プロローグ
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムと共に担当の教師が授業の終了を告げ、挨拶と共に教室を去っていく。
それを適当に眺めた後で体を伸ばして座りっぱなしで硬くなった節々を軽くほぐしていく。
「ふぁ~あ…」
思わず出たあくびを噛み殺して机の中から最近呼んでいるラノベを取り出し、机の上に置いてから横にかけてあるカバンから道中のコンビニで買った昼食を取り出す。
「またパン?敬も好きだよね」
「んあ?」
俺『御神楽 敬』を呼ぶ声に顔を上げるとそこには髪の長さがミディアムの腐れ縁の幼馴染、『小南 瑠衣』がお弁当を片手にこちらに来ていた。
世話焼きでなにかにつけてお節介を焼こうとするが、そのたびに雑に扱っているというのに懲りない物好きだ。
瑠衣とは家が近く、生まれた病院から今の高校に至るまで、全部が同じという無駄に長い付き合いの奴だ。
実家から出て県外へと出たというのについてきて、おまけにマンションの隣の部屋にまで居座る。それ故かよく周りの奴らにからかわれそうになるが、瑠衣自身はまんざらでもないのかにやけるし、俺に至ってはそれを宣戦布告と受け取ってぶちのめしてたら途中から言われなくなった。
「別に好きって訳でもねぇよ。ただこれの方が楽に食えるんだよ」
「だから私がお弁当作ってあげるっていつも言っているのに…」
「そこまでしてもらう義理はねぇだろ」
弁当の材料代だってそこそこかかるだろうしな。
そんな事を思いながらパンの袋を開けて片手間に食べながら読み途中のラノベを開く。
「もう、食べながら読むのは行儀悪いよ?」
呆れたような瑠衣の声を無視してそのままラノベに目を向ける。
毎回の注意を無視してるというのに律儀な奴だ。
「あらあら~、お嫁さんの注意はちゃんと聞いた方がいいわよ~」
「ぁ?」
間延びしたような声に不機嫌そうに顔を上げると、そこにはセミロングの女生徒、瑠衣の親友である『草壁 玲』がいた。
ぽわぽわしたような雰囲気ののんびり屋で男子生徒からの人気が高く、そのせいか瑠衣と共に関わることが多い俺に向けられる嫉妬の視線がうざい。
中にはいちゃもんを付けてくる奴だっている始末だ。まあ、そういうやつはたいてい返り討ちにしているが。
そしてでかい。なにがとは言わないがでかい。それもほかの男子からの人気な理由の一つだろう。
「…何か変な事考えているでしょ」
「気のせいだ」
瑠衣のじとーっとした視線から逃げるように手にもっていたパンを食べ始める。
「まあ、男なら気にはなっちまうよなぁ?」
そういって乱暴に肩を組んできたのは俺の数少ない友人の一人『立花 和也』だ。
小さい事から空手を学んでいたらしく、それ故に鍛え抜かれた体格で出ている肌は綺麗に日焼けしている。その見た目の通り、よくいる脳筋スポーツマンだ。
運動神経は抜群で大抵のスポーツでは人並み以上に活躍できている。
過去に荒れていた時期があり、その時に出会って仲良くなったのだが、それでも持ち前の裏表のないさっぱりした性格からか男女共に親しまれており、なんでいまだに俺みたいな捻くれた奴とつるんでいるのかよくわからん奴だ。馬が合ったのは確かだが。
「別に気にしちゃいねぇよ」
俺の文句を豪快に笑い飛ばしながら机と椅子を適当に持ってくる。
4つの机を四角形に並べ、右隣に瑠衣、正面に玲、左隣に和也。昼休みの昼食の時はいつもこの面子で食っている。
場所が教室か食堂かはその時の気分で変わることがあるが、俺がほとんどコンビニのパンか弁当で済ますから食堂に行くことはめったにない。
瑠衣か和也あたりが行きたいという時くらいだろうか。
「それにしてもお前いつも本読んでるよな」
「それ以外にやることもないしな」
「家ではゲームばっかりだもんね。たまにはどっかに連れて行ってよ」
「玲と行ってくりゃいいじゃねぇか」
「あら、瑠衣はあなたと出かけたいのよ~」
