第27話
馬車から降りてきた女性『プリエ・ヴィエルジュ』は穏やかな笑みを浮かべていた。
先ほどまで暗殺部隊に狙われていたとは思えないほど、彼女は穏やかな表情をしている。それだけ日常的に狙われているのか、それとも肝が据わっているのか…。どっちにしろ厄介そうな気がするが。
「お話しする前に…失礼ですがあなた方の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おっと失礼。俺は敬、旅人だ。で俺の隣にいるのが瑠衣。後ろで盾を抱えている男が和也。杖を持ってる子が玲。で、その近くにいる双子の少女がシエルとノエル。獣人の子がクー、ふよふよ浮いている子がセレスだ」
いささか雑だが全員紹介する。
「以後よろしくお願いします。それでお話するお方は敬殿でよろしいでしょうか?」
プリエの言葉にどうするか瑠衣をチラリとみると、コクリと頷いた。瑠衣も聞くということだ。それと同時に後ろからクーがしがみ付いてきた。
「お前も来るか?」
確認するとクーはコクリと頷いた。
「んじゃ話を聞くのは俺と瑠衣、クーの三人ということで」
「わかりました。では馬車の中へどうぞ」
「その前に…集合」
和也達を呼んでプリエ達から少し離れた位置へと移動する。ここならおそらく会話は聞こえないだろう。
「で?どうしたんだ?」
「ああ、和也達には俺達が話している間周囲の警戒を頼む。シエル、森の中の索敵できるか?」
俺の問いかけにコクリと頷く。
「んじゃあシエルは森の中の警戒を。多分ないとは思うが、あの暗殺部隊がまた来るかもしれないから、気を付けてくれ。で、和也は騎士たちの監視を頼む」
「別にいいが…それ必要なのか?」
「警戒する必要はない気もするけど~」
「念のためだよ」
一枚岩じゃないだろう勢力図。聖女を護ろうとしている騎士の中に内通者がいないとも限らないし、こいつらが味方だと決まったわけじゃない。聖女と話している間に何か行動を起こす可能性も十分にあるのだ。
「まあ、敬が言うなら警戒だけはしておくよ」
「頼む。セレスはシエルの補助を頼めるか?」
「いいよー」
「んじゃよろしく頼む。あ、それともしかしたらそのままサントテフォワに向かうかもしれんから」
「あいよ」
話が終ったので俺は瑠衣とクーを連れプリエの元へと戻った。
「お話は終わりましたか?」
「ああ」
「では、こちらへどうぞ」
そういってチラリと俺が先ほどまで話していた騎士の方を見た。その騎士は頷くと、プリエと共に馬車へと乗り込んでいく。
俺も登ってきたクーを瑠衣へと預け、一緒に馬車に乗り込んだ。
馬車の中はそれなりに広く、四人が座っても十分な広さがあった。ちなみにクーは瑠衣の膝の上でおとなしく座っている。
「さて、ではまずは…あなたの自己紹介からでは?」
そういって騎士の方を見ると、ピシッとした姿勢で座っている騎士が頷いた。
「改めて、私はエクス・カヴァリエ、聖女護衛隊の隊長をしている。先ほどは危ないところを助かった。改めて礼を言わせてくれ」
「いえ、こちらも成り行きでしたので。あいつらに見つかって敵対行動されなければ介入したかどうかわかりませんので」
言う必要があるかわからないが、味方だと思われても困るので、あくまで中立であるということは明確にしておきたい。
「こちらの味方をしてはいただけないのですか?」
「状況がわからない以上、頷くことはできませんね。たとえ今あなたから状況を聞いたとしても、片方からの意見だけですべてを決めては後々面倒になりかねないので」
暗殺部隊が動いている以上、かなり高位の人間の思惑が絡んでいるはずだ。しかも相手が聖女。魔族との戦いがある中、聖女の影響力はかなりの物のはず。だというのに狙われるということはそれだけの理由が彼女にあるということだ。それを知らずに味方になって面倒な立ち位置に立たされるのは勘弁だ。
「あら、なかなか警戒心が高いわね」
「これでも一応あいつらのリーダーなんでね。それで?なんで狙われていたんだ?本物の聖女ならわざわざ狙う奴なんて他国の人間位だろ?」
アンタは本物の聖女なのか?という問いを言外に仕込んでおく。それに気づいたのか、エクスの表情がわずかに険しくなるが、プリエに関しては特に気にもしていないのか、笑みを浮かべたまま口を開いた。
「まずあの暗殺部隊ですが、あれは聖都サントテフォワの暗部です。指示したのはおそらく、聖都サントテフォワのトップの教皇様です」
「は?トップが直々に?No.2とかじゃなくて?」
「ええ。今、サントテフォワは教皇派と私達聖女派で勢力争いをしておりますので」
