第21話
セレスティナ 海牛の嘶き
セレスと彼女に魔術をかけた魔族、コルソとの戦いを終え、俺達は宿屋へと戻ってきた。
「ただいまー…つっかれたぁ…」
玲がセレスを抱きかかえた状態、といっても誰かにセレスを見られて、先ほどの襲撃事件の犯人として騒がれると面倒なので、できる限り隠すようにはしているが。
その状態で俺達は宿屋の中に入った。
その瞬間にロビーで待機していたのか、クーが俺へと突撃してきた。
ガンッ!
勢いよく突撃してきたクーが額を俺が着ているミスリルレザーにぶつけてしまう。
「………痛い…」
「そりゃあれだけ勢いよく突っ込んで来たらそうなるよ」
「うー……」
涙目になっているクーの額を苦笑交じりに撫でてあげてると、クーと一緒に待っていたのか、ノエルとシエルもとてとてとこちらへと歩み寄っていた。
『おかえりなさい』
『お怪我はありませんか?』
それぞれが手に持っているメモにそう書いてこちらへと見せてきた。
「ただいま、こっちは問題ないよ」
『そちらの方は?』
「この子はセレスちゃんよ~。今回の事件の…被害者かしら?」
「まあ、そう言った方がいいだろう」
「あ、皆さん!」
入り口で雑談していると声が聞こえてきたのか、宿屋の奥から看板娘であるエルが出てきた。
「戻ってきていたんですね!お怪我はありませんか?随分と揺れていたので心配していたのですが…」
「大丈夫だよ。一応片付いたから」
「ならよかったです…。でも、一体何があったんですか?」
「ちょっと魔族がちょっかいをかけてきてたんだよ」
「え…魔族が!?ちょっかいっていったい何を…?」
「まあ、ちょっとね。とりあえず魔族の方はぶちのめして宣戦布告的な感じで魔族領にぶん投げといたから、もうそっちの方は問題ないよ」
「ぶん投げといたって…」
エルは呆気にとられたような表情をしていたが、特に気にもしないでおく。
それにセレスに関してもあえて黙っておくことにした。水の聖女であることを隠しておくのもそうだが、この街を支えている魔術のコアであること、それが抜けたことで魔術が不安定であることを伝えて無駄に不安にさせる必要もないだろう。
「さて、とりあえず俺達は部屋に戻るよ。夕飯に関しては部屋に持ってきてもらってもいいかな?」
「あ、はいわかりました」
「それともしかしたらさっきの魔族との戦いで衛兵が来るかもしれないから、来たら一応部屋に案内してくれ」
「わかりました」
エルにそれだけ伝え、肩まで登ってきていたクーを落とさないようにしながら、俺達は部屋へと戻った。
「それで、これから敬と玲は魔術の修復に動くのか?」
「私は先にセレスちゃんを隣の部屋に寝かせてくるわ~」
「そのままだとベッド濡れないかな?」
「寝袋に包んどけばよくね?ノエル、シエル、セレスの事見ててもらっていいか?」
俺の言葉に二人はうなずいて玲と共に寝室へと入っていった。
「さて、俺はまず手紙を書かなきゃだな」
「手紙?」
「ああ、さっきの戦いの最中、衛兵が誰も来なかっただろ?さすがにあれだけの騒ぎを放置するとは思えんし、当事者である俺達に事情聴取すると思うんだ」
話しながら椅子に座って膝の上にクーを座らせる。その後レターセットを取り出した。
「だけど正直魔術の修復の方に時間を割きたいから、事情聴取を受ける時間が惜しい。ってわけで、手紙で事のあらまし書いといて魔術の修復するから放っておけって伝えておこうかと」
「それ伝わるのかな…?」
「伝わらなかったらただ拒否する。ってか後始末してる最中なんだから邪魔するなって伝えとく」
「でも強制的に連れてかれるんじゃね?」
「罪を犯したわけでもないからいいだろ。特に何か壊したわけでもないし、むしろ魔族から守ったわけだし」
「それで納得してくれるかな…?」
「まあ、最悪強引にやるなら島沈むがお前責任とれるんか?って衛兵に詰め寄るがな。うし書けた」
話しながら書いておいた手紙を封筒に入れる。
「…この時代って手紙の封って蝋封だっけ?」
「蝋封?」
「蝋燭を溶かした奴の上から家紋が描かれた判子?みたいなやつで手紙の封を閉じるやつだよ。その家紋でどこからの手紙がどこの家からかとかわかるんだ」
「へ~」
「で、それあるのか?」
「ないっすね」
「ダメじゃねぇか」
「まあ、そもそも俺達みたいな平民がそんなん持ってるか?と聞かれたらねぇよって答えるがな」
