第26話
「この世界は本当に物騒だなー」
陽が沈みかけの夕暮れの森の中、瑠衣達と木々などで身を隠しつつ俺はつぶやく。
なぜ森の中に姿を隠しているかというと、事は簡単だ。
セレスティアを出発して数日。国境を越え、首都である聖都サントテフォワ向かっていると、その道の途中で遠くから風に乗って剣戟の音が聞こえてきた。
「…なんか物騒な音が聞こえてくるな」
「物騒な音?」
「そんな音聞こえないが…」
「敬は風の属性使いだから風に乗ってくる音とかが聞こえやすいんでしょ。シエルちゃんも同じ風だよね?どう、聞こえる?」
セレスの問いかけにシエルはこくこくと頷いていた。
『たしかになにかぶき?のようなものがぶつかりあうおとがきこえます』
さらさらと紙に文字を書いてこちらへと見せてきた。
「誰かが争っているのね~。どうする~?」
「また盗賊でもでたかね。左右に森が広がっているし、木々に姿を隠して様子を見るか」
「伏兵の可能性は?」
「ああ、そこらへんは常に俺が探っておくから大丈夫。とりあえず見つからないようにだけ気を付けよう」
「わかった」
瑠衣がシエルを、玲がノエルを、俺がクーを抱え(クーは俺にしがみ付いていただけだが)森の中へと入っていく。木々の隙間を静かに抜け、伏兵の気配に気を付けつつ進んでいくと、剣戟の音が次第にはっきりと聞こえてきた。
「近いな」
「結構な数の音だな。団体さんかね?」
「多分な」
「敬、隠れている人たちはどう?」
「あ~…いるな。それなりの数が奴さん方を囲うように展開しているみたいだ」
「どうする?」
「とりあえず囲っている奴らに勘づかれないように戦闘が見える位置に移動しよう」
「そんな場所あるの?」
セレスの問いかけに俺は上を指さした。
「太陽の位置を確認してあいつらの上から見ていれば大丈夫だろう。隙間がなさそうなら何人か意識刈り取ればいいだろうし」
「なんか敬、どんどん暗殺者的な動きになってきてないか?」
「そっちの動きの方が性に合ってるのかもな。うし、行くぞ」
それぞれの靴に風の属性を一時的に付与して跳躍力を上げて、背の高い木の上の枝へと一気に飛び乗っていく。
「っとと…」
「大丈夫か?」
俺の隣へと飛び乗ってきた瑠衣が体制を崩しかけたので、咄嗟に抱きかかえるようにして支えた。
「うん、ありがとう」
「うらやましいくらい仲がいいねー」
ふよふよと俺達の近くに飛んできたセレスが茶化すような笑みを浮かべていた。
「信じられるか…?それで恋人同士じゃないんだぜ?」
「いつなるのかしらね~」
「うっせぇ」
俺達の反対側の枝に飛び乗った和也と玲も追加でからかってくるが、俺は短くその会話をぶった切った。
「それで敬、見える?」
「ん~…ギリギリ」
瑠衣に答えたように街道の上で争っている姿が遠めであるが見えた。
「…双眼鏡ってなかったっけ…」
「爺さんに頼めば出してくれるんじゃね?」
「あいつ今寝てる」
「起きている方が珍しくなってきてるわね~」
「まったくだ。まあ、ギリギリ見えるからいいっちゃいいけどよ」
夕暮れなので若干見にくくはなっているが、戦闘の様子はきちんと見えた。
戦闘は街道のど真ん中で行われており、豪華な馬車を護るように白い鎧を着た騎士が囲っており、それらを山賊の風貌をした男たちが取り囲んでいた。
馬車には豪華な装飾と共にどこかで見たような紋章が刻まれている。
「あの紋章…なんだっけ?どっかで見たんだけどな…」
思い出そうにも思い出せないのでさっさと万能の書を取り出して調べることにする。
馬車に刻まれている紋章は盾に太陽の様な紋章が刻まれており、それは聖都サントテフォワの紋章だった。
「あれ、サントテフォワの紋章か。ってことは…」
「あの豪華さからして結構なお偉いさんが乗ってるってことだよね?」
「考えられるとしたら教皇とか聖女かしら~?」
「ん~…にしては護衛が少ない気もするが…。まあ、どう見ても馬車の豪華さと護衛の数が一致しないが、なんか不審なんだよなぁ…」
「不審といえば敬、山賊達の動き、おかしくね?」
「ん?」
和也に言われ、俺も戦闘の様子を見てると、確かに動きに違和感があった。
「違和感…って玲、わかる?」
