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黒い塔の怪物  作者: だもん
第一幕 囚われの姉と妹
2/10

二 姉と妹たち

 いつからか物心ついたときから、この暗い場所にいた。

 かつては妹たちと同じように姉の後をついてまわり、掃除や修繕、明かりの管理などを教えてもらいながら手伝っていた。

 姉と妹といっても本当に血のつながった家族ではない。ただ単に年上を「姉」、年下を「妹」と呼んでいるだけ。それでも年齢があやふやで、ひょっとしたら姉のほうが年下かもしれなかった。

 少しでもミスがあれば怪物から罰がやってくる。何の為に、誰の為にやっていることなのか疑問を挟む余地もなかった。

 ただ与えられた仕事を毎日のようにさせられていたのだ。

 その代わり一日二回食事が運ばれてきた。どこで手に入れたかもわからない硬いパンとスープ。いままで怪物が中央の部屋から動いているのを見たことがなかった。

 姉と妹たち三人は「掃除屋」と呼ばれていた。

 名前のとおり、館内の掃除を主な仕事としていた。それに台座のある部屋にまとめられた小さな服を使い、館の修繕と縫い物をしていた。ベッドのシーツや着ている服もこうして繕い、毛布のようなかけ布も作っていた。

 大きな赤い目をした小さなムカデが彼女らの周りをせわしなく動き回り、常に監視している。

 この黒い塔から逃げだそうとすると赤目のムカデがすぐに怪物に報告する。そうすると鉄の鎧を着た三人組が現れて連れ戻しに出ていく。

 上手くすれば生きて戻ってくるが、たいていは三人組に息の根を止められた状態で帰ってくる。

 三人組は「運び屋」と呼ばれていた。

 全身がいびつな鉄鎧の姿で一人の背中には大きなカゴをつけている。二メートルはある巨体で、それぞれの手には巨大なハンマーを握っていた。

 三人組は館を出るとどこからか子供たちを調達してくる。

 大きなカゴには眠っている子供たちが並べられ怪物の元へと運ばれてくるのだ。

 運び屋の部屋の掃除は三人組がいない間に行っていた。そう、姉妹の部屋から大広間を挟んだ向かい側にある扉が三人組の部屋なのだ。


 最近は一回出かけると太陽が十二回顔を出す頃に戻ってくるようになった。昔は三回太陽が出てくる頃だったのに、だんだんとのびていた。

 なぜだかはわからない。眠っている子供たちをどうするのかもわからない。姉妹は今を生きることに必死でそこまで頭が回らない。

 そして、今日はその十回目の日なのだ。

 姉は妹の寝顔を見ながら起こす頃合いを見計らっていた。

 それに姉は自分の体調が良くないことを自覚していた。よく立ちくらみもするし、たまに頭がぼーっとすることもある。

 以前、姉だった人は仕事中に突然倒れて息が止まり死んでしまった。

 その姉の知っていることを教えてもらえないままの死だった。それからは手探りで罰を受けながら覚えていったのだ。

 自分の知っていることを全てこの子たちに伝えなければ。姉は残された時間が少ないのを自覚して早めに教えるようにしなければと思った。

 まだ幼くて理解できないかもしれないが、自分が死んでしまったらこの子たちが継ぐのだから。

 だからといって、この二人がこの先も生きていけるのかは不明だ。今の姉が妹だったとき、同じ妹だった少女は夜に寝たきり冷たくなってしまった。特にケガもなかったのに。

 それに妹や姉が死んでしまうと、どこからか新しい少女が連れてこられていた。姉もこれまで何人もの妹たちを見てきたのだ。今の妹たちはとても頭がよく聞き分けもいい。たまに手をすべらせたり、転んだりするがまだ幼いのでしかたない。

