第34話
聖都 サントテフォワ
「さて、んじゃある程度動きを整理しておくか」
神爺さんに魔剣と聖剣についての話を聞いた翌日。教皇の影の隊長さんからの情報から、今日か明日あたりに魔族によって煽られた奴らの暴動が起るとのことなので、その際の動きを打合せすることにした。
「とりあえず俺とクーはある程度自由に動かせてもらう。んで、和也と玲、シエルは聖女派達民衆の方に紛れてる魔族を。瑠衣とセレス、ノエルの三人は貴族派の方に接触している魔族を頼む」
「いいが、敬。俺達の方は魔族を察知するやつとかいないが、やっぱあの人相書きで探さないといけないのか?」
「あー…その件か。どうしたもんかな…」
影の隊長から渡された人相書きによって、一応魔族であろう人物のあたりはつけることができた。しかし、暴動がどれだけの規模で起きるかわからず、大人数がひしめき合う場所で人相書きの人物のみ見つけるというのも至難の業だろう。そもそも騒動だけ起こして表に出てこない可能性も0ではない。そうなったら魔族を取り逃すことになるだろう。
「ねえ、お爺ちゃん。お爺ちゃんは魔族察知できないの?」
「ん~…できなくもないのぅ…」
「できんのか」
「魔族は魔力の質が違うからのぅ。お主等ではわからぬじゃろうが、魔力を感じやすい精霊ならばわかるじゃろう」
爺さんの言葉にセレスが頷いた。
「んじゃあ和也達には爺さんについていってもらうか。そうすれば両方とも魔族を探れるだろう」
「仕方ないのぅ…」
「普段ほとんど寝てるんだからたまには働け」
「前から思っておったが、お主は少し神に対しての敬意を持った方がいいと思うぞ?」
「なら持たれるだけの器を見せろよ。食っちゃ寝してるだけの神のどこに敬意を持てと」
「アハハ…ほら、敬。話脱線するよ」
「おっとそうだった」
コホンと一つ咳払いしてから仕切りなおす。
「んで、実際の動きだが…暴動がどう起こるかにもよるんだよな…」
「ねえ、ケイ。相手の目的は魔剣なの?」
「確実性はないが可能性は高いな」
「なら街のいたるところで暴動を起こすんじゃない?そうすれば貴族や警備の兵士もばらけて、魔剣が封印されている場所への警備も薄くなるだろうし」
「ふむ」
セレスの言葉に考え込む。確かに、聖都で暴動がいくつも発生すれば、魔剣に対する守備は多少は下がるだろう。
「でも、魔剣が目的って教皇さんに伝えてあるんだよね?だったら守備を固めてるんじゃないの?」
「どうかしら~?あまり守備を固めすぎていると向こうも別の動きをするんじゃないかしら?」
「その可能性もあるな。それにどれだけ人員がいるか不明だし、暴動事態抑えないといけないだろうから、そっちに人員を割かなきゃいけない」
「ってかそもそもの話、魔剣の事を知られないようにするにはそっちに人員割くわけにはいかんだろ」
「まあな…警備は最低限。そこでカバーできないところを影がカバーって感じだろう」
「まあ、そう動くしかないよねー。あとは魔族の方だけど…敬だったらどう動く?」
瑠衣の問いかけに俺はとりあえず現状推測できることを整理し、組み立てていく。
暴動に参加する人数はわからんが、それでも暴動事態出来るだけの数がいるということだろう。そして教会にある魔剣を求めているというのなら、それを手に入れるためにある程度大聖堂の警備を引っ張り出さないといけない。貴族派の方も暴動に対し、必要以上に動いて混乱させるだろう。となると動きとして考えられるのは…。
「大聖堂近くで最初に民衆派の暴動をおこし、そこに貴族派の私兵を投入して騒動を大きくさせ、教皇の指示による暴動鎮圧部隊を引っ張り出したら街中に散開、いたるところで適当に暴動を引き起こして大聖堂から目を背けさせる。その間に三人目の魔族が魔剣を奪取するために大聖堂に侵入。ってところかな」