「私にはわからないわね~」
瑠衣と玲は首を傾げていたが、俺は和也が言う通りの違和感に勘づいていた。
「…山賊のわりにずいぶんと動きが洗練されてるな」
「だよな。元冒険者とかか?」
「それにしては装備が貧相だし…多分あれ、山賊の振りしてるだけだぞ」
「どういうこと?」
「細かなところは見えないからわからんが…護衛の騎士に対してタイマンでまともに動けてる。しかも結構いやらしい戦い方だ。あの戦い方、影の戦い方だな」
「影の戦い方?」
「細かく最小限の力で相手の出鼻をくじくような戦い方だな。踏み込もうとしたところにナイフを投げたり、剣を振るおうとした手に、ナイフの柄をぶつけて軸をずらしたり。で、刃物に塗った毒とかで相手をしとめる。そういう戦い方だなありゃ」
「なんか忍者みたいだね」
「まあ、影ってのは忍者と似たようなもんだからな。表舞台には出てこず、裏で暗殺や情報収集、情報操作といったことをする奴らだ。おそらく今やっているのも、山賊の振りして何者かを暗殺しようとしてるってことだろうが…」
「問題はそれをやろうとしている奴が誰かってことか」
「ああ」
あの馬車に乗っているのが誰かはわからないが、それでもサントテフォワの重鎮であることは確かだろう。それを暗殺して得をする者…考えられるのは内部での勢力争いだが、もしそうだとしたらここで下手に介入するわけにもいかない。
下手な介入は俺達の立場を危うくしかねないし、情報がない現状で動くのはリスクが高すぎる。
「どうする敬?」
「あー…片や聖都の紋章が刻まれている馬車。片やどっかに雇われた暗殺部隊…。これ、どっちに加担しても面倒事の気配しかしねぇ…」
そんな事をつぶやいていると、騎士たちと戦っている暗殺部隊の一人が唐突にこちらを見た。
「あ、やべ。バレた」
その瞬間、森の中に展開していた伏兵たち、その中から比較的俺達に近い奴らが動き出した。
「どうするんだよ敬!」
「向かってくるなら倒すしかねぇだろ!」
急いで木から飛び降り、地面に降りたタイミングで、俺達を囲うように三人の黒ずくめの男が姿を現した。
即座にクー達を地面へとおろして臨戦態勢に入る。
「…どうする?」
「…俺と和也で一人ずつ。瑠衣と玲で一人、セレスはクー達を見つつ瑠衣達の援護を頼む」
俺の指示に全員が頷き、影の男達もナイフをその手に駆け出してきた。
影の一人が俺へと向けてナイフを横薙ぎに振ってきたので、わずかにミスリルソードを抜いて少し出た刃でナイフを受け止めると同時に一歩踏み込み、勢いをつけて膝蹴りを影へと叩き込んで後方へと飛ばした。
とりあえず防ぐべきことは乱戦。俺と和也、瑠衣と玲で一人ずつ戦うようにしたのは、そのまま乱戦になってクー達が巻き込まれる可能性を少しでも減らすため。
影たちの戦い方からして、投げナイフなどでクー達を狙う可能性があるから、距離を置いて少しでもセレスが反応できるようにしたのだ。
和也も土の魔法を駆使してクー達から影を遠ざけさせ、瑠衣と玲はもともと中距離での戦闘故に、接近して来たら玲が水流で吹き飛ばし、瑠衣が矢で狙うことでクー達への接近を許さなかった。
そしてセレスも俺達の戦いをきちんと見ており、時々クー達へと飛んでくる投げナイフを水流で叩き落していた。あれなら問題ないな。
瑠衣達は大丈夫そうなので、俺は正面にいる影へと集中する。
表立って戦っていた影は山賊の振りをしていたがゆえにそれなりの恰好をしていたが、今目の前にいる影は目元以外を黒の布で覆っており、服も全身黒で少しダボっとしている服装だ。おそらく様々な毒や暗器を隠しているだろう。
影は体をわずかに低くしながら静かにこっちを見据えていた。そして右足にわずかに力が籠った瞬間、正面から姿が消え、俺の左側へと瞬時に移動して右手のナイフで突きを放ってきた。
俺は即座に右足を軸に体を捻り、ナイフをかわすが、その瞬間に影の手首あたりから細長い針が俺の顔目がけて飛んできた。
「あぶなっ!?」
おそらく毒が塗られているであろう針に当たらないよう、体を逸らして回避すると、影は右手のナイフを手の中で器用に回転させ、下方向へと刃先を向けると、俺へと振り下ろしてきた。
