平和的交渉10
曰く、魔王軍がこの沈黙の森近辺まで進軍してくる少し前、フードを被った旅人がやってきて複数の村人と他愛ない会話をしていた。
曰く、その会話のそれぞれは取るに足らないものだったが、それらを全て合わせて考えると、この村に於ける力関係や家族構成をほとんど正確に推測できるような内容だった。
曰く、その翌日に石の肌を持つ羽の生えた猿のような見た目の魔物が空から現れ、村の要人やその血縁に当たる者を計11名連れ去った。
曰く、その直後に例のフードを被った旅人が再び現れ、人質を解放する条件として、村付近に於けるデミス王国軍の動きを報告するよう命じられた。
曰く、作物の収穫が終わった頃に再び現れたフードの男は、収穫した作物の殆どを持って行ってしまった。
――これが、ジャンが嗚咽混じりに語った一部始終であった。涙ながらに語るジャンに当てられたのか、その後ろで控える男達もさめざめとすすり泣いていた。
「そのフードの男は間違いなく魔王軍の手の者だ。要は、こいつらは命惜しさに国を売っていたのさ。これが知られれば、少なくとも長やそれに近い者達が、下手をすれば全員が処刑されるだろうな」
「村の事情は呑み込めたけどよ、お前はなんでこの村がこうなってるってわかったわけ?」
「徴税吏が行方不明になったことと、行商人から得たこの村が無事であるという情報を合わせて推測しただけだ。考えてもみろ、ここは最前線だったんだぞ? こんなところにある村が全く被害を受けていないのがまずおかしい。それこそ、敵と内通でもしていない限りはな」
俺はじろりとジャンを見下ろす。ジャンは既に抵抗することを諦めたようで、床の一点を見つめて音も無く涙を流し続けていた。
「それで、食料はどれくらい残っている?」
「実は……お譲りできるほどには残っていません。かなり節約して村の全員がやっと冬を越せるかどうか」
「まあ、そんなところだろうな」
「何だって!?」
扉を蹴破って入ってきた杉下が大声を上げた。どうやら外で盗み聞きしていたらしい。