第42話
神徒の遺跡 地下
「ではまず訓練場へとご案内いたします」
「お願いね。僕ももうそろそろ準備が終るからそしたらそっちにいくから」
「え、あんたも動けるのか?」
クロエと虚空の会話に思わず口をはさんでしまった。
「まあね~。ただ肉体保持のためにいろいろとやってるからそれらの調整と性格をその肉体に移さなきゃだから時間かかるんだよ」
「…どういうこと?」
「要するに自分の肉体のクローンに人格投影してるってことか?」
「当たり♪察しが良くて助かるよ」
「えっと…ねえ、敬。そんなことできるの?」
「知らん。まあ、俺達の時代から1000年近くたっているんだ。それくらいの技術進歩があってもおかしくはないのかもしれんが…」
「そのあたりは必要だったら後で説明するから、とりあえずクロエの案内で訓練場に行ってね」
「へいへい」
クロエが部屋を出たので、俺達も後を追う。
「ねえ、敬…大丈夫?」
廊下を歩いていると瑠衣が俺の方へと来て小声で話しかけてきた。
「何がだ?」
「相手、女の子だよ?」
「ああー…むしろ俺よりお前の方が大丈夫なのか?」
昔あったとある一件から、瑠衣は女性に対しての暴力行為にかなり怯えてしまう。だから極力瑠衣の前では俺は女性に対しては威圧をすることはあっても、それ以上手出しをするようなことはしなかったのだが、さすがに今回はそうもいかない。
「私は…敬なら大丈夫…かな」
「そか。まあでもしんどかったら玲にでも行って席をはずせよ」
「うん」
この先、同じようなことが何度も起こる可能性も十分にある。今のうちに多少離れておいた方がいいのかもしれないな。
そんな事を考えている後ろで、セレスが和也と玲の方へと近づいていく。
「ねえ、さっきの二人の会話どういうこと?」
「さてな。俺達だってあいつ等のと付き合いは3年くらいだ。俺達の知らないことだってたくさんあるだろうさ」
「中学の時になにかあったって話は聞いてるけどね~。それが何かまでは聞いていないのよ~」
「二人はそれでいいの?秘密があるわけだけど…」
「別にいいだろ。誰にだって言いたくないことの一つや二つはある。それに、あいつが俺達に言わないってことは、それを言う必要がないってことだろうしな」
「そうね~。なんだかんだ言って彼はそういうところはきっちりしているものね~。もし言う必要があったらその時にきちんと教えてくれるわよ~」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
どことなく不満げなセレスに対し、和也と玲は特にそれ以上何かを言うことはなかった。
そんな話をしながら歩いている間に、観音開きの扉の前へとたどり着いた。
「こちらです」
そういって開けた先には、体育館が広がっていた。
「なんか学校の体育館みたいだな」
「訓練場ではありますが、レクリエーションなどで使っていた時もありましたから」
「へー…和也、今度1on1でもするか?」
「いいな。戦闘以外で運動もしたいしな」
「テニスとかできないかしら~?」
「テニスコートもこことは別にありますよ」
「あら、そうなの~?じゃあ瑠衣~、あとでやりましょ~?」
「いいね、久しぶりにやろっか」
そんな感じでワイワイと話していると、もう一人室内に入ってきた。
「やあやあ盛り上がっているね」
入ってきたのは虚空でその姿は先ほどモニタでみたそのものだった。
身長はおよそ170cmちょい。グレーのジーパンに白のワイシャツを着ている。
「待たせちゃったかな?二人とも準備はいいかな?」
「いいが、ルールは?」
「そうだね…とりあえず制限はないけど、命のやり取りは禁止ね」
「武器は?」
「使用したいなら使っていいよ。それとここはかなり頑丈に作ってあるから、全力出してもいいからね」
「わかった」
「じゃあほかの人達は上の方に行こうか」
そういって体育館奥にあるステージ横へと瑠衣達を連れ、虚空が歩き出す。
「ほれ、クーも行ってな」
「ん」
俺の背中から飛び降りてクーも瑠衣の後についていった。
そして俺もクロエと共に体育館の中心へと進む。
右手にはミスリルソードを持ち、左手は何も持たずにただぶら下げておく。
