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天つ少女の救済論  作者: 天馬要
3/8

第二幕 光退く魔の軍団

後半はおっさんずバトル

 故意ではないにしろ、機密情報漏洩に加担した由菜には当然ながら罰則が下されると思い、内心ビクビクしていたのだが……


「今回は厳重注意ということにしておく」

「え?」


 拍子抜けした様子の由菜に、アルデバルトは理由を語る。


「だってそうだろ? そもそもの話、今回の実技試験において特殊能力の使用は禁じられていない。試験内容が『街中』『相手もまた能力者』『情報管理局に関する機密情報が盗み出されたと想定した』ものだし、児童側が使った《神業(グレート・ワーク)》なんかも評価対象になるんだから、罰しようがねぇし」


 それもそうだ。飽くまでも児童達は真面目に試験に取り組んでいただけなのだから。


「コメ欄見てみろ。みーんなCGを使ったフェイク動画だと思い込んでるんだぜ」


 言われた通り、タブレット端末の画面をスクロールしていくと、

『ウソ乙』

『CG上手いですねwwww』

 といった投稿者を誹謗中傷するコメントが連なっていた。


「プチ炎上といったところか。幸いにも今の時代、CGを使ったフェイク動画が多数ネットに上がってるから。助かったな」


 アルデバルトはタブレットを捨ておくと、長い前置きを終えて本題に入った。机に肘をつき、組んだ両手に顎をのせる。


「これ、変だと思わないか?」

「……と、言われましても」


 ベテラン刑事でも名探偵でもない彼女は、返答に困り果てる。なので、少々気になった点だけ伝えた。


「まあ、カメラワークがやけにスムーズなのは気になりましたけど」

「妙なのはそこだ」

「へ」


 顎を人差し指と親指で包み、アルデバルトは推理を順序立てていく。


「この島は観光資源が豊富だから、写真や動画を撮る観光客は珍しくない。だけど、コイツの動きはなんだ? 街並みを映すでもなく、どうして航空機すら飛んでない空を撮影した?」


 答えはひとつ。人差し指を立てた。


「コイツは予め知っていたんだ。ケイが空を飛ぶこと。そしてお前達の動向もな」


「……それは、えっと未来予知という……?」

「もしくはオレやお前と同じ光使いか……まあそこまでは本人に聞かないと分からねー」


 それに、とアルデバルトは険しい顔で恐るべき憶測を告げた。


「投稿者の目的が分からない以上、この動画投稿自体が《ワイルドハント》の罠である可能性も捨てきれない」

「――!」


 その名称を耳にした時、由菜は身体を強張らせた。


 《ワイルドハント》

 分かりやすく日本語に訳すならば『百鬼夜行』。

 古くからヨーロッパに伝わる民間伝承が名前の由来となっていて、国際指名手配されている大型犯罪組織だ。そして、長年に渡って情報管理局(エックスシーアイ)とは敵対関係にある。彼らは特殊能力の存在を明かし、自らの価値を声高々に主張したいのだがXCIがそれを許さないからだ。


 XCIは、世の中に混乱を避けるために特殊能力に関する情報を秘匿しておきたい。《ワイルドハント》は情報を公開して能力者たちの楽園を作りたい。目指す方向性の違いから、二者間で軋轢が生まれるのは必然であった。

 他にも《ワイルドハント》の構成員は、全員何かしらの特殊能力を有しているのが特徴として挙げられる。能力者と渡り合えるのは、能力者のみ。特殊能力を犯罪に用いる連中を制圧させるのもまた、XCIの仕事に含まれているのだ。


 ――由菜は、あの日の悪夢を一生忘れないだろう。

 逃げ惑う人々の叫び声。焦げ臭いニオイが鼻を突く。建物が焼け落ちて、倒壊する。辺り一帯は瓦礫と倒れている人が複数名。

 広範囲に燃え広がった火災の影響で、空は夕暮れ時のように真っ赤に染まり、地は倒れ伏す人達から流された血液で赤黒く塗色されていく。その地獄のような光景は、正に壮絶の一言に尽きる。