「なにそれメンドイ。即座に方向転換したくなってきたんだけど」
「あら、逃がしませんよ」
笑顔でそういうとともにガコン、と大きな振動の後に細かな振動が馬車を揺らした。
「あなた方も聖都へと行くのでしょう?なら話しながら向かった方がいいでしょう」
「そっすね」
まあ、最初からこうなりそうな気もしてたから和也達にはあらかじめ言っておいたんだが…にしても教皇と聖女の勢力争いねぇ…。次席とかだったら自らが推す人物を聖女にするためにって言うのでわかるが、トップである教皇が狙う理由がいまいちわからんな…。
「不思議そうですね。まあ、教皇と聖女が争う理由なんて普通はありませんからね」
「そうなの?」
「ああ。教皇ってのは宗教国家のトップだ。聖女というのは宗教的に特殊な立ち位置でだろうが、それでも教皇よりかは下の立場になのが通説だ」
「なんで?聖女様って普通は神様の代行者だよね?だったら教皇様と同等か上になるんじゃ…」
「それがそうも簡単に行かないのが人の社会という物ですよ」
「人が人を統べる国家である以上、そこには必ず政治が絡む。そして宗教国家というのは教義を根本原則にしてはいるだけで、それ相応の地位や権力という物が必要になってくるもんだ」
「ええ、そしてその中聖女である私は、そこまで政治にかかわることができません。下手に私が関わると内政が混乱しますからね」
「だというのに勢力争いが発生してるってことは、アンタが内政に関わりだしたということか?」
「いいえ、私は関わっていません。といいますか、これに関しては内政に関する勢力争いじゃないんです」
「というと?」
「この勢力争いをもっとわかりやすくいいますと、貴族派と民衆派の勢力争いなんです」
「あー…そういうことか…」
プリエのその言葉で俺はある程度を察した。
「えっと…どういうこと?」
「内政をまとめている教皇は貴族たちを優遇し、民衆に対してはどれほどかわからないが不利益がある程度出てきている。で、民衆たちはそれに対して反発し、聖女を持ち上げて教皇たちに反旗を翻した、と」
「そういうことです」
「…本当に面倒だな…ちなみに、それはアンタが主導か?」
「いえ、確かに民衆の方々に対し、怪我や病気の治療などはしましたが、反旗を翻すように促したことはありません」
「民衆は貴族に対して不満があります。それらが集まり、爆発しそうになったのですが、ただ爆発しても権力によって制圧されるのが関の山です。だから民衆に優しい聖女様を担ぐことで、その権力による横暴の盾になってもらおうとしたのでしょう」
「無駄に小賢しいなオイ」
エクスの言葉に俺はさらに頭を抱えてしまう。
「その貴族に対する不満というのは解消できないんですか?」
「難しい…といいますかほぼ無理ですね。貴族の方々は内政に関わっています。そしてそれ相応の税金を納め、仕事もしております。それに見合うだけの報酬を渡さなかえれば今度は貴族の不満が教皇様へと向かうことになるでしょう」
「ちなみにその貴族達が腐敗しているってことは?」
「すべての貴族が清廉潔白というわけではないでしょうし、必要とあらば手を汚さざるおえない状況もあるでしょう。しかし腐敗しているというほどの事ではないと思います」
「貴族の全てを把握しているわけではないので、はっきりとは言い切れないですが」
「…ねぇ、敬。今までの話聞いてて結局どういうことなのかいまいち理解できないんだけど…」
「ちょっと待っとけ、少し考えをまとめる」
とりあえずここまで話を聞いた段階で判断できるのは…
サントテフォワでは、貴族派となっている教皇と民衆派として祭り上げられている聖女が争っている。
貴族派に関してはそこまで大きな腐敗があるわけでもなく、内政に関わるがゆえに利点を得ていることを民衆が不満を抱いている。
そして民衆は自分たちで反旗を翻すだけではなく、聖女を祭り上げることで盾としている。
教皇が聖女を狙っているのは、おそらくその盾を排除することで民衆を弾圧するつもりなのかもしれないが…。
…なんだ?なんかすごく違和感を感じる…。
頭を抱え、考え込んでいる俺に向け、プリエが声をかけようとしていたが、それを瑠衣が止めた。
「今の敬を邪魔しちゃだめですよ」
「どういうことですか?」
「敬がここまで悩むってことはきっと何か重大な引っ掛かりを感じたってことですから」
「重大な引っ掛かり…ですか」
そんな話も耳に入らずに、俺は思考の海に沈んでいく。
何かが足りない。何か重大なピースを見逃しているはずだ。腐敗のない貴族。それに不満を持つ民衆。民衆に祭り上げられている聖女。そして聖女を狙う教皇。…扇動者は?