「めんどい」
「もう…」
バッサリ言うと不満げに頬を膨らませていた。
これだけぞんざいに扱われているというのによくもまあ飽きもせずに世話を焼くもんだ。
「まったく、そんなんだからもやしみたいにひょろっちいんだ」
「でも、その割に喧嘩は強いのよね~」
「あんなん場数だ。それに最低限鍛えてはいる」
「…子供のころから強かった気が…。よくいじめっ子から私を守ってくれたよね?」
「あいつらは鼻っ面殴れば泣いて逃げていったからな。今だって鳩尾とかに掌底叩き込んでから追撃すればたいていの奴は倒れるぞ」
「…それ最悪相手死んじゃうんじゃ…」
「知らんな」
そ知らぬ顔でパックのジュースをストローで飲み出し、左手に持ったラノベに目を向けた。
「にしても、お前いつもそういったラノベ読んでいるけど面白いのか?」
「ん~…なんともいえん」
「え?面白いから読んでいるんじゃないの?」
「面白いは面白いよ。だげど最近のラノベって異世界転生とか多くてな。またこれか。って思わざるおえなくもなるんだよ。まあ、それぞれに個性も合ったりしてつまらないわけじゃないんだがな」
「そういうものなの~?」
「ま、そこそこな量を読んでこその感想だろうけどな」
そういって左手に持っていた本を閉じて椅子に背を預けた。
食べ終えた総菜パンの袋をビニール袋に入れ、パックのジュースのストローを咥える。
「というか、そもそも瑠衣、どこか行きたいところでもあるのか?」
「え?遊園地とか…水族館とか?あ、あと最近面白い映画が上映されてるらしいよ」
「デートかよ」
「え~いいじゃん。たまにはデートしてほしいなぁ~?」
「時々買い物に付き合ってんだろうが。主に荷物持ちとして」
甘えるように見上げてくる瑠衣をスルーしてジュースを飲み干す。
「あれはあれで嬉しいけど、私はもっとデートっぽいことしたいのー!」
「知らんがな」
パックを折りたたんでビニール袋に放り込んだ。
ま、それでもたまにはどっかに行くのもありかもな~。なんだかんだ言って瑠衣には世話になっているし、礼代わりになにかしても罰は当たらんだろ。
そう思いながら体重を背もたれに乗せ、椅子を傾け天井を見上げていたら突然目の前の教室の天井が真っ白な無機質な空へと様変わりした。
「…は?」
目の前の景色が変わったことに驚いて思わずバランスを取り損ねてしまう。
ガァンと椅子と共に倒れた際に後頭部を床に打ち付け、目の前に火花が飛んだ。
「ぬおぉ~…頭打った…」
「だ…大丈夫!?」
瑠衣が慌てて俺の肩を支えて起こしてくれる。
心配そうに頭のぶつけた場所を撫でてくれる手が少し心地いい。
「サンキュ。…にしてもどこだここは…?」
周囲を見回すと俺のほかに瑠衣と玲、和也の三人もおり、他のクラスメイト達もいた。
突然自分がいた場所が見慣れた教室から真っ白なよくわからない空間に変わったからか、全員狼狽えていた。
「ここどこ…?さっきまで教室にいたのに…」
瑠衣は不安そうに俺の服を掴むが、俺はこの景色に見覚えがあった。
見覚えがあったというと語弊があるか。これと同じ展開を知っていると言った方がいい。
とりあえずポケットに入っているスマホを確認。うん、圏外だね。まあ、おそらくここは別世界だろうからな。
にしてもあんだけワンパターンだと思ってた異世界転生…いや、死んでないから転移か?それに巻き込まれるとはな…。
立ち上がり、不安そうにしている瑠衣の頭を宥めるように軽く撫でてやると、瑠衣も多少安心したのか、服から手を放した。
「驚かせてしまってすまなかったの」
突如ざわつくクラスメイト達の頭上からそんな言葉が聞こえてきた。
見上げてみると真っ白のローブを着ており、端正な髭が特徴的な見た目の老人がゆっくりと降りてきているところだった。
うん、どう見ても神様だわ。よくある神様の見た目そのままだわ。
「儂はとある世界の神。お主たちをここに呼んだのには訳があり…」
