第122話
別建物での鍛錬二日目。
その日も午前中から鍛錬を行っており、昼食のために一区切りつけて一旦俺達は食堂へと向かっていた。
「変身のタイミングに関してはよくなってきているが、問題はそのあとの動きだな。変身後の強化された身体能力の動きに慣れてないから全体的に動きが大きくなって隙もでかくなってる。強化された能力をうまく扱えるようになるのが今後の課題だな」
「そうはいっても変身すると感覚が変わるんだよなぁ」
「それに慣れるための鍛錬だっての」
不満げにつぶやくカトルに思わず苦笑を浮かべてしまう。
そんな話をしながら食堂に向けて廊下を歩いていると鍛錬場の前を通った時に声が聞こえてくる。
「どうしたー?威勢がいいわりにもう終わりかー?」
「ん?この声は和也か」
開けっ放しになって居るドアから鍛錬場をのぞき込んでみるとそこには腰に手を当て、呆れたような表情を浮かべている和也とその前で倒れている10人ほどの子供の姿があった。
子供といってもぱっと見13~15歳ほどの子供達だ。
「ああ、昨日言ってたことさっそくやってるのか」
遺跡の外に出て冒険者になりたいという子供たちがいるという話は聞いており、その子達に対して和也が対処することになった。といってもただ黙らせるというわけではなく、和也を認めさせることができれば出ていいということなのだが…。
「あの様子じゃダメみたいだな」
倒れて動かない子達を見て苦笑を浮かべてしまう。
「そんなにきつい鍛錬したのかなー?」
「和也の奴汗一つかいてないしそうでもねぇんじゃね?」
瑠衣の疑問に俺が答える。
「ん、あそこ」
背中に張り付いているクーが指さす先には子供たちの保護者である先生が心配そうな表情を浮かべていた。
「向こうで見てたのか」
「いこっか」
4人で先生の元へと歩いていくと向こうがこちらに気づいた。
「あ、ケイさん、ルイさん」
「ども。どうです?様子は」
「なんと言いますか…カズヤさん強いですね…」
「そりゃね。……見た感じ子供達は怪我してない…攻撃はしてないんだな?」
「あ、はい。軽く押したりはしてましたが、ほとんど避けてました」
「その押すことが攻撃の代わりだったんだろうなー。かなり手加減してんな」
「ケイは俺には最初から攻撃してたもんな」
「鍛錬の中で痛みに慣れることも大事だからな」
そんな話をしていると和也がこっちを見て俺達に気づいた。
「あれ、敬達来てたのか」
「おう、昼飯食いに来たらいたのに気づいてな」
「あー、もうそんな時間か」
「どんだけやってたん?」
「そうはいっても休憩込みで2時間程度だぞ」
「そんなもんか」
「案外そんなもんなのか?」
「カトル君の時は3.4時間ぶっ通しで鍛錬するときもあるからねー」
「大丈夫なのかそれやって…」
「それができるだけの体力はつけてあるから大丈夫だ」
呆れたようにため息を吐く和也だが、こちらとしてもきちんとボーダーラインを見極めつつやっているので問題はない。
「んで、まだやるのか?」
「あー…」
悩みながら後ろを振り返るが、子供たちは全員いまだに横になっていて動かない。気絶しているというわけではなく、疲労困憊で動けないといったところだろう。
「さすがに今日はここまでにしといた方がよさそうだな。うし、今日はここまでにして、午後はそれぞれ自由時間だ。昼食をしっかり食べて英気養えよ」
そう言うとそれぞれから力ない声が上がっていった。
「やれやれ…先生、あとは任せても大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「んじゃああとはお任せします。和也、昼食がてらちょい報告よろしく」
「ああ」
その場の子供達を先生へと任せ、俺達は食堂へと昼食がてら報告を受けに向かった。
「さて。で、あの子達はどんな感じだった?」
食堂でメニューを注文し、それぞれ食べ始めるところで問いかける。
「んー…ダメだな。確かに戦えるようにはなっているが、あくまで同年代ならって話だ。それを踏まえたとしても平均よりちょい上って程度。外に出てもまともに活動もできねぇだろうな」
「まあ、そんなもんか」
報告を受けつつ行儀が悪くない程度に食べ進める。
「んー………もしかしてカトルのいい練習相手になるかな?」
「は?」
ハンバーグ(カトルのお気に入り)を食べながら自分の名前が呼ばれたことに声を上げる。
