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黒い塔の怪物  作者: だもん
第三幕 黒い塔と怪物たち
8/10

二 怪物

 天井の高い部屋に入り、奥の開口部へと進むフィリエリナと姉の二人。

 開口部へ近づくにつれ何かの音が聞こえてくる。まるで咀嚼そしゃくしているような、口を開けてくちゃくちゃとする音。

 ズルッ……ズ……ズ……

 グジョッ……グジョ……グ…ジョ……

 不快な音に二人の背筋が寒くなる。

 なるべく音を立てないようにそっと開口部を通って中へ入った。

 そこは小さな台座が並ぶ部屋で、奥には小さな扉がある。台座の上には裸にされた子供がひとりずつ寝かされていた。どの子も顔色が青白くなって呼吸も止まり、すでに生命が尽きている。

 フィリエリナと姉が声を出さず驚いていると近くに大きな黒い影があることに気がついた。

 グジュジュ。ズルルル。グジュグジュグジュ。

 黒く細長い怪物が背を丸め、逆三角形の頭を台座に近づけて四本の鞭のような腕を使い子供を口に入れている所だった。

 怪物の近くには丸く固められたピンク色をした肉団子のようなものが並んでいる。

 あまりにおぞましい光景に体中に鳥肌が立ち、胃が逆流してくるのを必死に留めるフィリエリナ。いままでいろいろな魔物や魔獣を見てきたが、こんな残虐な行為をしているところは初めてだ。

 姉は連れてこられた子供たちの行く末を目の当たりにして、呼吸を忘れ目を見開いている。

 その怪物はフィリエリナたちに気がついていないようで、作業を黙々と続けている。


 そこに、寝かされている子供の中に妹たちがいるのを発見した姉が叫んだ。

「妹! あそこにいた!」

『ギ…ダ…ダレ……ダ…ダレダ!』

 姉の声に怪物が反応し顔をあげた。四つの赤い目が姉とフィリエリナを捉える。

 不意打ちができず、しまったと思ったフィリエリナは怪物へ向けて駆け出した。

「姉は離れてて! こいつは私が相手する!」

 怪物ににらまれた姉は足がすくんでブルブル震え、その場で立ち尽くしている。

 盾を前に怪物へ接近したフィリエリナはハンマーを振りかぶった。と、横から大きく細長いムカデの尾の部分が打ちつけてくる。

 とっさに盾で受けたフィリエリナは弾き飛ばされてしまった。

 強烈な打撃に台座を破壊しながら床に転がり止まったフィリエリナは、うめき声をあげ盾を持ち上げる。それは、強烈な力でひしゃげていて使い物にならなくなっていた。幸いハンマーは握ったままの状態だ。

『オシ…オ…オシ…オキ……オ…シオ…キ……』

 するすると怪物がフィリエリナに近づくと鞭のような二本の腕を押し付けてきた!

 ジュウゥウウウ──

 ミスリルの鎧に貼ってある固い布が、いやな臭いをさせて溶けていく。幸いにもミスリルの鎧には穴が開いていなかった。

 盾を捨てたフィリエリナは痛む体を無視して転がり怪物の腕から逃れる。

 素早く移動した怪物がフィリエリナの前へ躍り出ると再び腕を押し付けてくる。鎧の布を溶かされながらも立ち上がったフィリエリナは怪物から距離をとった。

 肩で息をして相手を警戒するフィリエリナは、姉が一歩も元の位置から動いていないのに気がつき怪物の視線から逸らすように動く。

 再びフィリエリナの真横からムカデの尾が迫って来た!