とりあえずいきなり呼び出された腹いせに神の顔面に向けてちょうど手に持っていたスマホを投げつけた。
スマホは縦に回転して綺麗に神の顔面に叩き込まれ、不意を突かれた神はそのまま落下してくる。
「ちょ、敬!?」
和也の声に答えることなく、一気に落下してくる神へと距離を詰めて行き、地面に直撃した神の上に馬乗りになってそのまま両手で襟首を掴み、交差させて首を絞める。
「なんの脈絡もなくいきなり飛ばすとはずいぶんな了見じゃねぇか。さっさと俺たちを元の場所に戻せ。さもなくば残り短い寿命がここで消えるぞ」
「ま、待て…せめて少しは話を…」
「問答無用だ」
そのまま両腕の力を少しずつ強めていき、徐々に首を絞めていく。
「ま…まって敬、そのままじゃおじいちゃん死んじゃう!死んじゃうからやめてあげて!!」
瑠衣が慌てて止めようとするが俺は構わず力を強めていく。
「敬ダメだってば!和也君も手伝って!私だけじゃ止めれないから!」
「お、おう!」
いきなりの展開で戸惑っていた和也が、瑠衣に言われて俺の両腕を掴んだ。
鍛えてあるとはいえさすがに体育会系である和也に力で勝てるわけもなく、無念ながらも引きはがされてしまう。
「ちっ、もう少しで落とせたのに…」
「落としてどうするんだよ…」
渋々ながらも和也の手から逃れ、近くにあった一緒に転移してきた誰かの椅子に座る。
正面には瑠衣に介抱されている自称神のじいさん、後方には呆気にとられつつも様子見をしているクラスメイト達。とりあえずさっきの一件で優位性は奪ったはずだからこっからは俺が会話の主導権を握るとしよう。
「ゲホッゴホッ」
「大丈夫ですか…?」
「まあ、これくらいなら大丈夫じゃよ…。気性が荒いのは知っておったがここまでとはの…」
「あん?知ってたって…俺の事を知ってるのか?」
「まぁの。お主が生まれたころより観察しておったぞ」
「覗き見が趣味なのか?野郎を覗くとか残念だが俺にそっちの趣味はねぇぞ」
「儂にもないわい。お主は儂をなんだと思っておるのじゃ…」
「いきなりどこかわからんところに飛ばしてきた迷惑爺」
「むぅ…あながち間違っていないから否定ができんわい。これでも一応神なんじゃがの…」
「敬ってほしけりゃなんか恩恵でも寄こせ」
「ふむ。それに関してはお主が儂の依頼を受けてくれれば望みの限り譲ろう」
「依頼?」
神がわざわざ呼び出したわけだから何かしら用事があるのはわかっていたが、神ともあろうものが人間である俺に依頼?とんでもない事の予感しかしねぇぞ。
「御神楽敬よ。これよりとある世界に行き、その世界を変革してほしい」
「断る」
即答した。
瑠衣や後ろにいる和也。そしていつの間にか近くに来ていた玲が突然の展開に呆気に取られているようだが、そこらへんは一切無視して断った。
そもそも世界を変革しろとか何言ってんの?壊して作り直せばいいの?それだったらむしろアンタの領分だろ。
「せ…せめて話を聞いてから断ってくれんかの…?」
「いや、世界変革とか明らかに俺一人でできる事じゃねぇだろ。そんな出来ねぇことを無責任に受ける気はねぇよ」
「それはわかっておる。じゃからここにいるお主の友人たち。その中から信用できるものを連れて協力してほしいのじゃ」
「…猶更却下だ。なんでほかの奴らを巻き込まなきゃいけねえんだよ。明らかに元の世界に戻れねぇうえに、できるかどうかもわからねぇことを頼めるわけねぇだろ」
「じゃがそれだとお主等はこの場所からも帰れないぞ?」
「…このクソジジイ…今度こそ締め落としてやろうか」
俺の協力者を募るためとか言って実質人質じゃねぇか。やっぱり締め落とすか。
「お主がその世界に行けば他の者達は元の世界に戻してやろう」
「…だったら俺一人で行く。それで満足か?」
「お主だけではできぬのであろう?」
「ほかの奴ら巻き込むより何倍もマシだ」
実質ここに呼び出された段階で俺に選択肢がないわけだ。ならせめてほかの奴らを巻き込まない選択肢を選ぶ。何人かオタク系の奴らが話に混ざりたそうにしていたが全力で無視。
