第2話
ウェアウルフの群れとの戦闘を終え、その場所から離れるために森の中を散策していく。
「なあ敬、どこまで行くんだ?」
先ほど助けた姉妹の姉の方を背負いながら和也が俺に問いかけてくる。
「ん~…それなりにあの場所から離れたし、そろそろいいか。少し開けた場所を探してそこで野営しよう」
「開けた場所開けた場所…」
きょろきょろと全員で周囲を見回し、野営に適した場所を探していると、抱きかかえている姉妹の妹の方がクイクイと服を引っ張ってきた。
「どした?」
妹の方に視線を向けると木々の間を指さしていた。その方向に行ってみると野営するにはちょうどいい程度開けた場所があった。
「ふむ、悪くなさそうだ」
木々の開き具合に枝の高さは十分で焚火をしても火事にはならないだろう。地面を見ても根が露出している部分はほとんどなく、多少でこぼこしているが均せばテントも立てれるだろう。
「うし、ここで今日は野営するか。んじゃ野営の準備するぞー」
「いいけど何するの?」
「ん~…そうだな。とりあえず俺と和也でテントを張るから、瑠衣と玲はその姉妹連れて薪になりそうな枝を集めてくれ。それが終ったら飯の支度をしちゃおう」
「はーい、じゃあ荷物置いておくね」
「おう、テントはきっちり張っておくから任せろ!」
「お願いね~、じゃあ行きましょうか~」
姉妹を連れ瑠衣達は手近なところから薪集めをし始めた。
「さて、俺たちはテント張るか」
「それはいいけど敬、あの子たちの名前、そろそろ聞いておいた方がいいんじゃねぇか?」
「あ~…それもそうだな。といっても喋れないし…おい爺さん」
「なんじゃ?」
手近なところで毛づくろいしていたネズミが顔を上げる。
こいつ、見た目だけじゃなく中身までネズミになりかけてねぇか?まあいいか。
「紙とペン用意できるか?」
「特殊な力が宿っておらぬ物なら作れるのぅ」
「それで構わん。あの二人の筆談用だからな」
「ちなみに特殊な力ってなんなんだ?」
「例えばそうじゃの…インクがきれないペンとか自動で紙が補充されるメモ帳とかかの」
「便利だがあればいいなくらいだな」
「まあの。…ほい、これでよいかの?」
そういってメモ帳と羽ペン、インクのセットを二つ作り出した。
「ん、サンキュ。戻ってきたら渡すか」
「それはよいがあの二人文字書けるのかの?」
「………さて、テント張るか」
爺さんの疑問をスルーしてテキパキとテントを張っていく。
「なあ敬」
「ん~?」
「あの姉妹、どうするんだ?」
「どうするって助けるって話になっただろ」
「まあ、そうなんだができるのか?」
「不可能ではないな。面倒事になる可能性大だが」
話しながらも手はきちんと動かしていく。
実際普通の奴隷であれば、襲撃を受けた証拠と一緒に持ち主のところに行って、商人なら買い取る、貴族なら報酬としてせがむとかいろいろとやりようはあるんだが、あの二人でそれが通じるか微妙なんだよなぁ…。
「面倒事ってどういうことだ」
「ん~…そうだな。とりあえずあの二人に関してなんだが、俺たちがいた世界にも似たような子達ってのは稀にいるんだ。俗にいうアルビノだな。原因は遺伝子関連とか話は聞いたことあるがよく覚えてねぇ。で、それは昔からある」
「ふむふむ。そのアルビノってのが問題なのか?」
「まあな。ああいう子達ってめったに生まれないんだ。だからこそ昔は忌み子として虐げられていたか、神子として崇められてたかの両極端だったんだが、どっちにしろ珍しいってことには変わらない」
「それがどうしたんだ?」
言わんとしていることがわかっていないのか、和也は首をかしげていた。
「珍しいってことはそれだけ価値があるってことなんだ。奴隷としてもな」
「む…」
「そしてそういった価値があるのは例外なく貴族から欲される。しかも双子なんてオプション付きだ。結構な値段で取引されててもおかしくはない」
「つまりあの二人を助けるためにはそれ相応の金が必要になるってことか?」
「まあな。だがぶっちゃけそこは交渉次第で何とかなる。一番の問題は『貴族に目を付けられた場合』だ」
「貴族?」
「ああ。爺さん、ここって俺たちの時代の中世の時代なんだろ?」
「まあ、かなりわかりやすく言うとそれくらいじゃな」
「そうなるとだいたい大きな国の政治形態は絶対王政になるだろう。一番上に王様がいて、それらに協力する感じで貴族やギルドといったコミュニティが乱立しているって感じだな」
「…お前なんでそんな事知っているんだ?」
「軽くなら授業で習ったぞ?まあ、俺の場合読んでたラノベが結構中世の時代をモチーフにしてたから、少し興味がわいて調べたってところだがな。っと話が逸れたな。まあかなり大雑把に言うと王様の次くらいに貴族が権力を持っていると考えればいい。当然貴族の中にも差があるがな」
「ふむ、それで?」
「まあ、今の時代でそれだけの権力を持っているとな、結構横暴な態度をとってもどうにでもなるわけだ。極端な例だろうがそうだな…。失礼なことをされ、カッとなって殺したとしても、無礼打ちとして無罪になることもあるくらいにな」
「それは…」
「んで、それなりの権力を持ってる奴だと、良くても倍の金額払うからあの二人を売れって感じ。それを断ればこっそりと刺客なりを送り込み、強引に奪おうとするだろう。で、それが失敗すれば強権を発動して命令をしてくる。従わなければ犯罪者として捕らえ、あの二人は所持品扱いだから没収。ってところかな」
「いくらなんでもそれは…!」
「それがあり得る世界なんだよ。まあ、さすがにそこまで強引にやってくるとは思えないからかなり極端な例だがな」
とはいえ可能性としてあり得ないわけじゃないんだよなぁ…。主に無駄に父親が権力を持っていてそれをひけらかしているバカ息子とか。うん、俺が一番嫌いなタイプだ。その場合全力で叩きのめしていいかな。いいよね?