 ずっとこのまま三人が無事ですごせますように。目を閉じている姉は心の中で願っていた。

 背中の痛みが耐えられるぐらいに引いた頃、この可哀想な妹たちを姉は意を決して起こした。


 赤目のムカデの見守る中、姉妹たちは「運び屋」の部屋を掃除した。

 この部屋は台座のある場所を除けば一番汚い。掃除するたびにわざと汚しているような有り様だ。

 あちこちに転がる肉片のついた小骨に床に広がる臭い液体。壁のあちこちには油脂がこびりついている。鼻を曲げたくなる臭いの中、姉妹たちは掃除をした。

 いつ「運び屋」が来るかもしれないと思うとビクビクしてしまう。

 それでも掃除を終えると姉妹たちは足早に自室へと向かった。

『ギィイ──』

 そのとき赤目のムカデが鳴き声を発した。これは怪物が姉を呼んでいるときの合図だ。

 姉と妹たちは顔を見合わせると頷く。

「先に部屋に入ってて」

「わかった」

 妹たちを部屋に向かわせ、姉は赤目のムカデの後を追い怪物のいる部屋の扉を開けた。


 黒いドレスを着たひょろ長い怪物の前に立つと緊張と恐怖から姉のうなじに汗が吹き出す。

「なにか用ですか?」

 沈黙を恐れて姉が先に口に出すと怪物の腕が一本伸び、ドサリと姉の前に小袋を落とした。

『マ…ママチニ……イケ……マチニ』

「町ですね。わかりました」

 姉は小袋を拾い中身を確かめた。中には銅貨や銀貨がつまっている。

 一、二ヶ月に一度、怪物は少女に買い出しに行かせていた。

 この閉鎖した空間では完全な自給自足ができず、必要な物資が足りないからだ。油やろうそく、修理用の資材などこの場所で作ることのできない物を買いに行かせていたのだ。

 姉たちはつねに掃除をしているので、館で使用して無くなったり足りない部分を買い足せば怪物は満足していた。

 金は「運び屋」が子供をさらう際に持ってきたものだ。「運び屋」が子供を求め行軍している最中に、時折襲ってくる盗賊などから奪い取ったものもある。当然、盗賊は返り討ちになっていた。

『ハヤ…ク……イケ……マチ…マチ』

 怪物にせかかされて姉は小走りで怪物の前から離れ、バタンと扉を閉めた。深く息を出した姉の足元には、上手く扉をすり抜けた赤目のムカデがいた。


 早く支度をしなければと姉が自分たちの部屋へ向かおうとしたとき、反対側にある外へ通じる扉が開いた。

 太陽の光を背にガチャガチャと金属音をさせて影のように黒く汚れた鎧姿の三人組が入ってきた。その足元には三匹の赤目のムカデがうろちょろしている。

 その三人組こそが姉たちが恐れたいた「運び屋」だ。離れているのに何かが腐ったような臭いが姉の鼻につく。

 恐怖で立ちすくむ姉の姿を見た「運び屋」のひとりが大袈裟に両手を上げた。

「これはこれは! 役立たずの掃除屋じゃねぇか! なんでそんなところでぼさっと突っ立ってんだ!?」

「……」

 声が出ずに恐怖に固まる姉はガタガタと震えた。

 鉄の兜の奥で目が光ったかと思うとゲタゲタと笑い始めた。

「ひゃひゃひゃ! ビビってるのか? あひゃひゃひゃ! 俺らはお前らと違って役に立ってるんだ! そこをどけ! 役立たずの能無しが!!!」

 瞬間、姉はパッと今いる場所を飛び退くと「運び屋」の三人組がドシドシと金属の音を鳴らして横を通り奥の扉へと向かう。

 ひとりの背中にあるカゴには子供が二人ほど捕らえられていた。いつもよりも数が少ないのを姉は目にした。

 姉が知っているときでも五、六人は捕らえていたはずだ。彼らも罰を受けることがあるのだろうか。震えながらも姉は思った。

「まぁったく気楽なもんだなー。いつか痛い目にあうぜぇー」

 通りすぎざまに一人が言うと仲間がゲヒゲヒと笑い合う。そのまま三人組は怪物の待つ奥の扉へと消えていった。

 姉は自分の出てきた扉を見つめ、唇を噛むと自分たちの部屋へと向かっていった。


 部屋に戻ると妹たちが姉の無事を知って笑顔で寄ってくる。

「姉さん大丈夫?」

「ええ平気。これから町に行かないといけないの。準備を手伝ってくれる?」

「わかった」

 姉は薄汚れた服を脱ぐと収納長椅子から外行き用の服を取り出す。妹たちは背負い袋を用意して部屋の奥にある小さな井戸から水を汲み、皮袋の水筒に移している。

 子供の服で作ったつぎはぎの毛布に買い置きしていた保存用の食料、傷薬と水筒を背負い袋に詰める。

 その頃には姉は着替え終えていた。体を動かすたびに背中が痛むが、妹たちの前では痛みを我慢して普段どうりに振る舞っていた。

 支度を終えると姉は妹たちを抱きしめた。

「それじゃ、いってくるね。二人で協力してがんばってね」

「うん。気をつけて」

「早く帰ってきてね」

 寂しそうな妹たちの声を聞くと姉は黒い塔から出るのをためらうのだった。

 しかし、怪物に命令されたことは絶対だ。

 赤目のムカデが急かすように部屋の扉の前でうろうろと身をくねらしていた。


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