 ぎりぎり避けたフィリエリナは魔法を使う。

「フアハト」

 短い呪文は怪物の胴体部分に狙いを定めたものだ。

『ギ……!?』

 瞬時に凍った胴体に驚く怪物。急に感覚が狂ったようにグラグラと細長い体が揺れる。

「フアラ」

 続けて魔法を使用したフィリエリナはそのまま怪物にハンマーを振りかぶって突っ込んでいく。

 怪物の頭部に魔法により生まれた氷のような結晶が無数にきらめき、視界を奪うことに成功していた。無防備な怪物の凍った場所に全力でハンマーを叩きつける。

 凍った箇所が砕け、怪物の胴体とつながっていた支えが無くなった上半身が地面へ落ちる。

『ギィイイー-…イ…タ……イタ…イ…イタイィイイ!!!』

 叫びながら怪物は上半身だけでザザザザと台座をすり抜けフィリエリナへむけて突進してきた。

 ハンマーを捨てたフィリエリナはとっさに横に飛びのき怪物の一撃をかわす。


 剣を抜いたフィリエリナは再び迫って来る怪物に向けて構えた。

『イ…タイ……イタ…イ…イタィイ……』

 もはや大人の背丈ぐらいになった怪物が、体液をしたたらせながら四本の腕を使ってくる。

 鞭のように打ってくる腕をフィリエリナは避けながら剣を振るう。

『ギィイ…イ…タ……オシ…オキ…イ…タイ……』

 唸る腕の攻撃を剣で打ち据えるがぬめりで滑り切断できず苦戦していた。すでに怪物は体半分なのに力が衰えず、フィリエリナを叩きのめそうとして腕を振るっている。

 背中を強打されふらつくフィリエリナを怪物の腕がさらに襲う。

「くっ」

 苦し気に声を出したフィリエリナが怪物の腕に殴打された拍子に台座へぶつかり体制を崩した。

『ワル…ワ…ワルイ…コ……ワルイコ……』

 さらに四本の腕をしならせ何度も殴打し始める。兜や鎧を激しく打たれ一瞬記憶が飛んだフィリエリナ。ミスリルの防具が命を守っているが、このままでは長くは持たない。

「ファラ」

 苦し紛れに魔法を行使し、自身の前に氷の盾を出現させる。ガツンガツンと怪物の腕が当たる。

 フェリエリナは気力を振り縛り、台座に駆け上がると氷の盾を踏み台にして跳躍した。

 相手を見失った怪物の動きが一瞬止まる。と、顔を上に向けた怪物の目の前にはフィリエリナの剣先が降りていくところだった。

『ギ……』

 怪物の頭に剣を突き刺し、そのまま体重を乗せて切り裂く。頭から二つに割れた怪物は絶命して背中から倒れた。

 フィリエリナは息苦しく視界の狭くなった兜を脱ぎ新鮮な空気を味わう。こんなに苦戦したのは久しぶりだ。ミスリルの鎧と兜のあちこちがへこみ、フィリエリナの頭から血が出ていた。

 盾はもう使い物にならない。捨てておくしかないようだ。鎧も綺麗だった布の模様もかすれはがれている。フィリエリナ自身も魔法の使いすぎで頭痛がひどい。

 血をぬぐったフィリエリナは深く息を吸い、まだ終わっていないと活を入れる。

 死んだ怪物を一瞥いちべつして姉の姿を探すことにした。


 姉は少し離れた台座にいて、目を開けることのない少女を抱きしめていた。

 フィリエリナが怪物と激戦を繰り広げていた頃、ようやく足が動くようになった姉はよろよろと妹たちが寝ている台座に向かった。

 間近で見ると足に刺されたような腫物はれものがある以外目立った傷はなく、眠るように妹たちは目を閉じていた。姉は冷たくなった体をさわり、胸に手をあて心音を確かめ、鼻に手を当て呼吸がないことで二人の死を確信した。

「あっあっあっ。あああああああ」

 とたんに涙が溢れ出し、冷たい体を抱きしめた。

「あああああああああああー---」

 嗚咽が止まらない。あんなにも元気だった二人がもういないと思うだけで胸が張り裂けそうだった。

 もっと早く帰っていれば妹たちは助かったのかもしれない。いいようのない後悔が姉を襲う。この館でいままで生きてこれたのは妹たちがいたからこそ。妹たちが罰を与えられないように身代わりになったのも、すべては妹たちのためだったのだ。

 涙をとめどなく流しながら妹を抱きしめる姉。どうしたらいいのかわからず、ただ泣いていた。


 姉の元へ近づいたフィリエリナだったが、様子を見てしばらくそっとしておいた方がいいと離れていった。

 かわりに奥の小さな扉へと向かう。

 胸の高さほどの扉にはかんぬきがかけられており、中から開けられないようになっていた。

 息を整えたフィリエリナはいつでも戦いになってもいいように構えて、扉にかけてある棒を引き抜いてそっと小さく開ける。

 扉の先は行き止まりで床に丸い穴が空いており、下から何かの音が聞こえてきた。

 ギ、ギギギギギ……ギチギチギチギチ…………

 冷や汗を流したフィリエリナはすぐに扉を閉め、棒をはめた。

 ぎゅっと目をつぶったフィリエリナには穴から見た光景が脳裏に焼き付いていた。暗い穴の底で何百匹もの大きなムカデがうごめく様が。

 首を振って脳裏から消したフィリエリナは冷静に状況をまとめた。とりあえず目の前にある脅威は去ったようだ。後はここから出ていけば問題ないだろう。

 再び姉に顔を向けると先ほどと変わらず妹に抱きついたままだった。


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