「ま、そういったことも考えるとどういう形であの二人を引き取るのがベストか。その後の事をどうするか。今のうちに大体の方針だけでも決めておかないと、今後の計画にすら支障を及ぼしかねないんだ」
「む~…なんだか面倒なことになりそうだな」
「だから面倒事になる可能性大だって言っただろ。本来なら見捨てる選択肢も視野に入れたいんだが…」
「それは却下だ」
「デスヨネー…」
まあ、わかっていたことだがな。本来なら手柄を立てて、信頼とかを得ながら前線へと向かって、最前線の指揮を任されるレベルまで様々な国で影響力を得ておきたかったが…これはかなり方向性が変わりそうだな…。
「うし、こっちはできたぞ。敬の方はどうだ?」
「俺ももう少しでできる。にしてもテントの数どうするか、見張りは必要だから2つでも十分かね?」
「見張りはいいが、誰がするんだ?」
「俺がするよ。とりあえず今後の事も考える時間欲しいし」
「交代はどうする?」
「あー…どうしよう。こっちだと時間わかんねぇんだよな…懐中時計ってこの世界あるのかね?」
ふと気になって万能の書で懐中時計について調べてみると、この世界にもあるようだった。俺たちがいた世界でも17世紀には王侯貴族が使っていたらしい。へー…ってあれ?中世って遅くとも15世紀じゃなかったっけ?時代が合わねぇ。まあ、発展の仕方が違うのかもしれないがな。
「よし、爺さん。この世界にもあるみたいだから懐中時計くれ!」
「人使い…神使いかの?荒い奴じゃの…。この世界に来る前に必要な物はちゃんと準備するべきじゃろ」
「使えるものは何でも使う信条なんでな。あと、準備したところで大抵忘れてるものがあったりするから仕方ない。とりあえず4人数分くれ」
「仕方ないのぅ…しばし待っとれ」
「で、テントはどうする?」
「ん~。とりあえず3つ設置しておくか。あの姉妹がどうするかにもよるし」
「あの子たちは玲達と一緒に寝かさないのか?」
「ん~…ウェアウルフ達から助けたとはいえまだどこか怯えているからな。俺たちの誰かが一緒に寝た方がいいかもしれないが、あの二人だけの方がいいかもしれん。どっちにするかはあの二人次第だが、せめて寝る時くらいは落ち着きたいだろ」
「落ち着けるのか?」
「知らん。が、最低限の場は整えてやるのがあいつ等を保護した俺たちの責務だろ」
「お前そういうところ本当にまじめだよな」
「最低限の責任を果たそうとしているだけだ。その時だけ助けてあとは放置、なんて無責任すぎるだろ」
「ま、確かにな」
実際俺たちがいた世界でも、自殺者を止めるために説得はしたが、結局そのあとは放置して時間が経ってからまた自殺していた。なんて話も小耳に挟んだことある。助けるなら抱いてる問題解決くらいの責任は果たさないとただ苦しめるだけだろ。
「薪集めてきたよー」
テントを張り終えたところで 瑠衣達が薪用の枯れ枝を抱えて戻ってきた。
「ん、お疲れ。よし、和也。魔法の練習だ」
「お?」
そういってバックの中から自分用のメモ帳と羽ペン、インクを取り出し、サラサラと簡易的な竈の絵を描いていく。
「こんな感じで竈作ってくれ。サイズは玲と相談してな」
「それが魔法の練習になるのか?」
「土魔法で思うように石や土で作ればそれで魔法制御の練習になるだろ。んで、玲はそのあと瑠衣と一緒に飯の準備よろしく。火は瑠衣の魔法で、水は玲の魔法でどうにかなるだろ。薪は二つに分けておいてくれ。夜に焚火として使うから」
「はーい」
「んで…姉妹の二人にはこれを渡しておこう」
さっき爺さんに作らせたメモ帳と羽ペン、インクのセットを二人に渡す。
「名前がわからないと困るし、意志疎通ができないと不便だろ。これからはそれで筆談してくれ」
そういうが、姉妹は互いに顔を見合わせてから首をかしげていた。
「…もしかして文字書けない…とか?」
瑠衣のその質問に二人はそろって頷いた。
「頑張れ敬、まずは文字を教えるところからだぞ」
「畜生!これだから教育機関がまともに育ってない場所は嫌いなんだ!!」
そして瑠衣達が食事の準備をしている間、俺は姉妹に文字の読み書きを教える事となった。
それから少し後。
「ご飯できたよー」
いい匂いと共に瑠衣が俺達を呼びに来た。
「んじゃ一段落とするか。続きは飯食って食休みしてからな」
こくりと頷く二人と共に和也達がいる場所へと戻った。
「保存食と周囲に合った根菜や野草とかで作った質素なもので悪いわね~」
「食えればなんでもいい。ってかむしろそれでよくこれだけのもの作れたな」
「調味料は最低限あったからね~」
そういって瑠衣が俺に渡してきたのは器に入ったスープだった。
根菜を千切りにしたものと野草、刻んだ干し肉が入っている。少しスープを飲んでみると塩気が少し効いていた。
「ふむ、美味い」
「ありがとね~。はい、乾パン」
「サンキュ」
受け取った乾パンを食べると口の中の水分が一気に吸われた。非常食だから仕方ないが、街に付いたらある程度食料買いこんでおいた方がいいかもな…。アイテムバッグは内部で劣化しない仕様になっているらしく、生ものでも保存はできそうだ。