暴動に加担するやつらの数にもよるが、どうにもそこまで多いと思えない。和也達の話を聞く限り、貴族たちに不満を持つ人数より、この不穏な気配に対して不安を抱いている人数の方が多い感じだ。となるとおそらく大多数の住人が暴動が起った途端に逃げるか、建物に引きこもるだろう。そうなると限られた人数でやらざるおえない。ならばそいつらをうまく動かさないといけないだろうから、おそらく言ったように動かないといけないだろう。
「ってことは、俺達はそこで魔族を探せばいいのか?」
「そうだな…。とりあえず広場の近く…俺が運ぶから屋根の上で隠れて観察してくれ。で、俺が最初にちょっとアクションを起こすから、そこで動く奴を見ておいてくれ」
「アクション?」
「ああ。軽く暴れて魔族を捕らえろって指示するから直後に動いてくれ。おそらく潜んでる魔族もなんらかのアクションを起こすはずだからそれを見つけてくれ」
「それはいいが…大丈夫なのか?魔族の事を言って混乱するんじゃないか?」
「むしろそれを狙って言うんだよ。魔族の存在に気づいていない奴らは、これで混乱して足を止めるだろう。で、暴動はわずかの間だが暴動は治まる。そこからさらに暴動を起こさせようとすると、魔族の息がかかっている奴らが煽らないといけなくなる。おそらく散開してから起こす暴動は予定より早まるだろう。その間に和也達が動いた魔族を叩けばあとは教皇の騎士が暴動を抑えるだろう」
「ふむ。じゃあそのあとは俺達は魔族だけを追えばいいんだな?」
「ああ。可能な限り周囲に被害を出さないようにだけ頼む」
「わかった」
そんな話をしているとコンッと、窓に何かが当たる音が聞こえた。
「?なんだろう」
瑠衣が窓へと近づくが、俺はそれを止めた。
「俺が開けるから瑠衣は下がってろ」
「?うん…」
首を傾げつつも俺が言ったように瑠衣は元の場所に戻って椅子に座った。
俺は警戒しつつ窓を開け、周囲を確認しているとヒュンと風切り音と共にどこからかナイフが飛んできた。即座に指で刃を挟むように受け止めると、持ち手の部分に手紙が括り付けられたいた。
「敬、大丈夫?」
「ああ、問題ない。影の隊長さんからの連絡だ」
「危ない連絡手段だねー」
「それだけ緊急ってことだろ」
セレスと和也が呑気に話している間に俺はくくられている手紙に目を通した。
「奴さんが動いたようだ。大聖堂前の広場で大人数が集まっているらしい」
「ってことは敬の作戦が当たりってことかな?」
「おそらくな。行くか」
「うん」
俺達は宿を出て、裏路地へとはいってそこから比較的高い建物へと飛び乗った。
俺は風の力を使い、和也達と一緒に屋根へと飛ばす。
「大聖堂は街の中心だ。その前の広場っていうから…まあ近づけばわかるか。日が昇っているうちだからな。影でバレないようにできる限り姿勢を低くしておけよ」
屋根の上にいるから上を見ないと気づかれにくいのは確かだが、日が昇っているうちは影ができてそれが原因で気づかれることもある。だから姿勢を低くして多少でも見える影を小さくしないといけない。
「それなら屋根の上とか行かなきゃいいんじゃないの?」
「本来ならそうしたいが、人がたくさんいる場所で地面に降りた状態で暴動に巻き込まれたらそれこそ訳が分からなくなる。さすがにそれは勘弁だからな」
「それもそっか」
納得したようでセレスは屋根スレスレをスイーッと飛んでいる。楽でいいなあれ…。
そんな事を考えながらも屋根を飛び移り、大聖堂へと向かっていく。
「…本当、案外結構な人数がいるな」
「そうなの?」
「ああ。気配が数千人単位で大聖堂の門前に集まってらぁ」
まだある程度距離はあるが、気配を探っていると大聖堂の門があるあたりに大人数がひしめき合っているようだ。
「暴動は起きてる?」
「まだだな、そういう動きはない。だが…離れた位置で貴族達も動いているみたいだ。鎮圧のため…いや、この位置関係だと…戦闘のためだな。広場への道に通じているが、一方向から集まった兵士で攻め込むって感じだ」
