第39話
聖都 サントテフォワ 大聖堂
魔族の扇動によって引き起こされた暴動から三日。街も落ち着きを取り戻し、日常を取り戻していた。
そして俺は報酬を受け取るためにクーと瑠衣と共に隊長さんに連れられ、大聖堂の教皇のところまで案内されている。
「ほえー…外から見てるだけで中には入ったことないけど…すごい厳かな感じだね。なんか空気が違う」
「俺達の世界でもそうだけど、なんか教会とかこういう場所って独特の雰囲気があるんだよな」
「…空気が違うの…?」
「そう感じるってだけで魔力とか具体的に何かが違うわけじゃないがな。強いて言うなら…温度が少し低いくらいか」
風属性を扱うようになったからか、空気の中の魔力などを感じやすくなっている。
「気温が低いの?」
「ああ、石造りだからな。こういう建物は通常より気温が低いんだ」
「へ~」
「雑談もいいがそろそろ着いたぞ」
司祭服を着ている隊長さんが声をかけ、前に俺を案内した部屋に到着した。
隊長さんはノックをして声をかけると、中から入室を許可する返事が返ってきた。
扉を開けて俺達は部屋の中に入ると、教皇が穏やかな笑みを浮かべて座っていた。
「ようこそ、ケイさん。それと…ルイさんとクーちゃん…でしたか?初めまして、教皇を務めているクロイツです」
「は、初めまして瑠衣です!」
「…クー…」
それぞれ挨拶を済ませて、俺達も椅子に座る。背中に張り付いていたクーは俺の前へと回り込んで膝の上に座った。
「さて、早速だけど今回の事件の報酬だよ」
そういって金貨が入っている袋を俺へと差し出してきた。
「…またずいぶんとどっさりですね。もっと少ないはずでは?」
とりあえず瑠衣の方へと金貨を数え始める。ざっと見て100枚以上ありそうだが、とりあえず何枚あるのか確認しておかないと後で困る。
「魔族の捕獲に加え、魔剣防衛の報酬となればこれくらいが妥当だと思うよ」
「そういうもんですかね。それで捕まえた魔族から情報は?」
俺の問いかけに教皇は首を横に振った。
「君たちが捕らえた魔族は三人。上級魔族が一人に中級魔族が二人。それぞれ取り調べをしているがなかなか有用な情報は得られなくてね。得たとしても裏どりをしないといけないから…」
「情報として活用するにはまだまだ時間がかかる…ということですか」
教皇が静かに頷く。
「君たちは先を急ぐんだっけ?」
「先を急ぐといいますか、情報を得るためだけにここにいる利点がないというのが正確ですね。それを活かすまでに得た情報の価値がなくなる可能性も十分にありますし」
基本的に情報は鮮度が命だ。これから向かう場所の情報を得たとしても、そこに到着したころにはすべてが終わっている可能性もあるし、その情報が逆に悪手を打たせる形にもなりえる。それならばむしろ現地に行って情報を手に入れた方が得だったりもする。
「なるほど、次はどこへ向かう予定で?」
「農業国家であるシャンフォレです。少し野菜や調味料などを調べておきたいので」
「ああ、あそこは農業や畜産などいろんなところの食料を賄っておりますからね。それぞれ自国でも農業などはやっておりますが、あそこほど大規模な場所はありませんから」
「そうなんですか?」
「ええ、あの国はもともと自然豊かな土地を切り開いて作られた国でして、様々な動植物が生息しているのですよ。それに国家事業として国が補助金などを出しておりますので、大分研究機関なども盛んとのことです」
「へー、見て勉強になる物も結構ありそうですね」
「そうですね、珍しいものもたくさんあると思いますよ」
そんな話をしていると瑠衣が金貨を数え終えた。
「これでおしまいっと。敬、金貨は150枚あったよ」
「ん、了解。では報酬の方も確かに受け取りました」
「はい、ありがとうございました。また何かあったらお願いします」
「その時近くにいればですがね」
俺の言葉に教皇は笑顔を浮かべていた。
大聖堂を後にした俺達は聖女プリエが身を寄せている教会へと立ち寄った。
「そうですか…皆さんもうこの国を出るんですね…」
面会した俺達がこの国を出ることを告げると、神父と共に来たプリエが少し寂しそうな顔をしてつぶやいた。
「まあ、元々旅の途中ですから」
