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三日目

 夜半の大嵐で濡れた街路を酒場へと急ぐ。大雨が降った翌朝は空気が美味い。


 前日の胃腸薬が効いたのか、ゴロツキは開店と同時にやってきて酒場のドアを潜った。


 その軽やかな足取りを追いつつ、俺の一日が始まる。


 酒場に入ったら早速位置取りだ。誰の邪魔にもならず、ゴロツキの声がよく聞こえる場所を確保する。よし、今日の位置取りも完璧。きっと素晴らしいパシリ日となるな違いない。



「…」


 早速ゴロツキから声がかかる。だが、すでに俺は雰囲気を察してゴロツキの横に移動していた。


 今日は調子がいい。なんでも直ぐに達成できる気がする。早くパシって欲しい。ほら、希望のモノを何でも言ってくれ。



 …ほう、今日はそうきたか。今日の一番目は『焼き立てパン』


 ゴロツキが普段好きなパンは酒の肴になる惣菜パンだが、『焼き立てパン』となるとそれが変わる。


 焼き立てが食いたい時はとにかく腹が減っている時だ。そして、心が少し寂しい時。


 たから俺はこの街唯一の「焼き立てパン専門店」へと全力で走った。シンプルだがどこまでも焼き立てに拘ったパンが買える超人気店。並ぶのは覚悟の上。一秒でも早くパン屋に着き、一秒でも早く焼き立てパンを届けるのだ。


 距離はあったが、一分かからずにパン屋に到着する。だが、店内がやや騒がしい。客が店から溢れて長い列を成している。何も買わずに店から出てくる客も見かける。


 いつもとは異質な様子に俺は窓から店内を覗く。そして愕然とその場で膝を付く。


 パンが一つもないだと。何故だ?


 並んでいる客に聞く。どうやら昨夜の嵐でパン窯が濡れて火が起こせなくなっているらしい。不味いな。どうする、他の店に行くか…。いや、今日のゴロツキの心の穴を埋めるためにはこの店の『焼き立てパン』が必須だ。他にはない。さて…どうするか…


 ん、待てよ、 …火か。なら、おい、トカゲよ、お前、いけるんじゃないか?


 トカゲは俺の言葉にピクリと頭を上げる。そして定位置である俺の肩を離れてパン窯に向かた。なんだか嬉しそうな感情が伝わってくる。トカゲが店に入って数秒後、途端に工房から歓声が上がる。


 そして15分後、焼き立てパンがずらりと棚に並んだ。並んでいた客がどんどん捌かれ列が進む。俺は戻って来たトカゲを肩に乗せる。さて、後は待つだけだ…が、問題は時間だな。俺はさらに長くなった行列を見つめる。


 列の最後尾に並んだ俺の後ろに更に数人の客が並んだ時、それは起こった。店からやたらとがたいのいい大男が出てきたのだ。店の制服を着ているから店員なんだろうが凄い貫禄だ。キョロキョロと列に並ぶ客を眺めながら近づいてくる。なんだ、なにか探しているのか。


 そしてその視線が俺の肩のトカゲを捉えると店員の足が止まる。白い歯を見せてにっこり笑った後、店に戻って行った店員はその手に大きな袋を抱えて出てきた。


 店員から押し付けるようにして渡された大袋には『焼き立てパン』が大量に入っていた。店員は礼だと言う。どうやら創業以来、百年以上も使ってきたパン窯がトカゲのおかげで廃棄せずに済んだらしい。


 まあ、そういうことなら貰っておこう。ん? 