どっかで狩りして肉とか調達しておこうかな。
俺の隣で同じくスープと乾パンを受け取った姉妹はおずおずと口にしていた。
「んで敬、勉強の方はどうだ?」
「ん?可もなく不可もなく、だ。ってかあの短時間で覚えられたら逆にすげぇわ」
「というか、なんで敬がこの世界の文字の読み書き教えられるの?スキルのおかげ?」
「万能の書マジ万能」
真っ先に教えるためには俺が知らなきゃいけない、ということで万能の書を開いてみたらこの世界の文字が俺たちがいた世界の文字と一緒に書かれていた。ほとんどがアルファベット基準で書かれていたから英語がわかればある程度は教えられるだろう。
単語の意味がすべて同じとまではいかないみたいだが、最低限名前だけでもわかればいい。それ以上に関しては追々だ。
「俺たちの会話に関しては普通に日本語話している感じで問題ないようだが、文字の読み書きに関しては英語基準みたいだ」
「英語はわからんぞ!」
「まあ、俺達四人の連絡とかなら日本語で十分だろ。この世界の住人に関する物なら俺が書くし」
「英語なら私や玲も書けるよ?」
「友人への手紙とかなら別に書いても構わんぞ。ただ主要な手紙は俺が書くってだけだから。ふぅ、ごちそうさまっと」
スープを飲み干して残った具材と一口サイズの乾パンをまとめて口に放り込み、空になった器を置く。
「洗い物どうすればいい?」
「置いといていいわよ~。あとでまとめて洗っちゃうから」
「ん、悪いがよろしく頼む。んじゃ姉妹は食い終わったら俺のところこいよー」
そういって少し離れたところに行こうとするが。
「ああ、敬よ」
爺さんに呼び止められた。その手には木の実が持たれており、齧っていたのか少し削れている。その見た目は完全にネズミで中身が神の爺さんだなんて誰が思うだろうか。
「どうした?」
「ほれ、頼まれてた懐中時計じゃ。ネジで手回しするタイプじゃから毎朝回すんじゃぞ」
「ん、サンキュ」
投げられた懐中時計をキャッチし、ポケットへと入れる。
「んじゃなんか用事あったら呼んでくれ~」
そういって木陰に腰を下ろし、メモ帳と万能の書を手にする。
テントの設営や食事などをしていたからか、日はすっかり落ちており木々の隙間からは星がちらほら見え始めていた。
暗視のスキルのおかげで明かりがなくともある程度は見れるが、あの姉妹には見えないだろうから、松明あたりが必要になるだろうな。カンテラとかあればいいんだが…いや、それよりも光属性の魔法を使えばいいのか。俺は確か光と風に適性があるから…そうだな小さな光球が出せればいいか。
両手を前に出し、その間に光球が浮かび上がるイメージを浮かべる。
光…光…。思いっきり電球が光るイメージがわいているけどお前は帰れ。ん~…ちっこい太陽みたいな感じのでいいだろう。
イメージが固まると両手の間に小さな光球が浮かび上がり、周囲をほのかに照らし出した。
これくらいなら見えるかね。さてと名前だけでも呼べるようにしておきたいから、五十音の表でも作っておきますかね。
メモ帳から2ページ紙を破き、そこに表のように文字を書いていく。とりあえず名前を知るには…最低限五十音くらいは覚えてもらうか。
一番上にひらがなを書き、その下にアルファベットで対応する文字を、さらにその下にこの世界で人族が使う共通文字を書いていく。
会話をするには単語や文節と言ったものが必要になるが、そこまで教えている時間は今はない。二人の安全を確保して、旅に連れて行けばそれだけの時間もできるだろうからその時でいいだろう。
ついでに『ぁ』や『ゃ』といった小文字も書き加え、2枚の表を書き終え少しすると食事を終えた姉妹がこちらへと近寄ってきた。
「ん、食べ終わったか」
こくりと頷いてそれぞれ左右に座り込んだ。
「んじゃ、とりあえず自分の名前だけでもわかるようにしておくために勉強しますか」
2枚の表を二人に渡し、1文字ずつきちんと教えていった。
―――――――――――――――――――――――――――――
敬が姉妹に文字を教えている頃。
「それじゃあお皿とか洗っちゃうわね~」
玲が魔法でそこそこのサイズのお湯で作られた水球を二つ生み出し、片方に使った食器や調理器具を入れていく。
そして手頃なタオルを濡らして汚れを拭いて落としていき、吹き終えた食器はもう片方の水球で軽くすすいでから和也が作った石のテーブルの上へと並べた。
洗い終えた食器は瑠衣がタオルで水気を拭きとり、片付けていく。
「そういえばこの世界は洗剤とかないのかしらね~」
「まだなんじゃないのか?洗剤ってそこまで歴史深くない気がするし」
「敬なら知ってるんじゃない?後で聞いてみよっか」
「そうね~。いざとなったら作ってもらおうかしら~。あの万能の書だっけ~?あれでいろいろと調べれるでしょうし~」
そんな雑談をしながら手を進めていく。
和也も魔法で竈を片付け、野営用の焚火の準備をしていた。
