第106話
深夜。酒場すら店を閉め、夜のとばりが静かに覆いかぶさる王都。その中をひっそりと動く影が一つ。
「さて…まずはあの横領している孤児院のところかな」
一度遺跡へと戻ってから深夜に戻ってきた俺は一人で孤児院へと向かう。
今回は瑠衣もクーもお留守番してもらっている。基本的に潜入する際は痕跡を残すのはまずいので、数が多いと想定外の痕跡が残ってしまう可能性があるからだ。
そんなわけで不満げなクーを瑠衣に任せ、俺は一人孤児院へと向かう。
時間も深夜なので民家にも店にも明りはついていない。いつもより暗がりが多い王都は身を隠しながら動くにはもってこいだった。
そしてそれは孤児院も例外ではなく、問題の孤児院にも明りは一切ついておらずに真っ暗だった。
「よしよし、動きも…ないな。んじゃあ探らせてもらいますかね」
横領などの証拠をそのままにしておくとは思えない。おそらくどこかの隠し金庫などに厳重にしまっているだろう。それらも探らないといけない。一日ですめばいいのだが。
とりあえずさっさとやることにする。もう一軒探らないといけない場所もあるからな。
真っ暗な孤児院へと到着したので、音もなくジャンプして二階の窓へと跳びあがる。二階の窓もちゃんと鍵がかかっているが、この時代の窓の鍵ならば結構簡単に開けることはできる。差し込むタイプの鍵を静かに揺らしていきつつ、室内の大気を操って引っ張る。
カタンと小さな音を立てて鍵が抜ける。そっと窓を開けて内部へと入っていく。
「よし…」
内部にいる人たちに動きはない。気づかれた様子はなかった。歩くことで床などが鳴って気づかれることも有るので風の力を使ってわずかに浮いた状態で移動する。
とりあえず調べるのはおそらく人があまり行き来しない場所。一階は子供達の部屋も兼ねているだろうから、そこにはおかないだろう。というわけで重点的に探るのは二階とその上にある屋根裏部屋。ここを管理している大人たちも孤児院に部屋があるのでそこの可能性もあるが、そういった隠しやすい場所はむしろ遠巻きにするだろう。故に優先順位としては…。
「二階、屋根裏部屋、そこが見つからなければ一階、そして私室ってところか」
ここを支援している貴族がまともなら、ばれたら管理している大人たちもただでは済まない。ならば視察来た時に不審に思われてもバレないように隠しているはずだ。
というわけで表立っておいてある場所にはおいてないだろう。というわけでまず調べるのは引き出しの中。
引き出しと言ってもただ中を見るだけじゃなく、二重底になっていないか確認していく。
「お、あった」
引き出しの一つが不自然に浅かったのでちょっとつついてみたら底が外れた。隠されている一冊の冊子を手に取り、中を確認する。
「これは…裏帳簿か」
ペラペラと帳簿を確認してみるとそれなりの金額が動いているのがわかる。
「…ふむ…とりあえず一つだな。これ以外にもあるかね」
換金ができる装飾品や宝石などに変えているようでそれらが事細かに書かれている。
「…こういうのってなんで細かく書かれているのかね?証拠になるから残さない方が安心できそうなものだが」
そんなことを考えつつもとりあえず元の場所に戻しておく。今の状態で回収すると勘づかれて動きにくくなるからな。
とりあえず次は別のところを捜索しよう。そう考えて周囲を見回してみると一部二階の床がほんのわずかに盛り上がっていることに気が付いた。
「これは…」
床板に近づいてそっと持ち上げるとその下に箱が入っていた。中を開けてみるとここにも同じように冊子が入っている。
「これは…同じ裏帳簿?複数分けて保管してあるのか?」
パラパラとめくって確認してみると、先ほどの冊子とは別の期間の帳簿だった。
「ふむ…これは一通り改めといた方がいいかもな」
ぱたんと冊子を閉じて箱に戻して同じ場所へと戻しておく。その後も一通り確認してみると合計で5冊の冊子が見つかった。
「あとは日記みたいなのが見つかればいいが、さすがにそれは私室のほうだろうな…。そこまでは…さすがに俺が調べるべきことじゃないだろう。とりあえず証拠の位置はわかったな」
貴族の事はまた明日調べるとして、ここらへんで大丈夫だろう、そろそろ次の孤児院へと向かうか。
その後静かに問題のある孤児院を後にし、もう一つの調査予定の孤児院へと向かった。
もう一つの孤児院も同じように侵入し調査をするが、そっちは特に何かが隠してあるということはなかった。しかし、帳簿に書かれている孤児院の経営状況からするとかなり切羽詰まっていることがうかがえた。
「…こりゃこっちはあまり余裕ないかもな…」
ペラペラとめくっていく中でこの孤児院は周囲の人たちのおかげで何とか首の皮一枚つながっているといった感じだった。
この感じからして向こうはともかくこっちは早めに動いたほうがいいだろう。
「こっちはすぐに動くか。一応貴族についても調べておかないとな」
孤児院は基本的に貴族が経営している。そこから来た金を横領しているのが前者の孤児院で、そもそも放置されているのがこの孤児院だ。問題の方向性がそれぞれ違うから動き方は変わるが、その動き方に関してもそれぞれの貴族について調べないといけない。
「うし、戻ってひと眠りしてから、動き方を考えるとしますかね」