 俺が急ぎ酒場に戻ろうとすると後ろから肩を掴まれる。なんだ、俺は早く戻りたいんだが。


 ん? なんだこれは、ペンダント? 窯の奥から出てきた? これもお礼? こんな物要らんぞ……


 店員は白い歯をみせるが肩は掴んだままだ。


 いや、だから、俺には不要だ……


 肩に置かれた店員の手に力が込められる。


 ああ、わ、わかった。受け取るからこの手を離してくれ。


 礼を受け取った俺は、賑やかな店員の大声を背に酒場へと急いだ。



 酒場につくと静かに移動し、ゴロツキの前に『焼き立てパン』を並べる。ホカホカのパンを一つ手に取ると、ゴロツキはそれを一口齧る。俺はその口元が緩むのを見届け、再び酒場を離れる。


 今日の『焼き立てパン』は酒の肴ではない。次の所望が来るまでの時間は少ないだろう。7分。いや念のため6分と思っていた方がいい。その間に俺は俺のすることをする。行先はいつもの森だ。


 30秒もかからず森に到着する。昨夜の嵐で倒された木々が道を塞ぐ中、俺はいつもの採取場所へと急ぐ。荒れた森にも関わらず、10秒かからずカラフル茸の先の水辺まで来ることができた。トカゲと小人、それから竜のリストバンドの影響だろうか。これは助かる。


 スピードが上がったため採取時間も短縮できる。まあ、2分でいけるだろう。終わったらギルドでの売却だ。



 採取を終えた俺がギルドへ着くと、いつも通り担当者が職員と書類一式を持ってスタンバイする。ん? 今日は一人多いか? 気になりながらも俺は小袋からいつもの量の薬草をカウンターへと取り出していく。


 いつも通りの流れるよな確認作業が続く中、運ばれてくる用紙。俺が羽ペンでサインをしようとすると、その用紙が引っ込められる。これは…まさか。またかっ?


 多少の焦りと共に目の前の職員を見るとその視線が横で確認している職員へと向いている。く、どうやらまた何かあったらしい。


 だが、俺の焦りとは裏腹に、数秒後には引っ込められた用紙が再び差し出される。横を見ると、ひとり多かった職員がいい顔をしてこっちを見ている。その手には豪華な装飾の本と眼鏡型の奇妙な機材。どうやら新しい時短関係ができたらしい。これはさらに俺のパシリがさらに捗るに違いない。


 そして喜ぶ俺の前にはいつもの300倍程の金貨が積まれる。もう少しでカウンターから溢れそうだ。この前までなら突っ返していたはずの大量の金貨だが、今の俺にはこの小袋がある。それに金貨は『胃腸薬』を作るのに必要な材料にもなる。「受け取る」の一択だ。


 薬草の説明を聞き、素早く金貨を小袋に放り込んだ俺はダッシュし、時間通りに酒場へと到着する。


 しかし酒場に入ると、俺は戦慄を覚える。なんと、ゴロツキはすでに『焼き立てパン』を全て食べ終え、視界の端で酒場の入り口を見ていたのだ。つまり、俺は「ゴロツキを待たせてしまった」のだ。その現実に俺のパシリ道がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。


 俺は乾いた喉を鳴らしながらゴロツキの横に移動する。叱責ならまだいい、もう必要ないと言われてしまったら俺はどうしたらいい。くそ、俺としたことが、心の寂しさと焼き立てパンの相性の良さを見誤ってしまったか。しかし、なぜ今回に限ってこんなクリティカルヒットが生まれたのか。今回に限って…ん、まさか、トカゲ、オマエが原因だったりするのか?



「…」



 動揺した俺の心の隙を突かんばかりのタイミングでゴロツキの声がかかる。しかし、俺の動揺とは裏腹に、その口元には厳しさはなくむしろ緩みすら感じられる。


 こ、これは、『焼き立てパン』のクリティカルヒットは食べる時間だけでなく、ゴロツキの心にもヒットしたということか。なんということだ。この経験は俺のパシリ道はさらに昇華させるだろう。ここはもはや自分を責める時ではない。更なる高みを目指してゴロツキの所望を聞こうではないか。



 俺はゴロツキの声に耳を傾ける。



「…」



 ……な、に…『スムージー』だと?


