繧後▲縺励c
百目鬼一如、静岡県在住の社会人2年目のしがないサラリーマンだ。今日は大晦日だってのに仕事が入った不幸なサラリーマン。本当にブラックな会社だ。でも、稼ぎがいいから割と満足はしている。けど時期よ、時期。こんな記念日を仕事にする会社があってたまるか。
まあ、行くけど。
そしてその労働の帰り道。
ガコンッ!!!!!!!!!!
「!」
会社の帰りの電車。気持ちの良い緩やかな揺れにつられ居眠りをしていたところ、大きな揺れを感じ急に意識が覚醒した。寝ぼけ眼を擦ると外を覗く窓は真っ暗だった。違う、今はトンネルを走っているんだ。一定の間隔で緊急用の電話の印があるのが確認できる。
「トンネル?」
俺の帰り道の電車駅から駅まででトンネルは通過しない。
寝過ごしたと思った。今日は大晦日なのに仕事が入ってしまって特に疲れていて目をつぶっただけですぐに夢の世界に入ってしまったのだろう。完全にやらかした。
「やば、今何時だ...?」
ポケットに入れたスマホを取り出すと、
『20:20 2020年 12月31日 木曜日』
の光が入る。俺が電車に乗ったのは18:24発の電車だから大体2時間もこの電車で寝ていたのか。
「とりあえず降りないと...」
すー、はーーー。
焦りを感じていた心を深呼吸して落ち着かせる。今はどこで次は何駅に止まるのか調べなければ。再度スマホの画面を確認する。今日は何時に帰れるのか。年越しそばも食えたもんじゃない。
2時間か。
2時間...。
どこか不思議でその数字を反芻していると、今までとは違った恐怖が覆い尽くした。スマホを握る手がカタカタと震える。何度見直しても時間は『20:21 12月31日 木曜日』を示したままだ。
...2時間。え、に、じ、かん?
「は?」
ありえないはずだ。
おかしい。なぜ2時間もの間この電車は走り続けている?そもそもこの路線は終点まで1時間も満たない時間で走り終わる。もし、18:24発の電車が終わって次の時刻を走っているのだとしたら、車掌が俺を起こさないはずがない。
咄嗟に窓の外を見る。
「...あれ?」
この路線にトンネルなんてあったっけ?
...ないはず...だ。
寝起きでそんな異変を先ほどは感じなかったが、すべてがおかしい。
ずっと走り続けている電車も。
あるはずのないトンネルを通っていることも。
自分のことで頭がいっぱいで気にも留めていなかったがほかの乗客もいない。それがまた俺を不安にさせた。暖房の効く車内で冷や汗が走った。嫌に張り付く服が気持ち悪かった。
ここはどこだ?
再度、スマホを開きマップのアプリで位置情報を調べようとしたとき。
ゴッゴッゴッゴ....ゴゴゴゴゴゴ.....!!!!
「うおっ!?」
一定のリズムで回転する車輪。それが加速した音が聞こえた。急な加速で俺は慣性に逆らえず俺は進行方向とは逆に倒れる。突如として眩い光に襲われた。
体を起こし、咄嗟につぶった目を開けるとそこには少しの変化があった。トンネルを抜けたのだ。窓の景色がトンネルのような暗さはないが、以前暗いままだったとしてもその暗さに明暗があるのはわかった。
赤黒い気味の悪い風景だった。
嫌な、予感がした。何が起こったのかは分からない。けれど本能が、直感が告げていた気がしていた。自己防衛機能が警鐘を鳴らしている
ゴクリと唾を飲み込む音が酷くはっきりと聞こえる。
その予感は確信に変わる。
手元に握ったスマホが自然に明かりをともす。キロリと目線だけをその明かりに向ける。
それにはあまりに現実味のない光景が映し出されていた。
「なんだよ....!?」
スマホのホーム画面に映っていたのは、
『23:23 2023年12月31日 日曜日』
・
・
・
ザザッ!!
・
・
・
『20:04 2004年01月09日 金曜日』
・
・
・
ザッ !!!
・
・
・
『11:11 2011年04月31日 日曜日』
・
・
・
ザザザッッ!!!!!!