「ふむ…。今のうちに言っておいた方がよいかの」
「どうしたの?おじいちゃん」
「うむ、おそらく敬はお主等を思って言わぬかもしれぬが、こればかりは事前に覚悟を決めておかねばならぬからの」
「覚悟ってなんのだ?」
「見捨てる覚悟じゃ」
「見捨てる覚悟…?」
「うむ。お主等も気づいておるじゃろうが、この世界に奴隷というのは珍しくもない。おそらく今後何度も見かけることになるじゃろう」
「………」
全員が手を止め爺さんへと注目していく。
「もしかしたら中にはやり方次第で助けられるものもおるかもしれぬ。じゃがそれらすべてを助けるわけにはいかぬじゃろう。じゃから時には見捨てることも視野に入れるべきじゃ」
「だけど、助けられるのに見捨てるなんて…」
「お主等の世界の価値観では抵抗があるのもわかる。じゃがその負担のほとんどは敬が背負うということを忘れてはならぬ」
「………」
「今回の一件に関してもそうじゃ。あの2人を助けたことで敬は計画を変更せざるおえなくなった。そしてあの2人を助けるためには相応の出費もあるじゃろう。そして今後の旅に関してもあの2人分旅費がかさむ。それに関してあやつは頭を悩ませなければならなくなる。
もし今後も奴隷だけでもなく、ただ困っているから、辛そうだからと助けて行けば、不必要な問題に首を突っ込みかねないじゃろう。それはただただ敬の負担を増やすだけということにもなるのじゃ」
「………」
爺さんの言葉に全員が渋面を浮かべながらも、反論できずにいた。
現にあの2人を助けると決めたのは瑠衣達だ。敬に関してはその後商人か貴族に渡して後は任せるといった選択肢も視野に入れていた。
その選択肢を捨てさせたのは他でもない瑠衣達だ。それを強要させたのは瑠衣達だ。そのために発生する負担を担うのは敬だというのに。
「なにもすべてを見捨てろとはいわぬ。じゃが助けるべきかどうか、それが必要なことかどうか、しっかり見極め、時には助け、時には見捨てる判断をする。それも必要じゃといいたいのじゃ。敬の奴はお主等に詰められると弱いからの」
「…私達、敬の足手まといなのかな…」
「いまはまだそうじゃろう。あやつは否定するじゃろうがの。じゃがそれはまだここに来たばかりじゃからじゃ。この世界で暮らし、知ることでおのずとお主等の役目が見えてくるじゃろう」
「だが敬の奴はすでにやるべきことが見えているみたいだぞ?」
「あれはあやつがおかしいだけじゃ」
「誰がおかしいじゃこのクソネズミ」
ひょいと後ろから爺さんの首根っこを掴んで持ち上げた。
まったく、ようやく姉妹の名前が分かったから戻ってきてみれば何を話しているんだか。
「敬…聞いてたの?」
「ん、途中からだがな。ま、とりあえずそうだな…」
さっきの爺さんの話はだいたい当たっている。今後奴隷だけでなく困っている人を見つけた場合、見捨てないといけない。だが…。
「俺が誰かを見捨てるたびに、お前らはそれを覚えていてくれ。見捨てることが当たり前になっちまったら世界変革何てできねぇからな」
やらなきゃいけないからとやり続け、切り捨てないといけないから切り捨て続け、それが当たり前になった時、俺は無感情に大事な物すら切り捨ててしまうかもしれない。
その時にそれが間違っていると教えてくれる奴がいなければ、必要なことすら切り捨てはじめ、ただすべてを見捨てて破壊するだけになっちまう。
綺麗事だけで政治は務まらない。時には手を汚し、秩序を保つために恨まれ、憎まれる決断をしなければならない時もある。だからといって綺麗事を忘れては暴君になり果てる。そこまで堕ちたくはない。
「まだ、大分先になるだろうが俺は国を作ることになる。その時にも同じような判断をすることになるだろう。その時に道を間違えないようにアンタらが見てくれ」
ま、そうなるのは大分先だろうがな。そんなことより…。
「とりあえず2人の名前がわかったぞ」
「あ、そうなんだ。なんて名前なの?」
瑠衣のその問いかけに答えるようにそれぞれ紙に書かれた自分の名前を見せた。
紙にはノエルとシエルと名前が書かれている。
「姉の方はノエル。妹の方はシエルだとさ」
「そっか、よろしくね、ノエルちゃん、シエルちゃん」
屈んで目線を合わせ、笑顔で呼ぶ瑠衣に2人もこくりと頷いた。
「さて、とりあえず名前も分かった事だし、今後の事…というか、明日からの動きをまず打合せするぞー」
そういって地図を広げる。とりあえず冒険者セットの中に入っていたのが人間の領土の地図である程度なら方針を立てやすい。
国ごとの地図もほしいが、そこらへんはその国の首都なり、街なりに行ったときにでも買えばいいだろう。
「とりあえずノエル達を引き取る形で動く。で、そのためにはまず2人が襲撃された場所に行くぞ」
「なんで?」
「この2人が誰に所有されていたかを調べるためだ。奴隷商人か、はたまたそれを購入した貴族か。それによって動き方も変わってくるし、今後の方針も変わってくる」
「方針を変えるってまさか…」
