第66話
「なるほど、そんなことがねぇ」
プリエやドラコたちと別れた後。俺たちは一度虚空がいる神徒の遺跡まで戻ってきていた。
今後のことを考えると、勇者の捜索と育成は最優先事項になる。だけど、あのまま探しに行っても時間がかかるので、ここにいる神爺さんと虚空によってあらかた候補を見繕っておきたかった。
一通りセシル関連で起こったことを話し終えると、虚空はそうつぶやいた。
「んで、新しい勇者を探すためにも、候補を見繕いたいんだけど、情報あるか?」
「うん、主神様と話して君たちが出発した後に勇者候補を一通りリストにしておいたよ」
そういって分厚い紙の束を差し出してきた。
「相変わらず仕事が早い」
「候補は三人、それぞれ個人の情報に加え、家族構成、現状の立場、性格等々、判断に必要そうな物を一通り書き込んであるよ」
「サンキュ。んじゃちょっと見てくるわ」
「はーい、何かあったらまた来てね」
そういって虚空はまた何かしら作業を開始し始めた。
えらく忙しそうではあるが、おそらく魔神関連の事で調整しているのだろう。邪魔するのもあれだから俺はこの遺跡に割り振られた自室へと戻った。
自室に入るとクーと瑠衣がまったりと過ごしていた。
「あれ?ほかのやつらは?」
「みんなそれぞれやりたいようにやってるよ。和也君と玲は特訓に、セレスちゃんは魔法陣の研究、ノエルちゃんとシエルちゃんはメイドの勉強。真白さんはメンテと報告って言ってた」
「みんな勤勉だねぇ。で、お前は?」
「敬の手伝い!」
「さいですか。まあありがたいがね」
そういって適当な椅子に座ってテーブルの上に資料を3つに分けた。
座ったとたんにクーが膝の上によじ登ってきたが、まあ、いつも通りなので気にしない。
「これが勇者候補の人たち?」
「ああ、全部で三人だと」
資料の一つを手に取り読み始める。
まず一人目は17歳ほどの青年だ。
とある田舎に住んでおり、いたってまじめで優秀。生活態度にも特に問題もなく、村長の息子という立場ではあるが、驕るようなこともなく、村の住人からの信頼も厚いとのこと。
村の住人の一人が婚約者となっているらしく、来年あたりに結婚する。という話もあるようだ。
「却下だな」
「ん~?」
俺が途中で読むのをやめ、テーブルに放り投げた資料を瑠衣が集めて読み始める。
「………何がダメなの?問題なさそうに見えるけど…」
「表面上はな。ただ、婚約者がいるって書いてあるだろ?」
「うん」
「勇者として旅立つとなると、かなり危険な旅になる。婚約者を連れていくわけにもいかないし、置いていくしかないわけだ」
「確かにそうだよねぇ。この婚約者さんに戦う力があれば話は変わってくるけど、平和そうな村に住んでいるっぽいし、そんな事もなさそうだよね」
「ああ。そして勇者として、魔王を討伐した際、その勇者を取り込むためにどこかしらの王家は政略結婚を持ち掛けるはずだ。で、そうなるとその婚約者の女性は相手を奪われることになる」
「あー…それは確かに可哀そうだね…。だからダメなの?」
「いや、それだけじゃない。というか、問題はそのあとに起こりかねないことだ」
「その後?」
「こっからは俺の憶測…というか、まあ大多数の意見ってところかな?俺が言った通り、魔王を倒し、王家から取り込むための政略結婚とはいえ、王妃やもしくは聖女であるプリエとの結婚を打診されたとき、いくら勇者とはいえ断ることはできないだろう」
魔王を倒すという偉業を成し遂げたとしても、村長の息子と言っても、所詮は平民。王侯貴族に逆らうことなどできるわけもないし、仮にやろうものなら貴族から敵視されかねない。
それに王都でのきらびやかな生活を体験した後で、元の生活に戻ることができるかというと、それもなかなか難しいだろう。
まあ、中にはそっちのほうが性に合うという人もいるだろうが、労力無く日々を過ごせるとわかればそれを捨てるのにはよほどのことが必要だろう。
それに、場合によっては過去、村で暮らしていた時期が本人にとって忘れたい時期になってしまうかもしれない。そうなったらいろいろとまずい。
きらびやかな暮らしを維持するために、もともとの婚約者やかつて暮らしていた村を切り捨てたなら、俺たちの敵になることは必然だろう。
「なるほどねぇ。でも、本当にそうなるのかな?」
「さぁな。でも俺としては7割か8割くらいの確率でなるとみてる。ある程度精神が熟してから唐突な力を手に入れたほうが狂う可能性は高いんだ…」
「…私たちと同じ歳だよ?」
「俺らの場合は一人じゃなかったからなぁ」
一人だった場合、倫理も何も捨て去ってた可能性はある。力があるから支配しようとか、そういった短絡的思考に行きつかないのは、瑠衣達もそれに巻き込みかねないからというのもあるからな。
「ま、そんなわけでそいつは却下。次は…ん?」
「どうしたの?」
「この名前と写真、見おぼえないか?」
そういって瑠衣へと書類を見せる。
「どれどれ…?あれ、この人…」
「やっぱり覚えあるよな?」
「うん」
そこに書かれていた名前は『ディオラ・フォン・ネルンハルド』。かつてセレスティアで助けた貴族らしき青年だった。
「あの人も勇者候補の一人だったんだ」
「みたいだなぁ。でもその割に山賊に捕まっていたらしいが…なんでだろうな」
