第60話
電気を纏った剣が高速で振われ、それをすべてかわしていく。
先ほどまでとは比較にならないほどの校則の剣閃を危なげなく回避していくが、依然と違い一度も刀で受け止めたり弾くようなことはしない。
先ほど魔力と共にセシルから迸った雷。それがセシルの体に纏わり、セシルの持つ剣にも帯電している。先ほど、初撃を受け止めた時に帯電している剣から刀を通じて電気が流れ、こちらの腕をしびれさせてきた。
それに気づいた瞬間から、触れるのを極力避けるためにすべての攻撃をかわしていくのだが、いかんせんこちらも身体強化をフルで発動しているとはいえ、相手も雷によってか速度がすさまじく上昇しているので、隙をついて攻撃をするなんてことがなかなかできずにいた。
それ故にセシルの攻撃を一方的に避け続けている現状ではあるが、戦況としては膠着状態になっていた。
「セシル様…」
敬とセシルの戦いをプリエは複雑そうな表情で見つめている。
おそらく今まで旅してきた中でセシルがあそこまで感情を表に出すことがなかったのだろう。セシルが持つ絶望も、憎悪も、おそらくプリエ達には見えていただろう。
だが、その底の深さまでは思い至らなかった。あそこまで深いとは思っていなかったんだろう。
「ねえ、プリエちゃん。セシル君は立ち直れそう?」
「え…?」
敬とセシルの戦いが膠着状態であると同時に、瑠衣達の方もにらみ合いの状態のまま、お互いに動くことがなかった。
瑠衣達の目的はプリエ達の足止め。それ故に何か動きがあった瞬間にそれを牽制しており、一切動くことができなかったのだ。
そんな中での唐突な問いかけ。プリエが瑠衣の方を見ると、瑠衣は戦っている敬とセシルを見ていた。その目はどこか悲しげだった。
「プリエちゃん達がどれだけ一緒にいるかわからないからさ。だからもしセシル君が少しでも立ち直れそうだったら、敬も彼と協力体制を敷くことができたかもしれないんだけどね。でも…それは無理そうだね」
そうやって悲し気に見る瑠衣の視線の先、そこにあるのは憎悪に取りつかれ、全力で敬を排除しようとしているセシルの姿だった。
「…セシルは故郷を焼かれたんだ。あれだけの憎悪を抱いていてもおかしくない。むしろ全うじゃないか?」
「そうだね。別におかしい事じゃないよ」
騎士のその言葉に瑠衣が頷く。
「でもね。それでもずっとその憎悪だけを抱くなんてこと、そうそうできることじゃないんだよ。旅をしていく中で大切な場所が、大切な人が、帰れる場所が。それらができれば憎悪は少しずつだけど減っていく。正確には維持しにくくなるって言った方がいいかな?私も敬も、それを期待していた。でも結果は…」
憎悪に捕らわれているセシル。その表情にも、苛烈な攻撃にも、彼が何かを顧みている様子はない。
「確かに彼は勇者だし、魔族に対して憎悪を抱いている方が好都合かもしれない。でも…でもだよ?」
瑠衣がプリエ達の方を見る。その目には悲壮感に満ちていた。
「戦いが終わったら…彼はどうすればいいの?」
「…っ!?」
その問いかけにプリエ達は息をのむ。
「あなた達は戦いが終ればそれぞれの道に進める。プリエちゃんは教会に、騎士さんも皇国に、魔術師さんだって魔法の研究とかに行けるでしょ?…じゃあ彼は?」
「………」
「大切な場所が、大切な人が、帰れる場所が。すべてない彼はどうすればいいの?」
「そ…それは…」
瑠衣のその問いかけにプリエ達は答えられない。そして今度は和也が口を開いた。
「敬が言ってたんだが、仮にあの勇者が魔王を倒したとしても、あいつはその後平和に暮らす事なんてできないんだろ?」
「え…?どういうことですか?」
「単純な話だ。魔王を倒すことができるほどの実力を持っているんだ。その後の軍事力として利用されるのは明白だろ。人類が倒せず、抗い続けている魔王を倒した一因だ。どこも国としての軍事力に組み込みたいだろうし、それが無理だとしても常に魔族と戦い続けさせられる。どちらにしろ、あいつは利用され続けるってことだな」
「そんな…」
