Side カミーユ 1
「カミーユ・アッシュバーン男爵令嬢。君との婚約を破棄する……!」
魔獣狩りの遠征が終わった冬の日。
カミーユはとつぜん、8年も婚約してきた騎士・サイラスに婚約破棄を宣言された。
それも、騎士たちが集まるパーティのさなかにだ。
「なに……?」
カミーユは、戸惑いがちにサイラスを見た。
そもそも、カミーユが20歳、サイラスが22歳の時に結ばれた婚約が8年も延期されたのは、サイラスが魔獣狩りの最中に右足を失ったのがひとつ目の理由だった。
サイラスの実家は豊かではない騎士爵で、サイラスは本来ならばそのまま足を治せず、騎士をやめざるを得なかったはずだ。
けれどカミーユの実家であるアッシュバーン男爵家は、貿易に成功しており、とても豊かだった。
そのため、未来の娘の夫であるサイラスのために、神殿にかけあい、多額の寄付をして、腕利きの治癒師をサイラスにつけた。
おかげで5年かけて、サイラスは足を取り戻し、騎士へと戻れた。
だが直後、サイラスの妹があいついで亡くなり、喪に服していた。
そのため、8年。
適齢期だったカミーユは、すっかり行き遅れと言われる年齢となってしまった。
カミーユとて、数少ない女性騎士の同期や後輩が次々と結婚し、子どもを産む姿を見て、胸が痛くなかったわけではない。
それでもサイラスのためを思って、8年も待ったのだ。
それなのに、なぜいまさら、婚約破棄などと……?
だが、サイラスの後ろに隠れるように立つ女性を見て、カミーユはすべてを悟った。
サイラスに寄り添うようにそばにいたのは、カミーユが守るべき護衛対象のアンリエール姫の侍女、シスレイ。
豊かなブルネットと真っ白な肌が蠱惑的な22歳の男爵令嬢だった。
アンリエール姫はまだ17歳の乙女だが、たいへん素行が悪い。
特に男性関係が乱れており、顔のいい男にはすぐ手を出そうとする。
それは護衛騎士であっても例外ではなかった。
苦慮した王は、女性騎士であるカミーユに、くれぐれも姫が男に手を出さないように見張るよう命じた。
それゆえカミーユは、姫に苦言を呈することも多く、姫からはたいそう嫌われていた。
逆に、アンリエール姫がお気に入りなのが、シスレイだ。
元は男爵家の愛人の娘として、平民暮らしのながい彼女は、アンリエール姫が奔放に身を崩していくのを見て、楽しんでいた。
この尊い立場の姫君が、自分の失態で抜き差しならぬ立場に追い込まれるのを見たいと思っているシスレイは、アンリエール姫に悪い遊びを教え込んだ。
愚かなアンリエール姫は、それを喜び、シスレイを自分の侍女に召し上げた。
そしてふたりで、カミーユが姫の護衛をつとめていると、くすくす笑いながら悪口をぶつけてくるのだ。
先日、ふたりはこうも言っていた。
「ねぇ、シスレイ。不器量で、男みたいな体型の女性でも結婚できるなんて不思議ね?お相手の方は、特殊なご趣味なのかしら」
「いいえ、アンリエール姫。私の知る不器量な女性は、お相手をお金で囲っているようですよ。そのお相手の方は騎士なのですが、なんでも以前、任務中にけがをし、治療費をお相手の家に支払ってもらったとか。そのため、不器量な年増を嫁にしなくてはならないと、たいそう嘆いていらっしゃいましたわ」
「あらあら、かわいそう。でもそれなら、お金さえあれば、彼はその不器量な女から解放されるのね。……わたくし、不器量な女って、嫌いなのよね。目に入ると、自分まで不器量になりそうでしょう?おまけに性格まで、老女のように陰気で、説教がましければ救いようがないわね。彼女が身の程をわきまえ、私の目の前から出て来られなくなるようなことがあればいいのだけど」