・
・
・
『00:21 2021年01月01日 金曜日』
不快なノイズとともに画面が歪んで瞬時に切り替わる年月日。過去と未来が現在と重なる。
そして現在は『00:21 2021年01月01日 金曜日』で止まった。
今、年を越した?時間が飛んだ?
「どうなってんだよこれ........」
ヒュゥゥゥゥぅぅぅぅ
「っ!?」
どこからともなく吹いた風が首筋を舐めた。急に気配を感じて振り返るも何もない。ただの過ぎ去っていく景色が窓に映っているだけ。
気配と言えば。
俺は辺りを見渡す。もちろんこの車両には誰もいない。さっきも確認したから当たり前だ。逆に何か変化があったらゾッとしない。
そこでふと1つ気になることが脳裏を過ぎった。
乗ったこの電車は4両編成だ。ではほかの車両はどうなっているのか。誰か他に人はいるのか。
それは希望と絶望の1歩。
それでも現状に光明が見えないから進むしかない道。
ガタン、ガタン、ガタン.....
ゴクリ。
今日はよく音が聞こえる日だった。
俺は今2両目に乗車しているはずだ。
俺は進路とは逆方向の3両から見ることにした。車両の外に出ると、外の空気を全身に浴びた。酷く重苦しくなるような空気。
ガタン、ガタン、ガタン、ガタン..,
下を見れば過ぎ去っていく線路がある。これはどこに続いているのか。
分からない。今考えても、今の知識では到底及ばない、分かるはずがない。今は誰かほかに乗客者がいることを願って電車をさまよう。藁に縋る思いだとしても、それしかないと歩を進める。
前を向く扉にある小さな小窓には誰かがいる感じはしない。
だとしても...!
バンッッ!!
思い切り戸を引いた。不安を打ち切るように。ごまかすように。
左右の座席を確認するも誰もいない。立っているものなど言語道断だ。
ガタン、ガタン、ガタン、
のしり、のしり、と前に足を進めていく。左右を確認しながらゆっくりと。
そしてついに3両目の端までついた。
「誰もいない」
ついぞ三両目には人影を見ることすらなかった。
「...」
切り替えて次は4両目へ突撃する。
ガタン、ガタン、ガタン、ガタン、
3両目と4両目の間。あまり期待はしていなかった。これだけ人の気配がないんだ。だけど何かを信じていないとどうにかなっていそうで諦めることだけは出来なかった。
そして見上げた先の4両目の扉の窓からは、
確かに誰かが立っていた。小さな子供のような、黒く長い長い髪を持った、おそらく少女のような人影が。こちらに気づいて莞爾に微笑んでいる。
居ても立っても居られなくなって、「バンッッ!!!」と先ほどよりも勢いよく開ける。俺はこの短い距離をかすかに見えた藁に縋って思い切り駆けた。
だけど、
「誰も.........いない?」
そんなはずがない。あってはならない。決してそんなことあってはいけないんだ!
再び恐怖が舞い戻ってきて、俺は必死で叫んだ。奥まで駆けた。さっき確かに見た、少女を探して。俺に希望をくれ.....!
「なあ、いるんだろ!出てきてくれよ....!!!!!」
車両の最後尾についても先ほどの少女はいなかった。
「どこかに隠れてるだけなんだろ....?なあ、なんか言ってくれよ...。不安なんだこんな意味の分からない場所で一人でさ。なあ、頼むよ、本当に、お願いだから......」
俺は誰に言うでもなく独り言をこぼした。自分の見た幻、幻覚だと思いたくなかった。
すると、
ふふ、ふふふっ
「!?」
少女のような笑い声が耳を撫でた。耳のすぐ近くでささやかれた気がした。一心不乱に右、左、後ろ、前に目を向けても誰の気配もない。
数少ない希望の光は今一つ潰えた。
「クソ、クソッ!」
恐怖に怯えてしまわないように、俺は最後の藁1両目まで全速力で向かった。
バンッッ!!
ガタン、ガタン、
バンッッ!!!
3両目。無論誰もいない。
バンッッ!!!!
ガタン、ガタン、ガタン、
バンッッ!!!!!
2両目。人っ子一人いるわけない。
バンッッ!!!!!!!
ガタン、ガタン、ガタン、ガタン、ガタン、
バァンッッッ!!!!!!!!!!
1両目。早歩きで辺りを確認していく。優先席、普通席、優先席、どこにも人気はない。
俺の希望はすべて絶たれた...
