第10話
「ミリアル・フォン・クロイローツ公爵…。まさか公爵様が出てくるとはねー」
宿屋に訪れたスティクの口から出た貴族はまさかの公爵だった。それなりの爵位の貴族がバックにいるだろうとは予測していたが、まさか一番上の公爵とはな…。
「公爵様ってそんなに偉いの?」
「ああ、貴族の爵位には順位があってな。下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となっている。上二つが同じ言葉だが、字が違う感じだな。で、読んだ人は公爵。つまり一番上に爵位ってことだ」
「え!?スティクさんってそんな偉い人に仕えていたの!?」
「いえ、私自身はそうじゃありません。私の友人が公爵様のご子息でして…」
「友人って同い年?それならもう爵位を継いでいてもおかしくないはずだが…」
「ええ、まだ父上であるミリアル卿が現役だということで爵位を継ぐことはしていませんが、皇国で仕事があり動けない御父上の代わりに領地の管理などをしています」
「なるほど。にしてもよく公爵の子供と知り合いになれましたね」
「騎士学校で知り合いまして…。まあ、それはともかく、来ていただいてもよろしいでしょうか」
「ん~…どうすっかな…」
チラリとクーを見る。クーをここに置いておくわけにもいかず、連れていくにもまだ慣れてない。瑠衣に任せるのも一つの手だが、低い可能性とはいえ、取引していた貴族が動く可能性がある以上、瑠衣を残すのもリスクがある。仕方ない、ちょっと強引だが、クーに慣れてもらうか…。
ため息を吐きつつも立ち上がり、クーの方へと行く。
クーは怯えるような表情を浮かべつつもじっと俺を見つめていた。逃げようとしないだけ少しは慣れたようだ。
「クー、俺達はこれから公爵家に行くことになった。で、本来ならまだ怖いだろうお前を連れて行くのは遠慮したいのだが、だからといって宿屋に一人にするのもまずい。って訳で一緒についてきてもらうことになるんだがいいか?」
俺の言葉にクーはわずかに瞳を揺らした。おそらく、ここに置いていかれるのも怖いが、だからといって俺と瑠衣を信用しきれないといったところだろう。
まあ、奴隷として誘拐したのが俺達と同じ人間である以上、それも仕方ないのだが…今後の事も考えるとさすがに慣れるのを待っている時間はない。
やれやれ、軽く首を振ってから両手をクーへと伸ばす。びくりと体を震わせるが、それに構わず、右手で頭を撫で、ゆっくりと左手をクーの背中へと回した。
「人間に誘拐されたお前に俺を信じろなんて言う気はない。だが、俺も瑠衣も、和也と玲にノエルとシエルもお前を傷つけるつもりはない。そして誰にも傷つけさせない。信じなくていい。知っておいてくれれば、それだけでいい」
そう語りかけながら、頭を優しく撫でていると徐々にクーの体から力が抜けていく。そしてクーの両手がゆっくりと俺の背に回された。俺はそれにわずかに笑みを浮かべてからしっかりとクーを抱き上げた。
「いいな~…」
「じゃ、行きますか」
うらやましそうにしている瑠衣に苦笑しつつ、スティクの案内で公爵家へと向かった。
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私の名前はミリアル・フォン・クロイローツ。皇国の四大公爵の一つ、クロイローツ家の当主だ。
四大公爵は皇国を中心に東西南北をそれぞれ治めている。それぞれの領地の中に侯爵や伯爵らの領地があり、それらを統治しているのが公爵。そしてその公爵を統べているのが国王陛下だ。
そして私は皇国の東側を主に治めている。それ故に街道に出没している盗賊の件も、冒険者に調査、討伐を依頼したのだが、スティク曰く、冒険者より先にとある流れ者によって捕らえられたらしい。しかもその者たちは違法品を取り扱っているマルシャン商会の支部に押し入り、違法品を押収したとのこと。一歩間違えれば犯罪者として追われる可能性があるというのに、それを容易く行った上に、悪びれもせず国の兵士であるスティクへと違法品を渡すとは。
他にも、ウェアウルフとそれを引き連れているであろうライカンスロープの可能性も提言したという。
どういった人物なのか興味がわき、スティクに聞いてみると黒髪黒目とあまり見かけない見た目の少年たちであり、奴隷として捕まったアルビノの双子の少女を保護しているとのこと。
