平和的交渉9
「ほう、ほう、なるほど。では、当然これから納めるはずの税がどこかに保管されているのでしょうね?」
この問いにはジャンを含めた全員が口を閉ざした。ああ、ああ、そんなことだろうと思ったさ。
「おや? 無いのですか? まさか今年は税が免除されるとでも勘違いなさいましたか?」
「それは……今年は不作でして、そもそも納められるだけの収穫が得られなかったのです」
「ほう――あまり俺を舐めるなよ、田舎者風情が」
俺が睨みを利かせると、彼等は「ひっ」と短い悲鳴を上げて震えだした。非戦闘員とはいえ、俺は人間などより遙かに恐ろしい怪物が蔓延る戦場を己の意志で駆け抜けた男だ。この王国の名ばかり将校などより余程濃密な経験を積んでいる自負がある。その俺が本気で圧をかければ、一般人程度なら簡単に萎縮してしまう。もっとも、これが前線で戦った戦士ならもっと凄味を利かせることができるのだろうが。
「ここに来る途中で畑を見せてもらったぞ。刈り取った作物の株がそのまま残っていた。おい、この村では8面の畑一杯の収穫を不作を呼んでいるのか?」
ジャンを含む男達全員の顔からさっと血の気が引いたと思えば、次の瞬間にはジャンが額を床に擦り付けていた。後ろの男達も数秒遅れてそれに倣った。
「すみません! 仕方なかったんです! 我々だって自分や家族の命は惜しい!」
「……なあ、なんか勝手に話が進んでるけど……え? これどういう状況? なんでお前が急にマウントとってるの?」
加藤が困惑顔で俺に耳打ちしてきた。確かに、何もわかっていない者からすれば今の会話は不可解な点が多いだろう。
俺は、震えながら床に額を押しつけているジャンに水を向けた。
「ジャン、魔王討伐戦終盤にこの村であったことをお前の口から話せ」
「しかし――」
「お前なら今までの会話から察していると思うが、俺はこの件についてかなり正確な洞察を得ている。抵抗は無意味と思え。そして、お前が観念するならば決して悪いようにはしないと約束しよう」
ジャンは何かに縋るように後ろの男達へ目を向けたが、誰一人ジャンと視線を合わせる者はいなかった。信頼に足る仲間がいないというのは哀れなことだ。
そうして、暫く視線をあちこちに彷徨わせ、何も言葉を発さずに口を開いて閉じるを数回繰り返した後で、ジャンは漸く事のあらましをぽつりぽつりと語り始めた。