絶望に暮れていたところに、新たな光明が差す。
『次、停まりまーす』
渋めの男の重低音が車内に響いた。機械的な駅内放送が流れる。この車両には誰もいない。
「!」
そうだ、車掌だ!今放送が流れたってことは車掌がいるってことだ。
『次は縺阪&繧峨℃鬧~、次は縺阪&繧峨℃鬧~、停まりまーす』
ガタン、ガタン、ガタン、
駅名が奇妙なノイズで聞き取れない。社内の電光掲示板を確認するも、
『次は縺阪&繧峨℃鬧 停まります』
と書いてあって読めない。
「文字化け?」
いや、そんなことどうでもいい。まずは車掌だ。
「くっ!」
一両目の一番前、車掌のいる部屋の扉を開けようとしても、鍵がかかっていて開かない。小さな小窓は真っ黒でその部屋の先を見ることができない。「ドン!ドン!」と叩いても返事は来ない。
けれど、確実に誰かいるはずなのだ。
こうなったら。
ガンッ!
思い切り扉に向かって蹴り飛ばした。何か変化は見られない。
「ふんっ!!!」
ガンッ!!
扉はびくともしない。
でも、やるしかない。
ガンっ!
ガンッ!!
ガンッ!!!
ガンッ!!!!ガンッ!!!!!............
永劫のような間とも思えるほど扉に向かって蹴り続けていると、遂に。遂に。
バタンッと扉は奥に倒れた。
見事物理的に開かれた扉の奥にはいくつもの電車の操縦の機械が見える。
おそる、おそるとその中へ踏み入れると、
「!」
「...」
良かった、人がいた。俺の頭一つ高い背に、目深にかぶった帽子と白い無精ひげが特徴的な車掌。淡々と電車を操縦している。
「あの、すいません、ここはどこなんですか?どこを走ってるんですか?この電車はどこに向かってるんですか?どこで降りて、どこに乗り換えたらあの駅に戻ることができるんですか?」
「...」
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン.....
返ってきたのは静寂のみ。
もしかしたら一斉に話しすぎてしまったかもしれない。
誰かいたという喜びで我を忘れて、続けざまに疑問を投げかけてしまった。その逸る気持ちを抑えて再度聞き直す。でも車掌はびくとも反応しなかった。
「あの....「あーあ、扉こんなにしちゃって...」
亀のようなスピードで車掌は口を開いた。先程のアナウンスと同じ声を響かせている。
「す、すみません。聞きたいことがあって...」
「いいよ、別に気にしてない。そもそも使わないしな。誰も乗らないし... 」
意味深なことを車掌は言った。俺はその言葉を無視した。
「それで聞きたいことって?あまり、俺が知るものは少ないけどね。」
今まで言ったことは聞こえていなかったかのように車掌は続けた。だから、俺は再三はっきりと疑問を口にした。
「どうやったら俺が乗った元の駅に戻れますか?ここはどこなんですか?」
そう、投げかけると車掌は答えとも言えない答えをくれた。
「この電車はね、果てに、果てに、向かい続けているんだ。俺が知っているのは止まる駅の名前とその果てという訳の分からない目的地くらいだ。
この電車がね、どこかにとどまり続けることはないよ。ずっと走り続けるんだ。もしかしたら君の元居た駅に着くかもしれない。けれどそれはいつになるやら。明日か、来年か、十年後か、何百年後か....」
間をおいて、車掌は脅すように言った。
「...それとも昨日か、何百年も前か、それはわからない。」
分からないと言っているのに、妙に確信めいたその言葉に、俺は今まで以上にここがえげつないほどにやばい場所だと思った。そして、この車掌だと思ってた人も、本当に人なのか。何百年を語るこの男は本当に人なのか。今まで、何年を生きてきたのか。
「いったいいつからこんなことしてるんですか...?」
「んー、どうだったかな、100年前だった気もするし、500年前だった気もするし、1000年後だったきもするなぁ。ごめんな、よく覚えてない。老骨は一つのことで精いっぱいだからね。」
どこをとっても支離滅裂な単語ばかり俺は理解し難い、したくない言葉だった。
そんな昔に電車なんて走っていたのか?何年後?この老人は未来から来たとでもいうのか?ありえない。本当にここはどこなんだ。