瑠衣が少し表情を曇らせていた。さっきまでの会話を思い出したんだろうが…。
「見捨てるって訳じゃないぞ。一度助けると方針が決まった以上、そっちの方を変えるつもりはない。俺が言っているのは2人の助け方だ」
「助け方~?」
「ああ。奴隷商が相手なら金で解決はある程度できるだろう。交渉の仕方次第で金額にも変化が出てくるだろうが、まあそこらへんは俺が何とかする。問題は貴族が相手の時だ」
「そういえばさっきテントを設営しているときに言っていたな」
「まあ、あれは奴隷商との交渉した後のケースなんだがな。ま、貴族相手だとそもそも交渉をすることすら不可能だろう。『ご苦労だった、これが礼金だ』と言って金渡されて終わり。むしろそれがいい方だ」
「どういうことかしら~?」
「この世界の冒険者の地位にもよるだろうが、組合に出された依頼だったらそれだけの金額を支払う義務が出てくるが、今回はたまたま出くわしたってだけだ。その場合最悪のケースだと………俺たちが犯人に仕立て上げられる」
「え、なんで?」
「証拠がないんだよ。ウェアウルフが襲ったって言う証拠がな」
「証拠って…お前ウェアウルフの魔石回収してただろ?あれじゃダメなのか」
ウェアウルフとの戦いが終わった後、爺さんに言われ魔石を回収していた。どうやらこの世界の生き物。魔族、魔獣、魔物だけでなく、人間にも魔石という物が体内にあるらしく、冒険者ギルドではそれで討伐を認可しているとのこと。
魔石は体内に吸収された魔素が凝縮したものであり、魔法を使うのに必須な物らしい。ってかこれ俺たちの中にもあるのかね?まあいいや。
「あれは俺たちがウェアウルフを討伐した証拠にはなるが、ノエル達を襲った証拠にはならない」
「ノエルちゃん達の証言は~?」
「二人が喋れないってのもあるが、そもそも奴隷の言葉はそこまで重要視されない。たとえ被害者だとしても、な」
実際のところ二人の証言が重要視されるとしても、貴族からの一声によって嘘を吐かされたとなる可能性もある。どっちにしろ真っ向からやって2人を引き取れる手法はない。
「ま、そんなわけで貴族の所有物だった場合、当初行く予定だった皇国にはいかないことにする。んで、その場合次に行く場所だが…まあ、それは判明してからでいいだろう。襲撃場所にもよるしな」
「でも、大丈夫なのかしら~?ノエルちゃん達を連れて行ったら犯罪なんじゃないの~?」
「ま、普通ならな。何事にも抜け道があるのさ」
その抜け道が使えるかどうかは襲撃現場次第だがな。
「さて、すこし話が逸れたな。んで、明日の予定だがその襲撃現場行った後は周囲を散策して念のため生存者がいるかどうか探すぞ。まあ2・3日ほど周囲を探して手がかりがなければ諦めるがな。で、そのあとで予定通りに動くとしたらここ…グランフォール皇国へと行く。何か質問はあるか?」
「生存者が見つかったらどうするの?」
「保護はする。だが、ノエル達みたいに引き取りはしない。正直な話、二人を助けた場合の出費を考慮し、今後の旅の資金も考えると余裕があるって訳でもないからな。だから見つけた場合は保護し、それぞれの持ち主の元へと引き渡す」
「そっか…」
「ま、いろいろと思うところはあるだろうがこればっかりは仕方ない。保護する体制ができていれば話は別だが、それができるのはまだ先だからな。んで、他に質問は?」
少し待ってみるがほかに質問は上がらなかった。
質問がないのか、それとも何を聞けばいいのかわからないのか。まあ、どっちにしろ特に方針に文句はなさそうだからよしとしておこう。
「ん、特になさそうだな。じゃあ明日からの方針はそんな感じで、捜索を終え、方針に変更がなかったらグランフォールへと向かうからな」
「あいよ。そういえば敬、見張りの交代はどうする?」
「あー…ちょっと待っててくれ」
そういってから懐中時計を見てみると現在時刻は夜の8時を過ぎたあたりだった。
明日の朝6時あたりから動くとして、今から10時間後…いや、9時からとして9時間か。なら…。
「9時から見張りをするとして、俺が前半5時間見張りするから、和也、後半4時間見張り頼めるか?明日の朝6時から起きて、朝食や片づけを済ませて7時には行動を開始したいから」
「あいよ」
「私達は見張りをしなくていいの?」
「ん~…今回はいいや。瑠衣達はノエル達と一緒に休んでいてくれ。4人じゃ狭いだろうから二組に分かれて、残りの一つのテントを俺と和也が交代で使うから」
「うん、わかった」
「じゃあどう別れようかしらね~。ノエルちゃん達は二人一緒の方がいいかしら?」
「そこらへんはそっちで決めてくれ。んじゃ和也、とりあえずこっちは夜の見張りについてちょっと相談だ」
「ん、分かった」
わいわいとしだした瑠衣達から少し離れ、適当に地面に腰を下ろす。
「一応明日、襲撃現場調べた後に瑠衣達にも言うが、今回の一件、一つ気になることがあってな」
「気になること?」
「ああ。襲ってきたウェアウルフだが、およそ20匹、結構な数だ。それだけの数が群れて動いていたのにボスらしい奴らの姿がいなかった」
