第116話
「さて…とりあえずまずはその孤児院の視察をしたいんだが?」
「わかった。件の孤児院どっちから行く?」
「近い方からでいいだろ」
そう言って隊長さんの案内で孤児院への道を歩いていく。
「ちなみにこれから向かう孤児院はどう問題なんだ?」
「確定ではないが、どこかで麻薬栽培しているとの噂だ」
「あれま、また厄介な」
麻薬の種類にもよるが基本的には植物を乾燥させたり成分を抽出することで作られる。植物であるから基本的には処分する際は焼却処分になるのだが、量や物によってはそう簡単に処分できなかったりもする。
「麻薬…麻薬ねぇ…とはいえ表立ってやるようなことじゃないだろ?こんな街中じゃそんな栽培できそうな場所だってねぇだろうし、本当にやっているのか?」
「さっきも言ったが確証はない。ただ、ここを運営している貴族は妙な金の動きをしている。その行先の一つがこの孤児院だ」
「なるほどねぇ…それを隊長さんらは麻薬によって稼いだ金の隠蔽先の一つに孤児院が使われているとみているわけだ」
俺の言葉に隊長さんが頷く。
「なるほどねぇ…そうなると…うん、尻尾掴むのはまず無理だな」
「そうなの?」
「ああ。孤児院内部に流れた金が何であろうと、寄付金として扱われたら出所が不明になる。それをその貴族の傘下の商会で買い物すれば多少の税金は引かれるだろうが、通常の売り上げとして手元に戻ってくる。そうすればやばい金でもある程度の減少で戻ってくるからな」
資金の動きは移動すればするほどつかみにくくなる。おそらく麻薬関連で得た金を他にもいろんなルートで手に入れているんだろう
「んー…とりあえず孤児院の様子を見に行ってだな…そこがどれだけ麻薬栽培に関わっているか。それによって動き方が変わる」
「行くだけでわかるのか?」
「そこを管理している人と話せばな。会話からある程度相手がなにを知っているか予測はできるから」
明確にその言葉を引き出すことはまず無理だろうが、それでも知っているのならば金銭面で軽く話せば少し反応が変わる。
やましいことがある人物ならばどこまで知っているのか、それを探ろうとしてくるし不審がられない程度に話をすり替えようとしてくるだろう。
「ま、適当に子供たちの様子を見て、責任者さんと話して関係性でも推察しましょうかね」
そう言って隊長さんの案内の元、孤児院へと向かっていった。
「ここが件の孤児院だ」
そう言って隊長さんが示したのは教会のような建物だった。
「まるで教会だな」
「まあ、あながち間違っていないからな」
隊長さん曰く、サントテフォワの大聖堂での礼拝は一般には解放されておらず、式典など特殊な時か、それなりに権力を持つ貴族などでないとできないらしい。その理由がセキュリティ関連で、貴重な遺物なども保管していることから、無制限に大聖堂へと招くことがしにくくなっているかららしい。
それゆえに一般の人たちが礼拝するために聖都内に教会が点在しており、それの管理をするとともに孤児院として子供達の面倒を見つつ、そこに住まわせている。
子供達には基本的には教会内の掃除などを任せており、たまにそこで子供たちが作った物を販売する市場も開かれているらしい。
「ほえー、そんなことやっているんだ」
「ああ。その市場の売り上げは子供達への報酬となっており、そうやって仕事することを覚えていくんだ」
「きちんとそこらへん考慮はしているんだな」
そんなことを話しながら孤児院の入り口の扉を隊長さんが開ける。
中には礼拝に来ている人たちと、その案内をしている子供たちがちらほらと見受けられた。
「おや、司祭様ではございませんか。どうかされましたか?」
周囲を見ているとこちらに気が付いたらしい神父がこちらに近づいてきた。
「やあ、友人が少しこの国を見て回りたいと言ってね。案内しているところなんだ」
問われた隊長さんは適当な理由で答える。
「そうなんですか?だとしてもなぜここに…?」
「彼が孤児院を見てみたいと言ったんですよ。どうも他国でも見ているようで、その国がどんな様子なのか、そこを見ればわかるらしく」
「そうなんですか?」
「ええ。まあ、さすがにすべてがというわけではありませんが、どこまできちんと施政が通っているか、それを確認するには市場やこういった孤児院を見るのが一番わかりやすいので」
「そういうものでしょうか…」
どことなく納得してなさそうだが、それでもこちらの言い分を強く否定しきれないので渋々といった感じでうなずいた。
「それにしてもあの子達がここでお世話になっている子達ですか?」
「ええ、そうですよ。何か気になる事でも?」
「いえ、皆不自由なく過ごせているようでよかったなと思いまして」
「そうですか?」
「ええ、体もしっかり育っている、これは食べ物が不足しておらず、しっかりと栄養バランスも考えて食べられているということです。そして着ている服も清潔感がある。よれている感じでもない。これは洗濯もしっかりできており、定期的に服を買えるだけの予算があるということです。それだけでも資金がしっかりと支給されており、子供たちが不自由なく暮らせていると判断できますよ」
「ほう…」
俺の言葉に感心したように息を吐く。子供達を少し見ただけでそこまで見抜いたことに感心したのだろうか。
「子供たちはここにいる子達で全員ですか?」
「いえ、ここ以外にもそれぞれ掃除や洗濯、料理など当番制で仕事をしている子達もおりまして、その子達は今日はその仕事を主に行うので表には出てきません」
「なるほど」
