第56話
とある森の中
神徒の遺跡から転移し、目的地へと歩き始めておよそ二日。俺達は森の中を歩いていた。
「なあ、もうちっと近くに転移させることはできなかったのか?」
「仕方ないだろ、下手に近いと狩りに来てた奴に見つかりかねないからな」
文句を言う和也に対し、俺はそう答える。
俺達が遺跡から転移したのは目的地の簡素な村からおよそ三日ほど歩いた森の中だ。実際狩りをしている近くでいきなりこれだけの人数が現れたら驚くどころか騒ぎになりかねない。勇者と接触するという目的がある以上、それ以外のところで無用な騒ぎを起こす必要はない。
「シエルちゃん、この方角で合ってるかな?」
「うん、あってるよ!」
地図を手に先行しているシエルが瑠衣の問いかけに満面の笑みで答えた。
遺跡でもらった声帯の代わりとなっている魔道具も大分調子がいいようで、ノエル、シエル共に問題なく会話ができている。
「村まであと一日だっけ?」
「なにも問題が起きなければそうなるわね~」
セレスの問いかけに玲が答えた。真白とノエルはもともと寡黙な性格だからか、あまりしゃべらない。だが、時折シエルがノエルの処に駆け出して笑顔で二人は話している。その光景を瑠衣がどこか嬉しそうに笑みを浮かべながら見ていたりしている。
真白はそんな俺達を観察するようによく見ているが、だからといって距離を置くという訳でもなく、自らの立ち位置を模索している感じだ。
「ところで、お爺さんは置いてきてよかったの?」
「向こうが望んだかとだから別にいいだろ」
神爺さんは魔神への対処法を模索するために神徒の遺跡に残った。まあ、虚空のフォローも得られるし、真白もいる。それであいつは自分の代わりとしては十分と考えたんだろ。
「シエル、今日は後どれくらい進むんだ?」
「んー、今の速さならもう少ししたら広場があるから、そこで一旦お昼休憩して、日が暮れる少し前くらいまで進む感じかな」
「あいよ」
シエルの言うようにそれから適当に雑談しながら歩いていると、少し開けた場所に出た。そこで一休みがてらお昼休憩にして、道具の手入れ等をしてから再度出発、その後も目立ったトラブルもなく進めたのでそれぞれテントを作り、見張りを立てて今日は休んだ。
そして翌日、後始末を済ませ、目的地へと歩き出す。
同じように村へと歩き出すが、特に誰かの気配を感じることはなかった。
「誰もいないな」
「これだけ会わないなら警戒しすぎだったんじゃないの?」
「かもな。もしくは入れない何かがあるのか…」
「入れない何かって?」
「しきたりとか手に負えない魔物がいるとか。村にはそういった物がよくあるからな」
「でも、しきたりとかだったらどうするんだ?俺達そこを通ったってことになるから荒らしたとか言われるかもしれないぞ」
「その時はその時だろ。とりあえず俺達は旅人だ。地図を見ながら旅をしていたが少し迷ってしまい、村に寄らせてもらったという感じにするんだよ」
「そか」
「でも森の中に村があるの~?」
「いや、森の外のはず…だよな?」
「うん。森の外、およそ一時間ほど歩いたところだね」
「そこは平原なの?」
「地図ではそう見えるね」
「そうなんだ。それで、勇者君だっけ?いつ来るかはわかってるの?」
「いや、わかってない。だからしばし滞在させてもらうことになるが、その間は少し村の仕事を手伝うことになるだろうな」
「そっかー。そういえば敬はあの村の事虚空さんから聞いてたよね。どんな村なの?」
「人口二桁程度の小さな村だよ。名前も特にないらしい。ただ一つ他とは違うみたいでな」
そういって俺は地図の一部を指さす。そこは今俺達がいる森からそこまで離れていない場所で、そこだけ高所の書かれ方をされている。
「ここに山があるんだが、この山にドラゴンが住んでいるらしい」
「ドラゴンってスタンピードで戦ったあの?」
「いや、魔獣の方。虚空曰く昔の魔王の魔獣だったらしくてな、当時の主である魔王が死んだことで契約が解除され、その後いろんなところを渡り歩いているらしい」
「で、今はこの山を寝床にしているってこと?」
「ああ、確か虚空曰く…100年ほど前だったかな?」
「結構昔じゃね?」
「ドラゴンからしたらそうでもないんだろ。しかも、そのドラゴン、村からは守護竜として崇められているらしい」
「え、魔獣が?」
