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黒い塔の怪物  作者: だもん
第一幕 囚われの姉と妹
3/10

三 町と少女

 黒い塔を出た姉は荒野を歩き始めた。

 先ほどまで周りをうろついていた赤目のムカデの姿がいつのまにか消えていた。それでも姉の視界にいないだけで、どこかで見張っていることは確信が持てた。

 ここから町に行くには荒野で二回ほど夜を過ごすことになる。

 これまで何回も行ったことがあるので、どの方角に向かったらいいのかわかっている。

 初めて町に行ったときは「運び屋」の三人組に連れられて案内されたのだ。町が見える場所に来ると三人組は別の方向へと行ってしまったが。

 それでも三人組と道中を共にするより、ひとりで野宿するほうが気が楽だった。あの罵倒といやらしいねっとりとした視線には耐えるのにも限界がある。

 体力の続くかぎり町へ向かって突き進む。途中で水分を補給しながらも姉は足を動かしていた。

 妹たちのことを考えると胸が締め付けられるようだ。もし妹たちに罰があったらと気になってしまう。せめて無事でいるようにと願っていた。

 太陽が地平線に沈む頃、疲れ果てた姉は大きな岩陰に腰を落ち着ける。乾いた食料を食べ、喉を潤す。背負い袋から毛布を取り出し身を包むと横になった。

 夜になると荒野に冷たい風が吹く。寒さに身を震わせ姉はぎゅっと毛布をにぎった。

 気持ちは焦るが、背中の傷が痛んで思った通りに進んでいなかった。前回ならば、もっと先で休んでいたところだ。

 遅く戻ったら罰を受けるのだろうか? ぎゅっと目をつむった姉は怪物の姿を思い出さないように他のことを考えるようにしていた。


 三回目の夜が明けて進み始めた頃に町が遠くに見えた。

 周囲を高い壁でおおった砦のような町だ。遠くには森とみられる緑色の地平があり、踏み固められた地面が門へと続いている。

 いつも入る大きな門は開けっ放しで、槍を持った門番が町へ入る人々から通行料を徴収している。

 姉は慣れた手つきで料金を支払い町へと入っていった。

 町へ入ると不思議と赤目のムカデの姿はいなかった。前回もその前もそうだが、赤目のムカデは町には決して入ろうとしない。

 監視の目がなくなると姉はほっと一息ついた。

 名前を知らぬ町の中が一番自由がきくのだ。この中にいるかぎり姉の行動をとがめる者はいない。

 赤目のムカデが入ってこないことを発見してから、姉は怪物に言いつけられた物以外にこっそりと買い物をしていた。

 たとえば傷薬や保存食。それに妹たちの靴や石鹸など。買った物は背負い袋の奥に入れて隠していた。

 館の部屋で傷薬を使ったとしても赤目のムカデが怪物に報告することはなかった。ただ単に見逃されているだけかもしれないが。同じことは金に関してもそうだ。小袋入りの硬貨を渡すが、中身については無頓着だ。毎度返却しているがとても数えているとは思えない。


 姉は知っている道を通り、商人街へと足を向ける。

 そこで必要な物資を購入する。最初はどれが何なのかもわからなかった姉だが、商人に教えてもらって覚えたのだ。金額が多少ぼったくりだったとしても物の値段を知らない姉にはわからない。

 今ではだいたいの商品について知識があった。新入荷した商品があれば用途などを聞いて理解を深める。たとえそれが怪物に必要のない商品でもあっても。

 この荒野にある町の中だけが姉にとって世界を知る唯一の手がかりだった。

 ここに来て文字があることを知った。数字が示す商品の値段に最初は驚いたものだ。簡単な文字と数字を姉は買い物のたびに覚えいった。それ以上は本格的に勉強しないといけないだろう。

 色とりどりの果物や野菜を並べる店、獣油の匂いをさせた肉屋、蝋燭ろうそくまきなどを並べた屋台などを好奇心旺盛に眺めながら最後に姉は食堂へと向かう。

 ここでも行きつけの店へ入り、一番安い定食を注文した。安いとはいえ小さな肉片や野菜の入ったスープに肉詰めのパイで、いつもなら食べたことのない豪華な内容だ。

 運ばれてきた定食を姉はゆっくりと味わいながら胃に届ける。これが最後の食事になるかもしれないから。

 何日もかけて買い物にきたご褒美とばかり、姉はこのひとときに胸が満たされていた。

 妹たちにお土産として日持ちのする乾燥させた果物を買っていく。貴重な甘味が取れ、いつも妹たちに喜ばれていた。

 こうした行為が図らずも偏った食事に栄養をもたらし、不健康ながらも姉と妹たちを生き長らえさせていたのだ。

 予定の買い物を終え、追加で傷薬を購入した姉は水と食料を補充し日が暮れる前に町を出ることにした。


 足早に町の門に向かっていると横から声をかけられた。

「ちょっとそこの君。いいかな?」

 足を止め顔を向けると「運び屋」三人組のような兜と鎧をした人が近づいてくる。といっても、その鎧は綺麗で兜も威圧感のないものだ。

 細身の上半身を守る鎧には青い柄がついていて、冷たい鉄のような恐怖を覚えなかった。顔も目元だけが空いている兜でおおわれているため、よくわからない。

「君は黒い塔からやってきたのか?」

 続いてそう問いかけてきたときに姉の体はこわばった。なにか悪いことでもしたのだろうか。それとも罰があるのだろうか。

 急に怖くなった姉は何も答えず町の門へと駆け出していった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 そう背中に声をかけられるが、姉は止まることなく門から出て荒野へ走っていった。


 ある程度走った姉はちらりと後ろを振り返った。町の門からこちらへ向かって追いかけてくる者はいなかった。

 はーっと深く息を吐き出して安堵する。と同時に背中の傷がズキズキと痛む。

 ゆっくり歩き始めてドキドキする胸を落ち着かせる。町でこんな怖い思いをしたのは初めてだった。

 初めて町で声をかけられたのだ。しかも自分たちが住んでいる場所を「黒い塔」と呼んでいた。

 きっと関係があると姉は思った。どうして知っているのだろうか? よく考えてみれば自分を待っていた節がある。

 気がつくと赤目のトカゲが近くから姉を見上げていた。

 どちらにせよ帰らなければ。姉は妹たちのことを考えると早歩きで荒野を進み始めた。


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