当番制というのならば、この子達だけが特別扱いされているというわけではないだろう。毎日礼拝に来る熱心な人達だっているだろうし、そういう人たちが同じ子供ばかり表に出てくれば今のが嘘であった場合簡単にばれてしまう。そんなことをする必要があるとは思えない。
「ふむ…そうなると一つ不思議なのですが…。失礼ながら資金はどこからきているのですが?」
「と言いますと?」
俺の問いかけに神父がわずかに目を細めた。
「いえ、先ほど司祭さんから聞きましたが、こちらでもたまに市場をしているとのこと。その売り上げに関しても子供たちへの報酬となっていると伺いました」
「ええ、そうですね」
「こちらには礼拝に来ている人たちがいるのは見ればわかりますが、その人たちのお布施があったとしてもここまで不自由なく暮らせる資金になるとは思えなくて」
「……私たちが不正しているとでも?」
「またずいぶん飛躍しますね。以前にも同じようなことを言われたことでも?」
「…まあ、そんなところです」
「ふむ、なかなか大変ですね。まあ、気持ちはわからなくもないですが」
「なぜですか?我々はそういった不正は一切していないと言い切れますが…」
「あなたとしてはそうかもしれません。でも…他の孤児院を見るとそう思われてもおかしくないんですよ」
そう前置きして皇国で見た孤児院に関して話し出す。
不正を行っていたり、そこを運営している貴族がろくに支援していなかったりといった特殊な事例は除外するとして、それでも一般的な孤児院はここまで潤沢な資金など扱えない。
大抵の孤児院は古着を繋ぎ合わせ、よれた服を着まわして何とか食べ物を確保している。
それだけ節約してなんとか運営できているところがほとんどだ。それはおそらくこの国でも変わらないだろう。
それなのにこの孤児院はかなり子供たちの衣服も食料も不自由しない程度に用意できるレベルで資金がある不正を疑う…とまではいかなくても何かしらそれができる『理由』があるはずだと考えるのが普通だろう。
「…そう言われてしまいますと…確かにそうかもしれませんが…それでもこちらは不正なんて…」
「いえいえ、何もこちらも不正をしていると決めつけているわけではありません。ただ、資金というのは湧いてくるものではありません。どこからか流れてくるものです。ここに関しても支援してくれる貴族がいるのでは?」
「え?ええ…確かにそうですが…」
「その貴族は結構な金額を寄付してくださるので?」
「そう…ですね。その代わりといいますか、その貴族様が運営している商会で購入するようにと言われています」
「ふむ」
「他の商会での買い物ができなくなりましたが、その分様々な物をお手軽なお値段で取引してくださるので…」
「そうなんですか?」
「ええ。おまけをつけてくれたり、金額を安くしてくれたりするので」
「他商会で購入の制限をされているのですか?」
「そうですね。極力使わないように言われています。ただ、薬など急に必要になった物やたまたま在庫が切れてしまった物など、その時買えなかった場合は許されています」
「そうですか」
そんな会話をしながら神父の表情を確認していく。
最初は不正を疑われたことに対する怒りがにじみ出ていたが、俺が他の孤児院の話をしていくにつれて徐々にその表情は驚きと困惑に染まっていった。
そして最後には不安げな表情を浮かべている。あまりそう言う金銭的な面では疎いのかもしれない。
これ以上探ってもわからないかもしれないな。それどころか元貴族のほうに変に探っている奴がいると報告されるかもしれない。
「商会を自分が運営しているところしか利用してはいけないということは何かしらの理由があるかもしれませんね」
「例えば?」
「そうですね…。思い浮かぶとしたら…そうやって客を増やすことで繁盛しているように見せるとか。一定の消費先があると判明すればある程度損失のない取引をすることもできるので、そういったいわば在庫処理的な要素があるのではないかと」
「在庫処理…ですか?」
「ええ。同じ商品がずっと残っている店というのはその分人の出入りが少ないという風にとられかねません。なのでできる限り商品を入れ替えるために在庫のほうを処理しないといけないんですよ」
「ああ。そのためにこちらでということですか?」
「ええ。在庫ならば少し安くしても問題ないですし、商品を買ってもらえればその分新しい物を仕入れられる。そうやって店の在庫を回転させているのかもしれませんね」
そう言うと神父はほっとしたような表情をしていた。
「さて、これ以上いたらさすがに邪魔になりそうですね。すいません勝手にいろいろと言ってしまって」
「いえいえ。こちらこそ、以前他の人が言っていた不正などと疑ってきた人の理由がわかりましたので」
「少しでも参考になったのならば何よりです。じゃあ司祭さん行きますか」
「そうですね。お邪魔しました」
一度礼をしてから孤児院を後にする。
「…で、どうだ?」
「おそらく孤児院としては白だろうな。だから麻薬のほうを栽培しているのなら、そこを見つけて叩くのが一番だろう。問題があるとしたらそれ以降のあの孤児院の立ち位置がどうなるかだな」
「孤児は連れていくんだろ?」
「そのつもりではある。だが、あそこ自体問題を起こしたわけじゃないのなら強引に連れていくのは主義じゃない」
「じゃあどうするつもりだ」
「…とりあえず考えてはおく。まずは麻薬関連についてもう少し調査することにしよう」
そう決めてとりあえず孤児院から離れるように歩き出した。




