春 1
今作は無理せず短めにちまちま投稿していきます。
――じゅぅ~
紙パックのいちごミルクを飲み潰し、虚無な眼差しで空を見上げた。現在の状況を説明するならば、いまは昼休みの時間帯で、私が座って居るのは立ち入り禁止のはずの閑散とした屋上である。
「ああ神よ……ハゲロハゲロハゲロハゲロハゲロハゲロハゲロハゲ――」
そして毎日の日課となった神への祈り、否、呪詛をぶつぶつと呟く。
世界の真理を悟ってから高校入学までして少し、という時に至る今まで。記憶があったぶん、それはもう地獄の日々を送らざるを得なかった。
いかな百合属性な私も、こんなことになると知ってたならせめて、せめてちやほやされる側のにっくき男へ転性するほうがマシだった、などと血迷うほどには。
――ガチャガチャ……
「げっ……!」
ついに、私の精神衛生上の安息地が脅かされる時が来たというのか……!
そもそも、昼休みにも関わらず何故こんな閑散とした屋上に一人ひっそりと隠れるように呪詛を吐いて過ごしているのかというと、いくつか理由がある。
それは――
――ガチャ……
「……ちーちゃん?」
おっと。想定していた中でも最悪なやつだった。
「ここにいるんでしょ」
もはや疑問符すらない。完全にバレている。完全に油断しきって隠れる暇すらなかった私が、この逃げ場のない屋上で見つかってしまうのも時間の問題だろうか。さらば、我が安息の地よ――。
「あ! やっぱり! ここにいた!」
入口の建物裏、日蔭で足を延ばして座り込んでいた私は、やはり数秒と掛からず悪魔に見つかってしまった。
悪魔はふんわりとした茶髪に淡い茶の瞳という出で立ちをしていて、笑うとえくぼが可愛らしく出現する美少女顔であり、短めのスカート丈と腰巻のセーター、ルーズソックスというのが一昔前のJKの流行りを想い起させてくれ、実にお似合いである。
悪魔の容姿を改めて確認していると、反応の薄い私に対して、にこにこと周囲から癒しと言われるオーラを無駄に振りまきながら悪魔が横に掃い寄りあざとく陣取る。
「ねえねえ、ちーちゃん。私が渡したお弁当食べた?」
そして、その言葉で私は私の居場所を特定された原因を悟った。
「ア、ウン。タベチャッタ………」
悟ると同時に思わず両手で顔を覆う。やべー、やっちまった。
「ほんとーにー?」
ニコニコ嬉しそうに、しかし確信犯だろう仕草でうるうると目を潤ませて悪魔が覗き込んで聞いて来る。あざとい。
「アーウン。ホントホントー」
適当に答えながら私は、自らの最期を悟った魚のような死んだ目で横にぴったりとくっついてくる悪魔に返答した。
横で「やった!」と小さくあざと可愛いガッツポーズを決めた悪魔の名前は小鳥遊満月。男だ。
――もう一度言おう。男だ。
いや、敢えてこう言いなおそう。悪魔の名前は小鳥遊満月。私の初恋の美幼女幼馴染である。
こいつは卑劣にも美幼女、美少女の皮を被って幼馴染ポジを有効活用して私に近付き、巧妙に騙し、ついに将来の約束までしてしまったところでひょんなことで男と判明し拒絶した私に付きまとう、悪魔のようなストーカーである。
「あ、ご飯粒ついてる!」
どこに付いてたのか、白米の粒をその舐め回すような視姦によって暴いた悪魔がペロリと大げさに舐めて平らげる。完璧なるセクハラである。
「うふふ~」
そして何を思ったのか、上機嫌に腕に絡みついてきた。もう一度言おう。完璧なるセクハラである。問題は、外見上そうは見えない点だが。
この組んだ腕を無理やり解くのは簡単。が、しかしそうしたところで悪魔がさらに面倒くさいセクハラを繰り出すのは経験上分かっている。
私はこの苦行を忘れるべく、まるで虚空を見つめて修行する僧のように、無心になって空を見上げた。いや、嘘だ。実際は無心ではなく、神への呪詛の続きをより一層憎々し気に心の中で唱え続けたのだった。