「いや、俺達との特訓の場合、自分よりも強者…しかも一対一を前提とした戦い方だ。自分よりも個体としては弱いが数が多いって相手だっているわけだからな。そう言う相手との戦闘訓練にもいいかもしれないなと思ってな」
ゴブリンのように個体の実力は底まででもないが、数が多い魔物というのもいる。そういった魔物はまさにその数の暴力によって実力差を埋めており、それを対処できるようにならないと実力差があってもひっくり返される。
カトルの戦い方は今までの鍛錬の仕方も踏まえて一対一に特化している。それも悪くはないが、大抵の戦い方は多対多か一対多だ。今のままだと問題があるかもしれない。
その旨を話すとカトルは納得したような表情をしていた。
「そう言うことならまあいいけど」
「つってもすぐには無理だぞ。少なくともあの数全員相手にしたとしても、今のカトルじゃ相手にもならん。鍛錬には使えんぞ」
「そこまでか」
「少なくとも前に俺がカトルの鍛錬をしたあたりからの実力差を考えればせいぜい周囲に気を配る意識が付く程度だ。むしろ加減の仕方を教えねぇと大けがにつながりかねん」
「そこまでかー…どうすっか」
監督できればいいのかもしれないが、こちらとしても聖都のほうにもかからないといけない。そうなると手加減ができないカトルとの鍛錬の監督役が必要になる。セレスや真白あたりにも頼めるかもしれないが、向こうは向こうで忙しいようでここ最近あまり会っていない。その状態で頼むのも申し訳ない。
「セバスさん達にお願いする?」
「ん~…それは最終手段かなぁ…あまりこっちの事に手を借りたくないんよね…」
遺跡内では施設を使わせてもらっているが、外の世界で何かしらするにしてもそこまで個々の力に頼りきりになるわけにはいかない。だから何度も頼って癖になるようなことはないようにしたい。
「…ま、最悪聖都の事が終わってからやってもいいんだし、あの子達を最低限動けるレベルまで鍛えられるか?」
「いいぞ。まあ、あいつらが脱落しなかったらだがな」
「あー…」
確かにあそこまで徹底的にやられたら心が折れてしまうかもしれない。
「でも、それならそれでいいんじゃない?あれくらいで心折れるなら外に行っても同じような物でしょ」
「結構辛辣だなぁ。まあ事実だけど」
瑠衣の棘のある言葉に俺も頷く。
「…なんか瑠衣あいつらの事嫌いなのか?」
いささか普段よりあたりが強い瑠衣に対して和也が首をかしげながら聞く。
「んー…嫌いってわけじゃないんだけど…なんというか…」
「気に入らねぇんだろ?曲りなりにも衣食住を整えた環境を作ってるのに、こっちの都合を無視して我儘言うのが」
向こうとしては早く自立したいということなのかもしれないが、こっちとしてはいろいろとやってもらいたいことがある。まあ、それまでに時間がかかるからすぐにというわけではないのでその間待たせることになるが、その分その間の時間は学ぶことに注力してもらいたいというのがこちらの考えだ。
だが和也にのされた子達はそれぞれ自分がやりたいことばかりを優先し、こちらの希望は丸っと無視している。向こうから頼んだわけではないかもしれないが、最低限の恩にすら報いる気がないのが気に入らないんだろう。
「なるほどなぁ。まあ言わんとしたいことはわかった」
俺のその説明に和也は納得したようにうなずいた。
「ま、根性あるやつらはしっかり鍛えてやるから安心しな」
「ん、よろしく」
和也の言葉に瑠衣が頷いた。
そして翌日、半数ほどにまで減った子供たちの相手を和也に任せ、俺はカトル達と別建物の鍛錬場へと向かっていた。
「…結構減ってたな…」
「ま。そんなもんでしょ」
特に気にした様子もなく瑠衣が言い切る。
「あの子達も鍛えるんですか?」
前日は回復魔法の練習にかかりきりになりこちらに来れなかったアリカが問いかけてくる。
今日は魔力回復日らしく、そこまで頻繁に使わなければいいという条件でこちらに来ているらしい。
「そのうち俺達が作った国の兵士にするのもありだからなー」
冒険者として外の情報を集めてもらうか、それとも兵士として国の防衛に回ってもらうか。まあそこらへんは人数や実力によっていろいろと変わっているだろう。その時にまた配属などを考えればいい。
「さて、向こうは和也に任せて。俺達は俺達でしっかり鍛錬するぞー」
俺の言葉にカトル達が頷いた。




