第5話 聖女の訪問。
メアリーの住むシュリーレン侯爵邸の前。僕は扉に取り付けられたノッカーを掴み、打ち鳴らす金属音で訪問を知らせる。
やがて使用人が顔を出し、僕の顔を見てハッとする。僕が何か粗相をしただろうか。彼の思考を読み取ってみよう。
(なんと美しいお方なのだろう......!)
なるほど。僕の美しさに目を奪われていたと言うわけか。良くある事だ。
「私はジャンヌと申します。訳あって姓は名乗れませんが、メアリー様に神からお告げが御座います。面会させて頂けないでしょうか」
耳心地の良い、ややハスキーな女性の声。それが今の僕の声だ。使用人の男性はうっとりと目を細めた後、うやうやしく頭を下げる。
「聖女ジャンヌ様でございますね。噂に違わぬ美しさ。お会いできて光栄でございます。ただちに旦那様に確認をとって参ります。少々お待ち下さいませ」
使用人の男性は足早に邸内に戻っていく。少し待つ間に、悪魔キリクが僕にセクハラを始める。ちなみに彼の姿は、基本的には僕にしか見えない。声が聞こえるのも僕だけだ。
「やめろよキリク。変な声が出てしまいそうになる」
だがキリクは、僕への愛撫をやめたりはしない。これもいつもの事だった。隙あらば僕に悪戯をするのが、彼の趣味。だがこれも彼への報酬の一環である為、僕も強くは拒まない。
「時と場所を考えろよ。いつもエスカレートしてボクの服を脱がせ始めるだろ。そうならない内に止めるんだ。いいな、んぅぅっ!」
言いかけた僕の唇を自身の唇で塞ぐキリク。彼の舌が怪しく蠢き、僕から理性を奪っていく。
「ふふっ。すみませんジャンヌ様。私は少々嫉妬深いものでしてね。先程の使用人が、あなたに見惚れていたでしょう? あなたもそれを喜んでいた。それが許せないんです。あなたの体を自由にしていいのは誰なのか、ちゃんと分らせてあげないと」
「わかってる! わかってるから、お願い、やめて......」
僕は女性口調でキリクを諭した。彼は僕の従順な女性口調が大好きなのだ。はっきり言ってサディストだ。
「仕方ないですね。ではまた後で」
ようやく納得したキリクのセクハラから逃れると、僕は乱れた衣服を直して使用人を待つ。また体が火照ってしまったじゃないか、全くもう。
少しして使用人がドアを開けて顔を出す。
「旦那様の許可が降りました。メアリーお嬢様は、自室にいらっしゃいます。どうぞお入り下さい。ご案内致します」
「ありがとうございます」
僕は彼の案内で、メアリーの部屋の前に行く。彼女の部屋は二階にある。
ノックすると、鈴を転がすような美しい声。メアリーだ。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
僕はドアを開け、部屋に入る。基本的に彼女と会う時は、この部屋だ。昨日婚約破棄を言い渡されたのも、この部屋だった。
「いらっしゃいませ、ジャンヌ様。かの有名な予言の聖女様にお会いできて、とても光栄ですわ」
椅子から立ち上がったのは黒髪の美少女、公爵令嬢メアリー・シュリーレン。彼女は輝く笑顔で僕を見つめていた。
一瞬、自分が名前を呼ばれた事に気づかなかった。そうか、今の僕はジャンヌ。第三王子ジャンではなく、聖女ジャンヌだった。
「初めまして、メアリー様。どうしても伝えなければならないお告げがありましたので、急ぎ参りました」
僕はそう言って頭を下げる。
「まぁ。一体どんなお告げですの?」
メアリーは好奇心に満ち溢れた瞳で、僕をじっと見つめた。
「その前に、お尋ねしたい事がございます。メアリー様の元婚約者で、このエトワール王国の第三王子、ジャン様の事です」
そう告げると、メアリーの顔が曇り始めた。