 その中には、由菜自身の母親の姿もあった。

 終戦記念日に開催された、平和式典セレモニーにて突如発生した爆破テロ事件。甚大な被害を出したその首謀者こそ他でもない《ワイルドハント》であったのだ。

 早鐘を打つ心臓は、暫く治まりそうになかった。


「……奴ら、今度は何を企んでいるんでしょうか」

「さあな。面倒事ってだけしか分からん。確定したわけじゃねーし」


 社長椅子の背もたれに身体を預けると、ギシ、と音を立てて軋んだ。


「今日お前を呼び出したのは、念を押しておこうと思ってな」


 ――警戒を怠るなよ、ユーナ。

 珍しく厳かな顔つきで、アルデバルトに釘を刺されたのだった。


 ☆


 その後は、一礼をして理事長室を出たのだが……教室に戻る途中、階段に差し掛かったところで、掲示板の前でたむろしていた中等部生が露骨に噂話を始める。


『なぁ、知ってるか。アイツ、転校初日にクラスメイト一人ぶっ潰してんだってさ』

『えっ、何それ』

『それ知ってる! 確かその子、そのまま学校に来られなくなっちゃったんだよね』


(……それ、リュカくん……)


 噂話を否定できないのが悲しい。現在でも謝罪のために菓子折りを持参して男子寮に足繫く通っている由菜だが、門前払いされているのだ。


『えぇ~。そんな問題児が後輩になるの?』

『勘弁して欲しいわよね~』


(わたしゃ珍獣か何かか)


 階段を降りていく由菜にチラチラと視線を投げてくる3人組。遠巻きながらも蔑むような目は、忌まわしい記憶を呼び起こさせるには十分だった。


 ――テロ事件に巻き込まれた由菜は、生命の危機に陥った衝撃で特殊能力を発現させた。

 およそ3時間。追い付かない消火活動と救助活動の最中、由菜は一秒たりとも能力の行使を止めなかった。ただの一度も休まずに光の結界を張り続け、迫り来る炎の脅威から母親と自分の身を護りきったのだ。

 それも、薄い酸素濃度と耐え難い悪臭の中、ほとんど窒息しそうな思いで。


 その甲斐あって、後遺症が残ることもなく母親は退院後ほどなく社会復帰を遂げることができた。

 しかし、その後、母親は由菜を恐れるようになった。


『気味が悪い……。近付かないで。アンタもあの化け物たちと一緒なんだわ』


 そうやって、親に拒絶された由菜はこの学園にやってきたのだ。


 褒めてもらえなくても、感謝されなくても良かった。ただ、この特殊能力(チカラ)受け止めて欲しかった。それだけなのに。

 あれから由菜は、自問してしまうのだ。


「あの時、母親を助けなければ…………」


 でも、その問いかけに答えを出すのが堪らなく恐ろしく思えた。もしもその問いに答えを出してしまったら、その時は…………

 ポッと生じた不快感の火種は、たちまち由菜の心に燃え広がり、どうしようもなく苛立たせた。

 由菜は、クルリと踵を返すと中等部生たちに真正面から向かい合った。そして、相手がゾッとするほど()()笑顔で、


「ご存知の通り、わたし、()()()()()()()()()ところがあって――でも、これも何かのご縁。4月からよろしくお願いしますね、先輩方」


 その直後、由菜の背後に後光が射す。

 タイミングよく夕日が重なった――否、人の目で認知できるほどに高まった生命エネルギーが、光明となって彼女から発せられているのだ。仏像やキリスト教絵画でもお馴染みの光背。それは自らを神仏といった「聖なる存在」たらしめる象徴であった。


「…………ッ、あ、…………」


 体が震え、歯がガチガチと嚙み合う。

 信じられないほどの威圧感に身の毛がよだつ。あとほんの少し彼女が力を入れたら、今度こそ強すぎる威光に押し潰されてしまうだろう。

 格が違う、と3人組の中等部生は心胆寒からしめた。

 絶対的強者()から下された死刑宣告。…………というほど大袈裟なものでもないが、効果は抜群。

 由菜の威嚇射撃をもろに食らった中等部生たちは、現実を認識できずにキャパオーバー。思考停止に至ってから約3秒後――悲鳴を上げ脱兎の如く逃げ出した。


(ザマ―ミロ、陰口なんてカッコ悪いことしてるからだ)


 と由菜があっかんべーをしていたら、背後からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 振り向けば、灰色のスーツに袖を通した目の覚めるような麗人が立っている。


