第16話
セレスティア内の馬車停留所から大通りを通り中央街へと向かっていく。
湖の上に浮かぶ小島の上に立つこの町は、その島に合わせた形に作られている。
ひし形の様な形の小島、その四辺の中心あたりに港が作られており、上下の角の処から対岸へと長い橋が伸びている。
大通りは中心にある大広間から港方向と橋の方向の六方向へと延びており、俺達が進んでいる大道理は下側の橋へと伸びているものだ。
「それで、宿どうしよっか」
「さっきの大通りにちらほらあったが、あそこじゃだめなのか?」
「ああいうところは高いのよ~。まあ、その分サービス良いでしょうけど、旅で使うような宿ではないわね~」
「貴族とかそういうのが泊まるような場所だろうからな。無用なトラブルが起きる可能性もあるし、やめといたほうがいいだろ」
「じゃあどこにするの?ここ、始めてきた場所だし、地理には詳しくないでしょ?」
「そこらへんは…飯でも食いながら考えるか」
「さんせーい!」
そういって手近な大衆食堂へと入っていった。
昼時から少し時間がずれているからか、中に人はあまり多くはなかった。
「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「七人です」
「かしこまりました、あちらの大テーブルへどうぞー」
ウェイトレスの女の子に広い大テーブルへと案内され、それぞれ適当に座る。(なお、クーは俺の膝の上へと座った)
「お料理はいかがいたしますか?」
「とりあえずおすすめの魚料理と野菜料理を人数分、それと…飲み物って何があります?」
「お酒ですとエールやはちみつ酒。普通の飲み物だとオレンジを絞ったジュースやミルクですね」
「んじゃあオレンジジュースを人数分。あとは追加で」
「かしこまりましたー。お皿はいかがいたしますか?」
「魚料理は個別で、野菜料理は大皿でとりわけ皿を人数分」
「かしこまりましたー、では少々お待ちくださいー」
愛想のいいウェイトレスが笑顔で厨房へと入っていった。
それを見送ってからふぅ、と一息つくとおもむろに和也が口を開いた。
「んで、敬。さっきの山賊の一件、一つ気になることを聞きたいんだが」
「気になること?」
「捕まってた貴族、ディオラ・フォン・ネルンハルドの事だろ?」
「ああ」
「彼がどうしたのかしら~?」
「ほら貴族ってあれだろ?俺達のところでいうところの偉い人。そんな人がこんな時代に護衛もなしに動いて山賊に捕まるってのが気になってな」
「…言われてみれば…確かに」
「そこらへん敬も引っかかってるんじゃないか?」
「まあな。魔物やらなにやらがはびこっているこの時代に、護衛もなしに貴族が動くとも思えん」
「じゃあなんで山賊に捕まってたんだろ」
「普通に考えれば護衛が負けたってことになるんだろうが…」
「あり得ないだろ。冒険者を護衛にしてたってのなら話は別だが、別の街に行くのに自分の家の護衛を使わないとは思えん。貴族なら持ってるだろうしな」
「じゃあどういうこと?あの貴族さんは護衛に冒険者だけを連れてどこかに出かけて、その途中で山賊に捕まったって感じ?」
「流れだけを見ればそうなるわね~…だけど~…」
「腑に落ちねぇよな…」
「まあな、なんか背後にちらほら影が見え隠れしているが…まあ、今は気にすることもないだろ」
「そう?」
「事件に関わっているわけでもないし、情報を調べる事すらできないんじゃ放置でいいさ。それより飯を食おう」
そろそろ出来上がる頃合いなのか、厨房の方からいい匂いがしてきた。
膝の上に座っているクーもどこかソワソワとしている。お腹すいてたのかね?
