第121話
鍛錬場の最後の場所、森林地帯を模した鍛錬場の扉を開け、中へと入る。
「おおー…」
内部は背の中に木々が生えていた。木々は生えているが密集しているわけではなく室内だというのにその空気は澄んでいる。
「こっちもすげぇな。本当に森林にいるようだ」
「この間いったウェアウルフがいた場所に似てるな」
「まあ、木々の種類の違いはあれど森林は大体同じような場所だからな」
気候によって生えている植物は変わるが、設定されているこのフロアの気候は以前行った森林と大差ない。そうなれば育つ植物も似たようなものになるのは必然だ。
「ここなら変身状態でもきちんと戦えるだろう。場所や気候によっては変身することで動きが阻害されることも有るからな」
「例えば?」
「そうだな…ウェアウルフなら…雪原とか?元が狼だし、寒いところに生息する個体もいるからそうでもないかもしれないが、もともと温暖な気候に住んでいるウェアウルフと寒冷な気候で暮らしているウェアウルフでは耐性が違う。カトルの暮らしている地域はどちらかというと温暖なほうだから寒冷地帯での戦いはやりにくいかもな」
「なるほど」
「さて…んじゃお話はここまでにしてさっそく鍛錬するか。軽い準備運動してからな」
鍛錬前のしっかりとした準備運動とまではいかないが、それでも軽くほぐすような動きはしたほうがいい。お互いに軽く体を動かしてからある程度の距離を取って対峙する。
「んじゃいつでもどうぞー」
俺の言葉を聞いてすぐにカトルが一直線に飛び込んでくる。倒すためではなく、とりあえず相手の動きを探るための攻防。手痛い反撃を受けないためにいつでも離れることができるように攻めにだけ意識を向けないようにしている。
放たれる拳を避け、逸らし、反撃する。カトルもこちらの攻撃を最小限の動きで回避し、そのまま反撃してくる。
大分戦い慣れてきている故に動きに無駄がない。だが、それでもやはりまだカトルは子供。子供故に一撃一撃が軽く、倒しきるに足る攻撃を放つことができない。
それゆえに…
「ほら、いつまでもそのままだと意味ないぞ」
「わかってる…よ!」
俺の蹴りを回避し、距離を取るように後方へと跳ぶ。そして足に力を籠めるとその場で高くジャンプし、手近な枝に飛び乗った。そして枝のしなりを活かして別の枝へと飛び乗っていき、そのまま木々の中を縦横無尽に飛び回る。
その速度はどんどん早くなっていき、すでに残像が残るほどの速度になっている。といっても俺には見えているのだが。少しずつ広く移動範囲を作っており、ところどころで木によって死角ができており、一瞬だがわずかな時間視界から消えている。そのタイミングでおそらく変身をする隙をつくとは思うが…
「さて、どのタイミングで来るかな」
変身することでカトルの能力は上昇する。とはいえ、遠距離攻撃ができるようになるわけではなく、身体能力が上乗せされるだけだ。つまり、離れすぎた位置で変身したとしても、こちらに来るまでに対処できるようになってしまう。
そして近すぎると木の後方に隠れているのがバレている以上近づかれる可能性がある。
つまり隠れているのがわかっていて近づこうとしたとして、変身が終わるまでたどり着けない距離で対処できない程度の距離を見極めてやらなければならない。故に…
「そこだと邪魔されるぞっと」
「わわっ!?」
つい今しがた姿を消した木を蹴ると慌てたような声と共に木の上部の死角に隠れていたカトルがそこから飛びのいて別の枝に着地した。
「あっぶねぇ…」
「移動速度を上げて相手の見えない位置で姿を消し、そのまま変身するって考えはいいが近すぎたな。あの距離だと木を蹴ることで邪魔できるからな」
「あの速度把握できて邪魔できんのはあんただけだろ…」
「どうだろうな。お前だってあの速度で動けるってことは速度を追えるってことだ。そう考えると結構対応できる気がしないか?」
「…まあ、そう言われるとな…」
カルトは強くはなってきている。しかし、それでもまだまだだ。自分が対処できるのならば他にも対処できる奴がたくさんいるかもしれない。そういった考えを持っている。
故にこういう言い方をするとすんなりと受け入れたりする。
「まあ、今回は最初だ。俺も本気で対応しようとはしていないし、どれくらいの距離ならば問題なく変身できて即座に対応できるか。離れすぎず近すぎずの距離を探っていこう」
「わかった」
俺の言葉にカトルは頷き、そのまま仕切り直しをすることにした。
その後鍛錬を続けていく。ただ変身をするだけではなく、森林という地形を活かして戦っていく。枝を使って速度を上げたり、葉っぱを散らして視界を悪くさせたり、地面に降りた際に土を握り、それを使って目つぶしをしたり、硬めの木の実を投擲して牽制したり、と様々な手法も試していた。
カルトも今あるものをどう利用して変身する隙を作り出すか、それを考えるようになりどんどん戦略に幅が出始めてきた。
複数の木の実を投げつけ、それを対処している間に頭上を通り過ぎ、同時に確保しておいた土を俺の頭上から落としてきた。
「おっと」
後方へと跳びのく間にカトルは少し離れた場所で死角に姿を隠し、変身をし始める。
対処しようかと思ったが回避したことによってわずかに反応が遅れ、さすがに間に合いそうになかった。
その一拍の足止めによってカトルの変身が成されたようで魔力が噴き出すように高まった。
「フッ!」
短い呼吸音と共に猛スピードでカトルが迫ってくる。その速度は変身前の状態とは段違いでその勢いのまま突撃してくる。
ガンッ!