「皆様のおかげで魔族の脅威を退けることができました。聖女様もご無事でしたし…感謝してもしきれません」
「いえいえ、成り行きで関わることになっただけですので」
「そうですね…こちらに来る途中で襲われている私達を助けてくれたのがご縁でしたからね…」
「まさかここまで大ごとになるとは思いませんでしたがね」
「すいません、私はあまりお役に立てなくて…」
「まあ、今回はあまりあなたが表に立つと面倒なことになりかねませんでしたので。魔族の目的がいまいち掴みにくかったこともありましたし」
魔剣の事に関してプリエは何も知らない。話すことも出来なかったので魔族の目的について明確に話すことはできなかった。だから彼女自身が目的である可能性も考慮した上でできる限り表に立たないようにしてもらったのだ。
「しかし、今回は何とかなりましたが、今後も魔族からの何らかの行動が起こることも考えられます。くれぐれもお気を付けを」
「ありがとうございます」
「プリエさんはこの後どうするんです?まだこの教会に?」
「いえ、もう少ししたら魔族にそそのかされた貴族の人達の処罰も終わるらしく、それが終ったら大聖堂に戻ることになりました」
「ああ、やっぱり処罰されることになるのか」
「ええ。民衆の方は処罰すると禍根を残しそうなので表向きは処罰はなしですが、貴族に関しては罰金や爵位を下げたりと然るべき処罰が下されるらしいです」
「民衆の方は処罰ないんだ」
「ま、教会の方でもいくら魔族に扇動されたとはいえ、民衆を処罰すると体面があまりよくないんだろ。それに全くの無罰ってことはなさそうだし」
「どういうこと?」
「失敗した暴動に参加した奴と積極的に関わりたいか?」
「あー…」
俺の言葉に瑠衣はどこか納得したように声を上げた。
「先ほど言ったように表向きに教会から処罰を受けた民衆はおりません。ですがどこの誰が暴動に参加したかは静観していた人たちにも知らされていますので、腫物に触るような扱いをされているようです」
「明確ではないにしろそれが罰ってことだろうな」
「特に信心深い人たちからは軽蔑されているようで…」
「そういう人たちに再度信用されるのには時間がかかるだろうな。まあ、それが新たな火種にならなきゃいいが」
「それに関しては私達で何とかしてみます。後始末くらいはやりませんと」
プリエがそういって神父と頷き合った。
「ま、ほどほどに頑張ってください。では、自分たちはそろそろ」
「わかりました、改めていろいろとお世話になりました」
「いえ、そちらもこれからいろいろと大変でしょうが頑張って」
互いに挨拶を済ませて教会を後にした。
「プリエさんと次会えるのはいつになるだろうねー」
「さてな。ただ一つ言えるのは次会えるのは聖都じゃなく、別の土地ってくらいだろ」
「なんでそう言えるの?」
「勇者と聖女は大概セットだからな。おそらく勇者が見つかればプリエも聖女として同行することになるだろう」
「じゃあ次会う時は勇者になった人と一緒ってこと?」
「多分な。そもそもいつ勇者が現れるかわからん以上、何とも言えん部分もあるが」
「勇者かー。どんな人だろうね」
「さてな。とりあえず面倒な奴じゃないことを祈るよ」
そんな話をしながら俺達は宿屋へと戻った。
翌日 早朝
旅支度を終え、宿を出た俺達はサントテフォワを出るために門へと来ていると、二人の人影がこちらを待っていた。
「ん、エクスさん達じゃないですか。ずいぶん朝早くからどうしたんです?」
影の隊長と聖女護衛隊の隊長をしているエクスが俺達に気づいて近づいてきた。
「いや、昨日プリエ様からきょう出発すると伺いまして、一度お礼をと」
「私は教皇様から現時点で聞き取れた情報を渡すようにと言われて」
そういって隊長さんから数枚の書類を受け取る。
「では、私はまだ仕事があるので」
一礼して隊長さんは去っていった。
「これだけのために朝早くから…ご苦労なこって」
「あの方とお知り合いで?」
「ええ、何度か教皇殿の処に行く際に案内していただいて」
「ああ、そうなんですか。あの方は教皇様から信頼も厚く、宰相の様に教皇様の補助をなさっているのですよ」
「へー」