「面倒だね…」
「まあな。だが俺としてはありがたい。下手に多方向から来られると足止めしにくい。…と着いたぞ」
足を止め、屋根の上から姿勢を低くした状態で下に広がる広場を見る。
大聖堂前に広がる広場には、大聖堂へと続く門の前に数千人の人だかりができていた。
「…あれが聖女派の人達?」
「ああ。その過激派だろうな。プリエは…いないな。おそらく誰かしらが呼びに行ってるんだろ」
「動くのかな?プリエさん」
「さてな。下手に動くと加熱するから勘弁だがな。さて、貴族派の連中は…まだこっちに来てないな。待機しておくか」
「いつ動くんだ?」
「俺は聖女派と貴族派が動く直前。和也達は俺が動いた後、魔族が動いたら動いてくれ。それと空中の移動は…玲、セレス、できるか?」
「ん~…水の動きをうまくやればできるわね~。でもバレるわよ?」
「魔族の位置さえ把握できれば問題ない。できるんなら移動はまかせた」
「はーい」
「…それにしても、何叫んでるんだろうね、あの人たち」
「さてなぁ…声は聞こえるがいろんな奴の声が混ざり合ってなんていってるか聞き取りにくい」
下で集まっている奴らは口々に何かを叫んでいるが、協調性もないのか、好き勝手に叫んでいるせいで何を言っているのかよく聞き取れない。せめて暴動の意思統一くらいはしておけよとおもうが、それすらできないほど考えが浅いということだろう。
そんな事をかんがえているとシエルがクイッと俺の服を引っ張った。
「どうした?」
シエルのほうをみると、貴族派が集まっている方へと指を差した。少し探ってみると、どうやら動き出したようで、隊列を組んだ兵士たちがこちらに向かっていた。
「向こうも動いたか。さて…ありがたいのは不穏な気配を感じ取って善良な市民はみんな建物の中に避難してるみたいだ。だからあそこに集まるのは魔族の煽りを受けた馬鹿か、上司に従わないといけない憐れな兵士ってくらいかな」
「それ聞くと兵士さんが可哀そうに…」
「まあ、それが仕事だから仕方ないだろ。ちっと暴れてくるかなぁ。クー、しっかり捕まっていろよ」
クーがコクリと頷いて、しがみ付く力を強めた。
「あ、見えてきた」
セレスも貴族派の方をみており、兵士たちの姿を確認することができた。そして少しして暴動を起こそうとしている市民たちにもその姿が確認され…。
「わ、即座に向かっていったよ」
「馬鹿しかいないのか、あそこ」
兵士達の姿を見た瞬間、市民たちが突如兵士達へと走り出した。
「…助けを求めている…のかな?」
「…武器を振り上げて?」
「だよね…」
向かっていった市民たちの手には剣や鈍器といった武器が握られている。
それを見たからか、兵士たちも即座に臨戦態勢に入った。
「やれやれ…前口上なりなんなりあると思ったが、それすら無しとはな。んじゃ行ってくる」
「うん、気を付けてね」
「こっちの方はうまくやっとく」
「ああ、頼んだ」
俺は屋根の淵へと滑り降り、降りるタイミングを伺う。その間に両手にそれぞれ風を集めていく。
「さあて、ひと暴れしてきますか」
下の道で兵士と市民がぶつかる直前。そのタイミングを狙って屋根から飛び降り、ど真ん中へと降り立つ。
「なんだ!?」
「構わねぇ!そのまま押しつぶせぇ!」
突然の乱入者に混乱するやつもいるようだが、勢いは衰えずに突撃してくる。そんな奴らの俺は両手を広げ、それぞれ手のひらを向けた。
「挨拶代わりだ!吹き飛びやがれ!!」
両手にためておいた風を竜巻にして解放し、迫ってくる市民と兵士達をまとめて吹き飛ばす。
「さあ!暴動を扇動している魔族を捕らえろ!!」
吹き飛ばしたことで足が止まった人たちの耳に俺の言葉が届く。その瞬間、「魔族?」「どういうことだ?」という混乱と共に数人が動きを見せた。
「くっ…一度態勢を立て直す!退け!!」
兵士達は隊長の指示で吹き飛ばされた者達を助け起こして態勢を立て直すために後退していく。民衆達も扇動者らしき人物が指示を出し、それぞれ団体で動き出した。