「じゃあどうするんだ?」
「…別に封しなくてもいいか」
「結局なのね~」
「あ、玲おかえり」
「まだ眠ってるか?」
「ぐっすりとね~。とりあえず寝袋に入れてベッドに寝かせてあげたわ~。寝袋の中が濡れたけど、水が溜まるってことはないみたいね~」
「まあ、セレスの体が水でできているからな。濡れるのはそれのせいだろ」
「でしょうね~。とりあえず今はノエルちゃんとシエルちゃんが見てくれてるわ~」
「そか、んじゃ俺は魔術の改良に入りますかね」
「じゃあ私も魔石づくりをし始めるわ~」
「んじゃあ俺は…シエルたちと一緒にいるか、セレスが起きた時状況説明できる奴がいた方がいいだろう」
「それなら私が行こうか?セレスちゃん女の子だし、和也君より私の方が警戒されないかも」
「いや、瑠衣じゃないと敬を抑えられないだろ」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ…」
「突発型暴走機関車?」
「意味分からん」
「とりあえず瑠衣はここに残ってくれ。敬が衛兵にバカやらんようにな」
「はーい」
「信用ねぇな…」
「やらかすという信用ならあるんじゃないかしら~?」
「それは信用何だろうか…?」
「さあ?」
「ま、とりあえず隣の部屋にいるからなんかあったら呼んでくれ」
「あいよ」
そういって和也は寝室へと入っていった。
「さてー…んじゃあやるか」
万能の書とメモ帳を取り出し、俺は魔術の改良へと取り掛かった。
さて、ここでよくある話の一つとして、過去に栄えた文明が一度滅びることで文明がリセットされ、そこから発展して今の技術に至るという話を聞くことがある。
現実世界で言うならばアトランティスやムー大陸などを上げることができる。
実在していたかどうかはともかく、過去の遺物の中に時代背景に沿わない物、その時代だけでなく、現段階の技術ですら作ることは不可能と言われている物体、俗にいうオーパーツという物がある。最近ではずいぶん解明されてきたらしいが。
どちらにしろ今の技術よりも、滅ぶ前の古代の技術の方が勝っているということも稀に合ったりもする。
ごちゃごちゃと言っているが何が言いたいかというと…。
「なんつう複雑な魔術構成してんだこれ…!」
俺は万能の書に描かれたこの街にかけられている魔術の魔法陣を見て頭を抱えていた。
「そんなに難しい物なの?」
ひょこっと俺の後ろから顔を出した瑠衣が俺が書いたメモを手に取った。
ちなみに玲は集中するために少し離れた場所で魔石づくりのために魔力を凝縮している。
「構造…といううより作用の幅だな。それがめっちゃ複雑」
「というと?」
「例えばここ…これ街の周囲の流れを調整する部分なんだが」
魔法陣の外周の一部を指さして説明し始める。
「これ、他の部分にも作用してるんだよ。例えば…もう一つ内側、ここは街の上水道を担っているみたいでな、街の外で流れを操った淡水を取り込んで街の中に流してあるんだ」
「へぇ~」
「で、それを中心で浄水してから上水道として街中に張り巡らしてある。で、そこで終わると思いきやそうでもない」
「というと?」
「この淡水、もう一つ重要な役割を担っていてな…。魔力供給だ」
「魔力供給?」
「ああ、セレスがコアになっているとはいえ、魔術を発動し、維持するには魔力が必要だ。その魔力を供給させているのがこの部分なんだよ」
この世界は様々な場所に魔力がある。
それは空気中であり、水中でもあり、無機物や生物の中にも量の多少はあれどすべてに魔力ある。
そしてこの世界の水の循環は元の世界と同じで、雨が降って川になり、それが海に流れて蒸発し、雲となって雨を降らし、川となってまた海へと流れる。その過程で魔法陣で消費した魔力を再度水の中へと含ませ、魔法陣の魔力供給へと回しているのだ。
「じゃあこれを下手に弄ると…」
「魔力供給が断たれる。しかもこれ、下水方向とも繋がってるから調整をうまくしないといけないんだよ…」
「ん~…よくわかんないや」
「だろうなぁ…しかもこれあくまで上下水と魔力供給だけなんだよ。この街の浮かせる構造、外部の水流調整はまだ別枠だし、これも繋がってるし、なんかほかにもあるみたいなんだよな…」