「ダ…ダメだよ敬!」
だがそれに異を唱えるのが瑠衣だ。まあなんとなくそうなるだろうなと思ってた。
「だって、そんなことしたら敬だけ帰れないんでしょ?もう二度と会えなくなるんでしょ?そんなの嫌だよ!!」
「だが元の世界に戻れないのも困るだろ?お前にだって家族がいるんだし、やりたいことだってあるだろ」
「それは…そうだけど…でも、それは敬にだって…」
「俺はもともと選択肢がねぇし、そもそも両親とは縁を切ってある。だがほかの奴らは違う。それぞれ残してきたものもいるし、やりたいこともある以上こんなできるかどうかもわからん馬鹿げたことに付き合う必要なんてないだろ」
結局のところ、他の奴らだとか言ってもこいつを巻き込むのが一番気が引けるんだよ。ろくでもない俺にあれだけお節介を焼いたって言うのに報われず、別世界に行って家族と永劫の別れなんて悲惨すぎる。うん、半分は俺のせいだね。こんなことならもう少しいろんなところ連れてってやれば良かったか。ま、後悔先に立たずっていうしな。
「だけど…だけどぉ…」
涙目になって俺の腕に抱き着いてくる。うん、柔らかいものが当たってて役得なのは事実なんだが決心鈍りそうになるからやめてくれ。
「はいはい、泣かないの。悪いのは全部自分勝手に決めて俺を呼び出したそこのクソジジイなんだからあいつ睨んどけ」
「う~~~~~!」
素直に自称神の爺を睨む。こういう素直さがこいつのいいところなんだよなぁ~。子供っぽく見えるけど。
「むう…儂には儂の事情があるんじゃがのぉ…」
「こっちの事情全無視しといて何ほざいてんだか。ってか俺が死んでから転生させればいいんじゃねぇのか?」
「今のままだとお主が死ぬのは大分先じゃし、年老いて性格が温厚になっておっては変革できぬのじゃよ」
「…自分で言うのもなんだが温厚になるのか…この性格が…」
「温厚になったというか暴れる体力がなくなっただけじゃないか?」
「…いや、年老いても口うるさい爺とか面倒な奴もいるぞ。正面の奴とか」
「何かにつけて儂を攻撃するのはやめてくれんかの…」
「それだけの事やってんだから自業自得だ。とりあえず放してくれ。じゃないと行けないから」
瑠衣の肩を押して引きはがそうとするが、瑠衣は変わらずしがみ付いたままだ。
「瑠衣」
「…やだよ…やっぱりやだ。敬とこのままお別れなんて…寂しいよ…」
「…たいてい別れの時は寂しいもんだっての。時間がたてばその寂しさも忘れるんだから今は我慢しろ」
「そんな…そんなのもっとヤダ!寂しさを忘れた時、きっと敬との思い出も忘れちゃう。そんなの嫌だよ…」
「まいったな…」
泣きだす瑠衣を慰める方法が思い浮かばない。俺が行かなければ瑠衣達だけでなくクラスメイトすらここに閉じ込められたままだ。とはいえ、今の瑠衣を慰める言葉なんて到底思い浮かぶわけもなく…。どうしたものかね…。
「困ってるみたいだな!」
ニヤニヤと笑いながら和也が俺の左肩に手を置いた。
「…なんでそんな嬉しそうなんだよ和也」
「なに、俺に良い考えがある!」
「ダメそう」
「そんなことを言うのは俺の考えを聞いてからにしてもらおうか!」
「まあ、確かにな。で、その考えってのは?」
「俺がお前と一緒に行くことだ!!」
和也の提案に俺は思わず頭を抱えてしまう。
「状況悪化させてんじゃねぇよ。説得相手が一人から二人に増えただけじゃねぇか」
「あら、三人よ~」
これまで静かにしていた玲もニコニコと笑顔で会話に入ってきた。
「おい、玲。まさかお前も…」
「ええ。私も一緒に行くわよ~。なんだか面白そうだしね~」
「お前らな…もう戻れねぇんだぞ?お前らだってやりたいことや残してきたものがあるだろ」
「もともと俺は天涯孤独だ!それなら自分の目標より親友を選ぶのも乙だろう!」
「これだから直感で動く奴は…玲は?」