そしてその中にいる魔族達も動いたようだ。
「和也、おったぞ」
「ルイ、いたよ」
神爺さんとセレスが同時に魔族を見つける。
「じゃあ和也君、玲、シエルちゃん、気を付けてね」
「瑠衣達もね~」
「うん」
「ルイ、ノエル、捕まって」
セレスの手をそれぞれ掴むと、浮き上がって二人を抱えて飛び立った。
二人の手をつかんだまま、一気に兵士たちの上を通過し、奥にいる兵士に紛れた人物を見据える。
「逃がさないよ~!」
そういうと共に魔族の足元から水が吹き上がる。
「なっ!?」
突然の水に魔族が飲まれ、そのまま水圧によって上へと押し流されていく。
「このまま被害が出ないとこまで押し流すよ!」
「うん、お願い!」
水流によって魔族を押し流し、瑠衣達は離れた場所へと移動した。
「セレスの奴、ずいぶん派手にやったなぁ」
「で、こっちはどうするんじゃ?」
「私にはさすがにあれはできないわよ~?」
「ってか、だいたいの居場所はわかってもどれかまではここからは見えないんだよな。仕方ない。爺さん、大体あの辺だよな?」
和也が示した場所をみて神爺さんが頷く。
「んじゃ、まずは逃げ道塞ぐか」
そういうとゴゴゴッと地面が揺れ、円形の岩の壁がせりあがっていく。
「捕らえられたか?」
「うむ。ちゃんと内部におるぞ」
「なら良し。玲」
「はいは~い、運ぶわね~」
足元に水が生み出され、それが壁の近くまで水流となって道を作り出す。
その水流に乗って移動し、壁の上へとたどり着くと内部をのぞき込む。
「で、どれだっけ?」
「え~っと…」
人相書きと照らし合わせようとしたとたん、シエルが一人の男を指さした。
「お、ビンゴだ。よく見つけたな」
和也がシエルの頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
「んじゃ、俺達も行くとしますか」
そういうと再度ゴゴゴッと地面が揺れ、魔族の足元がわずかに盛り上がった。
そして勢いよく柱が飛び出し、ある程度の高さになると横に広がり、地面を作り出した。
「こ…これは…」
「ここなら被害も出ないし、これだけの広さがあれば戦えるだろ」
和也達も水流によって広がった地面へと降り立つ。それと同時に地上の岩の壁は崩れ落ちた。
「さて…じゃあ喧嘩といこうか!」
ポキポキと指を鳴らしながら、和也は好戦的な笑みを浮かべていた。
「…派手にやるなあ…あいつ等。俺が言えたことじゃないが」
片や水によって魔族を別の場所へと押し流し、片や上空に足場作ってそこで戦い出す。
まあ、あの調子ならどうにかなるだろうし、周りに被害もないだろう。そんなことを考えていると残っている民衆が俺へと斬りかかってきた。
「おっと。ずいぶんいきなりだな」
「うるせぇ!テメェも教会の手先だろう!」
「さて、どうだろうね。まあここでお前らと遊んでもいいが…あいにく俺は俺でやることがあるんでね。お暇させてもらうよ」
そういって飛び上がって屋根の上へと飛び乗る
「テメェ!待ちやがれ!」
追って来ようとしたんだろうが、さすがに屋根の上までは来れないだろう。
それに俺も俺でもう一人の魔族を追わないといけない。さっきの段階で動きは二人の魔族だけだった。ってことはすでに魔剣奪取のために動いているとみていいだろう。
大聖堂内へと入り込んでさっさと追いつかないとな。
広い大聖堂の周囲にはそれなりに高い壁で囲まれている。まあ、それでも俺には飛び越せるので大して差はないが…。
「ここらへんでいいかな」
壁の向こうには特には人の気配はない。だからここから侵入しても大丈夫だろう。
「さて…こっから結構暴れるかもしれないから、振り落とされないように気を付けておけよクー」
「…ん…」
「さて…じゃあ行きますか」
俺はひょいと壁を飛び越し、大聖堂内へと侵入した。




