第110話
さて、とりあえずこれ以上の孤児を引き込むのは現状難しいという判断になったので、とりあえず今やるべきことをこなすことにした。
「あ、そういえば明後日また皇国に行ってくる」
「ん?なんか用事あるのか?」
俺の言葉に和也が問いかけてくる。
「いや、昨日孤児院周囲を調べている時にスティクさんに会ってな」
「え、そうなの?」
「そういや瑠衣にも話してなかったか」
孤児院関係を優先していたから話すタイミングがなかったから仕方ないが、少し瑠衣が驚いていた。
「それで一応俺達の目的が魔族と人の戦争を止めることだと話をした。そしてこれ以上踏み込むのなら俺達の敵になるか、味方になるか。どちらかはっきりしてください。と言った。その返事を聞くのが明後日なんだ」
「引き込むの?」
「どうなるだろうなー。スティクさん。公爵に捕まって引き上げられたからねー、個人の判断で動けない立場になっちゃったんだよね」
「そうなんだ」
以前会った時のように一兵卒であれば、ある程度は辞表出したり、非番の時に自由に動くなど自分の判断で動くことはできるだろうが、さすがに公爵お抱えの私兵となるとそうもいかなくなる。
「そうなるとスティクさんを仲間にするには公爵さんを引き込まないといけないわよね~?」
「そうなるな」
「できるの?」
「ぶっちゃけ無理」
「えー…」
断言する俺に瑠衣があきれたような表情を浮かべていた。
「いや、実際の話、俺達にとっておそらく…というか十中八九皇国は敵になる。そこの貴族の最高位ともいえる公爵がその敵とつながるわけにはいかんだろ」
「あぁ…まあ、確かにな…」
「つまりそれを凌駕するだけのメリットを提示しない限りは公爵がこちら側に来ることはないわけだ。そんなのないだろ?」
戦争に関しては人も魔もどちらも疲弊はしている。しかし、それはあくまで前線だけであり、戦場からかなり離れている皇国に関してはあくまで物資の支給などはされど痛手と言うほどの物はない。むしろ魔族という敵がいるからこそ、皇国は表立って魔族に対抗するためと自国をさもすべての国を統治する存在であると示している。
それは戦争が起きている時でしかできないことだから、それが無くなると皇国も今の立場ではいられない。さすがにそれを良しとはしないだろう。
「でも、それなら言うこと自体問題なんじゃないの?」
「いや、そこらへんは大丈夫。戦争を終わらせる。というだけだとしたら個人で言っても普通は戯言だと思われておしまいだ。スティクさんから公爵に話がいったとしても、そこから王族にいってもまともに取り合わずに様子見で終わるだけだ」
「そういうものなんだ」
「戦争を終わらすってのは表立っての目標としては必要だからな。それを否定するだけの大義はないよ」
「そうなると公爵としてはどう動くと思う?」
「んー…一応敵となるか味方となるかどっちか決めろとは圧をかけておいたが、皇国の貴族としての立場を考えるとどっちかなんて決めれんだろうな。だからまあ…そうだな…こちらに害がない限りは協力するってのが落としどころかな」
まあ、どうなるかはわからんがな。
とりあえず話し合うことはそれですべてだったのでいったん解散した。今日明日は俺も出かける予定はないので、このままカトルの鍛錬へと赴くことにした。
「ういっす。調子はどうだ?」
「…さして変化ねぇよ」
和也もこちらに来ていたのでとりあえず準備運動の後は体力づくりをメインにするように指示してある。アリカは暇だったのか、その様子を観察していたようで離れたところに座っていた。
「お話終わったんですか?」
「ああ。さて、和也にいろいろと聞いたが…まだ、進展はなさそうだな」
「………」
俺の言葉にカトルは不満そうに顔を背け、アリカはオロオロとしていた。
「まあ、そんなに焦ってやることでもないが、お前自身、進展しないことに焦りが出てくる頃合いだろう。というわけで一つ目標を立てる」
「目標?」
「ああ。今後この目標に向けてお前を鍛える」
「…その目標ってなんだ?」
「ウェアウルフ」
俺の言葉にピクリとカトルとアリカの体がびくつく。
「こいつをお前ひとりで倒せるようになってもらう」
「それは…」
「当然」
アリカが何か言おうとするのを俺は自分の言葉で塞ぐ。
「今のお前では無理だろう。別にこれは今すぐというわけではない。だが、それができるように鍛える。それだけの力を、技術をお前に教え込む。そしてウェアウルフを一人で倒してもらう」
「…何のために」
「お前の中にある恐怖を拭うためだ」
「………」