「まあ~、よくて皇国のお姫様との政略結婚、悪ければ暗殺とか謂れのない罪での処刑ってとこかしらね~」
玲の言葉にどこか心当たりがあるのだろう、騎士がわずかに気まずそうな表情をしていた。
「敬もね。復讐が悪い事だなんて思っていないんだよ。過去がある限り、いつかはそれと決着をつけないといけない。そのために…前に進むために必要だったら止めない。でも…今のセシル君はダメ。ただただ自分の憎悪を発散するためだけに復讐しようとしてる。そんなことしても何も変わらない、前にも進めないし、乗り越えることだってできない。だから、敬は止めるの。…たとえそのために彼を殺して、全てから恨まれるとしても…」
悲し気な瞳で瑠衣は戦い続ける敬達を見るのであった。
セシルの猛攻を紙一重で回避し続けていくが、こちらも攻撃の隙が無く手詰まり気味になっている。
攻撃しようにも、こちらからの攻撃をセシルが剣で受け止めたとしても、そのまま帯電した電気がこちらへと流れてきてしまうので迂闊に攻撃したらこちらの動きが阻害されてしまう。それは帯電しているセシルの体自身もそうであり、攻め手がないのが現状だ。
とにかく打開策をと考えつつセシルの猛攻を回避し続けていると、ふと思い出したことがある。
この世界は魔法という非科学的な存在があるが、それらも一つの現象としてこの世界の法則に従っている。例えば火。これは魔力を熱や可燃物へと変換させることで空気中の酸素を取り込み燃焼し続けている。それ故に酸素がない密室空間や、熱がない水中などでは効果が発揮されないどころか、火という現象すら起きなかったりする。
だからセシルが持つ雷もそれと同じ特性を抱いているわけだが…。その特性を活かす打開策が思い浮かばなかった。
(なんだっけなぁ…雷の発生原因は確か、空気中の氷がぶつかり合うことによって発生する静電気だっけ?それが真空になった場所を通って地上に落ちるのが雷だっけ)
授業で習ったのか、それとも何かの本で読んだ知識か。曖昧な記憶をあさって出てきた知識に賭けてみる。とりあえず帯電した雷がこちらに移ってくる原因は剣と刀という電気を通す素材同士がぶつかり、通路ができることによって流れ込んでくることだ。ならその間に絶縁体の様なものがあればそれを防げるのではないか。
そして空気は絶縁体…というほどでもないかもしれないが、ある程度電気を妨げる物だ。(そうでないと雷が落ち放題になるので)
故に普段とは違い、今回は斬撃を飛ばすためでなく、雷を防ぐために、濃く、圧縮した空気を膜のように刀へと纏わせていく。
「とりあえずお試し…っと!」
振り下ろされたセシルの剣を横薙ぎに刀を振るって弾く。その瞬間に先ほどまでならば帯電した電気が刀から自分の腕へと伝わり、わずかなマヒが出てくるのだが、今回は空気によって遮断され、その電気が刀へと届くことはなかった。
「なっ!?」
「よしっ!!」
セシルの驚愕と俺の喜びが重なる。この一撃をきっかけに先ほどまで防戦一方だったのが一気に逆転攻勢となった。
「くっ…そぉ!!」
強引に攻撃を仕掛けようとしてくるが、それを容易くいなし、懐へと入り込む。
「しまっ!?」
即座に逆袈裟切りを仕掛け、セシルの胴体へと刀が届くが…。
(浅い)
当たる直前に後方へと跳んでいたセシルは、鎧とわずかに体が切れただけでそこまで戦闘には影響を与えるほどの怪我にはならなかった。
「こ…のっ」
もう数回後方へと跳んで距離を取ったセシルが剣を掲げる。
「落ちろぉ!!」
剣から迸った雷が弧を描いて迫ってくる。ある程度ホーミング性があるようで少し惹きつけてから一気にその場から飛び退いて回避していく。
「くっ!この!この!」
半ば自棄になっているのか、連発してくるが、それも全てギリギリで回避していく。
「この…っ!いい加減…」
ジャンプして洞窟の天井近くまで飛び上がると、掲げる剣にすさまじい電気と魔力が帯びる。
「当たれぇぇぇぇ!!」
巨大な魔力と電気を帯びた巨大な斬撃が放たれた。
ドゴォォォォォォン!!!
