第17話
セレスティア
宿屋『海牛の嘶き』を出て、俺は瑠衣、クーと共に街の中を観光をしに出掛けた。
ちなみに和也は玲とシエル、ノエルと共に食料などを見に市場へと向かっている。
「で、どこいくの?」
「適当」
街並みを適当に歩きつつ瑠衣の問いかけに答えた。観光、といってもセレスティアにはそこまで目立った観光施設があるわけではない。
湖の上に浮かぶ小島だから土地が制限されており、大きな建物というのはそこまで作れない。それ故に、セレスティアの観光資源というのは主に海産物関連だ。そっちの方は和也達が行っているからわざわざ行く必要はないだろう。
「個人的に行きたいと思うのは浄水関連の施設だが、ぶっちゃけそれを旅人である俺達に見せることはないだろう」
「それもそうだねー。じゃあ街並み見ておく?」
「だなー」
建築の技術に関しては日本の技術を万能の書で調べればいいのだが、建築するために必要な材料の加工技術がなければそれも意味がない。建物の基礎としている形鋼とかこっちで作れるのかすらわからんしな。
「ここの建物ってほとんどがレンガ造りだけど、接着剤って何使ってるんだろ」
「ん~…この手触りは…多分粘土?」
「わかるの?」
「わからん!でも、多分粘土っぽい気がする」
レンガの間を軽く指でなぞるとどこかサラサラとした手触りだ。
「日本のレンガ造りって何で接着してたっけ?」
「モルタルって聞いた気がする。正確なところは忘れた」
「モルタル?」
「俺も詳しくわからんから説明はできんぞ」
「調べるのは?」
「だるい」
俺の答えに瑠衣は苦笑を浮かべていた。
「………お腹すいた」
そんな俺達の会話を俺の背中に張り付いたまま黙って聞いていたクーがボソリとつぶやいた。
「さっき飯食ったばっかだぞ」
「でもそろそろおやつの時間だよ!」
「小腹空いたのね。おやつね…市場行く?」
「歩きながら食べられるものでも買うかー、なんかいいのあるかね?」
「川魚の串焼きとかあるんじゃない?」
「魚の骨を油で揚げた奴とかないかな…」
「敬好きだねそれ…昔からよく食べてたもんね」
「コリコリしててうまいんだよあれ」
のんびり話しながら市場へと向かっていく。
「そういや市場には和也達が向かってるけどさ」
「うん」
「あいつら付き合ったりすると思う?」
「ん~…どうだろ?あの二人って成り行きで一緒に行動することが多くなっただけだからねー」
「それぞれ俺と瑠衣の友人ってだけで、あの二人事態につながりはないからな…」
「まあ、人の恋路なんてどこで始まるかわからないし、あの二人相性悪くないからありえるんじゃない?」
「それもそうだな」
「そーれーよーりー、私達の事をどうにかしない?」
「…ノーコメントで」
「ちぇー」
不満そうに頬を膨らませる瑠衣に思わず苦笑を浮かべてしまう。
「まだまだ不安定だからな。せめてもう少し落ち着くまで待ってくれ。虫よけ程度になら使ってもいいから」
「虫よけ…必要かなー?」
「さあ?酒場や貴族のパーティとかに行かなきゃいらんかもしれんが、あって困ることでもないだろ」
「そっか、じゃあその時はお願いね」
「任せろ」
そんな事を話しつつ歩いていき、市場へと到着した。
様々な魚貝類や野菜、肉や調味料など様々なものが屋台によって売られている。
呼び込みのための声や昼過ぎ、夕刻に近い時間ともいうことで、夕飯の材料を買いに来たのか多くの人が行きかっている。
「賑やかだねー」
「市場が賑やかなのは栄えている証拠だ。んで、何食べる?あまりがっつりしたものだと夕飯食えなくなるぞ」
「んー…何食べよっか。クーちゃん食べたいものある?」
「…あまりいい匂いしない…」
「ここらへんは魚とか野菜とか、材料が主だから調理済みの奴はないんだろうな」
「どうしよう?」
「噴水広場あたりに行くか。あそこならあるだろ」
「そうだね。和也君達探す?」
「別にいいんじゃね?あっちもあっちで買い物してるだろうからな」
「じゃあいっか。噴水広場って中心だっけ?」
「だな。行くかー」
市場の人込みを抜けて中央にある噴水広場へと向かっていく。
「そういえば…玲が言っていた違和感。瑠衣は何か感じるか?」
「ん?ん~~~……ん?」
その違和感を探ろうとしているみたいだが、特に何も感じないようだ。
「違和感…違和感?これ?いやでも…ん~~?」
「なんか感じるのか?」