「二刀流ではないのですか?」
「相手次第だな。手数が多い相手に剣一本だと捌ききれなかったりするから、そういう相手にはもう一本使ったりもする」
「そうなのですね」
「そっちは?見るからに武器を持っているって感じじゃないが」
「私は暗器使いなので、表立って武器を見せることはないんですよ。なので準備はすでに済んでいます。いつでもいいですよ」
「そうですか、じゃあ遠慮なく!」
言葉と共に右足に風を纏わせ、それをブーストとして一足でクロエとの距離を詰め、ミスリルソードを切り上げするように振るう。
それを避けるようにクロエが一歩下がり、右腕をわずかに上げた瞬間、着地した左足に纏わせていた風を吹き出させ、ジャンプしてクロエの頭上を飛び越して、背後から切りかかる。しかしそれすら見越していたのか、クロエは即座に屈みつつ、数歩前に進むことで完全に回避した。
そして回避直後にクロエは体を反転させ、右の袖口からキラリと刃物が俺に向けて飛んできた。咄嗟の攻撃に首をわずかに傾けて回避し、クロエへと距離を詰めつつ体を横回転させて、その勢いを乗せて横薙ぎを放つ。クロエはそれを体を反らすことで回避し、その勢いで蹴り上げて俺の顎に左足のつま先が直撃した。そしてそのまま右足で跳躍して体を横回転させて俺のこめかみに回し蹴りを叩き込んできた。
「敬!」
こめかみへの一撃でわずかに視界がちらついた瞬間、クロエの両袖からナイフが飛び出してきた。わずかに反応が遅れるが、即座に風を操り、ナイフの軌道を変えて体を掠らせる程度に済ませた。
そしてそのまま自分の体を後方へと飛ばしてクロエから距離を取ると同時に、クロエの周囲に風によって作られる不可視の刃を多数生み出して、全方位から攻撃を放つが、それらもすべて見えているかのごとくすべて回避していた。
「くっ…つぅ…きっつい蹴りだな…。しかも不可視の攻撃すら回避するのかよ」
こめかみを抑えつつ、頭を軽く振って、クロエの方を見据える。蹴られた衝撃で視界がぶれていたがそれも徐々に収まっていく。それによって多少照準がずれていたのは確かだが、だからといってかすりもしないというのはそれだけの実力ということだろう。
「もうおしまいですか?」
「………」
短い掛け合いだったが、今のやり取りでわかった。クロエが今の俺より実力が上だということに。さっきまでのやり取りで俺の一撃は一つも当たらなかった。それどころかかすりもしなかったというのに、クロエの攻撃は確実に俺を捉えている。このままだと一矢報いる事すら無理だろう。
「はぁ…仕方ない」
俺はミスリルソードを鞘に納めて、シルバーソードと一緒に持つ。
「瑠衣、預かっててくれ」
そういって二つの剣を風を使って瑠衣へと投げ飛ばした。
「わわっと…」
少し驚きつつもしっかり受け止めたのを見てから、俺は上着を脱いでシャツの裾をまくる。
「無手で戦うのですか?」
「ああ。俺達の世界では銃や剣を持つことはできないからな。喧嘩は基本素手、せいぜいバットとかそう言うのを使うくらいだ。だから…」
肩を回し、しっかりとクロエを見据える。
「素手での戦いの方が慣れているんだ…よ!」
再度一気にクロエへと距離を詰める。今度は先ほどのように飛び越すようなことはせず、真っすぐに右ストレートを叩き込む。クロエはそれを手首のあたりに自らの腕を当ててずらすことで軌道を逸らし、右手で俺の顔目がけて掌底を繰り出そうとしてくる。
しかし、それを俺は左手で肘の処へと滑り込ませて、起りを封じて攻撃を止めるが、直後にクロエは右膝を叩き込もうとしてきた。しかしそれよりも早く足の裏で膝を受け止め、そのまま足場にしてクロエの頭上へと跳躍、そして両肩を掴んで、自らが降りていく勢いそのままに投げ飛ばした。
クロエは空中で体勢を整え、着地するが即座に距離を詰めて、着地狩りの様なタイミングで右フックを繰り出す。しかしクロエはそれすらも容易く受け流し、そのまま手首をひねって手で包むように腕を取り、左腕で俺の肘を抑えて腕を伸ばさせ、折りにかかる。
さすがにそれはまずいので即座に右腕から風を渦のように放出させて強引に外し、それによってほんのわずかにできた隙にクロエの腹部に手を当て、そのまま一気に風でクロエを押し飛ばした。
