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第3話 幼馴染。

 僕はシャーロットに連れられて、女子達の輪の中に入る。女子の一人が、頬を赤らめながら僕をまっすぐ見つめて僕にこう尋ねた。


「ジャン様♡ メアリー様に婚約破棄されたって本当ですか!」


「ん? ああ、まぁね」


 僕は微笑を浮かべ、静かに返す。だが心中は穏やかでない。


「それじゃあ私にもチャンスがありますね!」


「ちょっと待ちなさいよ! なんであなたなの! ジャン様のお気に入りは私よ!」


「はぁ!? 私に決まってるでしょう! ジャン様はいつも私を見つめているわ!」


 キャーキャーと黄色い声を上げる女子達。モテるのはもちろん嬉しい。だけど今は、恋愛の話が出来る気分ではなかった。


「シャラーップ! 鎮まりなさいよアンタ達! ジャンは私の幼馴染なのよ! 当然、次の婚約者は私。そうよね、ジャン♡」


 シャーロットが、その大きな目で僕を覗き込む。ドノヴァン家の伯爵令嬢である彼女とは、五歳の時から親交がある。彼女はまだ三歳だったが、活発で口も達者だった。その頃から一緒に城を抜け出し、小さな冒険を繰り広げていたものだ。


 正直、彼女はかなり魅力的に成長した。僕の黒髪とは対照的な、金色の髪。小さな顔に、クリッとした目。長い睫毛、青い瞳、小さな顔。少し突き出した唇も愛らしい。線は細く華奢ではあるが、女性らしいプロポーション。おそらくすれ違えば、十人中十人が彼女を振り返る事だろう。


 だが、それでも。僕はメアリー・シュリーレンを愛している。僕と同じ「黒髪」の公爵令嬢。初めて出会った時から恋に落ちていた。


「みんな、どうやら誤解しているようだけど、僕はメアリーを嫌いになった訳じゃないんだ。むしろ一層、彼女への想いは強くなった。だから確かめたい。メアリー本人にもう一度会って、真意を聞きたいんだ。ワトソンと僕、本当に愛しているのはどちらなのかを」


 みんなが言葉を失う。僕は立ち上がり、女子の輪を離れる。


「みんな、本当にありがとう。家も財産も無い僕に美味しい食事をご馳走してくれて、感謝しか感じないよ。今日はとりあえず日雇いの荷運びでもして、安宿を探そうと思う。僕はもう行くけど、どうぞ食事を楽しんで」


 女子達の悲しげな呼び止めを聞き流しつつ、足早に酒場の出口、スイングドアへと向かう。


「なんだ、もう行くのか、ジャン」


 男友達の一人が、残念そうに僕を振り返る。


「ああ、ごめんな。明日も生きていたら、また飯をたかりにくるよ」


「はっ! お前がそう簡単にくたばるタマかよ! 明日も必ずここへ来い。飲みきれない程の酒と、食い切れない量の飯を用意しておく。もちろん金はいらん」


「うん。ありがとう」


 僕は彼の肩をポンと叩き、酒場を出る。受付嬢から向けられている熱視線。それらを受け流して冒険者ギルドを後にする。


「待ってよ、ジャン!」


 追ってくるのはシャーロットだ。僕は仕方なく振り返り、彼女を見つめる。


「まだ何か用? 僕はもう行かなきゃ。メアリーに会いたいんだ」


「怒らせてしまったなら、ごめんなさい。だけどみんな、悪気はないの。もちろん私も。落ち込んでいるあなたを元気付けようとしただけ。それはわかって欲しい」


 涙を浮かべ、声を震わせてシャーロットは言った。


「わかってるよ。ありがとう」


 僕はシャーロットの髪を撫で、礼を言った。


「あのね、今晩......良かったらウチに来ない? 一人で寂しいなって思ってたところだし、なんならずっと住んでくれても構わないわ」


 潤んだ目で僕を見つめるシャーロット。ドノヴァン家次女である彼女は割と自由奔放で、伯爵令嬢でありながら冒険者をやっているのもその為だ。親もそれを許可している。現在は家を買ってもらって一人暮らししているのだ。


「そうだな......考えておくよ。ありがとう」


 僕はシャーロットから離れ、きびすを返す。


「待って! もし、もしもメアリーがあなたではなくワトソンを好きだと言ったらどうするの!? それでも彼女を愛するの!?」


 シャーロットの叫びに心を抉られ、僕は立ち止まる。そして振り返らずに言った。


「僕とメアリーは、心から愛し合っていた筈なんだ。僕は自分の心を、全て彼女に捧げた。深く信頼していた。もしもその信頼を彼女が裏切ると言うなら......」


 そこまで言って一呼吸置く。シャーロットの、唾を飲み込む音が聞こえる。


「残酷な罰を与える。愛や信頼を侮辱した者は、誰であろうと許さない。それが例えメアリーや......君であっても」


「わ、私は、あなたを裏切らないわ! 絶対によ! あなたを、あなたを愛しているもの!」


 シャーロットが叫ぶ。それは愛の告白だった。けれど、僕の心は冷たい氷のように静かだった。例え誰に愛を告白されようと変わらない。メアリーの真実を知るまでは、再び熱く燃え上がる事はないだろう。


「その言葉、信じるよ。シャーロット・ドノヴァン」


 そう言い残し、僕はその場を後にした。


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