スティク曰くつかみどころがなく、リーダーと思わしき少年は、様々な事柄を考えて行動する思慮深いような一面があると思いきや、唐突にその場で突飛なことをしてあとで困るといった無鉄砲さもあるという。
なるほど、確かに相反するようなその二つを出会ったわずかな期間で見られるということは、どう扱えばわからないだろう。だが、そういう人物でも必ず己の中に信念がある。それがその人物の人柄を掴むきっかけになる。公爵という立場から様々な人物に遭うことがあった。それ故に、いろんな人物の信念を見抜いてきた。
金・権力・愛・忠義・欲望・自己顕示。良し悪しはあれど、信念の強さがその人の強さにも繋がる。だからこそ、直接見て、その人物がどんな信念を抱き、その信念がどれほどの強さを持っているのか見極めたかったのだが…。
「初めまして、このような格好で申し訳ありません。敬と申します。後ろにいる彼女は瑠衣。他にも仲間はいますがあいにく今は席を外しておりますのでご容赦を」
そういって正面にいる敬は頭を下げるのだが、私は困惑していた。
公爵である私を目の前にし、様々な反応をした者たちがいた。緊張する者、媚を売る者、表面上では親しげだが、その目に疎ましさを宿す者、と。
だが、目の前の子の少年はそういったものが一切ない。公爵家の当主を目の前にしているというのに、その目はただただ私をじっと見据え、品定めをするような目をしていた。
「それとこのような姿で会話するのもご容赦を。この者は昨日まで囚われており、周囲の人間を恐れておりますので」
そういって敬は片腕で抱いている獣人の少女の頭を宥めるように撫でた。
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時は少し遡り…
「ここが?」
「はい。ミリアル卿の公爵家です」
俺はスティクの案内で瑠衣とクーと共に公爵家の前へと来ていた。獣人だとばれると面倒なのでクーにはフード付きのローブを羽織らせている。
ここに来るまでにスティクから皇国での公爵家に関しては一通り聞いていた。
本来公爵家は国の重鎮として役職に就くのだが、ここではそういうのはないらしい。その代わり、四つに分かれた領地を治めており、それぞれの内部で起こった事柄に関しては独自裁量を認められているとのこと。
他の公爵が治める領地にも影響を及ぼしたり、皇国に対して被害が出た際に国王が処断するらしいが、それ以外は特に口出しはされないとのことだ。
まあ、よっぽど腐敗しているようだったらその限りではないのだろうが。
「おっきいね~…」
瑠衣の呆気にとられるような声を聴きつつ屋敷を見る。
広大な庭に巨大な屋敷。少し離れた場所にある物置なのか離れですら普通の家一軒に相当しそうだ。
「公爵家だからな。やっぱそれだけ力を持っているってことだろ」
「ここまで大きいと住みにくくないのかな?」
「さあ?個人的には広すぎるより狭い方が好きだが、権力を持っている者はそれを示さないと舐められるからな。そうなると統治にも影響が出る」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
貴族が高価な調度品を買い求めるのは何も贅沢をしたいからというだけではない。それらを買うことによって財力などを示し、家に力があるということを示すのが目的だ。同じ爵位を持っている家だとしても、大きな屋敷に豪華な調度品がある家と、ほどほどな屋敷に少ない調度品の家とでは力の差は目に見えてしまう。たとえ後者の方に力があったとしても、それを示せなければ意味がない。
「貴族ってのも大変だねー」
「権力を行使するってのはそういうことさ。さてクー、さすがにこのままじゃまずいからとりあえず降りてくれ」
片腕で抱きかかえていたクーを降ろそうと屈むが、クーは首を横に振って抱き着いてくる力を強めた。
「これから偉い人に会うんだから離れてくれ~。さすがにこのままじゃ失礼になるから」
そういって引きはがそうとするが、クーはさらに首を横にぶんぶんと振って、しがみ付く力が増した。そして若干爪が食い込んできて地味に痛い。
「ってかなぜ何も喋らんし。シエルたちと違って喋れるだろうに」
「子供ってそういう物じゃない?言葉より先に感情が表に出るから」
「はあ…仕方ない。諦めよう」