実に面白い(ヒラリアス)! アルから話には聞いてたけれども、噂に違わず大胆な子だね。由菜(ゆうな)さん」


 そう言って、蠱惑な笑みを浮かべた。

 振りたての新雪のような銀髪(シルバーブロンド)紫水晶(アメジスト)かと見紛うばかりの見事な青紫色(ヴァイオレット)の瞳は、見つめていると吸い込まれてしまいそうな魔力を持っている。

 日本人離れした相貌はどことなく気品を感じさせ、ミステリアスな雰囲気を纏っていた。


「ボクは中等部の英語教師。紫羽(しば)リオっていうんだ。よろしく。気軽にリオ先生って呼んで」

「あ、えっと、桐月由菜(きりつきゆうな)です」


(中等部の先生かぁ。じゃあ、春からお世話になるかも)


 なんて薄ぼんやりと考え、ぺこりと頭を下げる。


「不愉快な思いをさせちゃってごめんね。さっきの子たち、ボクが受け持ってるクラスの子なんだ。きつく叱っておくから、許してあげてくれないかな?」

「あぁ、そういうことでしたら別に構いませんよ。わたし気にしてませんから。さっきはちょっとイラっとしちゃって、つい……。それに、キッチリやり返したんで」

「そうだね。グレード4の高く分厚い壁に、あの子達も懲りたろう。……そうだ、」


 何か良いアイディアを思い付いたのか、リオは右手に波動(はどう)を集めると……少しばかり気温が下がる。彼を取り巻く周囲の水蒸気が冷却され、氷の薔薇を形作った。


(氷の能力者……!)


「うーん、もうちょっと削ろうかな」


 今度は光が薔薇を取り囲み、細部まで形を整えてコーティングする。


(光属性も使えるのかこの先生!?)


 二重能力者は珍しい。複数の属性の特殊能力を使えるというのは、それだけ戦術の幅も広がるということだ。

 初めて見た二重能力者に由菜は驚きを禁じ得ない。


「うん、これで良し」


 満足したリオは、まるで飴細工のように透明な薔薇を由菜に差し出す。


「初等部卒業おめでとう。次はキミの担任として逢えたら嬉しいな」


 そんな口説き文句を添えて。

 美しく澄んだ瞳に映る少女は、おずおずと手を伸ばし頬を薔薇色に染めながら花を受け取った。


「ありがとう……ございます。こんなにロマンチックな贈り物、生まれてはじめてです」

「お気に召したかい?」

「はい、とってもっ!」


 それは良かったと微笑まれ、由菜は胸が高鳴るのを自覚した。


(世の幼稚園児が美人の幼稚園教諭に恋をするのって、こんな感じなのかぁ)