とりあえずやるべきことは終わったので孤児院を後にして俺は一度遺跡へと戻った。
そして寝て起きたのはその日の昼過ぎ。とりあえず皇国へと向かう前に一度瑠衣と今日の予定を話す。カトルに関しては昨日の時点で進捗もなかったようなので、そのまま和也に任せることにした。
「それで何が見つかったの?」
「不正てんこ盛りの裏帳簿と首の皮一枚の経営状態な帳簿が見つかった」
「見事なまでの真逆な物が見つかったんだねー」
「足して二で割ればちょうどよさそうなんだよなー」
そうぼやきながらあぐらをかいている俺の上に座っているクーの頭を撫でる。
「それでどうするの?」
「そうだな…とりあえずまずは孤児院を経営している貴族について軽く評判とかを調べておこうかな、と。その後でまず首の皮一枚のほうを引っ張り込んで、その後で横領のほうの子供達を攫ってくる」
「そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。計画としてはすでに頭に構築してあるから。で、これからなんだけど、瑠衣にはクーと一緒に前者の孤児院のほうに行ってもらいたいんだ」
「クーちゃんと一緒に?」
「ああ。それであそこを経営している人たちと話してこちらに引き込んでほしい。」
「どこまで話していい?」
「んー…ぶっちゃけ特に隠すことってあったか?」
「どうだろうね…。もともと戦争を止めるための国を作るための人材だからねー」
「まあ、そのために何かをしてもらうってわけじゃないが、とりあえずは教育が欲しいってところよな」
「そうだねー。まあ、さして無理させることはないよね?」
「ああ。子供ならある程度自発的な成長のほうが実を結ぶからな」
「わかった。じゃあそこらへん話しておくね」
「そうしてくれ。あとクーの事ちゃんと見ててくれな」
「?うん、それは当たり前だけど…なんで?」
「場合によってはクーが拒絶される可能性もあるからな」
「あぁ…」
獣人の子供であるクーを拒絶する人は少なくない。まあ、表立って言ってくると俺らがにらみをきかせるからそうそう言ってくる輩はいないのだが、それでも孤児院といういわば訳ありに近い子供たちの近くに行かせるとなると気にはなる。
「ま、そんなわけでちょっと気を付けといてくれると助かる。それとクーもそんな輩がいても気にしないようにな」
「ん」
クーもコクリとうなずいた。
さて、そんなこんなでやることも決まったので3人で皇国の裏路地へと降り立つ。
そして経営が厳しい方の孤児院へと行き、そこで瑠衣とクーと別れる。
俺はそのまま貴族の調査へと乗り出す。と言っても下手に動くと貴族に勘づかれて別の厄介事を持ち込みかねない。そういった部分を解消するために適当に雑談を交えて買い物しつつ孤児院つながりで話を聞いていく。
「……ふむ」
ある程度聞いた話を頭の中でまとめながら大通りを歩く。
話しに出てきた貴族は二つ。片方はローゼンタール侯爵。これは横領がはびこっている方の孤児院を管理している。
話を聞いているあたり悪い噂は聞かない。だが、どうにも甘い部分があるようだ。優しいからと民衆からの受けはいいが、それでも孤児院に関しては横領の話を聞いても詰め切れずにいるとのこと。俺が簡単に証拠も見つけることができたのも踏まえると調査する兵士が杜撰なのか、それとも簡単に惑わされているのか。
ま、どっちにしろまともな貴族そうなのであそこを潰すのは任せよう。子供達だけは俺達が預かるとして。
そしてもう片方。経営がやばい方の孤児院のほうはスパーネル子爵。こっちの評判はかなり悪い。横柄な態度で厭味ったらしい、平民を見下す典型的な貴族らしく、孤児院に関しても名前を貸しているだけで一切支援していない。それならなぜ名前を貸しているのかというと、どうも政府のほうから孤児院経営に関しての支援金的なのが入るらしく、それを横領するためだとかなんとか。
これに関しては噂レベルで確証は得られていない。調べようにもそこは貴族。そうそう尻尾を掴ませてはくれないだろう。とはいえ、このまま放置しておくのもどうかとは思うが…。
そんなことを考えつつ大通りを歩いていく。
「あれ?…もしかして…ケイ殿ですか?」
「ん?」
唐突に名前を呼ばれ、その方向を見てみると少し離れたところに久しぶりに見た顔があった。
「あ、やっぱり。お久しぶりです。覚えていますでしょうか」
そうやって人好きしそうな笑みを浮かべた青年がこちらへと歩み寄ってくる。その服は依然見た門兵の制服ではなく、もっと階級的には上の騎士のような服を着ている。
「もしかして…スティクさんですか?」
「ええ、そうです。覚えていてくださったんですね」
そこにいたのはこの国に来た時にお世話になった門兵のスティクだった。
「お久しぶりです。最初は服が違ったので気づくのに時間がかかりましたよ」
「アハハ…そうですよね。まあ、私もあれからいろいろとありましたから…」
「そうなんですか?」
「ええ…。ケイ殿はクロイローツ公爵様を覚えていますでしょうか?」
「ええ」
クーの一件で世話になったので記憶には残っている。
「実は私、あの一件の後で公爵様に私兵として召し上げられたんですよ」
そう言ってスティクは困ったような表情をしていた。