「ちぃ!」
俺は自分の右肩へと後方から風を当て、強引に体を横向きに回転させてナイフをかわし、そのまま右手で抜いたミスリルソードを影の右手へと向けて振うが、その切っ先をわずかに腕に掠らせるだけでかわされてしまう。
浅かった。できればあのまま右腕を斬り落としたかったのだが、そうたやすくはいかなかった。
俺は倒れそうになっている体を正面からの風で上空へと飛ばし、空中で体勢整え、重力に引かれる俺の体をそのまま影へと向け、風でブーストを着けて勢いよくミスリルソードを振り下ろした。
影は俺の攻撃を後ろへと跳んで避けるが、俺は即座に影へと向かっていき、横薙ぎに剣をを振りぬいた。
影はその剣を左手のナイフで受け流し、即座に右手のナイフで突いてきたのでシルバーソードで受け止めた。
「捕まえ…た!!」
影の右手のナイフを上へと弾き、そのまま返すようにシルバーソードで胴体を狙うが、左手のナイフでそれを受け止められた。
だが即座に右手のミスリルソードで追撃するが、それも体をわずかに捻って右手のナイフで受け止められた。その瞬間に影は軽くジャンプしてから右足を振り上げると、靴の先端から小さな刃先が飛び出した。
「あぶなっ!?」
体を逸らすことで紙一重で刃先を回避し、そのままバク転で影と距離を取った。
「本当に全身に武器を仕込んでいやがるな…」
距離を詰めたのでそのまま一気に畳みかけようとしたが、また距離を取らされてしまった。
影も一度態勢を整えてから、今度は即座に両手のナイフを俺へと投げつけてきた。それを避けるとナイフの後ろでわずかにきらりと光る物があった。
「ワイヤー?」
その光る物とは目を凝らさないと見えないほどの細いワイヤーだった。
チャクラムのように回転させることで相手を斬ることができる武器ならまだしも、ナイフにワイヤーをくくりつけても特に意味はない。一体何の意味があるか、考える間もなく、影は今度は手首あたりに仕込んであった針をいくつも放ってきた。その針にもすべてワイヤーが括り付けられていた。
「あ、これまずい」
ナイフや針が近くの木や地面に刺さり、そのままピンッとワイヤーが張られてしまう。
それらを影は手近な枝や木に固定し、ワイヤーを張り巡らせていく。
「面倒なことをまったく…もう!」
このまま放置しておくとわずかに移動しただけでワイヤーに体を切られかねない。しかも万が一ワイヤーに毒を塗られていたらそのままお陀仏だ。さすがにそれは勘弁なのでミスリルソードに風を圧縮させるように纏わせ、巨大な風の刃として影へと放ち、周囲のワイヤー事斬り裂いた。
風の刃を影は回避するが、その直後に圧縮した空気を解放、一気に強風となって影へと襲い掛かり、体勢を崩させた。その隙を逃さずに一気に距離を詰め、影の胴体を横薙ぎに切り裂くが、影は上着だけを残して姿を消していた。
「空蝉とかガチで忍者じゃねぇか…よ!」
服を囮として相手の攻撃を回避する忍者の技の一つ『空蝉』。それによって俺の視界から姿を消した影が俺の後方から切りかかってきたが、俺は即座に後方へとシルバーソードを振るって影が持っていたナイフを弾いた。
しかしそれすら予期していたのか、影は即座にもう片方の手で俺の胸へとナイフを突き刺した。しかし、その俺の姿もすぐにブレ、靄のようになって消え去った。
「終わり…だ!」
俺の姿が消えたことに驚き、硬直している影の体をそのまま叩き切った。
「…ふぅ…蜃気楼。空気の密度の差による光の乱反射によって遠くにある景色が近くにあるように見える現象。この距離で成功するかわからんかったけど、うまくいってよかった…」
最後にナイフを突き刺されそうになった時、その時にわずかに後ろに下がると同時に風の魔法で空気の密度の差を作り、そこに光の魔法で俺の蜃気楼を作りだしていたのだ。
ぶっちゃけ本番だったからうまくいくか怪しかったが、ギリギリ成功してよかった…。
とりあえず影が死んだことは確認してから、和也達の方を見てみると、向こうの方も戦いが終わっていた。
「おう、敬も無事だったか」
「なんとかな。ってか無傷かよ和也」
「軽い攻撃ばっかだったからな、俺とは相性が良かったみたいだ。お前は地味に苦戦してたみたいだな」
