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二日目


 ゴロツキが酒場に入る。その時点から俺のパシリの一日は始まる。

 酒場という戦場に足を踏み入れたその刹那、すでに戦いは始まっているのである。


 それが俺のパシリの矜持。



 ゴロツキに次いで酒場に入った俺はゴロツキから距離を取り待機する。

 遠からず近からず。近過ぎて鬱陶しがられてはいけないが、呼ばれた声に気付けないのもいけない。

 その狭い待機範囲を読み取って位置取りを済ませる。そして、声がかかるのを待つ。さあ、来い。俺の戦いはすでに始まっている。


「……」 


 来た。俺を呼ぶ「おい」の一声。それに反応してすぐさまゴロツキの真横に位置を変える。そしてゴロツキからパシリの指示が飛ぶ。さあ、今日は何を望む。…は? なに? 


『胃腸薬』だと? 


 マズイ、これは予想外だ。これまでゴロツキが胃腸を悪くした事など一度もなかった。

 そんな胃腸に特化した薬など聞いたことがない。すぐさまその場を去りつつも俺は脳をフル回転させて胃腸薬獲得までのシナリオを描いていく。


 酒場を出た俺が向かったのはとりあえず薬屋。だが何度も通っているが薬屋に胃腸薬など見たことがない。が、もしかしたら店の奥とかにあるかもしれない。その可能性に期待したい。だが、もし無かったら途轍もなく厄介な事になる気がする。


 薬屋までは1分もかからない。カウンターに座る耳の尖がった婆さんに胃腸薬が欲しいと伝える。すると、婆さんは棚からポーションを出してきた。


 俺は「違う」と首を横に振る。これは「普通の」ポーション。ゴロツキの胃腸はどれほど悪いのかは不明なのだ。どんな胃腸の病気でも直すことのできる『胃腸薬』、それが今回のパシリの品なのだ。


 俺の注文に婆さんも難しい顔で首を振る。


 ふむ、この街にはないと。そうか、そんなに貴重な薬だったのか。くそ、予想はしていたが、やはり『胃腸薬』はこれまでで最難関の所望だった。普段から予想し準備できなかった自分を殴ってやりたい。


 しかし、俺のパシリ道はここからが本番だ。これまで何度もこんな経験はしてきた。その都度、俺は新しい道を切り開いてきたのだ。


 そして、今回も切り開いてみせる。『胃腸薬』への険しき茨の道、俺が必ず切り開いてみせる。


 そう、薬がないなら作ってしまえばいい。


 婆さんに材料があれば作れるか尋ねる。婆さんは目を見開いて大きく縦に首を振る。よし、先ずは第一関門突破だ。やはり切り開くべき道はあるのだ。


 俺は婆さんに材料を尋ねる。なに? 6つだと? 6つもあるのか! これは予想外だ。せいぜい3つ、多くて4つだと思っていた。これは時間がかかるかもしれない。だが、ゴロツキが愛想を尽かして酒場を出たら俺の負けだ。それまでに必ずや成してみせる。


 胃腸薬の材料は6つ。婆さんに確認すると、すぐに入手可能なものがあった。先ずはその簡単な2つを探す。この2つはいつもの森で採取可能なものなのだ。


 さらにそのうち一つは昨日俺がギルドで売った1本物の薬草。たしかあれはカラフルな茸の絨毯の先の水辺で収穫したものに混ざっていたはずだ。


 いつもの薬草によく似てはいるが、違いは葉の葉脈の数。左右に1本ずつ多いらしい。初老の職員がブツブツ言いながら何度も数えて確認してたから間違いない。


 もう一つは名前は知らなかったが、こちらは激しい凸凹の笠をもつ紫色の茸。一年洗ってない下着の様な臭いがする。これも既に見当が付いている。確か蛇の巣を抜けた先の大樹の洞の中に生えていたはずだ。あの強烈な臭いは忘れようがない。


 ダッシュした俺は30秒で森へ到着し、探索と採取に12分。うむ、採取成功だ。さすがに珍しい材料だけあり、不覚にも見つけるのにかなり時間がかかってしまった。採取した茸を素早く小袋に入れ、止めていた息を吐く。さあ、次だ。


 3つ目の材料は4本以上の川が流れ込む湖でそれらの水流が交わる場所に生まれる水草の根だ。この国で条件に合う湖と言ったら一つしかない。


 俺は湖までダッシュし、14分で到着。対岸が見えないため海だと言われても信じてしまう、そんな湖を一周し水流を見極める。これに10分かかった。


 場所の当たりを付けたら靴と上着を脱いで湖に飛び込み泳ぐこと14分、そこから素潜り5分で目当ての水草を発見、根を採取することに成功する。これで3つ目。


 で、次の材料のある場所は…火山の洞窟か。火山までは元の街を含め、街3つを越えなくてはいけない。かなり遠いがこれは仕方がない。行くしかないなら、今すべき事は一秒でも早く動き出す事。いくぞ。



 46分掛かってしまったが俺はなんとか火山の火口に登り着いた。ここから降りればマグマのすぐ手前に横穴がある。

 なぜ知っているだと? それは今俺の肩にいる燃えるトカゲが教えてくれたからだ。


 コイツ、俺が必死に火山を登っていた時に急に現れたかと思ったら、そのまま俺に纏わりついてきやがった。そして何故かそのまま離れなくなったのだ。


 轟々と燃えながら体中を這い回られ、熱いやら鬱陶しいやらで俺も少し頭にきてしまった。冷静さを失い、嫌がらせのつもりでゴロツキの好物の火酒をぶっ掛けてやってさらに燃やしてやった。そしたらなぜか懐かれて色々と教えてくれるようになった。