 そんな妙な納得をしつつ、しみじみと実感をしているとまたもや背後から「ユーナ!」と声を掛けられる。


「あ、貴斗(たかと)くんに終夜(しゅうや)くん。どうしたの」


 初等部の校舎から、わざわざ教務課のある高等部校舎まで由菜を迎えに来た二人。


「どうしたやあらへんやろ。チームメイトが呼び出しくらっとんやぞ」


 由菜の他人事な態度に貴斗は呆れ顔。要するに、心配してやってきたのだそう。


「それで、理事長とは何を話したんだ?」

「……えーと、それはぁ……」


 初手から返答に困る質問をされ、由菜は目を泳がせた。

 他言無用の命令は受けていないが、話してしまってもいいものなのか。

 頭を悩ませる由菜に、思わぬ助け舟が。


「君たち、もう遅いから帰りなさい。それと、心配してるのは分かるけど、本人が言いたくないことを無理に聞き出すのは感心しないよ」

「リオ先生……!」

「それに、誰しも悪い成績の話は人に訊かれたくはないだろう?」

「リオ先生?」

「「…………」」


 リオの正論に、顔を見合わせた貴斗と透は、それぞれ気まずそうな顔で謝罪の言葉を述べた。


「悪かった。もう無理に聞かない」

「オレも」

「待って二人とも勘違いしないで?」


 ☆


「お前、中等部に上がれるんだよな?」

「上がれるよ!」

「入学試験もあるんやで? 大丈夫なんか?」

「大丈夫だってばぁ!」


 そんな風に両サイドから心配され校舎を出ていく由菜を微笑ましく思いながら見送っている最中、アルデバルトが廊下に姿を現す。


「……由菜に、逢ったんだな」


 アルデバルトは察しが良い。一目見ただけで、リオを高ぶらせる心理状態を見抜いた。


「あぁ。たった今ね。……変わってないな、あの子」

「そうだな。少し心配になるくらいには」

「それは結構」


 付け入る隙は多い方が都合が良いから。


「……ユーナは、まだ前の世界の記憶を取り戻していない」

「だろうね」

「ちょっかいを出すのはやめてもらおうか」


 正門を出た小さな後ろ姿が完全に見えなくなったところで、漸くアルデバルトにまともに対峙する。今にも死闘が始まりそうなほど、張り詰めた空気が二人の間に流れた。


「……そんなに怖い顔するなよ。アル」

「ユーナをどうするつもりだ」


 単刀直入に問いただしたアルデバルト。同時に、戦闘になっても良いように軽く膝を曲げて臨戦態勢を取る。それに伴って、大腿部に血液が集まり始めた。


「どうって──もちろん、()()()()()


 チッ、という舌打ちの刹那、アルデバルトが顕現させた魔導銃が握られた。


「あらゆる命を屠る者よ。古の契約に従い、永久の平穏をもたらし給え。力は我が手に――《神器解放(アンチェイン)》」


 神器(じんぎ)魔導銃(まどうじゅう)アクケルテ】

『キルギス』出典。英雄マナスの愛用する銃。イスファハン製で銃身は鋼鉄、銃口はダマスカス鋼で出来ており、狙った箇所に弾を撃ち込む百発百中の神がかり的命中精度がウリだ。


「その《死の弾丸》は喰らいたくないな」


 飛び出した銃弾三発を氷に包ませ、こぶし大の雪玉にして動きを止めた。重力に引かれて床に落ちる……よりも速く、アルデバルトが次の攻撃に移った。


(銃撃はフェイントか――!)


 クロスレンジに飛び込むと、ジャブを駆使して距離とタイミングを測る。リオのボディーブローを踊るようにターンして躱すと、そのまま勢いを殺さず独楽のような動きで体ごとクルリと反転させて、左足を軸に後ろ回し蹴り(バックスピンキック)を放った。


「――!」


 狙いは頭部。両腕を交差させてガードした。が、ズドン!


「ぐ、はっ!」


 重たい打撃音が廊下に響く。攻撃が通らないと判断したアルデバルトが、急遽攻撃箇所を鳩尾に変更。人体の急所のひとつを的確に打ち貫かれ、数メートルほどノックバックさせられた。

 踏み止まろうと減速をかけた際に生じた摩擦によって、革靴のヒールから火花が飛び散る。床に刻み込まれた2本の黒い線が焼け跡となって煙を立ち昇らせた。


(校舎の端までぶっ飛ばすつもりだったのに……。踏み止められるとは)


「ゲホゲホッ。酷いじゃないか。まだ何もしてないのに」

「まだってなんだ、まだって。ロリコン変態野郎から生徒を守るのは当然だろ」

「じゃあ、これは警告ってわけか」

「そういうこった」


 またもや疾風の如く距離を詰め、拳と足刀が飛び交う暴風圏に捕まる。


「悪いけど、ただのリンチなら付き合わないよ」

「そういうなよ。最近、身体がなまっちまってよ」


 バックステップで間合いを脱出後、今度はリオが仕掛けた。

 光で小さな立方体を床に作ると、それを踏み切って跳躍したのだ。


「!」


 前方宙返りして、縦回転を決めた後にアルデバルトの脳天目掛けて左足を打ち下ろす。先程の蹴り技に対する意趣返しのつもりだろうか。


「光よ、我をベールで包め《真昼の夢(デイドリーム)》」

「これは…!」


 為す術もなく棒立ちになったアルデバルトに、踵落としが炸裂……するはずだったのだが、アルデバルトの姿は霞と消えてしまう。

 空振りに終わった踵落としは、床を粉砕し蜘蛛の巣状のヒビ割れを作った。


(アルデバルトは由菜と同じ光属性のグレード4)