「プリエ!」
「は、はい!」
「民衆の扇動者は誰だ?」
「え、扇動者…ですか?」
「暴動を煽っている奴だ!ここまで暗殺部隊が動くほど大ごとになっているなら、必ず扇動者がいるはずだ」
「それって聖女であるプリエさんじゃないの?」
「いや、プリエはあくまで旗印だ。聖女が味方になっているという旗印なだけで、その旗を持ち、先頭を歩く奴がほかにいるはずなんだ」
そうだ、扇動者だ。聖女派という言葉に騙された。
「どういうことですか?」
「本来、聖女派として動いているのなら、それらを扇動している人物は聖女であるプリエのはずなんだ。それなのにプリエは民衆を扇動しているわけではない。つまりプリエ以外に民衆を煽っている奴がいるはずなんだ。貴族に対しての不満の種があったとしても、それが勝手に燃えるわけじゃない。その種に火をつけて燃やしている奴がいるはずだ」
「それが本当の扇動者?」
エクスの言葉に俺はうなずいた。
「不満の種に火をつけて、それを煽って暴動を起こさせる。そしてその旗印として聖女を担ぎ上げ、自らは陰でさらに煽る。今回の暴動を止めるにはそいつを何とかしないといけないんだ」
「いたとして…何のために?」
瑠衣の疑問に考えを巡らせる。
煽ってる奴の目的。何がしたいのかということ。現状民衆の暴動は聖女がいることでもっている。じゃあ聖女がいなくなったら?この暴動は簡単に鎮圧され、不満はくすぶるがすぐに再燃はできなくなる。それはあまりにももろすぎる。
つまり暴動を成功させるのがメインではないという可能性が高くなる。つまり…
「聖女の排除が目的…?」
「え?」
「そうか、聖女の排除が目的ならこの杜撰な暴動も納得がいく」
「どういうことだ?」
「暴動の理由に関しても、あくまで貴族が優遇されているというだけで、暴動するには弱い。それに聖女が排除されたとしたらこの暴動は速攻で鎮圧される。不満の種はくすぶるだろうが、再燃するにはまた聖女と同じような旗印が必要になる。だから、今回の暴動は暴動を成功させるのが目的じゃないんだ。おそらく聖女の排除、そしてもう一つの目的として暴動を鎮圧したという事実からくる不信感。それを残すのが目的なんだ」
「でも、排除するのなら普通にしても…」
「護衛隊があるから早々刺客送り込んでも返り討ちに遭うだろ、さっきみたいに。それに外部から排除されたとなったら大義名分が出てくる。故に内部である教皇に聖女を排除させようとしたんだよ」
「でも、そんなにすんなりうまくいくのかな…」
「教皇派、聖女派、共にうまく煽る奴がいればある程度の杜撰さでもなんとかなるんだろう。聖女派の民衆に関しては、例えば圧政を受けている、みたいな嘘でも言えばバカみたいな正義感に燃えてる奴の場合、すぐに飛びつくしな」
「教皇派に関しても、ここで手をこまねいていては貴族からの求心力が弱くなる、というように煽れば教皇様も動かざるおえなくなりますね」
「ああ。短期間でここまで動かせるのは無理でも、少しずつ煽っていけばどんどん火は大きくなっていく」
「そして教皇様が動かざるおえない状況へと持ち込み、聖女様を排除できれば目的完遂と…」
「そういうことだ」
「でも、いったい誰が?聖女様を排除して得をするのって…」
「そこらへんは確証はないが思い当たる奴が一つある」
「それはまさか…」
聖女であるプリエがいなくなって得をする存在。そんなものは今この世界では限られている。その中で一番重要視されるとしたら…。
「魔族」
俺のその言葉に全員の表情が強張った。