「…統率するやつがどこかにいる可能性があるってことか?」
「おそらくだがな。とはいえ、もしいたとしてあの戦いで出てこなかった理由も気になる。そこらへんも明日からの捜索で調べるつもりだが、もしかしたら野営中に来る可能性もある」
「なら罠か何かでも作っておくか?」
「ん~…鳴子とか作れればいいんだが…さすがに今から素材は集められないからな…」
「素材ってなんだ?」
「糸と枝で作れるが…今から探すのは無理だな。枝は数が足りないし、糸はそもそも手に入らんだろう。蔦でもいいんだが、どっちにしろ時間があまりない」
「ふむ…なら簡易的な罠でも作っておくか?」
「できるのか?」
「ああ、魔法を駆使してこの周囲の地面をある程度棘にしておけば多少はマシだろ」
「確かに。どこまで通用するかわからんが、ないよりはましだな。悪いが頼めるか?」
「任せとけ!敬も見張りの時間まで少し体休めといたほうがいいんじゃないか?」
「あ~…どうしよう」
「急ぎで何かやらなきゃいけないわけじゃないなら少しでも休んでおけ。ノエル達の事もあって頭も体も使いっぱなしだろ」
「まあなぁ…んじゃお言葉に甘えさせてもらうか。時間になったら念のために声かけてくれ」
「あいよ」
罠づくりに向かった和也を見送り、木に背を預けて座る。
「ふぅ~…」
一息つくと共に疲れがどっと押し寄せてきた。思っていた以上に神経をすり減らしていたのかもしれない。チラリと時計を見てみると休憩まであと30分ほどだ。少し目を瞑って体を休めようとしたらすぐに睡魔が襲い掛かり、そのまま眠ってしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「………敬……敬…」
ゆさゆさと体が揺さぶられる感覚と共に少しずつ意識が浮上していく。
「敬」
ゆっくりと目を開けると和也が俺の肩を揺さぶっていた。
「ん…和也か…」
「大丈夫か?大分疲れ溜まってるみたいだが…やっぱり俺が先に見張りするか?」
「ん、大丈夫だ…」
体を思いっきり伸ばして全身の眠気を追い払い、時計を見てみるとすでに9時は過ぎていた。
「あ~…寝落ちしちまったか。目を瞑って休むだけにする気だったんだがな…すまん」
「気にするな、やっぱり疲れがたまってたんだろ」
「みたいだな。あんまりそんな感じしなかったがな~」
「ずっと気を張ってただろうし、気づかなかっただけだろ」
「かもな~。ま、とりあえず起こしてくれてサンキュ。んじゃ5時間後に起こすからそれまで寝ててくれ」
「あいよ。だがしんどかったら早めでもいいから交代しろよな。お前が倒れちまったら俺達動けなくなるんだから」
「わかってるよ。んじゃまたあとでな」
和也を見送り一息つく。
既に焚火はできており、瑠衣達の姿はなかった。おそらくテントの中で休んでいるんだろう。
焚火の周囲には座るにはちょうどいい高さの石の段が作られていた。和也が気を利かして作ってくれたんだろうな。
「さて、と」
石に腰かけ、地図とメモ帳セット、万能の書を取り出す。
ノエル達の一件で多少の路線変更は必要になるかもしれないがそれは序盤だけだ。今後の予定もある程度は練っておかないと、どこで計画が狂うかわからないからな。
羽ペンを手に取ってインクを付け、メモ帳代わりの本に書き込んでいく。
さて、まずは…それぞれの国の特色か。
この世界の人間達の国は大きく分けて5国。
魔族領から一番離れている、これから向かう『グランフォール皇国』。
その下にあり、グランフォールと同等の土地、および権力を有するであろう宗教国家『サントテフォワ』。
グランフォールの左隣りにある農業国家『シャンフォレ』。
その下にある軍事国家『ヴァンクール』。
そして魔族領からの進行を防ぐように領地がある防衛国家『ブクリエ』。
細々とした都市や村や町はそのほかにもあるようだが、それらもほとんどがこの5カ国のどれかに属している。
実際の力関係は把握しきれないが、おおよそはグランフォールとサントテフォワの2強ってところか。シャンフォレとヴァンクールに関しては強くもなく弱くもなく、ブクリエは魔族との戦いもあってかそこまで国力は伸ばしきれてないって感じかな。
ペラペラと万能の書に書かれている国の特徴を読み、軽くまとめていく。
まずはグランフォール皇国。
この国は魔族領からかなり離れているからか、国力低下もなく、時々侵攻軍などを組織して交戦しているようだ。他国に対する影響力はそれなりで、5カ国の中でリーダー的なポジションだろうが…。俺の計画上、言うほど重要でもないんだよなぁ…。確かに無視できるほどではないが…だからといって重要視しないといけないかというとそういうわけでもない。
多分リーダー格といわれているが、ただ偉ぶっているだけな気もする。国力があるからそこを敵に回すとサントテフォワ以外はいろいろと大変なことになるんだろう。
そして宗教国家サントテフォワ。