昼休みはまだ終わらない――。
◇◆◇◆◇
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、ぞろぞろと生徒たちが教室にかえっていく。最後の最後までひっついてきた悪魔とは教室が端と端で別れているため、渋るヤツを無視して逃げられた。
同じか近くの教室になろうものなら、あいつは腕を組んだまま移動したがる。断言できる。神運は断トツで悪かったが、元の運は頗る良かったようで安心した。
同じ教室になってたらきっと、入学早々に転校を考えたに違いない。
「お、千尋! 今戻ったのか?」
教室に戻るや否や、さわやかスポーツ系の男子生徒が声を掛けてくる。入学から今日で約二週間。そろそろ序列というか、ある程度のグループが形成され始める時期だ。
大体、学校の初期グループといえば同性が基本で、そこから枝分かれしていきスクールカーストなるものが形成されていくのだが……この世界は一味違う。
なんせ、ギャルゲーである。日も浅く、そんなに仲良く話した記憶も無い男子生徒から親し気にいきなり無許可で下の名前呼びをされる。
前世なら、なんだこのキチガイは……! と、不快に思って終了であるが。
……もう一度言う。この世界はギャルゲーだ。もう、面倒くさい予感がビシバシ感じられる。
「……ええ、まあ。はい」
午後の授業が始まるまであと数分。
「そっか、実は今日なんだが、俺――」
おそらく何かしらのお誘いに踏み切ろうとしたさわやかくんだったが、横から待ったをかける救世主……美少女が横入りしてくれた。眼福。
「弘樹ぃ、みさちゃんも構ってよぉ」
美少女……みさちゃんこと美咲ちゃん。ひそかに私が目をつけていた美少女であるが、どうやらさわやかくんこと弘樹の野郎のハーレム派閥に属すことにしたらしい。惜しい人材を逃した。
「あ、いや、俺は千尋に話があってだな……ってあっ千尋待っ――!」
――キーンコーンカーンコーン
タイムアップである。美少女のナイスアシストにより、難を逃れた。教師も到着してしまい、さすがの爽やかくんも諦めたようだ。とぼとぼと自席へ戻っていた。
――ほっ……一難去ったか……。
私が昼休み丸々、立ち入り禁止の閑散とした屋上に踏み入ってまで逃げた理由がこれだ。幼稚園、小学校、中学校まではまあ健全というか、不健全ではあるけどモラルという節度があった。
だがしかし。私の今世の姉情報によると、高校は男女の魔境であると。世界の真理を悟っていた私にはその意味がすぐに分かった。
つまり、ハーレム派閥なるものが存在する時点で察するべきなのだが、野獣どもがハーレムの先に求めるものは何か? ギャルゲーは何故、乙女ゲームより言い憚られるのか?
――考えてみれば単純である。
女の子は心というか、概念的な事柄を欲しがちなため、数々の乙女ゲームというものは割とR18でもいうほど犯罪的に過激なことは起きない。
しかし、ギャルゲーはどうだ。欲望の赴くままにその先を連想し続ける野獣どもにとって、乙女の欲する恋愛要素というのはオマケ要素の前座に過ぎない。
もちろん、それだと身も蓋も無いので前座あっての本番という建前なんだろうけども。私にはわかる。奴らの求めるその先の真理を。
だからこそ授業中は安全だろうけど、休み時間も危険だし、昼休み何てどんなことをされるのか分かったものではない。
まだ、美少女という皮を被った悪魔に腕組みされて耐久するくらいが限界ギリギリセーフティーラインである。
――次の休み時間。トイレ直行決定だな。
後ろから感じる野獣の視姦に鳥肌を立てながらそう計画した――。
ギャルゲーに対する物凄い偏見が見られますが、あくまで主人公の意見ですので悪しからず。