すさまじい衝撃と共に土煙が舞い上がっていく。
「敬!!」
もうもうと土煙が周囲を覆う中、瑠衣の悲痛な叫びが響く。しかし、それに答える声はなく、代わりに上空で息切れを起こしているセシルの呼吸音だけが聞こえてくる。
「やった…のか…?」
どこか呆気なさを感じるセシルだが、わずかに力が緩んだ瞬間、視界の端で土煙がわずかに揺らいだ。
「っ!?」
「遅い」
咄嗟に剣を盾にするが、それより早くに放たれた一閃がセシルの体を切り裂く。
「セシル様!!」
「ぐっ…!」
剣を盾にしたことで多少は攻撃を防げたとは言え、それでもセシルがおった怪我は大きい。
落下して地面に叩きつけられそうになったのを、何とか体勢を立て直して着地し、空中でセシルを見下ろしてくるこちらを見上げてくる。
そして目を見た瞬間、すさまじい悪寒が背筋を走った。
「………」
先ほどまでとうって変わって一切感情を感じられない冷たい視線にセシルが慄く。
「あ、スイッチはいっちゃった…」
「ああなった敬は容赦ねぇからなぁ…」
刀の切っ先をセシルへと向け、手首を回して横へと倒すとセシルを取り囲むように竜巻が発生した。
「『風刃演武』」
自分を竜巻の中へと紛れ込ませ、同じ速度でセシルの周囲を回転してそのまま何度も切り付けていく。
「くっ…ぅ…!」
なんとか対処しようと剣で攻撃を防ごうとするが、竜巻の回転速度によって加速している中での全方位からの攻撃にどんどん傷ついていく。
「こっのぉ!!」
力任せに件に纏わせている電気を放ってくるが、こちらには当たらない。そして放った際に無防備に伸びた腕をそのまま斬り落とした。
「あ…がぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を取り落とし、血が流れ落ちていく腕を膝を着き抑えている。そんなセシルの前へとゆったりと降り立ち、落ちた剣を手に取る。
「…それは勇者だけが扱える聖剣だ…。お前が持っていても…!」
「………」
憎々し気にこちらを睨むセシルを静かに見据えながら、手に持った聖剣を握り直し、自らの魔力を流し込む。すると聖剣に特に抵抗もなく流れ込み、ほのかに輝きだした。
「なっ…!?」
セシルのすぐ真横を光の斬撃が通り過ぎ、深くまで地面をえぐった。
「…なるほど、魔力を込めると光属性の攻撃ができるわけか。これが魔族特攻になっているって感じか」
「なん…なんでお前がそれを…」
「…勇者だけが使える聖剣。それに関しては間違いはない。だが、その勇者がどういう条件でなるか。知っているか?」
「勇者の条件…?」
「ああ。勇者はな正確にいえば『神の加護を得た者』の事だ」
「『神の加護を得た者』…じゃああんたも…」
「ああ。って言うか正確にはさっき言ってた依頼者。あれが神だ」
「なっ!?」
「あんたらが崇める主神さんはどうもお優しいみたいでな。アンタら人間も、魔族も、亜人も、獣人も。皆が幸せになれる世界が欲しいんだと」
まったく面倒なことだ。とつぶやき思わずため息が出てしまう。それを望むのは自由だが、そのために俺に依頼してきたのはさすがにいら立つ。
「は…ははは…あはははははははは!」
唐突に笑い出したセシルに驚き見てみると、ずいぶんとすっきりした表情をしていた。
「あ~あ…なるほど、神の使者か。そりゃ勝てないわなぁ~」
そういって仰向けに倒れた。
「ずいぶんすっきりした表情してるな。さっきまで殺意満載だったのに」
「まあな、腕が切られて。聖剣も目の前で扱われて。俺が特別だと思ってたがそれを打ち砕かれたからか、少し冷静になれた。頭に血が登っていたんだな…」
「まあ、絶賛登った血が垂れ流されているからな」
先ほど斬り落とした腕からはいまだに血が出ている。
「セシル様!!」
そんなセシルへとプリエが駆け寄った。
「今すぐ治療を…!」
「必要ない。このまま死なせてくれ」
「ですが…!」
「もういいんだ…疲れた…。なあアンタ」
「あん?」
「俺は弟の処にいけると思うか…?」
「さてな。そこらへんは俺にはわからん。だが…まだあんたの村を焼いた魔族のように、平和に暮らしている奴らにまで手を出していないなら、少なくとも悪いようにはならないんじゃないか?」
「そうか…なら少しは期待しておこうかな…」
「向こうで合ったら武勇伝でも聞かせてやれ。アンタが人助けをしたって話なら、向こうでいい土産話になるだろ」
「ああ、そうだな…。まだいい話ができそうで…よかった…」
そう呟きつつ、穏やかな笑みを浮かべながらセシルは目を閉じた。
「セシル様…?セシル様!!」
プリエの悲痛な声が響く中、戦いは静かに終わった。
こうして魔族に故郷を焼かれ、憎悪によって勇者となったセシルは、静かに息を引き取ることとなったのであった。