「...次、縺阪&繧峨℃鬧だ、停まるよ。どうする?」
あの電光掲示板に文字化けして分からなかった駅、アナウンスに交じったノイズで聞き取れなかった駅はきさらぎ駅と言うらしい。
きさらぎ駅。聞いたことがない駅だ。ポケットに入れたままのスマホをとって調べようとして、今大事なことを思い出した。
そうだ!俺はさっきまでマップを開こうとしていた。現在地を知るために。その時は不意に奇妙な気配を感じて誰かいないか人を探しに駅内を回って、誰かいる人がいたらそっちを優先した方がいいと思ったのだ。そこで幻覚を見て、恐怖して、元来やろうとしていた位置情報検索を忘れてしまうほどに視野が狭くなっていた。
思い直してまず、現在地を調べるためにマップを開きなおした。
時刻は『00:45 2021年01月01日 金曜日』。その後、時間に変化はなく淡々と秒針を刻んでいる。
ホーム画面を開いて、マップのアイコンをタップする。
「なんだよこれ...太平洋の上?」
そこに示されていたのは、日本の東も東。だだっ広い何もない海の上だった。
「そっか、最近は便利な時代になったもんだね。そんな小さな機械で自分の居場所がわかるんだから。」
時代に乗り遅れた老人のように車掌は言った。
「でも、それをするのはおすすめしないかな。きっとわけわかんない場所が書いてあるだろう。それもしょうがないんだよ、ここはどこでもないんだから。」
どこでもない?どういうことだ?まさか本当にここが現実世界じゃないとでも言いたいのか。
「多分、君の想像しがたい、想像通りだよ」
「っ!」
なんでもないことのように淡々と喋るから、認めたくない事実を、受け入れたくない真実を直視させられる。それが俺を追い込む言葉だとこの車掌はわからないんだろう。
「そろそろ、きさらぎ駅に着くよ、どうする?」
そう言われて再度スマホを開き、「きさらぎ駅」と検索をかけてみる。きさらぎ駅と言うからには日本のどこかなのだと思いたい。それともただの異界に存在する存在しない駅なのか。
検索をかけてみると、
「!」
なんとも見知った駅の名前が出てきた。
「...比奈駅!」
静岡にある駅の一つだ。いつも乗り降りしている駅ではないが同じ路線だし、降りたこともある。赤い屋根のちょっと古ぼけたこじんまりとした駅だ。
でもこの情報は信頼できるのか。
「...それで降りるかい?」
「...」
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン...
降りるか降りないか。こんな不気味なとこ降りた方がいいに決まってる。けれどそんな不気味な電車が止まる駅におりていいものか。だけど、この電車は止まらない。元居た駅に着くかも不確定。
でもなぜ「きさらぎ駅」と検索すると「比奈駅」と出てきたのか?もしかして今俺が太平洋の上にいるのと同じように、比奈駅と表示されただけの何処か分からない異界なのか。
はたまた「比奈駅」はもともと「きさらぎ駅」だったりしたのだろうか。昔使われていた名前として。だから「きさらぎ駅」と検索すると「比奈駅」がヒットした。
その方がしっくり来る。
いやきっとそうだったのだろう。....そうに違いない。そう思いたかった。
どうせ俺に降りないという選択肢はない。
与えられなかった選択肢に俺は歯噛みする。
「くそっ、降りるしかないのか...」
悪態を付きつつ、俺は車掌に返事をする。
「降ります...下ろしてください」
「あいよ、ちょっと待ってな」
白い髭を生やした老いた車掌は、その無精髭をちょいとほねぼねした大きな手で弄りながら、反対の手で手元にある通信機?マイクのようなものに手を伸ばした。
『次は〜きさらぎ駅〜、きさらぎ駅〜。間もなく停まりま〜す。ご準備して、お待ちくださ〜い...』
ガタッゴトッ、ガタッゴトッ、ガタッゴトッ...
電車がまたひとつ加速した気がした。
なぜわざわざアナウンスするのだろうか。俺はこの車両の全部を探索した。ここには俺とこの車掌以外誰も居ないはずだ。あの少女は俺の願望が生み出した幻覚だった。
まさか本当にこの電車に他にナニカ乗っているのか。俺はその理由を考えたくはなかった。
もうすぐきさらぎ駅に着く。