「早いですね…。できればもう少し粘ってもらいたかったのですが…」
「多分時間の無駄だ。失礼だとわかっているから事前に謝れば許してもらえるだろ。多分」
そこらへんはご当主様の器の大きさに期待するとしますかね。
とりあえず話は一段落したので、スティクに案内されて屋敷へと入っていく。
スティクは屋敷に入ると執事らしき人物にこちらの訪問を告げ、公爵とのつなぎを頼んだ。一礼した後に執事の案内で屋敷内を進んでいく。
途中クーを抱えている俺に奇異な目を向けてくる使用人たちもちらほらいたが、そこは公爵家の使用人。その視線も一瞬ですぐに一礼して仕事へと戻っていく。
「素晴らしい教育なことで」
「公爵家の使用人ですから。半端な者では務まりません」
「でも、敬に対して訝し気にはしていたよね」
「そりゃ少女を抱えながら屋敷内を歩く奴なんてそうそういないからな」
「自覚しているのならやめていただきたい限りですね」
「クーに言ってくれ」
「クーちゃん、こっちにおいで♪」
そういって瑠衣が両手を広げるが、クーは小さく首を横に振った。
「ん~…私じゃダメかー」
「そこまで激しく拒否してるわけじゃないし、その内懐くんじゃね?」
「だといいな~」
少なくともクーの中で瑠衣に対する拒絶は感じない。おそらくまだ慣れ切ってないから一歩が踏み出せないのだろう。そこらへんはおいおいで十分だ。
「主様、スティク殿とお客様をお連れいたしました」
「入れ」
「失礼いたします」
執事が扉を開け、室内に入っていき、そのあとに続いてスティク、俺、瑠衣の順で入っていった。
室内には二人おり、一人は使用人であろうメイド。そしてもう一人、およそ歳は50前半であろう壮年の男性が座っていた。
この世界の定年がいつかわからないが、中世時代と同等と考えるとかなり歳がいっていると思う。だがそれでも衰えることのない鋭い視線は、まさに四大公爵の一角を担ってきただけのことはある。
しっかりと鍛え上げられたであろう肉体には老いが感じられず、むしろ生気に満ち溢れていた。
「初めまして、このような格好で申し訳ありません。敬と申します。後ろにいる彼女は瑠衣。他にも仲間はいますがあいにく今は席を外しておりますのでご容赦を」
そういって一礼し、挨拶をする。
「それとこのような姿で会話するのもご容赦を。この者は昨日まで囚われており、周囲の人間を恐れておりますので」
そういってクーの頭を軽く撫でる。敵意がない事と落ち着かせるためというのが目的だ。
「ミリアル・フォン・クロイローツだ。急に呼び出してすまなかったな。どうぞ座ってくれ」
「失礼します」
俺は瑠衣と共にソファに座る。
公爵の態度が横柄に感じるが曲がりなりにも権力者だ。それぐらいの態度がちょうどいいのだろう。
横柄な態度ではあるのだが表情はどこか穏やかだ。だが、その目にはどことなく困惑の色が見え隠れしている。まあ、公爵と話をするのに獣人の少女を抱きかかえたまま話す奴なんて始めただろう。
「それで、スティク殿に招かれてきたのですが、何かお話でも?」
「ああ、そうだな…。ではまず、マルシャン商会について話をさせてもらおう」
公爵が「まず」といった以上他にも何かあるということだろう。そこらへんの事は話していけばわかるが、マルシャン商会に関してということは…。
「こちらをお望みですか?」
そういって取引書類を差し出した。
「マルシャン商会にて押収した取引が書かれている書類です」
「…ずいぶんあっさりと出すんだな」
「取引リストの中にあなたの名前はありませんでしたから。そしてスティク殿が共にいる以上、あなたはマルシャン商会を疎んでいるということですから」
「なるほど。しかし一つ訂正をさせてもらう」
「訂正?」
「ああ、私は別にマルシャン商会を疎んでいるわけではない」
そういってミリアル卿は軽く手を振ると、メイドが一礼して部屋を出ていった。
「とある人物に頼まれて不正を正そうとしたのだ」
その言葉と共に先ほどのメイドが再度部屋へと戻ってきた。後ろに小太りで上質な服を着た人物を引き連れて。
「お呼びでしょうか?ミリアル卿」
「ああ、彼が昨日、あなたの支店を襲撃してきた者だ」
その言葉にさすがに俺も瑠衣も驚いた。
「なるほど。初めまして、私はシリウス・マルシャン。マルシャン商会の会長でございます」
まさかの大物の登場に俺達は茫然とするしかなかった。




