほどの巨大ヘビが姿を現す。


 頭の周りにやたらと派手な装飾があり、ヘビのくせにゴツゴツした鱗まである。口からチロチロと出る舌は俺の右腕よりも太い。爬虫類の特徴そのままのその眼光が猪ではなくその向こうにいる俺を見据える。


 うん、いいんじゃないか。大きさは申し分ない。よしコイツを頂こう。


 俺は水面に絨毯の様にひしめき合う小ヘビを踏みつけながら巨大ヘビに近づく。それを見た巨大ヘビは頭を振り威嚇しながら緑の液体を飛ばしてくる。


 これは…毒か。だとすると、大当たりだぞ。そんな喜ぶ俺の顔のすぐ横を緑の液体が通り過ぎる。数秒遅れて漂う独特の生臭さ。


 うお、何だこれは。臭いを嗅ぐだけで視界が揺らぐ。ぐほっ。内臓が焼けるように痛い。生温い鉄臭さが込み上げてくる。まさか、これほどの毒とは。これは……さぞかし旨いに違いない。


 俺は小袋から『スムージー』の瓶を取り出し煽るようにして飲み干す。若干苦いが、後から来るほのかな甘さがそれを打ち消し、喉の奥から爽やかな清涼感を感じさせる。


 飲んだだけでも何だか健康になったような気がしてくるから不思議だ。健康に良いものを飲むことで、デトックスという毒出しができると酒場の女の子から聞いたことがある。そして毒出しが必要なのはまさに今の俺だ。


 『スムージー』の「デトックス効果」は驚異的たった。


 避ける隙間もない程大量にまき散らされた毒が俺の腕にかかり、白い煙と共に肉が溶け骨が見えていった。にも関わらず、俺の腕はそれを瞬く間に再生していくのだ。それも再生された腕は昔のような若々しさを見せている。


 まさか『デトックス』がこんな凄いことだとは。毎日デトックスをしているというあの酒場の子はいったいどんな環境にいるのか。もしや酒場ではこんな毒を毎日のように扱っているのか。


 毒ヘビに近づくに連れて体のあちこちから頻繁に煙が出る。が、体は失われない。毒で体が溶け出すそばから新たな血肉が再生されている。溶解と再生を繰り返す俺の体からは溢れんばかりの力を感じさせる。ああ、若かりし日々を思い出す。あの頃から俺のパシリ道は始まったんだったな。そんな感慨に耽っているうちに目の前には巨大ヘビが迫った。高い塔の様に反り上がって威嚇している。


 よし、では早速頂くとしよう。肉を傷めないように一撃で仕留めなくては。ふむ、小人よ、ひとつ頼めるか?


 俺の肩からヒラリと飛び降りた小人は、自らが纏ったキラキラした空気を一気に湖面全体に広げていく。小人の甲高い笑い声とともに白い空気が全てを凍らしいく。生憎、表面を毒液で覆われた巨大ヘビの胴体までは凍らすことができなかったが、それでもカチコチに凍った湖の中の部分は動かすことができずにいるようだ。


 俺は下半分が動かなくなった巨大ヘビを鱗のわずかな突起に足をかけて駆け上がる。表面の毒液で靴が溶け始めるがここはスピード勝負。靴が完全に溶け切る前に駆け上がってしまおう。


 俺が駆け上がると同時に肩にあった存在感が急激に膨れ上がる。その直後、トカゲが俺の足元に炎を吐きかけた。その炎は収縮し赤から橙に、橙から黄色、そして白へと輝きを増す。そして収縮しきった青白く輝く炎が巨大ヘビの皮膚を頭上に向けて一直線に焼き上げた。


 トカゲが付けた焦げ跡を俺は駆け上がりながら指先でなぞる。あった、ここだ。俺の手刀がその一点、巨大ヘビの心臓を貫く。ヘビ沼に絶叫が響き渡り、凍った無数のヘビを吹き飛ばしながら巨大ヘビは倒れた。



 今、街の冒険者ギルドがお祭り騒ぎとなっている。俺が解体のために持ち込んだ毒ヘビが原因んだ。


 こいつは「バシリスク」という名で、あのヘビ沼のヌシだったようだ。解体場で小袋からそいつを出したら、口の悪いことで有名な解体場のボスのオッサンが腰を抜かして動けなくなっていた。それから既に10分以上が経過している。


 おい、騒いでないで早く解体してくれ。なに、素材? そんな物どうとでもしてくれ。俺はとにかく一秒でも早く一番旨い肉を貰いたいだけだ。


 解体が進められる間、俺は解体場の隣の部屋で冒険者ギルド長やら、商人ギルド長やら、街のお偉いさんやらの話につきあわされる。そして、積み上げられる金貨の山。ああ、邪魔だ。解体作業が見えん。ん? 家を買う? 俺がか? まあ、この金貨が減るなら何でもいい。交換してくれ。こんなにも要らん。


 ヘビを持ち込んでから35分、漸く一番旨いと言われる肉片を渡される。さすが巨大ヘビ、大きさが子豚ほどもあるじゃないか。よし、肉は鮮度が命。さっさとここを出よう。その前に旨い飯屋を聞いておくか。


 ギルドを出て街一番の飯屋と紹介された店を訪ねる。仕込みの真っ最中だったが、俺が肉とギルト発行の紹介状を見せるとすぐに厨房に通してくれた。そしてバシリスクの肉を取り出すと厨房内にけたたましい歓声が飛び交った。


 そんな中、天井まで届きそうな長い帽子を被った男が現れ、俺の要望を聞いてくる。俺が元々考えていた料理のアイデアを伝えると、それを一つ一つ頷きながら聞き、広げた紙に筆ですらすらと何やらを書いていく。うん、読めん。下手な字だ。この男で大丈夫なのか。心配になる。


 俺の心配をよそに長帽子の男は流れるような包丁捌きで肉を大小様々な大きさに切り分けていく。そしていくつもの料理が同時進行で作られ次々と完成していくと、俺はそれらを一口ずつ味見する。よし、いいな。全て『旨い肉』だ。


 出来上がった料理を一人前だけ小袋にしまい厨房に背を向ける。静まり返る厨房。ん? なんだこの静けさは。忘れ物でもしたか…?


 振り返る俺に長帽子の男が首を傾げる。


 ん? 残り? ああ、それなら好きなようにしてくれ。俺はいらん。


 一瞬の間をおいて厨房内が再び大歓声に包まれる。うん、解決したようだ。ではこれで…


 再び厨房に背を向けると、なぜか太腕の料理人二人に両脇を固められる。そして長帽子の男が俺に待つように言って姿を消す。


 5秒待ってみたが長帽子の男は現れない。俺が腕を振りほどこうと息を吸うと長帽子が帰ってきた。ぜいぜい言いながら、俺に風呂敷に包まれた木箱を差し出してくる。


 これは? ん? 伝説のドワーフが打った包丁? 俺はパシリ、料理人ではないのだが。それでもいいのなら貰っておこう。だから早くこの太腕を離してくれ。



 『旨い肉』を持って酒場に到着する。思ったより時間がかかってしまったが、心身ともに調子が良さげなゴロツキは文句を言わずに俺が出した『旨い肉』全てに手を付ける。座席の位置が悪くてゴロツキの表情は見えないが、旨そうに食っている雰囲気は伝わってくる。ふむ、この感じ。今日はこれで終わりそうだ。


 『旨い肉』の旨そうな匂いに包まれ俺の一日が終わる。


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