「ああ。そのドラゴンに護る意図があったのかどうかは知らんが、どうやらそのドラゴンが住み始めてから森の魔物の被害が減ったんだと」
「そのドラゴンが狩ってるってこと~?」
「多分な、おそらく食料として食らってるだけかもだが」
「そのドラゴンはどうするんだ?」
「別に悪さしてるわけじゃないし、放っておいてもいいだろ」
「それもそうだねー」
そんな話をしながら歩いていると森の切れ目が見えてきた。
「お、出口か」
和也の言葉通り、森を抜けるとそこには一面草で覆われている草原が広がっていた。
街道などそういった人為的な物が見当たらないので、おそらくそういった整備はされていないのだろう。
「ここから歩いて一時間だっけ」
「距離的にはな。瑠衣、見えるか?」
「んー…?少しだけ、遠くの方に建物っぽいものが見えるような気がする」
「おそらくそこだな、行くか」
いささか歩きにくいが、草原を踏みしめながら歩いていく。
進んでいくと瑠衣が見えていた村の建物が俺達にも見え始め、それと同時に畑も見えてきた。
その中で畑作業をしている村人を見つけたので、とりあえず俺が声をかけることにした。
「すいませーん!」
俺の呼びかけにクワを振るうのを止め、俺達を訝し気に見ながらこちらに近づいてきてくれた。
「あそこの村の方ですか?」
「そうだが…あんたらは?」
「自分たちは旅人でして、ちょっと道を外れて迷ってしまったんです。それで今日の宿を取るために村に寄りたいのですが、村長さんはどこに?」
「…この村に宿なんてないぞ?」
「宿がないなら適当な場所で野宿させていただきますので。ただそれでも村長さんに挨拶だけでもと」
俺の言葉に訝し気な表情は解かず、村の方を指さす。
「村の中心を囲むように家が建ってる。そこの一番でかいのが村長の家だ」
「ありがとうございます」
礼を言ってから俺達は村へと向かった。
「なんかすごい警戒されていたねー」
「あまり人が来ない村なんてそんなもんだろ」
「そうでしょうか?何か別の感情も感じましたが」
「どういうことだ真白」
「正確なところはわかりませんが、あの人物からは不信感というよりか、敵意の様なものを感じました」
「…またなんかもめ事かねー?」
「勇者とことを起こそうと考えているならもめ事前提だろ」
「それもそうか」
もしかしたら何か想定外の事が起こっているのかもしれない。一応警戒しつつ村長の家へと目指す。村に入ってもほかの村人から訝し気な視線が向けられていた。ノエルとシエル、クーはその視線に慣れていないからか、俺達の影に隠れ、服をぎゅっと握っていた。
とりあえず周囲の村人は無視して村長の家の戸をノックする。
「はいはい、どちらさまでしょうか?」
戸が開き、穏やかな笑みを浮かべたお婆さんが顔を出した。
「あら、知らない御方たちですねぇ」
「突然すいません、実はちょっと道を間違えて少し迷ってしまいまして、こちらで少しご厄介になりたくて宿の方を探しているのですが」
「あら、そうなんですの?でもごめんなさいねぇ、ここの村には宿なんてないのよぉ…」
「婆さん、どうしたんだい?」
お婆さんと話していると、家の中から同じく穏やかな雰囲気をしたお爺さんが姿を現した。
「ああ、お爺さん。いやね、旅人さんが宿を探しているらしいのだけどね~、この村にそんなものはないでしょう?」
「そうじゃのう…。それよりお主等旅人と言ったかの?」
「ええ」
頷く俺達を品定めするようにお爺さんが少し鋭くなった目で見据えてくる。
「…軒先で話していても周りが気になるじゃろう。中に入りなさい。婆さん済まぬがお茶を頼むかのう」
「はい、わかりました」
「あ、手伝います!」
「あらそう?ありがとうね」
招かれたので俺達は家の中に入り、瑠衣、玲、ノエルとシエルはお婆さんの手伝いについていった。
残った俺達はそのまま居間へと通され、お爺さんと対面するように座る。
「ふぅ~…済まぬの。いかんせん歳を取ると長くたっているのも大変でのう」
「いえ、お気になさらずに。それに宿の方もなければ適当に野宿させていただきますので、それだけ知っていてもらえば…」
「それなんじゃが、どれくらいここにいるつもりじゃ?」
「そうですね…おおよそ5日程を予定しております」
「5日も?それは何か理由があるのかの?」