人間領すべてにこの国を大元とする教会があるようだ。神の使徒ともいえる勇者が代々使っていた聖剣が祀られており、その剣を抜いたものが勇者として認められ、魔王討伐の全面支援を受けられるとか。……神ってあの爺さんだよな…。今はネズミになってるけど。あれを崇めているのか…まあ、いいけど。優先度としてはグランフォールよりかは上だが…。準備電解では最低限敵対しなければいい、ってところかな。
他国に対しての影響力はグランフォール並み。もしノエル達の一件でグランフォールと敵対した際、こっちの支援を受けれるようにしておいた方がいいかもしれないな…。できるかどうかかなり怪しいが。
次は農業国家シャンフォレ。
豊かな土地と広がる森林地帯から様々な農作物や林業などを生業にし、発展してきた国か。この国から他国へと食物の流通が盛な上、優れた農業技術も有している。ん~…今後の事を考えるとこの国とは友好的に接したいんだよなぁ…。できれば農業技術の発展とかの協力体制を取れれば…うん、そこらへんは後にしても今は悪印象を与えないようにしないと。
シャンフォレと同等の重要度があるのが軍事国家ヴァンクール。
軍事国家とは言うが、ここは良質な鉱石が採れる鉱山区域だ。それ故武器防具の生産技術、鍛冶技術などもかなり発展しており、軍備が充実しているからこその軍事国家となった国のようだ。こことも協力体制が取れれば…安定性は上がるな。
そして最後…防衛国家ブクリエ。ここが一番重要な国だ。
魔族領と接しているこの国、ここと敵対するようなことになったらまず世界変革は不可能だ。人間領の1割…この国では2~3割くらいの領地が魔族に取られてるな…。これを取り返せばなんとか手柄にして、俺自身の領地にしたいんだが、さすがにすべてを貰うわけにもいかないから…。
「敬」
「んあ?」
顔を上げると瑠衣が心配そうな顔をして立っていた。
「なんだ、まだ寝てなかったのか」
「うん、ちょっと寝づらくてね…」
「ま、慣れない野宿だからな。でも休める時に休んでおかねぇと後が辛いぞ」
「うん、わかってる。隣いい?」
「お好きなように」
そう答えると瑠衣は隣に腰を下ろした。
その間に地図やメモ帳など全部片づけていく。
「ノエル達の様子はどうだ?」
「よく眠ってるよ。きっと疲れてたんだろうね、二人で寝袋に入って少ししたらすぐに寝息が聞こえてきたよ」
「そか、玲は?ってか寝袋足りたのか?」
「ノエルちゃん達と一緒に寝てるよ。寝袋は和也君が貸してくれたから」
「そうなのか。ってか結局4人で1つのテントで寝てたのか?狭いだろ」
「そうだったんだけど、あの子達だけじゃ不安だったみたいだし、だからといって別々に寝かせるのも可哀そうだったから…」
「まあ、襲われたばかりだからな、それもやむなし」
口寂しさを覚え、バックから干し肉を取り出して薄くスライスして口の中に放り込む。
塩漬け肉を干しただけ故に塩気しかないが、まあ悪くはないだろう。
「食うか?しょっぱいけど」
「うん、少しだけ」
同じように薄めにスライスしてから瑠衣に渡すと、ハムハムと端の方から齧りだした。
「ん~…まずくはないけどもう少しスパイシーさが欲しいかな」
「だな。まあ、胡椒は結構な高級品だろうから仕方ないさ」
「そうなの?スーパーとかで売ってたけど…」
「俺らの世界じゃな。こっちも同じかわからんが、中世頃だと金と同等の価値があったとかなんとか」
「え、そんなに!?」
「昔軽く調べた時の記憶だから間違ってるかもしれないがな。とあるゲームじゃ胡椒と船を交換とかいうとんでも価値だったし」
さすがにそこまでの価値があるとは思えんが、そうそう使えるほどお手軽って訳でもないだろうな。
「そっかぁ~…じゃあこれから干し肉作るとしても胡椒は使えないね…」
「だな。代わりにハーブ使えばいいんじゃね?たしか…ああ、これこれ」
万能の書で干し肉のレシピを表示させ、瑠衣に見せる。
そこには塩と香辛料、香草などを使った調理液のレシピが書かれていた。
「香辛料とかは…胡椒以外なら手に入るかもしれないし、街に行くときにでも補給しておけばいいんじゃね?」
「確かに…これならできるかも。というか、それそういう使い方でいいの?」
「構わん構わん。使用回数が決まってるわけでもないし、旅の中での食料事情は死活問題だ。街に行ってうまいものばかり食べるって訳にもいかないだろうし、道中の食事だってうまいに越したことはないだろ?」
「そうかもしれないけど…」
「それに中には六法全書で弁護(物理)する弁護士もいるんだ。これくらい許容範囲さ」
「それフィクションだよね?実話じゃないよね?」
「ハハハ」
笑ってごまかすがもちろんフィクションだ。そんなの現実にいたらいろんな意味で話題になってるだろう。
「さて…んで、雑談するためだけに来たのか?」
「うっ…」
話に一区切りついたので切り出したら案の定言葉に詰まった。
来た時の表情が思い詰めていたからなんか悩んでいるんだろうな~とは思ったが…まあ、だいたい何に悩んでいるのかは察しが付くがな。