「なんだろ…なんというか…ほんの僅か、本当にわずかなんだけど何か感じている気が…しなくもない?気のせいかもしれないけど」
「ふむ」
「でも、微弱すぎて…気のせいじゃない?って言われたらそうかもって言うくらい」
「なるほど…玲は感じて瑠衣は微妙に感じる程度…俺は全く感じないし…和也はわからんが…調べておくに越したことはないか」
「調べるってどうやって?」
「ん~…とりあえず水を調べてみよう」
「水を?」
「ああ。多分玲が感じた違和感はこの街に流れる水に対してだろう。なら、それを調べれば今何が起きようとしてるかわかるはずだ」
特に何も問題がないようならばいいが、いざとなったら早めにこの街を出た方がいい可能性もある。わずかな違和感だが何かがこの街に起こっている可能性があるからな。
「でも調べるってどうやって?水質検査とか?」
「いや、多分違和感を感じてるってことは魔力とかそういったのが影響してるはずだ。だから噴水の水を爺さんや玲に調べてもらって違和感の原因を特定するんだ。できればそれが何を示しているかも知りたいところだが…さすがにそこまでは高望みできないだろう」
「そっか」
「ま、とりあえずは観光を楽しむとしようぜ」
話しつつも歩みを進め、そろそろ噴水広場へと到着するころだ。
「…ん…いい匂いがする」
「そうなのか?」
軽く周囲を嗅いでみるが特にいい匂いなどはしなかった。というか湖の上だからか、それなりに風があるのでそういった匂いは全部吹き飛んでいるんだろう。
それでもその匂いを嗅ぎ分けることができるのはクーが狼の獣人故の鼻の良さからくるものだろう。
「敬は何か食べたいものとかある?」
「たこ焼き」
「…売ってるかな…?」
「タコって海外だとあまり食われないらしいからどうなんだろうな」
「デビルフィッシュ…だっけ?タコの英語圏での呼び名」
「らしいな。複数あるうちの一つらしいが」
「でも、タコってかわいいと思うけどなんでデビルフィッシュって呼ばれてるんだろうね」
「かわいい…か?」
「え?かわいくない?」
「…まあ、そこらへんは感性だな、かわいいって思う人もいるし、おぞましいって思う人もいるってことだ」
「そういうものかなー」
「そういうもんだ」
そんなこんなで噴水広場へと到着する。
中心に大きいサイズの噴水が設置されており、その周囲にベンチやパラソル付きのテーブルセット。そして外周の付近にはいくつか屋台が立っていた。
「あ、クレープもあるよ!あれ食べよ!」
「おやつにちょうどいいか。クーもアレでいいか?」
「…クレープってなに?」
「薄いクレープ生地で果物や生クリームとかを包んで食べる甘いお菓子だよ!」
「お菓子…」
「まあ、ちょっと量があるがな、小腹を満たすにはちょうどいいだろう。瑠衣、買ってきてもらっていいか?俺は座る場所取っとくから」
「いいよー、リクエストは?」
「任せる」
「はーい」
瑠衣が駆け足でクレープ屋へと向かうのを見つつ、俺はバックの中から採取用の瓶を取り出した。
「クー、ここでちょっと待っとけ」
クーを適当なパラソル付きのテーブルセットの椅子に下ろし、俺は噴水へと向かう。
噴水の水を瓶で汲み、蓋をしてから再度バックに入れた。とりあえずこれを後で玲と爺さんに見せて調査してもらえばいいだろう。
瑠衣の方は今クレープができるのを待っているようで、クーは俺の方をじーっと見つめていた。とりあえず瑠衣がヘンな奴に絡まれないように意識を向けつつ、俺はクーの処に戻って椅子に座った。そして少し後に瑠衣もクレープを3つ持ってこちらへと来た。
「お待たせー」
「サンキュ」
瑠衣からクレープを受け取る。バナナとイチゴが乗っている普通のクレープだ。中にあるクリームはカスタードクリームっぽい。
「ここにきて思ったけど結構うちらの世界と同じような料理があるな」
「だねー、お刺身とかあるとは思わなかった。それにこのクレープもカスタードクリームだし」
「…カスタードクリームって屋台で使ってよかったっけ?」
「そこらへん日本と違うんじゃない?ここ日本じゃないし」
「それもそうか」
もしゃもしゃとクレープを食べていく。
「クーちゃん、おいしい?」
「ん」
もぐもぐと食べつつ小さく頷いていた。どうやら気に入ったようだ。
「この後どうしよっか」
「そうだな…どうすっか。ってか夕飯どうするかも考えておかんと」
「そういえばそうだね…。玲達はどうするんだろ?」