「いい速度だな!」
突進してきたカトルを腕で受け止める。魔憑きの力で変身したカトルは体の後方に狼のような毛が生えており、両手と両足が鋭い爪と共にウェアウルフの手足に、そして顔は鼻と口が狼のように変化しており、頭の上に狼の耳が生えている。カトルとわかる姿での変身であり、その姿はまさしく魔物を身に宿した者の姿。決して取り込まれた訳ではなく、その力を身に着けたカトルは人よりも、そしてウェアウルフよりも強い力でぶつかってくる。
「ウラァァァ!!」
鋭い爪を活かした突きを放ってくる。その一撃一撃は鋭く早いが対応できないほどではない。いつもと同じようにかわし、逸らし、受け流していく。
「攻撃が単調になってるぞ」
「こんの…!」
俺の指摘にムキになったのか、攻撃速度が上がる。しかしその分一撃一撃が雑になって隙が生まれ始めた。
「ほらほら、挑発受けて攻撃のリズム崩すのはよくない…ぞっと!」
「がっ!?」
大ぶりになりつつあった一撃をしゃがんで回避し、そのまま回し蹴りを脇腹へと叩き込んだ。
「どうした?もう終わりか?」
「まだ…まだぁ!」
その雄たけびともとれる声と共に起き上がって俺に立ち向かってきた。
「あ~あ…完全に敬のペースにはめられちゃって。挑発に弱いのが今後の課題かなー」
その鍛錬の様子を眺めていた瑠衣が苦笑を浮かべながらつぶやく。
「カトル、大丈夫かな…」
「大丈夫大丈夫。敬だって加減してるし、それにああいう痛みに慣れるのも一つの鍛錬だよ」
怪我をすることがいいことではないが、それでも戦うのであれば痛みには慣れておかないといけない。そうでないと相手の攻撃を受けてそのまま動けなくなり、殺されるなんてことが普通に起こりえるからだ。
だから鍛錬に関しては後に響くような怪我をさせない程度には加減してある。
「ま、心配だったら終わったら治癒魔法使ってあげな。だいぶできるようになったでしょ?」
「はい…」
アリカもカトルの鍛錬の裏でちょくちょく回復魔法の練習をしている。今はまだ魔力の成長も必要なので期間が開いているが、それでもだいぶできるようになっている。
「そう言えば瑠衣さん。新しい子供たちが来るんですよね?」
「んー…たぶんだけどね。ちょっといろいろと問題が起こっているみたいだからどうなるかわからないんだ」
「そうなんですか…」
「気になる?」
「はい…どんな子が来るかとかもあるんですが、最近前に来た子達が外に出たいと騒いでいるようで…」
「ふぅん…和也君に対応任せてみようかな…」
「対応…ですか?」
「うん。やんちゃな子達の相手には慣れてるでしょ。あとで敬に相談してみよっと」
そう言いつつ再度敬達の鍛錬を見ていた。
「うし、今日はここまでー」
「…はぁ…はぁ…はぁ…相変わらず…はぁ…なんで…あんたは息切れも…しねぇんだよ…はぁ…」
「ま、そこらへんは鍛錬してた時間の差だな」
こっちの世界に来る前からそれなりに体力はつけておいた。まあ、それでもこれまでの旅や鍛錬で鍛えられはしたが。
「さて、とりあえず俺達がいる間はここか、他の鍛錬場で鍛錬する。俺達がいない間は今まで通りあの鍛錬場で体を鍛えてくれ」
「わかった…はぁ…」
ようやく呼吸が落ち着いたようで体を起こすカトル。
「んじゃ少し休憩してから戻るとするか」
俺の言葉にそれぞれが頷いた。
鍛錬を終え、夕食を食べた後で自室へと戻る。
そこで瑠衣に声をかけられた。
「敬―、ちょっとお話がある」
「どうした?」
椅子に座ったのでクーが膝の上に座らせた状態で話を聞く。ちなみにクーは眠いのかうつらうつらとしている。
「前に孤児院の先生が話していた子供たちが外に出たがっているって言ってたじゃん?」
「ああ」
「どうも最近また騒ぎ始めているみたいなんだよねー。だからさ、和也君にちょっと相手してもらおうかなって。ほら、私たちがいる間はカトル君はあっちでやるじゃん?だからあの鍛錬場は使わないじゃん?だったらちょっと現実見せるのもいいかなーって」
「あー…まあ、外の世界を知らなきゃそうなるか…といっても、あいつもあいつで規格外だろ」
「まあ、私達がもともと枠外だからね。だから…相手してあげればそれなりに長い間静かになるんじゃない?」
にっこりと笑う瑠衣に俺はため息を吐くしかなかった。