「さっき爺さんに言われたことでも気にしてるのか?」
そう切り出すとこくりと静かに頷いた。
「ったく、あのジジイも余計なこと言いやがって…」
気にするな。と言葉にするのは簡単だが無理だろう。手を貸しに来たと言うのに実際には足手まといになっていると知れば誰だって気にする。だがはっきりいってそれは当たり前のことだ。
いくら神である爺さんからある程度力や恩恵を貰ったとはいえ、ここは見知らぬ世界。右も左もわからない場所にいきなり来て、万全の仕事をしろという方が無茶な話だ。
だから…。
「来たばかりなんだから別に気にするほどでもないっての。実際のところ今の段階で瑠衣達にやってもらいたいことはないんだから」
まだほとんどやっていることがない現状、おのずとするべき仕事も少なくなっている。
だからこそ、瑠衣達に頼むことはないのだが…。
「それって私達が足手まといだから…?」
卑屈になっているのか瑠衣は泣きそうな表情をしていた。それに思わず呆れるように笑みを浮かべてしまった。
「違うっての。まだこの世界に来たばかりだろ?だからやることがそこまでないんだよ」
「そうなの?」
「ああ、実際のところ今の段階…ノエル達を保護する前は鑑定を使って薬や料理の材料になる物の捜索。そしてそれらの量産体制を整えるための調査。魔法と戦闘の訓練、野営の慣れ。それくらいだからな」
「訓練と野営の慣れはわかるけど…量産体制を整えるって?」
「さっき寝る前に話したけど、俺は目的のために国を作ることになるだろう。しかも魔族領と人間領、そのど真ん中に、だ。んで、俺たちの目的、魔族と人の争いを治めるために動けば反発してくるところが出てくるだろう。魔族、人、関係なしにな。そうなったら孤立するだろ?その時に内部で自給自足出来なきゃいろいろと困るから、それの準備を今の内からやっておきたいんだよ」
まあ、他にももう一つ目的はあるんだが…。それは今言わなくてもいいだろう。
「…それって大分先だよね?」
「ああ、かなりな」
さっきまとめた5カ国、そことある程度関係を持ち、その後最重要であるブクリエ内で手柄を立て、権力者とのパイプをつないで、王にまで至る道筋を立て、その後魔族に奪われた領地を『魔族を殺さず』に取り戻してその報酬として一部を貰い、統治する。そこで第一段階。
その後、捕らえた魔族を捕虜として魔王軍の進行を鈍らせ、その間に自分の領地で準備を進めていく。そこで初めて現段階で準備している量産体制が活きてくる。
うん、かなり先は長いな!ってかとてつもなく面倒だな!主に殺さずに領地を取り戻すのが!
これからやろうとしている事柄の難易度に頭が痛くなってくる。
「わかってはいるけど途方もねぇ…」
これからやらざるおえないことを整理して泣きたくなってきた。しかもこの計画に関しては『すべてが順調にいけば』の話だ。現状のノエル達のように予想外の出来事というのは当然あるわけで、それすら考慮に入れ出したらキリがなくなってしまう。
「頭痛くなりそうだぁ…」
とんでもないことを頼まれたのは自覚していたが、ここにきてその認識すら甘かった気がしてきて思わず顔を伏せてしまう。
そんな俺の頭を瑠衣が優しく撫でて慰めようとしてくれていた。うん、なんか落ち着いてきた。
慰めようとしていたのに慰められた。これがミイラ取りがミイラになるということか…!
「まあ、とりあえず。今は足手まといになっていると感じるかもしれないが、時間が経ってやることが増えれば頼むことも増えるから、それまではこの世界に慣れる事を一番にしてくれ」
「それが今私達がやるべきこと…なんだよね」
「ああ」
「…それなら…わかった。敬がすごく大変なことを任されたのはさっきの敬を見て実感したから、必要な時に私達がしっかり手を貸せるように、私達のやるべきことができるように、今はできることからやっていくよ」
そういって笑った瑠衣の表情からは先ほどまでの悩みは感じられなかった。
「さて、悩みも消えたようだし、そろそろ休んだらどうだ?明日も早いからな」
「あ、えーっと…その…」
俺の言葉になぜか瑠衣は顔を逸らして言いにくそうにしている。
「どうした?まだなにかあったか?」
「ううん、そうじゃないんだけど…。今私達がやるのはいろいろと慣れることなんだよね?」
「ん?まあ、そうだな」
それはさっき俺が言ったことだ。だから間違ってはいないんだが…妙に歯切れが悪い。
「だから、ね。私も一緒に見張りしたいなぁ~…なんて」
そういわれて気が付いた。瑠衣の頬がわずかに赤くなっていることに。元の世界でも瑠衣は何度か一緒にいたいと頬を染めて言ってきた。その変わらぬ態度に思わず笑みを浮かべてしまい…。
「お好きなように」
俺も変わらずいつものようにそうぶっきらぼうに返すのであった。
その後和也との見張りの交代まで瑠衣と他愛もない話をし、交代した後二人でテントの中で休んだ。
そして目が覚めて真っ先に思ったのは…。
「…一緒に寝なくてもよかったよなぁ…」
だった。