 さっき見せられたのは幻覚だと結論付けた瞬間、死角から金髪の男が姿を現す。

 アルデバルトは、光を屈折させて隠密(ステルス)していたのだ。そうやってリオの背後に潜み、不意打ちをかましてきた。

 リオは背後を振り返らずに、真後ろにひねり蹴りを繰り出し、アルデバルトの顎に己の足刀を叩き込んだ。


「──ッく!」


 舞いのように身軽さを感じさせる。その実、キック力にはハンマーでも振るわれたような破壊力が伴っていた。

 痛烈なキックを貰ってしまったアルデバルト。頭を揺さぶられ、脳震盪を起こしてしまう。


「アル、柔軟性はこういう時のために鍛えておくべきだよ」

「ぐっ……うるせぇよ!」


 よろけるも、直ぐに立て直して食らいついていく。右拳でジャブとストレートを続け様に打つ。しかし、そんなワンツーパンチは予想外の形で防がれた。


「──!」


 スケートリンクを削るような音がしたと思ったら、パンチが冷たい氷の表面をツルリと滑って的を外したのだ。

 インパクトの拍子、不似合いにも氷片が宙を舞い、夕日に反射して煌めく。

 路面凍結(アイスバーン)した道路で自動車がスリップするのと同じ原理だ。それに気づいたアルデバルトは憎らしげに文句を言う。


「……てめぇ」

「別にいいだろう? キミだって初手から神器(切り札)を切ってきた」


 彼の左腕には、いつの間にか氷の円盾が装備されており、ノーダメージで凌がれた。


「オレのはフェイントだからノーカンにしろ」


 神器【氷盾スヴェル】

 北欧神話出典。太陽が放つ灼熱と熱線を遮断する氷の盾。


 スヴェルを解放させた影響か、廊下の気温が急激に氷点下にまで下がった。

 吐く息が白い。室内にも関わらず、極寒の地へと一変した。この環境下で、尚且つ凍えた体では寒さによって筋肉が固まってしまい、動きが衰え肉弾戦をするのは向かない。


(……撃ち合いに切り替えるか)


 アルデバルトが一旦バックステップで後退し、距離を取る。これで振り出しに戻った。次戦は中距離(ミドルレンジ)で鎬を削る。


「ねぇ、これまだやるの? 必要なくない? ボクがどうせ警告を受け入れないってアルだって分かってるんだろう?」

「うるせぇな。もう1ターン付き合えよ」

「仕方ないなぁ」


 ジャラジャラと金属音を立てて、リオは氷の鎖を空中から引っ張り出してきた。


「これで最後にさせてもらうよ!」


 投げつけられた分銅は、鎌首をもたげた蛇の如くアルデバルトに一直線に迫る。


「光よ、数多の星の弾丸となれ《スターマイン》」


 手のひらに集まった光が、放射線状に拡散し四方八方から鎖を撃ち抜いて、氷の粒になるまで粉々に破壊した。


 ──これ以上戦い合えば、校舎なんて跡形もなく消し飛ぶ。

 アルデバルトは、半ば諦めて警告を終了させた。


「……ユーナはお前のモンにはならねーぞ」

「そうかなあ」


 フゥ……と、氷の盾が雪解けのように霧散する。リオも武装を解除させたのだ。


「もちろん、一筋縄でいくとはボクも思ってないさ。だからまずは、早急に特殊能力の極限にまで到達してもらうつもりだよ」

「……それは、」


 特殊能力の極限とは、《白鳥の歌(スワン・ソング)

 その人物が最も願う事を技にして放つ、言わば最終奥義のことだ。その魂の在り方を具現化すると言い換えてもいい。


「馬鹿なことを言うな。お前、思春期の精神状態がどれだけ不安定になりがちか、分かってんのか!?」


 《白鳥の歌》は、発動した際の心理状態が叶えたい願い事にそのまま直結する大技。それ故に心理状態が大きく影響してくる。不安定ということは、それだけ歪みが生じているという証拠。歪みすら願いとして具現化させてしまえば、その人物の精神状態はモロに影響を受けて、最悪、心が壊れる。