「まあな。瑠衣達の方は大丈夫だったか?」
「うん、何とかなったよ」
「最終的には私が水で押しつぶしちゃったわ~」
「なにそれえぐい」
「で、どうするの?もうあの影たちには私達のことばれちゃったよ?」
「売られた喧嘩は買うだけだ。和也達はここで少し待機。俺が一人で行ってくるから、後方から隠れてる影が襲い掛かってきそうだったら援護頼む」
「あいよ」
和也に瑠衣達を任せ、俺は風の力で森の上へと飛び上がり、街道で戦闘している奴らの元へと向かった。
狙うは戦っている奴らの隊長格。俺達を見つけ、即座に包囲している影を向かわせてきた奴。そいつに向け一直線に突き進み、そしてミスリルソードへと風を纏わせ、両手で握る。
「挨拶代わりだ、とっときな!!」
振り下ろした俺の剣が地面を砕き、周囲へと風の刃を放つが、それらを隊長格はすべて回避し、傷一つなく離れた位置に着地した。
「さあ、いきなり売ってきた喧嘩を買いにやってきたんだ。相手してくれるんだろ?」
挑発的な笑みを浮かべて隊長格の男を見るが、相手は俺と騎士たちをチラリとみて。
「退くぞ」
小さくそう呟いてほかの奴らと共に姿を消した。
「引き際がいさぎいいな。やっぱそれ相応の奴らなんだろうな」
森の中にいた影達の気配も消えていることから、全員撤退したんだろう。和也達もそれに気づいたようでこちらへとゆっくりと向かってきている。
とりあえず周囲の気配だけは気を付けつつ、ミスリルソードを血ぶりのように一回振ってから鞘へと戻した。
それと同時に騎士団のうちの一人、おそらく隊長格だろう人物がこちらへと近寄ってきた。
「ありがとう助かったよ。礼を言う」
「お気になさらず、こちらとしてはただ喧嘩売られただけですので」
元々参戦するつもりはなかったが、影達に見つかり、喧嘩売られた以上撃退せざるおえない。
とりあえず、騎士たちの様子を伺ってみると、それぞれ鎧に傷はあるようだが、そこまで大きな被害はなさそうだ。
おそらく山賊達だと思って撃退しようとしたが、数回打ち合ってから相手が山賊ではなく影達だと察したんだろう。そして馬車の中の人物を護るために防衛をメインに動いたが故の被害のなさだろう。
「にしてもあいつ等ただの山賊ではないですよね?馬車の中の人が狙われているんですか?」
俺の言葉に騎士はわずかに驚きの表情を浮かべていたが、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「まあ…そんなところだよ」
「そう」
向こうから話そうとしない限り、こっちからわざわざ首を突っ込む必要はないだろう。
そのタイミングで森の中から和也達が出てきた。
騎士たちは新手と思ったのか、即座に剣を抜けるように警戒するが…。
「敬、終わったみたいだな」
「ああ」
俺の方に親し気に話しかけるのを見て、わずかだが警戒を緩めた。
「そちらの方々は…」
「俺の仲間。少なくともアンタらの敵じゃないから気にしなくていい」
「そうですか」
俺の言葉に隊長はうなずき、他の騎士に目配せするとそれぞれが警戒を解いた。
「それにしても、なんであんな人たちに狙われたの?その馬車の中にいる人ってそんなに重要なの?」
俺が踏み込まなかった領域をセレスは容易く踏み込んだ。
「おい、セレス」
「えー、敬も気にならない?」
「気にならないとは言わないが、わざわざかかわるほどの事でもないだろ」
「そうかもだけど、でも、敬は狙ってる人に敵認定されたかもしれないんだよ?巻き込まれた以上事情を知る必要はあるんじゃない?」
「それはそうかもだが…ん~…」
実際話を聞いたら戻れなくなる可能性がある。だから必要以上に関わりたくないんだが…。
「では私からお話いたします」
凛とした声と共に馬車の扉が開く。それと共に即座に周囲の騎士が一度跪いた。
馬車の中からは全身白の法衣を着ている20代前半ほどの女性が姿を現した。
「初めまして。聖女の任を任されている『プリエ・ヴィエルジュ』と申します」
優雅な所作で一礼をする彼女を見て、俺はこれ以上この問題に関わらないという希望を捨てることにしたのであった。