「お待たせいたしましたー。セレスティア名物『鯛の丸焼きと海鮮合わせ』と『シーフードサラダ』ですー」
「でけぇ!?」
ドンッ!と大テーブルの中心に鎮座した大皿にはおよそ2mほどの巨大な丸焼きにされた鯛と思わしき魚(曖昧なのはサイズが明らかに俺達が知っている鯛と違うから)とその周囲に色とりどりの刺身や貝などが並べられていた。
「…これ…鯛…?」
「鯛の丸焼きって話だから鯛なんだろ…こんだけでかいの初めて見るが…」
「すごい存在感よね~…」
巨大な鯛に圧倒されている間に、俺達の前にシーフードサラダが置かれていく。
そのサラダにもレタスやニンジン、紫キャベツなどカラフルな野菜に紛れ、それ以上のイカやサーモン、ホタテなど様々な魚貝類もふんだんに使われている。
「このサラダもすごーい!」
「これだけあるならもう海鮮がメインか野菜がメインかわかんねぇな」
「確かに」
そんな話をしている間にウェイトレスがオレンジジュースを置き終える。
「以上でよろしかったでしょうか?」
「あ、はいありがとうございます」
「では何かありましたらお呼びください」
そういって笑顔を浮かべウェイトレスは厨房へと入っていった。
「あ、敬、箸くれ」
「あ、私もー」
「ほいほい」
アイテムバックから道中で作った木の箸をそれぞれに渡していく。
「んじゃとりあえず…」
全員が手を合わせるのを見てから…
「「「「「いただきます!!」」」」」
挨拶と共にそれぞれが箸を進める。中心にある鯛の丸焼きの身をほぐし、パリッとしている皮ごとその身を口の中へと入れた。
歯ごたえの良い皮のホクホクと解けるような身、そして味付けは塩だけか、適度な塩気がいい塩梅になっている。
「美味いな」
「だねー、身も焼かれてホクホクなのに新鮮だからかプリップリって感じだし。でも…」
「でも?」
「鯛って海鮮魚だよね?なんで湖のここにあるんだろ」
「普通に海で捕ってきたんじゃねぇの?」
「なのかなー?あ、オレンジジュースお代わり頼むねー」
黙々と食べているクーとシエル、ノエルの前に置かれているコップは空になりかけている。それらもまとめてオレンジジュースを注文すると、そう長くない時間が経過してからウェイトレスが持ってきた。
「そういえばこの魚貝類ってどこで捕れたものなんです?」
「これらは全部近所の港から少し進んだ沖合ですね」
「でもそこって湖の上ですよね?鯛とかも捕れるんですか?」
「ええ、この湖では様々な魚貝類が捕れるんですよ。鯛やヒラメ、ニシンやキス、時期にもよりますが鮭やニジマスなども捕れるんですよ」
「なるほど…それってやっぱりほかの魚もこれくらいの?」
「そうですね、大きさとしては物によりますが、全体的に大きいですね」
「ふむ」
それで会話を一区切りになると見たのか、ウェイトレスは下がっていった。
「海水魚と淡水魚が両方捕れるってのも珍しいねー」
「珍しいって言うか普通はあり得ない」
「どういうことかしらね~?」
「この島全体に付与されている魔術の影響じゃの」
声と共にネズミの姿をした神爺が俺のポケットから出てきた。
ってか、今まで寝てたのかこいつ。
「魔術ってどういうこと?魔法とはまた別なの?」
「魔術と魔法は別物じゃ。魔法は自然法則を変更する物、魔術は文字や図形で現象を固定する物じゃ」
「ふむ。違いがあるってことは魔術でしかできないこともあるってことか?」
「うむ。転移などは魔術でないとできないの。そしてここのように島を浮かべてその周囲の水の流れを操るのもかなり高度で複雑な魔術によるものだの。調べるというのなら万能の書に描かれておるぞ」
「後で見ておくか」
「それで、さっき水の流れを操るって言ってたけど、どういうこと?」
「ここの周囲の水はの、湖としての淡水の流れと海から来た海水の流れ、その両方が層のように折り重なっておるんじゃ。それぞれ円形のようにこの周囲を囲っておる。そこに淡水魚、海水魚が生存しており、魔術による魔力の放出によるものか、栄養が豊富で成長促進も兼ねておるようじゃ」
「なるほど、だからこんなにでかく…って、これ食って大丈夫な奴なんだよな?」
「問題ない。せいぜい魔力回復が早まるくらいじゃ」
「ふむ、じゃ遠慮なく」
ひょいとサラダを食べ始めた。
そのあとは適当に雑談をしつつ食べていった。その後、会計時にウェイトレスに冒険者などが利用する宿屋がある場所を教えてもらいそこへと向かう。
大通りにある高級感があるような宿屋ではなく、古めの大きな建物を改装したような宿屋が並んでいた。
「で、どこいく?」
「そうだな…」
きょろきょろと周囲を見回してみると、チラシ配りをしている少女と目があった。
「こんにちは、旅の方ですか?」