「そこらへん相談してなかったな…宿の方の夕飯は頼んでないから用意してないんだよな」
「だねー。なんか買って帰ろっか?」
「それか材料買って作るかだが…せっかくだしここの料理食べたくね?」
「食べたい!」
「じゃあ適当に持ち帰りができる場所で夕飯買っておくか。和也達の分も合わせて少し多めに買っておくか」
「でも、和也君達も買ってくるかもよ?」
「あー…そこらへんを考えると人数分じゃなくてその半分くらいにしておくのが一番か」
「だねー。じゃあそのお店を探そっか」
「あいあいさー」
その後クレープを食べ終え、瑠衣達と共に夕飯を適当な店で購入した宿へと戻った。
和也達も俺達の後に帰ってきて、その手には俺達と同じように夕飯としてテイクアウトしてきた料理があった。
「考えることは同じってことか」
「まあな」
中心の部屋のテーブルの上にそれぞれ買ってきたものを広げ、各々が食べ始める。
俺達が買ったのは魚をメインに使っているサンドイッチとサラダ系、和也達が買ってきたのはソースなどで濃いめに味付けされている魚の炒め物だと鍋に入っているスープ系だ。
「それにしてもよくスープ系なんて買ってこれたねー」
「そういう物をテイクアウトしている場所があったのよ~。魚のアラのだしをベースにしてあるものよ」
「ふむ。ちなみに玲よ、こいつから宿屋に出る前に言ってた違和感とかは感じないのか?」
「感じないわね~」
「ふむ、じゃあこれは?」
そういって俺は噴水から汲んできた水が入った瓶を見せた。
「どれどれ~?」
俺から瓶を受け取り、じっと見つめる。たまに光ですかしたりもしていた。
「どうだ?」
「確かに妙な感じがするわね~…なにかしらこれ?」
「ふむ。おい爺さん」
「ふもふも…ん?なんじゃ?」
「うん、飯時に話す事じゃないのは理解したがとにかくこれだけ見てくれ」
玲の方を見て瓶を爺さんの前においてもらう。
「これになんか変なのは言ってないか調べてくれ」
「どれどれ…?ふむ、確かに妙なものが混じっておるの~。これは…闇の魔力…かの?」
「闇の魔力?」
「うむ。この街の周囲の水流が魔術によって操られているという話はしたじゃろ?」
「ああ」
「おそらくこれはそのコアの部分に何か闇の魔術がかけられておるのじゃ。そこで使われている闇の魔力がおそらく水の魔力に交じっておるのじゃろう」
「それを飲んで体に影響は?」
「ないの。影響を及ぼすほど多量じゃないから飲んでも影響はまったくない」
「…なるほどね。にしても魔術のコアに闇の魔術…ね。どう思う?」
「その闇の魔術ってのがどんなものなのかにもよるな」
「もともと使われているのか、それともここ最近使われ始めたのか…それによって変わってきちゃうよね」
「さすがにそこまではわからんよな…ん~」
「いや、おそらくこの濃度からして闇の魔術は最近使われた物じゃぞ」
「わかるのか?」
「うむ。最初から闇の魔術が使われていたとしたらもっと魔力同士の親和性が高いものじゃ。しかしこれくらいの交わりくらいじゃと…おそらく一月か二月くらい前じゃの」
「…ふむ、ちなみに魔術の内容に関しては?」
「さすがにわからぬの。この街の魔術に影響を及ぼしておるのは確実じゃが…」
「敬、まずい物だとおもうか?」
「…何とも言いきれないが…。いやな予感がするのは確かだな」
「どうしよっか、早めにこの街から出た方がいいかな?」
「…多分数日は無理だぞ」
「なんでかしら~?」
「気圧が変化してる。多分明日の朝あたりから天気が荒れるぞ」
「嵐が来るの?」
「そこまで荒れるかはわからんがな。ただ、天気が落ち着くまでこの街から出るのはやめた方がいいだろう」
「湖の孤島、嵐、何も起こらないはずもなく…」
「不吉なこと言うのやめぇや。でも、この街の魔術に影響を及ぼす闇の魔術…いやーな気配がちらほらと見え隠れしてるな」
「平和に過ごせればいいねー」
「だなー」
手に取ったサンドイッチを口に運びもぐもぐと咀嚼する。
俺達の希望はおそらく叶わないだろう。ただ、何が起こってもいいように気を引き締めていた方がいいだろう。
セレスティア 上空
「…そろそろ頃合いかな?」
陽が沈み、月も星も分厚い雲に覆われている空の下で一人の人影が町を見下ろしていた。
その背には人にはない蝙蝠の様な翼が生えており、時々バサリバサリと羽ばたいている。
「さて、それじゃあそろそろ解き放とうか。数百年に続く憎悪を。悲しみを」