吹き飛ばされたクロエは空中で姿勢を整え、静かに着地するとはためくスカートを軽くはたいてこちらを見据える。
「あれでほぼノーダメですかい」
「攻撃事態は悪くはないですがいかんせん威力が低いです。それだと相手を仕留めることはできませんよ」
「ですよねー…」
実際喧嘩ならまだしも、命のやり取りだと明らかに俺は火力不足だ。だからこそ剣で斬るのをメインにしているのだが、やはりまだそこまで扱いなれていない以上、いつか足元を掬われかねない。
どうしたものかと考えたいところではあるが、それは後回しだ。とりあえず今はクロエに認められるのが目的だが…さて、どうしたものか。
「ふむ…クロエ、もういいかい?」
そんな事を考えていると虚空が上から声をかけてきた。
「そうですね…ある程度彼の実力はわかりましたので」
「そか。じゃあもう終わりにしよっか」
「そうですね」
「え、このまま終わると思いっきり不完全燃焼なんだが?」
「別に続けてもいいですが、今度は本格的にこちらから攻撃させていただきますよ?」
「…え、今までまともに攻撃してなかったの?」
「あくまで攻撃を受けて返してという範疇でしたので、こちらから攻めてはいませんよ。それに暗器に関してはナイフしか使っていませんし」
「…加減してあれってことか…それならもう降参だ。さすがにあれ以上どうこうできる手はない」
そういって俺は両手を挙げた。
「で、どうだいクロエ。彼は認められるかい?」
「そうですね…はっきり言って今のままでは無理ですね。しかし、潜在能力としては低くはないです。粗削りな部分が多いので、きっちり戦闘経験などを積ませ、動きの無駄などをなくしていけば十分かと」
「なるほど…じゃあ…敬はどうしたい?」
「正直今のままだとこの先死ぬ未来しか見えないから、どこかで鍛えたいとは思っていた」
「そうだったのか?」
「ああ。だからそっちが問題ないなら鍛錬に付き合ってほしい。できれば魔法に関しても」
「ふむ、クロエはどう思う?」
「私はよろしいかと。最終決定は虚空様に従いますが」
「そか、じゃあそうしようか。そしてある程度鍛えた後、君達四人が全員合格ラインに到達したらここの技術を教える。そういうことでいいかな?」
「いいのか?認められていないが」
「構わないよ。先ほど言った合格ラインはクロエが決めるからね。それを突破できるのであれば認められたということになるからどちらにしろ目的達成さ」
「なるほど」
「じゃあ、話は決まったね。とりあえず本格的な鍛錬は明日からやるとして、今日は自由にしていいよ。見るだけならこの街で自由に過ごしていいし、一軒くらいなら君たちが住む家を見繕ってあげるから」
「なにからなにまで悪いな」
「なに、同郷のよしみという奴さ。それじゃあクロエ、適当な空き家を彼らに与えてやってくれ」
「かしこまりました。では皆さまこちらへ」
そういってクロエが案内しようとしたところで虚空が思い出したように声を上げた。
「そういえば敬、神様は元気かい?」
「んあ?爺さんか?まだ寝てるんじゃね?」
「あ、うんここにいるよ」
そういって瑠衣が服のポケットから丸くなっているネズミの神爺さんを取り出した。
「あらま、ずいぶん可愛くなってるね~。ちょっと借りていい?」
「えーっと…」
「昔爺さんにつられてここに来たんだっけ?」
瑠衣が俺の方を伺うように見てきたので、俺もとりあえず聞いてみる。
「そうだね。僕意外にも何人かいるけど、神様に連れてこられたんだよ」
「ふぅん…なら…おい、爺さん」
つんつんと神爺さんの背中を突いて起こす。
「ぬぅ…?ふぁ…どうしたのじゃ?」
「お久しぶりの人がアンタと話したいんだとさ」
「ぬ?」
寝ぼけ眼で振り返り、虚空の方を見ると神爺さんの背筋が伸びた。
「ほう、虚空ではないか、ひさしいのう」
「やっほ。ちょっと積もる話もあるからいいかな?」
「うむ、構わぬぞ」
ぴょんと飛んで虚空の肩へと飛び乗った。
「じゃあ、クロエ、あとはお願いね」
「かしこまりました」
一礼した後に俺達は体育館を後にした。