「まあ、確かに私は両親が健在だし~、お姉ちゃんと妹がいるけど~…瑠衣と一緒に新しい世界に行くのも面白そうだものね~」
「それでいいのかお前ら…」
「ま、お前になんといわれようと俺たちは行くからな」
「それで~…瑠衣ちゃんはどうするの?このまま置いていくの?」
そういわれ瑠衣の方を見てみると、涙目の状態で縋るように俺を見ていた。退路は…和也と玲のせいで封じられ、もはや負け戦だ。思わず大きなため息と共に全身の力が抜けるのを感じてしまう。
「わかった、俺の負けだ。…一緒に来てくれるか?瑠衣」
俺の言葉に瑠衣は満面の笑みを浮かべ。
「うん!!」
元気に頷いた。
「ほっほっほ。話はまとまったようじゃの」
「あ、悪い。存在忘れてた」
「なんでそんなに邪険にするかの…」
「自業自得だろ。んで、取り合えず俺を含めたこの四人で行くことにした。って訳でほかのクラスメイトは戻してやってくれ」
「うむ、そうじゃの」
そういって爺は腕を広げる。
「とりあえず面倒毎に巻き込んで悪かったな。じゃあな」
その言葉を合図としてクラスメイト達の姿は消えた。
「…これであの者達は元の世界に戻ったぞ。この世界での出来事も覚えておらぬから安心せい」
「なにに対して安心すりゃいいんだよ…。ってかそういう大事なことは先にいえ」
これ、知らずに瑠衣達を元の世界に戻してたら、いつの間にか俺がいなくなって二度と会えませんでした。なんてオチになってたじゃねぇか。
「ほっほっほ、すまなんだの。とりあえず椅子に…むう、椅子と机もまとめて送り返したからの…ちょっと待つのじゃ」
そういって右手を振るうと俺たちの近くに小さな出っ張りが現れた。
「武骨ですまぬがそれを椅子代わりにしてくれ。さて…何から話すべきかの?」
「とりあえずは情報だ。その変革してほしい世界ってのはどんなところだ?どう変えてほしいんだ?」
「うむ…。その世界はそうじゃの…世界の文明レベルとしてはお主等の世界の中世時代に近いかもしれぬの」
「ふむ。魔術は?」
「あるぞい。連絡手段は手紙などの伝書か魔術による伝達じゃ。移動手段は徒歩か馬車じゃの」
「なるほど。魔物は?」
「おる。というか、儂が頼みたい変革はその魔物…というより魔族じゃの。それと人間に関してだ」
「どういうこと?」
瑠衣の問いかけに爺さんは一息ついてから語りだす。
「人間と魔族。あの世界には大きく分けてこの二つの勢力がある。人間はお主等の世と同じで様々な国がそれぞれの王が統治し、同盟を組んで魔族と争っている。魔族は一人の魔王がすべての魔族を統べ、人間達と争っている。儂はこれを止めたいのじゃ」
「随分と昔から争ってきてたんだろ?なのになんで今更?」
「儂自身が昔から止めようといろいろと画策してきた。じゃがすべて無駄じゃった。無駄どころか助長することとなってしまった。力を与えれば戦いは激化し、神託として言葉を告げれば偽物と罵られる。神と言えど所詮は蚊帳の外。直接手を出すことも出来ずにただただ争いを眺めるだけしかなかったのじゃ」
「それで今回は俺に頼むって訳か。でもなんで俺なんだ?」
「お主の破天荒さと我の強さじゃよ。お主の我の強さはその世界の常識すら受け付けず、己の価値観に準ずるじゃろ。人であろうと魔族であろうとお主自身の眼で、頭でその個人として見てくれると思ったのじゃ」
「…俺ってそんなに身勝手か?」
ふと瑠衣達を見てみると全員頷いていた。せめてもう少し迷ってほしいんだがな…若干しょんぼりするぞ。
「まあいい、んで破天荒さってなんだよ。俺ある程度常識ある気でいるんだが」
「え?」
俺の言葉に三人の疑問の声がかぶさった。泣いていいかな?俺は少し自分に正直なだけなのに。
「まあ、お主が常識あるかどうかはともかくとして、さっきも言ったようにお主は人だからとか魔族だからではなく、個人として見てくれるじゃろ?あちらの世界では人にとっては魔族すべてが敵で、その逆も然り。じゃがお主ならその固定概念にとらわれずに魔族と人、その架け橋となる可能性があるのじゃ。争いあうことが常という常識に縛られず己が価値観で動く。そういった人物があの世界には必要なのじゃ」