 話が分かるようになっただけではなく、なぜか熱さも感じなくなり、重さも感じなくなった。目を凝らすと、俺とこいつの間に変な光る糸が薄っすらと見えた。どうやらこの糸で繋がった事が原因のようだ。熱くもなく重くもない。ということで、好きにさせることにした。


 で、胃腸薬の材料が採れる横穴のことはそのコイツから教えられたって訳だ。


 火口の底は溶岩で真っ赤に燃えている。しかし、それくらいでは俺のパシリ魂の熱を上回ることはできない。俺は構わず火口を駆け下りる。肩のトカゲが教える場所に向かって走り抜け、焦げた服が地に落ちると同時に横穴に辿り着いた。溶岩のような燃える花から赤く輝く蜜を取る。これで4つ目だ。



 次は5つ目、今度は雪山だ。この火山とは元の街を挟んで真逆の位置。つまりまた着た道を戻ることになる。


 なぜこれを後回しにしたかというと、雪山のどこかに咲く氷の花を溶かすことなくそのままの状態で持ち帰らなくていけないからだ。

 

 氷を火山に持っていくことは何でも入るこの小袋があったとしても流石に怖い。時間はかかるがここは我慢だ。確実に材料揃えるためなのだ。



 雪山までは80分は掛かるはずだったが、なぜか40分弱で到着した。どうやらこの肩のトカゲのお陰らしい。今、俺の顔の真横で得意げな顔をしているということはそうなんだろう。


 ん? なに、火精霊の力? 何だそれは。なにかよくわからんが、正解だったようだ。嬉しい誤算だったが、取り敢えず助かったので礼を言う。よし、このまずは花を見つけるために動くとしよう。


 13分後、無事に花が見つかる。そして俺の肩には新たに氷の小人が座っている。


 こいつもトカゲと同じように纏わり付いてきたのを、今度はこのトカゲが火を吹いて追っ払おうとした。そしたら何故か逆について来たのだ。


 なんだかトカゲとは仲が悪そうだからトカゲへの嫌がらせでもしたかったのかもしれない。今はトカゲと小人はお互い反対の肩の一番端に陣取っている。


 そして勿論、花の在処を教えてくれたのはこの小人だ。まあ、コイツもトカゲと似て冷たくないし、重くもない。しかもトカゲと反対の肩に居るだけだから邪魔にもならない。まあ、このままでいいだろう。目を細めると、小人との間にもやっぱり光る糸が見えた。


 それから7分後、俺は薬屋の婆さんの前にいる。14分はかかると思ったが、またしても早く着いてしまった。小人がこっちを見ていい顔でヒラヒラと手を振っている。どうやら氷精霊の力ということらしい。


 まあ、よくわからんが速いことは良いことだ。これで俺のパシリ力は格段に増したということだからな。


 ん? まだ材料が5つしかない? ああ、そうだ。残りの1つは『金』だ。金貨ではなく、材料としての金。流石に金鉱脈は俺でも入ることはできない。すべての金鉱脈は国が管理しているからだ。


 だから、俺はカウンターに山の様に金貨を積み上げた。金貨は金でできているはずだ。なら、この金貨で代用してもらえる。そのはずだ。


 しかし、婆さんは眼の前の金貨を見て首を振る。どうやら純度が足りないらしい。金貨には確かに金が含まれるが、それ以外の物も多く含まれているとのこと。さらに金の販売は国によって厳重に管理されていて、許可のないものは売買だけでなく、加工すらできないらしい。



 くそ、まさか、ここに来て行き詰まるとは。


 俺は眼の前の材料を小袋にしまうために手を伸ばす。すると、俺の両肩からものすごい存在感が放たれる。真紅と純白の二つの炎が店中を駆け巡る。そして、それらが向かう先は、カウンターに置かれた金貨の山。


 数秒間、金貨の山は白熱の光と炎に包まれる。そして光が収まった眼の前には、黄金色に輝くインゴット。


 薬屋の婆さんは何度か瞬きをすると、インゴットを手に取り、目を細める。そして俺に向かって大きく頷いて見せた。同時に俺の両肩からは嬉しげな二つの気配がフワリと漂う。



 婆さんが全ての材料を持って奥に引っ込んで8分弱、今度は妙齢の御婦人が出てきた。その手には液体が入った細い瓶が5本大事そうに抱えられている。液体は光の加減で色々な色に輝いているように見える。そして、御婦人は俺にその瓶を差し出してきた。


 成る程、この液体が『胃腸薬』か。なんとも変わった色を…… なに? 胃腸薬じゃない? エリクサー? おい、御婦人、俺はそんなものは頼んでない。頼んだのは『胃腸薬』だ。『胃腸薬』を作ってくれ。 …なに、このエリクサーが胃腸薬にもなる? どんな胃腸も治す? そうか、それなら大丈夫だ。感謝する。


 俺は、若返りやら、万能薬やら興奮気味に話しまくる御婦人に背を向け薬屋を出る。空を見ると陽はほぼ真上にあり、その光を受けて『胃腸薬』はキラキラと輝いていた。



 俺が酒場に着くと、ゴロツキは机に突っ伏していた。寝入っている訳てはなく、ただ体調が悪いだけの様子。ふむ、どうやら間に合ったようだ。


 ゴロツキを起こし胃腸薬を1本渡すとゴロツキはそれを一気に飲み干す。急に元気になったゴロツキは軽い足取りで酒場を後にした。どうやら、今日はこれで終わりのようだ。件数はたった1件だったが、今回のパシリ、密度はなかなかのものだった。ふむ、充実したパシリ日だったな。


 店員に場所代として数枚の金貨を握らせ、俺の1日が終わる。


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