「ああ、そうだけど…君は?」
「私はこの通りで宿屋『海牛の嘶き』の看板娘のエルといいます!」
そういってエルと名乗った少女、およそ13歳くらいの赤髪ポニーテールの少女は元気に胸を張った。
チラシに描かれている文字を診つつ瑠衣は首を傾げていた。
「ウミ…ウシ?」
「カイギュウ、な。マナティーの事らしい」
「マナティーってあのアザラシっぽいのだっけ?」
「こっちでも同じか知らんがな。んで、エルだっけ?七人で泊まれる部屋ある?一部屋で無理なら二部屋でいいけど」
「ありますよ。七名でいいですか?」
「ああ。んじゃここでいいか?」
「うん!」
「俺もかまわん」
「私もいいわよ~」
「…ん」
ノエルとシエルもコクンと頷いた。
「じゃ、案内お願いね」
「はい!七名様ごあんなーい!」
満面の笑みで歩き出すエルの後に俺達はついていった。
「ただいまー!ママー、パパー、お客さん連れてきたよー!」
三階建ての建物の入り口を元気な掛け声とともに入っていく。
表にはマナティーがあくびをしているような看板がぶら下がっている。ここに来るまでにエルに聞いてみたところ、一階は食堂で二階三階とそれぞれ宿の部屋となっているようだ。
そして二階は少人数用、三階は大人数用と分けられているらしい。商隊などが来た際は三階が貸し切りになることもあるとのこと。
「おかえり、エル。お客様方も、ようこそお越しくださいました」
ニッコリと穏やかな笑みを浮かべた赤髪の女性が出てきた。
「どうも、飛び込みで七名ですけど大丈夫です?」
「ええ、構いませんよ。一部屋にいたしますか?二部屋ご用意いたしましょうか?」
「一部屋でいいよな?」
「そうね~、特に理由もなく部屋を分ける必要はもうないものね~」
テントで区分けしているとはいえ、ほとんど一緒に寝ているようなものだ。せいぜい着替えの時だけ気を付ければいいだろう。
「かしこまりました。では三階の一番奥の部屋をお使いください。こちらが部屋の鍵です。エル、案内をお願いね」
「はーい!では、皆さんこちらへどうぞ!」
エルの案内でカウンター横の階段から二階へ、そしてそのまま三階へと登っていく。
そして三階は通路がまっすぐ伸びており、左右に一部屋、一番奥に一部屋の合計三部屋並んでいた。
「あの一番奥がお部屋です。トイレと浴室は付いておりますので、湯あみなどはそちらでお願いします!」
そう説明しながら鍵を開け、扉を開けて中へと入っていく。
室内は入り口のすぐ隣に先ほど言っていたトイレと浴室であろう扉、奥には広めの部屋があり、左右にそれぞれ扉が付いている。
「こちらはリビング、左右にそれぞれ寝室があります。ベッドはそれぞれに四つずつあるのでそちらをお使いください!」
「個室あるのか、なら普通にここでよかったな」
「だねー、大部屋だって聞いてたからてっきり一部屋かと」
「一部屋のところもありますけどね。せっかく来てくれたのでサービスです!その代わりちょっとお高いんですけど、大丈夫ですか?」
「問題ないよ。それでご飯とかはどうすれば?」
「朝昼夜と三食付いていますが、それぞれ追加料金がかかっちゃいます。朝食は前日に、昼食は朝、夜は昼までにご注文いただければご用意いたしますので」
「了解、じゃあ…とりあえず3日分、この部屋取っていいかな?前金はいる?」
「そうですね…お金の管理に関しては私は任されていないので…」
「わかった、荷物置いたら下に行くよ」
「はい!ではごゆっくりとお寛ぎください!」
満面の笑みで一礼した後にエルは部屋を出ていった。
「さて、荷物置いて前金渡してくるとするか…」
「その前に~…敬、ちょっといいかしら~?」
「どうした玲?」
「この街に入ってから一つ気になることがあったのよ~。あまり人が多いところで言うわけにいかないから黙っていたんだけど~」
「気になること?」
「ええ~、この町って湖の上にあるからか、街のいたるところに水が流れているのよ~。私は水の属性が得意だからか、それらの気配を感じられるんだけど…どうにもそれに違和感があるのよね~」
「違和感?どんな感じのだ?」
「ん~…何て言ったらいいのかしら~…淀んでいる…というのかしら~?何か妙なものが溶け込んでいる感じのような~…うまくいえないわ~」
「ん~…淀んでいる…ね。流れが悪いとかじゃなくて?」
「そういうのじゃないのよね~。ん~…違和感をそのまま伝えることができればいいんだけど~…」
「まあ、無理だから仕方ないわな。わかった、頭に置いておく。瑠衣と和也も何か気付いたら教えてくれ」
「うん!」
「あいよ」
「んじゃ、今日は後は自由行動ってことで、クーとノエル、シエルは俺達の誰かと一緒に行動するように。以上!」