外側から読み解いているのだが、外周部分だけでも頭が痛くなりそうだった。これを一人で即座にくみ上げ、今まで維持していたというからセレスの実力は恐ろしさすら覚えてしまう。
「これ三日で間に合うか微妙だな…でもやるしかないよなぁ…」
予想以上の難題に頭を抱えたくなった。
それからしばらく唸りながら魔法陣を読み解いていると、コンコンと扉がノックされた。
「はーい」
手が空いている瑠衣が扉を開けると、エルがいた。
「あれ?エルちゃんどうしたの?夕飯…はもう少し先だよね?」
「あ、はい。衛兵さんが来ているのでここまで案内したのですが…大丈夫ですか?」
「ちょっと待ってね、敬ー衛兵さん達が来たってー」
「んあ?あー…じゃあ入ってもらっていいよ」
パタリと万能の書をいったん閉じ、メモ帳の方も一通り片づける。
瑠衣に案内されて3人ほど軽武装の衛兵が部屋の中に入ってきた。
隅で魔石を作っている玲は少し目を開けてが、特に気にすることもなくそのまま作業を再開しており、膝の上にいるクーは怯えるように体を震わせ、器用に体を上って肩車のように座り込んだ。
「初めまして、一応用件を伺いましょうか」
連れてこられた衛兵へとそういうと共に瑠衣へと目線を向ける。俺の意図を察したように和也達がいる寝室へと入っていった。
万が一にもセレスの引き渡しを要求されても面倒だ。うまく隠すようにしてくれるだろう。
「先ほど噴水広場で発生した戦闘、それにあなた方が関わっているということで調査に来ました」
隊長か、先頭の一人が声を出した。
物腰の柔らかさから、こちらに非があるとは考えていないのだろう。
「詰所までご同行をお願いしたいのですが」
「すいませんがそれはお断りさせていただきます」
「…なぜ?」
「まだ終わっていませんから」
「終わっていない?だがもう戦いは…」
訝し気な表情をする隊長へと、この街にかけられている魔法陣を書き打ちしたメモ帳を差し出す。
「確かに戦いは終わりました。しかしそれによってこの街が受けた傷跡は致命的です」
「…これは?」
「この街にかけられている魔術、それを発動させている魔法陣です」
「魔法陣?これがこの街に?」
「はい、失礼ですが、あなたはこの街が湖に浮いている仕組みについてどこまでご存じで?」
「遥か昔、水の聖女が自らの命を糧にこの島に魔法をかけたと聞いていますが…」
「そうです、しかし魔法というのは本来一時的な物。使用者が亡くなれば効果が切れるのが必定です。故にこの街にかけられた魔法というのは、水の聖女が自らを核とすることで常時発動にする魔術であるということです」
「その魔術がこれということですか」
「はい。そして今回の戦闘において、魔族がこの街に来ていました」
「魔族が!?」
「魔族に関しては撃退済みです。しかし、その魔族はこの魔法陣に魔術を付与し、核である水の聖女が暴走する形となりました」
「…もしかして噴水広場で戦っていたのは…」
「はい。最初の相手は魔族の魔術によって暴走した水の聖女。その次は水の聖女へと魔力をかけた魔族です」
「そ…それで聖女様は…?」
「何とも言えません。かけられた魔術は解除しましたが、存在自体がとても不安定です。場合によってはこのまま消滅してしまう可能性も十分にあります」
「そ…それではこの街は…?聖女様の魔術がなければこの街は…」
「魔術が切れて湖に沈みますね」
「そんな…」
「期限は三日。一応魔術の方を復活させるために今できることをやっていますが…間に合うかはわかりません」
「………」
「まあ、そんなわけで詰所行く時間も惜しいのでお断りさせてもらいます。一応これが先ほど説明したことを簡潔にまとめたものです。領主に説明などが必要な時にでもお使いください」
そういって先ほど書いておいた手紙が入った封筒を衛兵へと差し出した。
「…一つお聞きしても?」
「答えられる内容なら」
「あなたはなぜそこまで詳しく知っておられるので?魔族の襲撃に関しても、聖女様に関しても、この街にかけられている魔術に関してもあなたは知りすぎている。一体どこでどう知ったのですか?」
衛兵は訝しげな表情で俺を見ていた。まあ、それもそうだろう。この街に暮らしている衛兵ですら知り得ないことを、この街に来たばかりの俺が知っていたら不審に思うだろう。
だが…
「独自の情報網があるってだけですよ」
わざわざ教えてやる必要もないだろう。