「いえ、自分たちは旅人です。なので一応目的地もあるのですが、そこまでのルートは自由に決めているのですよ。こうして道が逸れたのも何かの縁、少し寄り道をしようかと思いましてその相談や周囲を調べるのにそれくらいかけようかなと思いまして」
さすがに勇者に会うためとかいう訳にはいかないので俺は適当な理由でごまかす。
「ふむ…。ならば一つ儂の頼みを聞いてくれぬかの?もし聞いてくれるのであれば、少し古いが空き家が一軒ある、そこを滞在中は貸そう」
「よろしいので?」
「儂の頼みを聞いてくれたのならばじゃよ」
「その頼みとは?」
「…お主等はこの近くの山に住んでいるドラゴンについて聞いたことは?」
「噂程度ですが」
「そうか。実はの、今そのドラゴンは番で住んでいての、丁度卵を産む時期なんじゃ。普通ならば何事も起こらず、卵が孵るのじゃが、近くの街の冒険者ギルドでちと面倒な依頼が張られたようでの」
「面倒な依頼?」
「うむ、ドラゴンの卵の納品じゃ」
お爺さんの言葉に俺達の中に緊張が走る。普通に考えて親にとって子は大事だ。それは人間だけでなく、どの生命体に対しても例外はなく、むしろ野生の動物の方がその価値観は顕著に出ている。
だからドラゴンが産んだという卵を手に入れるにはドラゴンを倒して奪うか、ドラゴンの隙をついて卵を盗むしかない。もし後者の手段を取った場合、ドラゴンは当然怒り狂い、場合によっては近くにあるこの村にも被害が出かねないだろう。
そんな考えをしている間にお婆さんたちが俺達の前へとお茶を差し出してくれる。そのままお婆さんはお爺さんの隣へ、瑠衣達は俺達の近くに腰かけた。
お爺さんはお茶を一口飲んでまた口を開く。
「現に冒険者は何組かこの街へ来ておる。あ奴らは何度か挑戦したようだが失敗し、逃げ帰った者もおったが、いまだに粘っておる者もおる。このままではドラゴンの卵を奪われてしまうかもしれぬ。それができないとしても卵が孵るのに影響が出てしまうじゃろう。じゃからお主等に頼みたいのはそのドラゴンの守護、そして無事に卵が孵るのを助けてあげてほしいのじゃ」
「…ずいぶん危険な頼みですね」
ただ護るだけだったらどうにかなる。冒険者を適当に追い払えばいいのだから。だが卵を無事に孵すとなると話が変わってきてしまう。ぶっちゃけドラゴンの卵の孵し方とか知らないから調べないといけないし、遠くで見守るだけで無事に生まれるかもわからない。場合によっては卵に接触しないといけない可能性もある、冒険者によって警戒心が高まり、卵が孵るかどうかという神経質になりかねない時期でドラゴンに近づくのはあまりにも危険すぎた。
「危険なのは百も承知。それに報酬もせいぜい空き家を貸す程度しかできぬ。それ故に断ってくれても構わぬ。じゃが…あのドラゴンは長い間儂らを護ってくださった。それがただの結果論にすぎぬとしても、そのおかげで儂らは平和に暮らせておる。村人たちもそれがわかっている。だから本来ならば儂らが、ドラゴンを助けてあげたいのじゃがそんな力はない。だからどうか、お願いできないだろうか」
そういって俺達に頭を下げてくるお爺さんとお婆さん。
「敬…」
瑠衣はどこかすがるような目で俺を見てくる。ああいった話に弱いだろうから、できれば助けてあげたいんだろう。といっても、この件に関して、俺達に言うほどのうまみはない。ドラゴンと接触するリスクと報酬では明らかに釣り合わないし、やらなかったとしてもしばらく野宿をすればいいだけの話だ。
だが、気になる点が一つある。それが勇者の存在だ。
虚空曰く、ここに来れば勇者に必ず会えると言っていた。魔王討伐を目指す勇者がなぜこんなところに来るのか、それがいまいちわからなかったが、さっき言っていたドラゴンの卵の納品。それによって勇者がここにいるドラゴンの存在に気づき、そのドラゴンを討伐しに来るのであれば、確かにドラゴンの処に行けばかち合えるだろう。となると…
「わかりました、引き受けましょう」
俺の言葉に二人は勢いよく顔を上げた。
「いいのですか?」
「ええ。ただ、どこまでできるかはわかりません。こちらもドラゴンの卵の孵化なんて関わったことがありませんから」
「ええ、構いません。どうかよろしくお願いします」
二人は涙目になりつつも頭を下げた。
すいません、予約投稿ミスってできていませんでした。