「そうかね~?買いかぶりな気がするが」
「かもしれぬ。じゃが儂は少なくともお主ならできると思うのじゃ」
「…ま、いいけどな。とりあえずやるべきこととその世界については最低限分かった。んで?最低限のハードルは?完全に共生させろとか言ったらはったおすぞ」
「さすがにそこまでのことはいわぬわ。とりあえず最低限争いさえ止めてくれれば文句はない」
「争いをねぇ~。とりあえずその世界の地図と勢力図見せてくれ」
俺の言葉にうなずいて爺さんが右手を振るうと俺たちの前に四角い立体映像が現れてそこに一枚の地図が映し出された。
なにこれすげぇ技術。技術?魔法と言った方がいいのか?まあいいか。
その地図の中心には大きな角ばった瓢箪の様な大陸があり、その周囲には細かな島が点々としていた。大陸の内6割は紫色の靄で覆われており、残りの4割は白い靄で覆われていた。
「これがお主たちが行く世界の地図じゃ。紫色の靄は魔族が統べている土地。白い靄は人が治めている土地じゃ」
「魔族の方が多いのね~」
「今魔族は魔王が統べており力が増して居るが、人にはそれに抗う勇者が居らぬからの。勇者が居ればこれが拮抗し、勝った方に勢力が傾くのじゃ」
「ふむ、勇者はいないのか。…それはそれで好都合だな」
地図を見ながらやるべきプランを練っていく。ん~…魔族の方が統べてる土地が多いのなら、そこから少し貰うか…。人間は一枚岩じゃないだろうからな…魔族の方がまだ話が分かってくれるかもな…。最終的には両方から一割ずつ貰えればいいんだが…。
「…敬、なんかプランあるのか?」
地図を見て唸っている俺を見て和也が聞いてくる。
「…一応あるがな。とりあえずどうしたものかねぇ…」
実際魔族の領地を貰うとしても今すぐ行っても意味はないだろう。仮に俺が貰って今思い浮かぶプランを実行したところで人間から裏切り者呼ばわりされて戦いを助長するだろうからな…。となると…。
「よし、プランは決まった。とりあえず和也達にはその都度話す。大雑把すぎてどこで軌道修正するかわからんからな」
「それはいいがそのプランでは最後どうなるんだ?」
「ん~…最終的には棲み分けかな?共生したい奴らはしてそうでない奴らはそれぞれの領地に引きこもってね!って感じになる…と思う」
「それなら争いは起きないの?」
「小競り合いなら起きんじゃね?さすがにそこまで面倒見切れん。まあ、実際のところなってみなきゃだからな~何とも言えん。実際のところこの状態になったとしても俺が死んだ後、どれだけもつかもわからんし…まあさすがにそこまで面倒は見切れんから考える気もないが」
「要望があれば寿命も伸ばすがの」
「勘弁してくれ…」
いつまでも争いを止め続けろとかただの拷問じゃねぇか。後進が育てば道を譲るのが先人だっていうのに。
「とりあえず…プランが決まったからこれからやるべきことだな…。それで爺さん、あんたが言う恩恵ってのをくれるんだろ?今の状態でそのまま行けって言ったら俺はこの件を投げてただ楽しむぞ」
「それに関しては心配はいらぬ。お主等が望む物を好きなだけ与えよう。まず何を望む?」
「とりあえず全員に一人でも戦えるレベルの身体能力、魔力。それと魔術などの知識と装備…だな」
「それだけでいいのかの?」
「いや、他にもいくつかスキル的なのが必要になるが、そこらへんは役割とかと相談してだな…」
「敬、俺は考えるの苦手だぞ」
「知ってる。お前はある程度与えられた役目をこなして、あとは前線で殴っとけばいい」
「それならばよし!」
相変わらず深く考えないな和也は…。ま、そのさっぱりした考え方が個人的には好感持てるんだがな。
「さて、んじゃ始めようか。世界変革のための準備を」
神に頼まれた世界変革への長い道のりが、今始まる。