「お前が魔物憑きになった一件。それによってウェアウルフに対する恐怖心が根付いている。それは仕方ないことだと思う。だが、その恐怖心が能力の制御に影響を与えている」
「どういうことだ?」
「お前が力を扱おうとするたびに、お前の中にある恐怖心が無意識にその思いに歯止めをかける。それによって力が思うように解放できず、表に出てくることすらできていない。それを解消するには恐怖心を自分の力で乗り越えるしかない」
「………」
カトルは顔をうつむかせる。アリカはそんなカトルを心配そうな表情で見つめる。
「…一人で戦えっていうけど、勝てるのか?」
「勝てるように俺達が鍛える。戦いである以上確実にとは言えないが、それでも十分に実力をつけてからお前にやらせる」
「………わかった」
「カトル!?大丈夫なの?」
「…いつかはやらなきゃいけないことだと思うから。それに今のままだとどうにもならないのは自分でもわかるし」
「カトル…」
「よし、んじゃあこれからは鍛錬の後に実戦形式で戦いを教える。で、戦い方だが…」
「おーい、敬。持ってきたぞー」
説明しようとしたタイミングで和也がバックを持って鍛錬場へと入ってきた。
「いいタイミングだ。ちょうど今了承を得たところだ」
「そうか。よし、じゃあカトル、こいつを身につけろ」
そう言って和也がバックから出したのは手甲と脚甲だった。
「これは?」
「お前が魔物憑きの能力を扱えるようになったとして考えた結果、カトルに向いている戦い方を考えた結果主に素手になると思ってな」
カトルは魔物憑きになった結果、ウェアウルフに近い姿になる。その姿だと武器を扱うのはなかなかに難易度が高い。故に無手での戦い方をメインにしたほうが能力の使用に関わらず戦闘スタイルが変化することがなくて妙な癖がつくことはないだろうと判断した。
「というわけで、基本的な鍛錬の後に実戦をしていくからな」
俺の言葉にカトルは頷いた。
「で。今日はどうするんだ?」
「とりあえず基本的な戦うための動きを教える。蹴りと殴りだが、変な動きだと悪い癖がつくからな。とりあえずこれ身につけな」
そう言って手甲などをカトルに渡した。
「サイズとかもきちんと確認しとけよ。きつかったりでかすぎたりしてもダメだから」
俺の言葉を受けて黙々と装備を身に着けていく。
「さて…無手の戦い方だが…まあ基本は殴り、蹴り、投げになる。で、ここで問題なのは力の伝達方法だ」
俺が説明している間に和也が鍛錬場にあるサンドバックを近くまでもってきてくれた。
そして背中に張り付いているクーも自分から床に降りて少し離れた位置でこちらを見はじめた。
「どれだけ力が強くても、腕の力だけで殴った際の威力というのはそこまで上がることはない。ではどうするか?一つ一つの動きからなる力を拳へと伝えるようにしていくんだ」
そう説明しながら俺はサンドバックを見据える。
「まずは踏み込み。殴る拳とは反対側の足。今なら右の拳で殴るから左足でしっかりと踏み込み、膝をわずかに曲げてバネとする。そして腰。しっかりと腰を回して足から上がってくる力を伝達して上半身に回転の勢いをつける。そしてそれらの力を使い全力で右拳を…」
踏み込み、体をひねり、少々大げさな動きで拳をサンドバックへと向ける。
「振りぬく!」
バァン!という音と共にサンドバックが吹き飛んだ。
「…あれ?」
揺れる程度だろうと思っていたが、思いのほか拳に威力が乗っていたようでちょっと呆けてしまう。
「何やってんだ敬…」
「いやぁ…昔は軽く揺れる程度だったからまさか吹き飛ぶとは思ってなくて…」
「俺らここに来て結構強くなったんだからこうなってしかるべきだろ」
「あー…そうかもな。すまん」
呆れてサンドバックを取りに行く和也に軽く謝る。
「とりあえず、殴りはこんな感じだ。と言ってもこれはあくまで手順を見せただけ。さすがにあんなゆっくりとやって居たら避けられるのが当然だ。だからこれを何度もやることで、最小限の動きで最大限の威力を出せるように無駄を削っていくんだ」
そんな話をしつつ、今度は床にしっかりと固定したサンドバックを先ほどよりも小さな動きで素早く踏み込み、腰を回しながら小さな動きで拳を放ち…。
バァン!
とサンドバックが勢いよく吹き飛び、支柱を中心に回転して背後から迫ってきた。
「とまあこんな感じだな」
片手で迫ってきたサンドバックを受け止め、笑みを浮かべてカトルを見る。
カトルもアリカもポカンとした様子で俺を見ていた。
「まあ、筋力とかも必要ではあるが、それでも殴るにしろ蹴りにしろ、やり方というのもある。それを教えつつ実戦を教えていくからな」
呆けている二人に俺は笑顔で言い放った。