 未成熟な精神──例えば、子供のような──では、心が持たないのだ。


「メンタル強えガキなんて、居ねぇんだよ!一度歪んだ願いが実現されてしまえば……修正するのが難しいんだぞ」

「……そうだね、誰しも心を病むことはある」

「だったら、」

「でも、あの子は大丈夫だと思うんだ。だってほら、女の子って男の子よりも精神的に大人になるの早いし」

「大丈夫じゃねーよ大反対だわ普通に」


 我慢できなくなったアルデバルトは、壁を殴りつけた後に頭を抱えた。


「だァー! やっぱお前、生理的に無理! 受容出来ねぇ! 考え方に共感出来ねぇー!」

「別にいいよ、してもらわなくて」

「じゃあブチのめされてくれよ青少年の未来のために!」


 ひと通り、思いの丈を吐き出したアルデバルトは、幾分か落ち着きを取り戻した。


「……お前があのテロ事件に加担したのは、ユーナの特殊能力を発現させるため。お前の目論見通り、アイツは覚醒してこの学園にやってきた」


「そうだろ? 紫羽リオ。いや、

 《ワイルドハント》の元幹部…………シルヴァリオ・ルミナスアーク」


 薄い唇の口角を上げ、シニカルに微笑する口元には冷酷さを湛えていた。

 リオは、由菜が巻き込まれた平和記念式典のテロ事件に関与していたとされ、逮捕されたのだが……人手が足りてないために、恩赦として出所し、この学園で教師をやっている。


「……ったく。お前ってヤなやつ奴」


 桐月由菜をわざと危険な目に合わせて、特殊能力を引き出させるなんて。


「なんとでも」


 恋慕か、崇拝か、はたまた独占欲か。もはや自分でも分からないこの執着心を、誰に理解されなくてもいい。熱病に罹ったような情炎に散々この心を焦がしてきた日々が、もう少しで終わるのだ。


「……お前さ、結局何がしたいんだ?」


 核心をつくアルデバルトの問いかけに、リオは自分でも不思議なほどあっさりと打ち明けてしまった。


「ボクはね……

 桐月由菜(カノジョ)のラスボスになりたいのさ」


「……は?」


 予想の斜め上──どころか、地球を一周して反対側からドロップキックをくらったような意外な返答に、瞠目する。


「ラスボスって…」

「あぁ、闇堕ちも全然オーケー。そしたら一緒に犯罪行為するから、その時は宜しく」

「1ミリも宜しくねぇよ」


 アルデバルトのツッコミが冴え渡る。


「……《ワイルドハント》は分かりやすく日本語の例を挙げると『百鬼夜行』になる。そういう思惑でボクが名付けたんだから」


(え? 名付け親? それってつまり、コイツ幹部どころかリーダー的存在ってことか…!?)


 またまた衝撃の事実に、眩暈にも似た疲労感が襲う。


「アルは前の世界の由菜の《白鳥の歌》がどういうものだったか知ってる?」

「……部下からの報告だけな。実物は見たことない」

「だよね、ボクも見たことないんだ」


 アルデバルトから視線を外し、窓の外の落日を見つめる。


「……じゃあ、空亡(そらなき)って知ってる?」

「天中殺とか…か?」

「それもあるけど、ボクが言ってるのは……百鬼夜行絵巻に書かれる黒い太陽のこと。色々と解釈があるんだけど、全ての妖怪を帰らせる最強の妖怪とも、闇を破る万能の力ともされている」


(闇を破る、万能の力……)


 何故かアルデバルトは、桐月由菜の顔が頭に浮かんだ。闇を照らせるのは、光だけだからだろうか。


「リオ、お前、まさか……」


「──そうさ、彼女こそ我が《ワイルドハント》を滅ぼす運命(さだめ)の少女にして《空亡(そらなき)》なのさ」


 歌うように言ってのけたリオに、アルデバルトは冷ややかな目で詰る。


「……馬鹿げてる(ナンセンス)


 徐ろにアルデバルトへと視線を移した。


「……──なぜ?」

「馬鹿げてるだろ、どう考えても! 最終的に、お前はユーナに倒されることが望みだって言うのか!?」

「倒されないさ」

「は…?」

「倒されない。ボクは最後の砦にして歯の立たない敵(ネメシス)でい続ける。だってそうすれば、由菜はずっとボクと戦って、ボクを見てくれるだろう」


 ──だから倒されない。

 彼が語る将来設計は、終わらない夜を永遠と繰り返すかのようで……

 結局のところ、リオは由菜を独り占めしたいのだ。でもその感情に名前がつけられなくて、歪みきってしまっている。だから強敵として、立ち塞がりたがっているのだろう。

 アルデバルトは、恐怖とも憐れみともつかない思いを胸につかえた。


(救ってやってほしいだなんて、願うべきじゃないんだろうが──)


 グチャグチャになった心を抱える彼の苦しみが、いつの日か取り除かれますようにと柄にもなく祈った。

☆ラスボス降臨――!

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