そういえば隊長さんが表で何をやっているのかは聞いていなかったなと思っていると、エクスがピシっと背筋を伸ばして騎士の礼をしてきた。
「ケイ殿、それに皆さんも。今回はご助力いただき誠にありがとうございました」
「お気になさらず、成り行きで関わっただけですから」
「だとしてもです。途中でこの街から去ることも出来たのに、最後までご助力いただいたようでありがとうございます。暴動を扇動していた魔族もあなた方によって捕らえられたと聞きました。貴方方がいらっしゃらなかったらどうなっていたか。本当にありがとうございました」
エクスのまっすぐな礼に微妙に照れ臭い空気になってしまった。
「皆さんがこの先、何をなさるのかはわかりませんが、今後のご活躍をお祈りしております」
笑顔で見送ってくれるエクスを背に俺達はサントテフォワを後にした。
「それで次の目的地は…神徒の遺跡だっけ?」
「ああ。そこをとりあえず第1拠点とする予定だ」
「どんなところだろうねー」
「便利なものがあるといいわね~」
「魔法陣を作り出した神徒の遺跡かー、楽しそうだなー!」
「じゃ行くとしますか。シエル、道案内頼むな」
俺の言葉に地図を手にしたシエルが頷く。
さあ、新たな場所へと行くとしますか。
敬達が神徒の遺跡を目指して旅している頃 人間領のとある村では…
「急いで子供達を避難させろ!!」
「ダメだ!村の周りがすでに火で囲まれている!」
「クソッ!いったい何なんだ!なんでいきなり魔族が…!」
森に囲まれた閑静な村。平和で穏やかな村は今では見る影もなく、木々は燃え、炎に村は囲まれて住人達は逃げまどっていた。
「兄ちゃん!」
「来るなカイン!!」
幼い兄弟の前に一人の魔族が降り立つ。
「我が主に言われこの村を襲ったが…本当にここに勇者になりうる人物がいるのでしょうか…歯ごたえが無さ過ぎてつまらないですね」
ため息交じりに手を上げ、そこに炎を纏わせる。
「まあ、この村の住人を皆殺しにすれば済む話ですね。さっさと終わらせましょう」
そういって魔族が兄弟へと炎が纏わられた手が向けられる。
兄が魔族を睨みながら弟を後ろへと庇うが、魔族はそれを見て笑みを浮かべた。そして…
ゴウッ!!
すさまじい熱気と共に兄の後ろに火柱が立ち昇った。
「えっ…」
茫然とした表情で後ろを見ると、火柱が消え、全身にやけどができた弟がゆっくりと兄に向って手を伸ばしてきた。
「…に…い…ちゃ………」
「カイ…ン…?」
兄がゆっくりと弟に手を伸ばすが、弟の手は兄の手には届かず、そのまま倒れ伏した。
「ふむ、思いのほか燃えませんでしたね。火属性の持ち主でしたのか。さて次はあなたですよ」
そういって先ほどよりも巨大な炎を生み出し、兄に向けて放つ。たちどころに巨大な火柱が兄を包み込んだ。
「さて…後残りはどれくらいでしょうか。さっさと片付けて帰りたいものですね…」
立ち昇る火柱を背に、移動しようとしたとたん、ゴウッという風の音と共に火柱が突如妙な動きをしだした。
「…なんです?」
振り返って火柱立ち昇る地面を見据えると、そこに人影が立っていた。
「………」
全身を薄い白い幕の様なもので覆われた兄が右手に火柱の炎を集めていく。
その姿を見て魔族は顔に笑みを浮かべていた。
「は…ははは…まさか…まさか本当に勇者がいるとは…!私は運がいい!!ここであなたを―――」
そこまで言った瞬間に正面から兄の姿が消え、自らの体が両断されていた。
「…へ…?」
何が起こったのかもわからず、ずるりと体がずれ、景色が動くと共に魔族の体が炎に包まれた。
「…すぐ終わらせるからな…カイン…」
そう静かにつぶやき、彼は静かに歩きだした。
その後、火が消え、瓦礫と墓のみとなった村から一人の青年が旅立った。
これが憎悪に飲まれた勇者『セシル』の旅立ちの瞬間だった。
これにて今年最後の投稿とさせていただきます。
去年から二週間に一度というスローペースながらも読んでいただきありがとうございました。
来年も同じペースですが絶やさずにこちらを投稿したいと思います。
それと時々ですが短編や没案の小説などを投稿していきたいと考えていますのでそちらもよろしくお願いいたします。
それではよいお年を~(・w・)ノシ