「何か弊害があったのかな?後で虚空さんに聞いてみたら?」
「だなぁ」
「それで、この人はどうなの?一応顔見知りだけど」
「ん~…情報読む限り、性格面も問題なさそうだし、力を得たからといって変わるってことはないんだが、貴族はなぁ…」
「貴族だと問題あるの?」
「貴族は国に仕えるものだからなぁ。立場上仕方がないんだが、国に反する動きってのができないんよ」
貴族になるというのはすっごく雑に言うと国に飼われるということだ。
国も優秀な人材が外に出るのを防ぐために、平民で結果を出した人物に褒美ということで叙爵されることもある。
あれは、爵位を与えて優遇するから、その代わりその結果を国に寄与してね。ほかのところには渡さないでね。っていう契約にもなっている。
それが悪いというわけでもないし、必要なことであるのは確かだが、外部の人間がその貴族を味方に引き込みにくくなる。まあ、そうするための爵位でもあるんだが。
下手にそのうえでやらせようとすると、それは国を裏切れということとなるので、そこまでの利点は正直言って向こうにはない。
つまり俺たちが完全にディオラを勇者として味方に引き込むには、国を裏切るだけの利点を提示できないといけない。しかも、ディオラ本人だけでなく、ディオラの主家であるネルンハルド家に対して。
はっきり言ってそこまでの利点を提示できるとも思わんし、それはそれで損得だけでのつながりだからそれ以上の利点を提示された時に裏切られかねない。
一度利益によって国を裏切らせたんだ。そんな家に忠義を求めるのは間違っているし、それ以上の利益を受けた際の裏切りに関しては甘んじて受け入れねばならない。そこまでのリスクを背負うわけにはいかんだろうな。
「………というわけで却下だ」
「そっかぁ」
一通り説明をしたら瑠衣はすんなりと受け入れた。
これで三人中二人却下。残り一人は…。
「ねえ、敬。私はこの子勇者にするの気が引けるんだけど…」
そういって最後の候補の資料を先に見ていた瑠衣が気の進まないといった感じで差し出してきた。
その資料に目を通してみると、そこに書かれていたのは一番目と同じように名もない村の住人であること。しかし、一番目とは違い、その子は普通にただの村の住人だった。
ではなぜ瑠衣が気が進まないといった風なのか。それはこの子の年齢にある。
「………10歳かぁ…」
そう、シエルやノエル、クーと同じくらいの年の子だったのだ。
とりあえず情報を読み進めていく。
この子の家族構成は、両親に妹が一人。だが、少し前に流行り病が発生し、それによって両親は他界、妹もその影響から病弱になっており、この子が村の手伝いをしながら、何とか食いつなんでいる、というような感じだ。
しかも、流行り病である以上村の中に他にも被害をおった人たちもたくさんいる。
幸いなのか、村が壊滅するほどではなかったようだが、何人か病死した人もいるし、いまだに後遺症なのか、妹のように病弱になっている人たちも多い。
そんな中働ける村人たち全員で協力してなんとか食いつないでいるという感じだ。
「いや、これは…でもなぁ…」
情報を読めば読むほどに悩んでしまう。
村全体での危機。それを解決できればこの子にも村にも恩を売れて裏切られる可能性は低くなる。
そして婚約者がおらず、妹だけが肉親ということは、その妹を邪険にもしにくいだろう。
この年の少年が妹のせいで自分は苦労し、周りはそうでもないとかだったら、妹に対して憎悪を抱くこともあるだろうが、村全体が苦しく、少年はむしろ妹ともどもほかの村人に助けてもらっている。
この状態なら、一番目の時懸念だった「過去に住んでいた村を切り捨てる」といった愚行に走る可能性は低いだろう。
村の一村人である以上、ディオラと同じように貴族というわけでもないから、国に従わないといけないという義務はない。
そして流行り病によって苦しいときに国の支援を受けたわけでもないので、国に関しては忠誠心や恩義を感じていない。
つまりここで村を助ければ、全体的に大きな恩を与えることができる。
条件はかなりいい。いいのだが…。
「10歳…10歳かぁ…」
そう、年齢だけが問題なのだ。
さすがにノエルとシエル、クーと同じくらいの子に勇者の旅という過酷なことをさせるのは気が引けてしまう。
本当ならここで助けて、修行をさせながらせめて5年ほど経過してから旅に行ってもらいたいところだが、そんな時間はない。
「敬…」
瑠衣が不安そうな目で見てくる。
言いたいことはわかる。わかるが…ここまで問題ない候補がほかにいないのも事実。
ならやるしかないだろう。そして頼むからには俺らができる支援を全面的にやろう。
「この子に決めた。そして俺たちはできる限りの支援をする。プリエ達にもしっかりと話して任せる。それで納得してくれ」
「…うん…」
瑠衣は不服そうだがうなずいた。
そりゃそうだろう。こんな幼い子に世界の命運の一端を背負わせるんだ。勇者としての宿命であるのは確かだが、さすがに酷だ。
それに、この先今からでは想像もつかないような非情なことも起きるだろう。
せめてこの子が憂いを感じないように、妹さんとあの村に関しては全面的に支援と守護をしないとな。
そう心に決め、今後のことを相談するために虚空のもとへと向かった。