 さ、酒はどうした。さっきのはあくまでもパン。しかし今回の『スムージー』は飲み物だ。酒場で酒を注文せずに持ち込みだけで飲み食いは流石にマズい。それに酒場でスムージーを堪能するゴロツキ、この絵面もどうなんだ。俺は内心頭を抱えながらも店員に金貨二枚を握らして様子を見る。店員は軽く目で頷くとそれを懐に入れた。ホッとした俺は『スムージー』を手にするために野菜市場へと急ぐのだった。



 野菜市場ではこの街近辺で採れる野菜、果物の他にも近隣の街からもかなりの種類が運ばれてくる。単に『スムージー』と言えど、その材料の組み合わせはいわば無限大。俺はここ最近のゴロツキの食生活、体調などを思い返し、市場を回って数十種類の材料を選んでゆく。


 ん? なんだこの変な実は。なに? 仙薬? 金貨160枚? 効くのか? じゃ、それもくれ。


 市場をすべて回った俺の前にはカラフルで新鮮な野菜が並ぶ。それを見て俺は思う。何かが足らない。


 そこで思いつく。さっきギルドへ売った薬草。あれはいいんじゃないか。


 俺はすぐさま森へ行くと採取場へと直行する。今回、俺が売った薬草、なんでも嵐の翌日の日中に特定の場所にしか現れない変種であるらしい。ギルドの説明では、壮年の男に必要とされ、金持ちの貴族がどんな値でも買っていくほどで、特徴は葉の葉脈の先が3つに分かれてるらしい。


 特徴さえわかれば探すのは問題なかった。2本見つけた薬草を小袋に入れ、街に戻る。


 そして俺は野菜市場に向かう。実は市場の隣にお洒落なジュース屋を見つけていたのだ。どうも王都での大繁盛でこの街にも支店ができたらしい。実のところ、薬屋でも良かったんだが、婆さんがいなかった。代わりに御婦人が店番をしていたのだが、流石に店番の御婦人に調薬を頼むわけにはいかない。


 ジュース屋に着くと、俺はカウンターで『スムージー』作製を依頼する。店員が俺が出した材料を一つ一つ確認する。そうだ、この前の『胃腸薬』も入れておこう。胃腸が良くなればスムージーの吸収も良くなる筈だ。


 店員が材料を持って引っ込んでいった後、しばらくして奥から派手な服装をした白髪の爺さんがヘコヘコしながら出てきた。


 なに、このスムージーを少し分けて欲しい? ああ、問題ない。材料を丸ごと持ち込んだ関係で量はかなり余る。少しと言わず半分持って行ってくれていい。なに、代金? そんな計算をしている時間はない。金は要らんから早く商品をくれ。それが条件だ。


 爺さんは小躍りして奥に引っ込んでいった。しばらく待つと店員が頭を下げながら瓶入りのスムージーを渡してくる。


 ん? スムージー以外にも何か入ってるな。まあ、いい、ゴロツキの所望の『スムージー』があればそれでいい。



 酒場に戻るとゴロツキは酒も飲まずに待ってた。そして『スムージー』見ると、一口、また一口と飲んでいく。その様子を見ながら気づく。そう言えば味見をしていなかった。だが、ゴロツキは最後の一滴まで完全に飲み終えるとそのまま酒場を後にした。どうやら口に合わなくはなかったらしい。しかし、最後に油断したのは反省だ。



 ゴロツキの後ろ姿を見送りながら、今日のパシリを振り返る。そして思い出す。


 そういえば、何か貰っていたな。


 小袋とポケットからアイテムを取り出す。パン屋とジュース屋で貰ったやつだ。


「大地殻のペンダント」に「万象の雫の指輪」か。


 前者は耐久力、後者は知力をかなり増やしてくれるという、なかなかのパシリ用アイテムだった。これでまた俺のパシリ道は一歩高みに登ることだろう。これは明日からも楽しみだ。


 空になったスムージーの空き瓶を酒場に残し、俺の一日が終わる。



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